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気づけば、一週間が経っていた。
いや、「気づけば」って言うのも変か。
毎日ちゃんと起きて、指名を受けて、生き延びている。
でも、シフト表を見て、はっとした。
……休み、まだ一日じゃん。
思わず指折り数え直す。
初日。
二日目。
三日目。
……あれ?
一日だけ、確かに休みがあった。
街を歩いて、デートしてえっちしちゃった。
それ以外、
全部、仕事。お尻の耐久度すごくない?
……うん。
でも。そうだった。前の職場よりは、休みある。
前の職場、一週間どころか、月単位で休みの概念がなかった。
「休むって何?」
「有給? 都市伝説?」
そんな世界。
でもここには休みがあった。まずはそれでいいか。
俺は、自分にそう言い聞かせながら、現実に戻る。
そう、今の俺のタスクに。
息を荒げながらスライムを弄ぶアルベルト。
彼の口からちょこちょこ出てくる「二輪挿し」という単語を、どう無傷でやり過ごすか。
開始五分で、難易度が高すぎる。
「昴っ…」
呼び方が、もう危険。
アルベルトの声が、やけに低い。
視線の端では、スライムが意思を持っているんじゃないかってくらい、落ち着きなく蠢いている。
こわいよ。
……嫌な予感しかしない。
「今日は、提案があるのですが」
提案。
アルベルトの口から出る「提案」は、だいたい選択肢が存在しない。
「待って」
俺は反射的に手を上げた。
「その前に確認していいです?」
アルベルトが首を傾げる。
「何を?」
「……それ、俺のお尻の耐久値、考慮してます?」
一瞬の沈黙。
その沈黙の“質”で分かる。あ、考慮してない。
「だって!前回は問題ありませんでした」
アルベルトは真顔で言う。答えになってない。
前回というのはスライムを交えた4Pという実績のこと。休みの日のアレだ。
「前回は奇跡みたいなもんですよ、再現性はありません。
…ドサクサにまぎれてお尻にスライム入れてきたでしょ」
俺は真剣だ。命の話をしている。
「二輪挿しは」
アルベルトは言葉を選びながら続ける。
「効率的です」
効率。何の。
その時。
「悪くない案だ」
ガルドが、普通に頷いた。
……は?
待って。
なんで、この人まで乗り気なの?
俺は思わず振り返った。
「ガルド…ここでそれに賛同するの、どうかと思う。…思うんですが!?」
「壊すつもりはない」
ガルドは即答する。
「支える」
支える、の使い方がなんか違う。
俺は頭を抱えた。
「……そろそろ、俺のお尻、壊れるんじゃないかなって思うんですけど」
正直な不安。切実だ。
アルベルトが、少しだけ考え込む。
「……では」
一拍。
「代替案を」
胸をなで下ろしかけた、その時。
「リーネにあの棒、借りてきますね」
しょんぼりした声。
しょんぼりしてるのに、行動が早い。
……待って。棒とは?
この人、俺のお尻に“ナニ”を“何本”挿そうとしている……?
ガルドが、なぜか納得した顔で頷く。
「なるほど、段階的、だな」
何言ってんの?
