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海外編
準備(1)
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ロンドンコレクションから数日。
慌ただしいイギリスでの生活が、ようやく「日常」と呼べる形に落ち着いてきた頃だった。
仕事のリズムも掴めて、街の空気にも慣れてきて、
朝の曇り空を見ても、もう身構えなくなった。
オクスフォードの朝は、派手さはない。
空は低く、雲は重たい色をしていることが多い。
それでも、部屋の中にいるぶんには、静かで、悪くなかった。
ペントハウスは相変わらず静かだった。
大きな窓から差し込む光は、時間帯によって柔らかく表情を変える。
朝は淡く、昼は白く、夕方になると少しだけ金色を帯びる。
蓮はリビングのソファに腰を下ろし、タブレットを手にしていた。
背もたれに深く寄りかかるわけでもなく、前のめりになるでもない。
いつも通りの姿勢。
その隣に、優真がいる。
肩が触れるほど近い距離で、同じ画面を覗き込んでいた。
距離が近いこと自体は、もう特別じゃない。
この部屋で、二人で並ぶのは、いつものことだ。
ただ――
今日は、見ているものが違った。
「……あ、これですね」
蓮が指で画面をスクロールする。
「…Giving Noticeねぇ」
言葉に出してみると、少しだけ現実味が増す。
優真は、画面を見つめたまま、小さく頷いた。
「申請してから、最低28日…
その間に、何も問題がなければ、式を挙げられるって書いてますね、」
優真の声は落ち着いている。
でも、ほんの少しだけ上ずっているのを、蓮は聞き逃さなかった。
「優真、ドキドキしてる?」
「えっ、それは…しません?!結婚ですよ?」
優真は顔を赤らめながら蓮の方を見る。
「んー、俺は言ってなんだけどまだ実感がなぁ~…」
淡々と答えながら、蓮は画面を読み進める。
必要書類。
身分証明。
居住証明。
どれも、今の自分たちなら揃えられる。
「今に蓮さんもドキドキしますからね!
…で、続きですけど、指定されたカウンシルなら、どこでも式は挙げられるらしくて…」
(可愛いなぁ、優真は)
ただの情報共有のはずだった。
声も、特別な感情を含ませたわけじゃない。
式場を見ていくと、ふと目が止まった。
「イズリントン・タウンホール…、へぇ」
画面には、石造りの建物が映っている。
高い天井。
柔らかな自然光。
派手ではないが、時間を重ねた重みがある。
「ここ、結構シビルパートナーシップでも人気らしいですね」
優真が写真に映るパートナー達を見つめながら微笑んだ。
「おー、いいじゃんこれ」
蓮は短くそう言った。
「ですよね」
優真は、少しだけ安心したように笑った。
「写真見てたら……」
言葉が、途中で止まる。
「……急に、実感湧きません?」
蓮は、スクロールする指を止めた。
「結婚、なんだなって」
優真のその一言で、空気が変わる。
大きく揺れるわけじゃない。
ただ、部屋の中の温度が、ほんの少しだけ変わった。
蓮は、画面から視線を外し、優真の手元を見る。
タブレットを支える指。そこに嵌まっている指輪。
自分の左手にも、同じ重さがある。
何気ないふりをして、指先を伸ばし、優真の手を握った。
その瞬間――
カチッ、と小さな音がして、指輪同士が軽くぶつかる。
音は小さい。
でも、やけに耳に残った。
二人とも、一瞬、動かなくなる。
優真が、ゆっくり瞬きをした。
「……蓮さん?」
小さな声。
蓮は、指を離さない。
むしろ、ほんの少しだけ寄せる。
その距離で、十分だった。
(……蓮さん、ちょっと意識してそう)
優真の中で、はっきりと理解する。
優真は慌てて視線を逸らした。
「……もう」
耳まで、分かりやすく赤い。
「今、調べてる途中なんですけど」