踏む段階の方向、絶対そっちじゃない。
俺は天井を仰いだ。
回避したつもりで、地雷を増やした。
この職場、提案は却下しても、必ず別ルートが出てくるじゃん。
――
リーネ棒(なんかリーネの分身みたいで嫌だな)を机に置いたまま、俺はしばらく動けなかった。
これはどう見てもアダルトグッズ。
どう言い逃れしても用途が明白。
そして何より――見覚えがありすぎる。
「……これさ」
喉が一度鳴る。
「OJTのときに、俺のお尻に入れられたやつじゃん」
言ってから、自分で一瞬フリーズした。
……なんで、そんなことを冷静に言えてるんだ、俺。
アルベルトは、きょとんと首を傾げる。
「OJT?…リーネが持っているものですから、まぁ、同一規格でしょう」
規格。
人のお尻に入るものを工業製品みたいに扱うな。
俺はリーネ棒から目を逸らし、そのまま天井を見た。
……そうだ。
あれよあれよという間に脱がされて、
仕事に入る前の確認。反応を見るだけ。
その言葉に気づいたら、お尻を差し出していた。
疑問を持つ前に、納得していた。
「……あー」
今さら、思考が追いつく。
「俺、何にOJTって納得してたの?」
新卒社畜にとって、OJTは正義だ。
現場で覚える。
分からないことはやりながら学ぶ。
言われた通りにやるのが、一番早くて、一番安全。
そう刷り込まれてきた。
でも。
お尻に棒を入れられることまで、俺はOJTとして飲み込んでいた。いや意味わからん。
ここで、ようやく、胸の奥がじわっと冷える。
「……俺さ」
思わず、二人を見る。
「社畜だったんです。
新卒だし、こうだって言われたら、“そういうもの”って思うタイプで」
ガルドが、眉を寄せる。
「社畜?」
アルベルトも、首を傾げる。
「それは、どのような職業形態ですか」
……あ。
この人たち、社畜という概念がない。
俺は、軽く咳払いをした。
「えーとですね、雇われて働くんですけど…業務量が過剰でも断れなくて。
休日が削られても“仕方ない”って思わされるやつです」
説明できてるってことは客観的に見れてるわけで。
なんか言ってて悲しくなってきた。
でも二人とも、真剣に聞いている。
「で、OJTっていうのは、仕事をしながら教わる仕組みで、俺の理解的には“現場で慣れろ”が合言葉です」
アルベルトが、静かに確認する。
「拒否権は?」
「……形式上はあります」
ガルドが、さらに聞く。
「命の危険は?」
「……まあ、長く続くと精神的には」
二人の顔が、少し曇る。
「合理的とは言えませんね」
アルベルトが言う。
「生きるための働き方ではない」
ガルドも続ける。
……そうなんだよ。
俺は、異世界に来てから、少しずつそれに気づいていた。
「なんか、この世界に来てから“それ、おかしくない?”って思えるようになってきて」
苦笑する。
「前は、疑問持つ前に飲み込んでたんですけど」
二人は、変わらず黙って聞いている。
そこで、ふと思った。
「……逆に、勇者って、どういう職業形態なんです?」
二人同時に、一瞬止まる。
「業務理念?とか、働き方とか…モチベーションとか」
沈黙。
そして、答えは真っ二つに割れた。
ガルドが、真っ直ぐ言う。
「生きる術だ」
即答。
「家業であり、適材適所。強きを挫き、弱きを守る」
重い。真っ当。筋が通っている。
……さすが顔整い雄勇者。
アルベルトの方を見る。
「……僕は」
一拍。
「モテたい」
……え?
空気が、止まる。
「え?」
俺が言う。
「モテたい?」
アルベルトは、少し照れたように、でも真顔だ。
「はい。勇者は、目立つ職業ですから。
注目される、賞賛される。結果、モテる」
論理は、成立している。
しているけど。
「……それだけ?」
思わず聞き返す。
「もっと、使命とか、責任とか世界を救う覚悟とか」
アルベルトは、少し考えてから言った。
「それは、付随します。あとから」
付随。
「もっとまともだと思ってたんだけど」
思わず、口に出た。
ガルドが、低く笑う。
「アルベルトは正直だ」
正直すぎる。
俺はリーネ棒を見て、二人を見て、深く息を吐いた。
「……まあ、社畜よりは、だいぶ健全かもしれないですね」
少なくとも、お尻に棒を入れられて“研修だ”って納得する文化はない。
……たぶん、この世界に来て俺は少しずつ、“働き方”を疑い始めている。
それが成長なのか、単なる開き直りなのかは分からない。
でも何でも受け入れるのは、もうやめようと思った。
……棒に関しては、特に。
――
OJTだの社畜だの、働き方と人生観のすり合わせが、
ようやく一段落したその直後だった。
俺は内心、
「よし、今日はここまでだな」
と勝手に締めに入っていた。
価値観のズレはあった。でも、話は通じた。
勇者二人も、少なくとも
「社畜とは何か」
「なぜ昴が何でも納得してしまうのか」
は理解し始めていた。
……はずだった。
アルベルトが、すっと背筋を伸ばした。
「補足ですが」
嫌な予感。
「僕、童貞喪失――つまり初体験が、スライムで……」
………………。
「誰も聞いてませんが?!?!?!」
反射で声が飛び出した。
「突然なんですか?!その話題、どこから出てきた?!補足とは?!」
アルベルトは、きょとんとした顔だ。
「昴が“実地研修”の重要性を説明してくれたので、関連事項として」
関連させるな。
ガルドが、眉を寄せる。
「……それは、どういう意味だ」
「柔軟性があり、安全性が高く、段階的な慣れが可能でした」
研究発表か。
「待って」
俺は手を上げた。
「それ、“初体験”の説明じゃなくて、検証結果の報告です」
アルベルトは少し考え、
「とにかく気持ちよくて」
とだけ言った。
やめろ。
その流れで、なぜかガルドが口を開く。
「……俺は」
嫌な予感、第二波。
「町の娘だ」
……。
いや、生々しいが?
俺は額を押さえた。
「ちょっと待ってください。その情報、今いる?」
「一般的だろう」
ガルドは真顔だ。
一般的って便利だな。
「じゃあ、なんでそこから、娼館で男を抱く流れになるんですか」
もう広げたれ。我ながら踏み込んだ質問をしたなとは思った。
ガルドは、少し言いにくそうに視線を逸らした。
「……穴の、」
は?
「締まり具合が……」
やめろ。
「キツいのが……」
止まれ。
「使い込むと、緩むのが……」
完全アウト。
「許せなくて……」
許せない?終了。
「尻の穴は……比較的……」
比較的、何???
「はい終了!!!」
俺は反射的に遮った。
「そこから先はもういいです!」
アルベルトが、なぜか真剣に頷く。
「緩むとかあるんですかね?人体的に。スライムはいつもキツくできますけど」
そういう問題じゃない、説くな。
ガルドは途中で止められ、少し不満そうに黙った。
……黙った顔が、また無駄にかっこいい。
くそ。
「あーーーーーだめだわ俺!!!!」
頭を抱える。
「顔整い雄勇者だからって、何言ってても許しちゃだーーーめだわ!!」
心の中で、倫理と理性が必死に抵抗している。
でも、ちらっと見てしまう。
……はぁ、かっこいい。
「ほんと、罪」
ぽつりと零れたその瞬間。
「……あの、昴、」
ガルドが、珍しく言いよどんだ。
「その、“顔整い雄勇者”というのは……」
一瞬、視線が泳ぐ。
「……俺か?」
……わお。照れてる?
「え?」
思わず素で返す。
この人、自分の顔面評価を今さら確認しに来た?
いや確かに俺の心のあだ名が漏れてしまったせいでもあるが。
「……はい」
視線を逸らしながら答える。
「ガルドさん、です」
「そうか」
一拍。
口角が、ほんのわずかに上がる。
……喜んでる。
なんでそんなことで満足する。
アルベルトが、食い気味に割り込んだ。
「じゃあ僕! 僕は?!」
前のめりすぎ。
「呼び名、ありますか」
目が、きらきらしている。
「……えーと」
逃げ場なし。
「スライム王子です」
沈黙。
「え?」
アルベルトが瞬きをする。
「スライム……王子?」
「はい。スライム王子」
俺の即答に数秒考えてから、アルベルトは頷いた。
「……なるほど。僕の専門性と、印象を的確に表していますね」
納得するな。
ガルドが、低く笑う。
「悪くない」
あ、なんかウケてる。
初体験の話は地獄。
価値観は極端。
発言は危険。
でも。
顔がいい。照れる。変に真面目。
この世界に来て、俺は社畜のあり方に疑問を持ち、勇者の倫理観に翻弄され、初体験トークで疲弊し、あだ名バレをしている。
一人は顔整い雄勇者で照れ、もう一人はスライム王子で満足。
俺の命名センス、なんでこんなに刺さってるの。
アルベルトは、にこりと微笑んだ。
「では次は、昴の呼び名を」
「いらないです!!」
即答。全力拒否。
ガルドが、楽しそうに言う。
「もうあるだろう」
……あるな。
マンホール、男の穴。
「…ちょっと!」
それだけは、断固として正式採用させないと誓いたかった。
いや、「気づけば」って言うのも変か。
毎日ちゃんと起きて、指名を受けて、生き延びている。
でも、シフト表を見て、はっとした。
……休み、まだ一日じゃん。
思わず指折り数え直す。
初日。
二日目。
三日目。
……あれ?