「うん、でもなんかさ、優真が可愛くて、」
蓮は素直に返す。
「……っ」
出会って何年経っても当然のようにくれる言葉。
タブレットを持つ手が、わずかに震えた。
「あ、そうそう。
タキシード、何色着たい?」
唐突に、蓮が言った。
「え?」
「白かな?まっさらだもんなー?」
距離を詰めながら、興味津々といった感じだった。
「急ですね?…うーん、柔らかい白ですかね、やっぱ…
蓮さんは、濃いめの色ですか?やっぱ、」
「かなー、ほら。このグレーとかかっこよくね?」
蓮は写真に映るタキシードを指差した。
シックな色味が、白を引き立たせていた。
「ふふ、何でも似合いますよ、蓮さんは」
声が小さい。
「優真は、可愛いだろうな。いや、ずっと可愛いんだけど?」
ぽつりと落ちたその一言で、優真の思考が一気に暴走する。
タキシードを着て立っている互いの姿。
視線を集めて、照れて、でも笑っている顔。
これからの人生を改めて誓い合う時間。
「……、ちょっと、」
声が、かなり小さい。
「勝手に想像させないでください」
「わ、めちゃくちゃしてるじゃん、かーわい」
「あっ!!してません!まだ!」
即答。
でも、目は合わない。
蓮は小さく笑って、優真の額に軽くキスをした。
それなのに、優真の肩が小さく跳ねる。
「……もうっ…続き、調べますよ」
「はいよ」
指先は、まだ絡んだまま。
離そうと思えば離せる距離なのに、どちらも動かない。
画面には、証人の項目。
必要人数。
書類の一覧。
でも、二人の視線は、そこにない。
指輪が、窓から差し込む光を受けて、静かに光っている。
未来の話をしているだけなのに、
今、この瞬間のほうが、やけに現実味を持っていた。
「……実感、湧いてきました?」
優真が、小さく聞く。
蓮は少し考えてから答える。
「ん」
間を置いて。
「思ってたより、静かに来るなって。今ドキドキした」
「ほらやっぱり、おれの言った通りですね!」
「はは、優真の言う通り!年上の威厳とかねぇな、」
そう言って、指を絡め直す。
ただ、並んで少し照れて、同じ未来を見ているふたりだった、
慌ただしいイギリスでの生活が、ようやく「日常」と呼べる形に落ち着いてきた頃だった。
仕事のリズムも掴めて、街の空気にも慣れてきて、
朝の曇り空を見ても、もう身構えなくなった。
オクスフォードの朝は、派手さはない。
空は低く、雲は重たい色をしていることが多い。
それでも、部屋の中にいるぶんには、静かで、悪くなかった。
ペントハウスは相変わらず静かだった。
大きな窓から差し込む光は、時間帯によって柔らかく表情を変える。
朝は淡く、昼は白く、夕方になると少しだけ金色を帯びる。
蓮はリビングのソファに腰を下ろし、タブレットを手にしていた。
背もたれに深く寄りかかるわけでもなく、前のめりになるでもない。
いつも通りの姿勢。
その隣に、優真がいる。
肩が触れるほど近い距離で、同じ画面を覗き込んでいた。
距離が近いこと自体は、もう特別じゃない。
この部屋で、二人で並ぶのは、いつものことだ。
ただ――
今日は、見ているものが違った。
「……あ、これですね」
蓮が指で画面をスクロールする。
「…Giving Noticeねぇ」
言葉に出してみると、少しだけ現実味が増す。
優真は、画面を見つめたまま、小さく頷いた。
「申請してから、最低28日…
その間に、何も問題がなければ、式を挙げられるって書いてますね、」
優真の声は落ち着いている。
でも、ほんの少しだけ上ずっているのを、蓮は聞き逃さなかった。
「優真、ドキドキしてる?」
「えっ、それは…しません?!結婚ですよ?」
優真は顔を赤らめながら蓮の方を見る。
「んー、俺は言ってなんだけどまだ実感がなぁ~…」
淡々と答えながら、蓮は画面を読み進める。
必要書類。
身分証明。
居住証明。
どれも、今の自分たちなら揃えられる。
「今に蓮さんもドキドキしますからね!