一日だけ、確かに休みがあった。
街を歩いて、デートしてえっちしちゃった。
それ以外、
全部、仕事。お尻の耐久度すごくない?
……うん。
でも。そうだった。前の職場よりは、休みある。
前の職場、一週間どころか、月単位で休みの概念がなかった。
「休むって何?」
「有給? 都市伝説?」
そんな世界。
でもここには休みがあった。まずはそれでいいか。
俺は、自分にそう言い聞かせながら、現実に戻る。
そう、今の俺のタスクに。
息を荒げながらスライムを弄ぶアルベルト。
彼の口からちょこちょこ出てくる「二輪挿し」という単語を、どう無傷でやり過ごすか。
開始五分で、難易度が高すぎる。
「昴っ…」
呼び方が、もう危険。
アルベルトの声が、やけに低い。
視線の端では、スライムが意思を持っているんじゃないかってくらい、落ち着きなく蠢いている。
こわいよ。
……嫌な予感しかしない。
「今日は、提案があるのですが」
提案。
アルベルトの口から出る「提案」は、だいたい選択肢が存在しない。
「待って」
俺は反射的に手を上げた。
「その前に確認していいです?」
アルベルトが首を傾げる。
「何を?」
「……それ、俺のお尻の耐久値、考慮してます?」
一瞬の沈黙。
その沈黙の“質”で分かる。あ、考慮してない。
「だって!前回は問題ありませんでした」
アルベルトは真顔で言う。答えになってない。
前回というのはスライムを交えた4Pという実績のこと。休みの日のアレだ。
「前回は奇跡みたいなもんですよ、再現性はありません。
…ドサクサにまぎれてお尻にスライム入れてきたでしょ」
俺は真剣だ。命の話をしている。
「二輪挿しは」
アルベルトは言葉を選びながら続ける。
「効率的です」
効率。何の。
その時。
「悪くない案だ」
ガルドが、普通に頷いた。
……は?
待って。
なんで、この人まで乗り気なの?
俺は思わず振り返った。
「ガルド…ここでそれに賛同するの、どうかと思う。…思うんですが!?」
「壊すつもりはない」
ガルドは即答する。
「支える」
支える、の使い方がなんか違う。
俺は頭を抱えた。
「……そろそろ、俺のお尻、壊れるんじゃないかなって思うんですけど」
正直な不安。切実だ。
アルベルトが、少しだけ考え込む。
「……では」
一拍。
「代替案を」
胸をなで下ろしかけた、その時。
「リーネにあの棒、借りてきますね」
しょんぼりした声。
しょんぼりしてるのに、行動が早い。
……待って。棒とは?
この人、俺のお尻に“ナニ”を“何本”挿そうとしている……?
ガルドが、なぜか納得した顔で頷く。
「なるほど、段階的、だな」
何言ってんの?
踏む段階の方向、絶対そっちじゃない。
俺は天井を仰いだ。
回避したつもりで、地雷を増やした。
この職場、提案は却下しても、必ず別ルートが出てくるじゃん。
――
リーネ棒(なんかリーネの分身みたいで嫌だな)を机に置いたまま、俺はしばらく動けなかった。
これはどう見てもアダルトグッズ。
どう言い逃れしても用途が明白。
そして何より――見覚えがありすぎる。
「……これさ」
喉が一度鳴る。
「OJTのときに、俺のお尻に入れられたやつじゃん」
言ってから、自分で一瞬フリーズした。
……なんで、そんなことを冷静に言えてるんだ、俺。
アルベルトは、きょとんと首を傾げる。
「OJT?…リーネが持っているものですから、まぁ、同一規格でしょう」
規格。
人のお尻に入るものを工業製品みたいに扱うな。
俺はリーネ棒から目を逸らし、そのまま天井を見た。
……そうだ。
あれよあれよという間に脱がされて、
仕事に入る前の確認。反応を見るだけ。
その言葉に気づいたら、お尻を差し出していた。
疑問を持つ前に、納得していた。
「……あー」
今さら、思考が追いつく。
「俺、何にOJTって納得してたの?」
新卒社畜にとって、OJTは正義だ。
現場で覚える。
分からないことはやりながら学ぶ。
言われた通りにやるのが、一番早くて、一番安全。
そう刷り込まれてきた。
でも。
お尻に棒を入れられることまで、俺はOJTとして飲み込んでいた。いや意味わからん。
ここで、ようやく、胸の奥がじわっと冷える。
「……俺さ」
思わず、二人を見る。
「社畜だったんです。
新卒だし、こうだって言われたら、“そういうもの”って思うタイプで」
ガルドが、眉を寄せる。
「社畜?」
アルベルトも、首を傾げる。
「それは、どのような職業形態ですか」
……あ。
この人たち、社畜という概念がない。
俺は、軽く咳払いをした。
「えーとですね、雇われて働くんですけど…業務量が過剰でも断れなくて。
休日が削られても“仕方ない”って思わされるやつです」
説明できてるってことは客観的に見れてるわけで。
なんか言ってて悲しくなってきた。
でも二人とも、真剣に聞いている。
「で、OJTっていうのは、仕事をしながら教わる仕組みで、俺の理解的には“現場で慣れろ”が合言葉です」
アルベルトが、静かに確認する。
「拒否権は?」
「……形式上はあります」
ガルドが、さらに聞く。
「命の危険は?」
「……まあ、長く続くと精神的には」
二人の顔が、少し曇る。
「合理的とは言えませんね」
アルベルトが言う。
「生きるための働き方ではない」
ガルドも続ける。
……そうなんだよ。
俺は、異世界に来てから、少しずつそれに気づいていた。
「なんか、この世界に来てから“それ、おかしくない?”って思えるようになってきて」
苦笑する。
「前は、疑問持つ前に飲み込んでたんですけど」
二人は、変わらず黙って聞いている。
そこで、ふと思った。
「……逆に、勇者って、どういう職業形態なんです?」
二人同時に、一瞬止まる。
「業務理念?とか、働き方とか…モチベーションとか」
沈黙。
そして、答えは真っ二つに割れた。
ガルドが、真っ直ぐ言う。
「生きる術だ」
即答。
「家業であり、適材適所。強きを挫き、弱きを守る」
重い。真っ当。筋が通っている。
……さすが顔整い雄勇者。
アルベルトの方を見る。
「……僕は」
一拍。
「モテたい」
……え?
空気が、止まる。
「え?」
俺が言う。
「モテたい?」
アルベルトは、少し照れたように、でも真顔だ。
「はい。勇者は、目立つ職業ですから。
注目される、賞賛される。結果、モテる」
論理は、成立している。
しているけど。
「……それだけ?」
思わず聞き返す。
「もっと、使命とか、責任とか世界を救う覚悟とか」
アルベルトは、少し考えてから言った。
「それは、付随します。あとから」
付随。
「もっとまともだと思ってたんだけど」
思わず、口に出た。
ガルドが、低く笑う。
「アルベルトは正直だ」
正直すぎる。
俺はリーネ棒を見て、二人を見て、深く息を吐いた。
「……まあ、社畜よりは、だいぶ健全かもしれないですね」
少なくとも、お尻に棒を入れられて“研修だ”って納得する文化はない。
……たぶん、この世界に来て俺は少しずつ、“働き方”を疑い始めている。
それが成長なのか、単なる開き直りなのかは分からない。
でも何でも受け入れるのは、もうやめようと思った。
……棒に関しては、特に。
――
OJTだの社畜だの、働き方と人生観のすり合わせが、
ようやく一段落したその直後だった。
俺は内心、
「よし、今日はここまでだな」
と勝手に締めに入っていた。
価値観のズレはあった。でも、話は通じた。
勇者二人も、少なくとも
「社畜とは何か」
「なぜ昴が何でも納得してしまうのか」
は理解し始めていた。
……はずだった。
アルベルトが、すっと背筋を伸ばした。
「補足ですが」
嫌な予感。
「僕、童貞喪失――つまり初体験が、スライムで……」
………………。
「誰も聞いてませんが?!?!?!」
反射で声が飛び出した。
「突然なんですか?!その話題、どこから出てきた?!補足とは?!」
アルベルトは、きょとんとした顔だ。
「昴が“実地研修”の重要性を説明してくれたので、関連事項として」
関連させるな。
ガルドが、眉を寄せる。
「……それは、どういう意味だ」
「柔軟性があり、安全性が高く、段階的な慣れが可能でした」
研究発表か。
「待って」
俺は手を上げた。
「それ、“初体験”の説明じゃなくて、検証結果の報告です」
アルベルトは少し考え、
「とにかく気持ちよくて」
とだけ言った。
やめろ。
その流れで、なぜかガルドが口を開く。
「……俺は」
嫌な予感、第二波。
「町の娘だ」
……。
いや、生々しいが?