…で、続きですけど、指定されたカウンシルなら、どこでも式は挙げられるらしくて…」
(可愛いなぁ、優真は)
ただの情報共有のはずだった。
声も、特別な感情を含ませたわけじゃない。
式場を見ていくと、ふと目が止まった。
「イズリントン・タウンホール…、へぇ」
画面には、石造りの建物が映っている。
高い天井。
柔らかな自然光。
派手ではないが、時間を重ねた重みがある。
「ここ、結構シビルパートナーシップでも人気らしいですね」
優真が写真に映るパートナー達を見つめながら微笑んだ。
「おー、いいじゃんこれ」
蓮は短くそう言った。
「ですよね」
優真は、少しだけ安心したように笑った。
「写真見てたら……」
言葉が、途中で止まる。
「……急に、実感湧きません?」
蓮は、スクロールする指を止めた。
「結婚、なんだなって」
優真のその一言で、空気が変わる。
大きく揺れるわけじゃない。
ただ、部屋の中の温度が、ほんの少しだけ変わった。
蓮は、画面から視線を外し、優真の手元を見る。
タブレットを支える指。そこに嵌まっている指輪。
自分の左手にも、同じ重さがある。
何気ないふりをして、指先を伸ばし、優真の手を握った。
その瞬間――
カチッ、と小さな音がして、指輪同士が軽くぶつかる。
音は小さい。
でも、やけに耳に残った。
二人とも、一瞬、動かなくなる。
優真が、ゆっくり瞬きをした。
「……蓮さん?」
小さな声。
蓮は、指を離さない。
むしろ、ほんの少しだけ寄せる。
その距離で、十分だった。
(……蓮さん、ちょっと意識してそう)
優真の中で、はっきりと理解する。
優真は慌てて視線を逸らした。
「……もう」
耳まで、分かりやすく赤い。
「今、調べてる途中なんですけど」
「うん、でもなんかさ、優真が可愛くて、」
蓮は素直に返す。
「……っ」
出会って何年経っても当然のようにくれる言葉。
タブレットを持つ手が、わずかに震えた。
「あ、そうそう。
タキシード、何色着たい?」
唐突に、蓮が言った。
「え?」
「白かな?まっさらだもんなー?」
距離を詰めながら、興味津々といった感じだった。
「急ですね?…うーん、柔らかい白ですかね、やっぱ…
蓮さんは、濃いめの色ですか?やっぱ、」
「かなー、ほら。このグレーとかかっこよくね?」
蓮は写真に映るタキシードを指差した。
シックな色味が、白を引き立たせていた。
「ふふ、何でも似合いますよ、蓮さんは」
声が小さい。
「優真は、可愛いだろうな。いや、ずっと可愛いんだけど?」
ぽつりと落ちたその一言で、優真の思考が一気に暴走する。
タキシードを着て立っている互いの姿。
視線を集めて、照れて、でも笑っている顔。
これからの人生を改めて誓い合う時間。
「……、ちょっと、」
声が、かなり小さい。
「勝手に想像させないでください」
「わ、めちゃくちゃしてるじゃん、かーわい」
「あっ!!してません!まだ!」
即答。
でも、目は合わない。
蓮は小さく笑って、優真の額に軽くキスをした。
それなのに、優真の肩が小さく跳ねる。
「……もうっ…続き、調べますよ」
「はいよ」
指先は、まだ絡んだまま。
離そうと思えば離せる距離なのに、どちらも動かない。
画面には、証人の項目。
必要人数。
書類の一覧。
でも、二人の視線は、そこにない。
指輪が、窓から差し込む光を受けて、静かに光っている。
未来の話をしているだけなのに、
今、この瞬間のほうが、やけに現実味を持っていた。
「……実感、湧いてきました?」
優真が、小さく聞く。
蓮は少し考えてから答える。
「ん」
間を置いて。
「思ってたより、静かに来るなって。今ドキドキした」
「ほらやっぱり、おれの言った通りですね!」
「はは、優真の言う通り!年上の威厳とかねぇな、」
そう言って、指を絡め直す。
ただ、並んで少し照れて、同じ未来を見ているふたりだった、
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