俺は額を押さえた。
「ちょっと待ってください。その情報、今いる?」
「一般的だろう」
ガルドは真顔だ。
一般的って便利だな。
「じゃあ、なんでそこから、娼館で男を抱く流れになるんですか」
もう広げたれ。我ながら踏み込んだ質問をしたなとは思った。
ガルドは、少し言いにくそうに視線を逸らした。
「……穴の、」
は?
「締まり具合が……」
やめろ。
「キツいのが……」
止まれ。
「使い込むと、緩むのが……」
完全アウト。
「許せなくて……」
許せない?終了。
「尻の穴は……比較的……」
比較的、何???
「はい終了!!!」
俺は反射的に遮った。
「そこから先はもういいです!」
アルベルトが、なぜか真剣に頷く。
「緩むとかあるんですかね?人体的に。スライムはいつもキツくできますけど」
そういう問題じゃない、説くな。
ガルドは途中で止められ、少し不満そうに黙った。
……黙った顔が、また無駄にかっこいい。
くそ。
「あーーーーーだめだわ俺!!!!」
頭を抱える。
「顔整い雄勇者だからって、何言ってても許しちゃだーーーめだわ!!」
心の中で、倫理と理性が必死に抵抗している。
でも、ちらっと見てしまう。
……はぁ、かっこいい。
「ほんと、罪」
ぽつりと零れたその瞬間。
「……あの、昴、」
ガルドが、珍しく言いよどんだ。
「その、“顔整い雄勇者”というのは……」
一瞬、視線が泳ぐ。
「……俺か?」
……わお。照れてる?
「え?」
思わず素で返す。
この人、自分の顔面評価を今さら確認しに来た?
いや確かに俺の心のあだ名が漏れてしまったせいでもあるが。
「……はい」
視線を逸らしながら答える。
「ガルドさん、です」
「そうか」
一拍。
口角が、ほんのわずかに上がる。
……喜んでる。
なんでそんなことで満足する。
アルベルトが、食い気味に割り込んだ。
「じゃあ僕! 僕は?!」
前のめりすぎ。
「呼び名、ありますか」
目が、きらきらしている。
「……えーと」
逃げ場なし。
「スライム王子です」
沈黙。
「え?」
アルベルトが瞬きをする。
「スライム……王子?」
「はい。スライム王子」
俺の即答に数秒考えてから、アルベルトは頷いた。
「……なるほど。僕の専門性と、印象を的確に表していますね」
納得するな。
ガルドが、低く笑う。
「悪くない」
あ、なんかウケてる。
初体験の話は地獄。
価値観は極端。
発言は危険。
でも。
顔がいい。照れる。変に真面目。
この世界に来て、俺は社畜のあり方に疑問を持ち、勇者の倫理観に翻弄され、初体験トークで疲弊し、あだ名バレをしている。
一人は顔整い雄勇者で照れ、もう一人はスライム王子で満足。
俺の命名センス、なんでこんなに刺さってるの。
アルベルトは、にこりと微笑んだ。
「では次は、昴の呼び名を」
「いらないです!!」
即答。全力拒否。
ガルドが、楽しそうに言う。
「もうあるだろう」
……あるな。
マンホール、男の穴。
「…ちょっと!」
それだけは、断固として正式採用させないと誓いたかった。
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