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ある指名された日のことだった。
部屋に入ってきたガルドは、いつもより少しだけ静かだった。
鎧を外して、剣も置いている。
でも、戦場の空気が完全に抜けたわけじゃない。
椅子に腰を下ろしたあと、しばらく何も言わず、ただ俺を見ていた。
「…?」
まっすぐな視線が刺さる。逃げ場がない。
テーブルの上に、何かが置かれる。
…あ…名刺だ。
久々に見るそれに、一瞬呼吸を忘れた。
俺がマンホールに落ちたときに反射で差し出したやつ。
初めてガルドに抱かれた日にガルドが持ってたっけ、え、まだ持ってたの?
「……これ、お前の、世界のものだな」
ガルドは、名刺を指先で押さえたまま言った。
紙の質感も、文字の配置も、この世界のそれじゃない。
明星 昴
株式会社ミライソリューション
広報部
あのときは、意味があるかどうかなんて考えなかった。
営業先への対応と同じ動作で、肩にかけていた鞄を探して、名刺入れを取り出した。
一枚抜いて、揃えて、取引先でも顧客でもない相手に渡したんだ。
……社畜の条件反射。
「話を、聞きたい」
ガルドは、名刺から目を離さずに言った。
「お前の世界のこと、お前自身のことだ」
なんで今日そんな真剣なんだ?
抱きに来たのでは…?
「俺の…?」
声、ちっさ。
「…あぁ…好きな人のことは、知りたいだろう」
心臓が、変な鳴り方をした。
いや、顔良。
「へっ?」
体から始まった関係。見た目に流されて、気づけば指名が重なって。
“好きな人”という言葉を向けられると、胸の奥がざわつく。
…え、落ちない人、いる?
「あー…?好き、」
俺も好き…?なのかな。
内心で、首を傾げる。
「あぁ」
微笑むな、眩しい。
俺、いつからこんな感覚を持つようになった?
でも、拒む理由が見つからなかった。
「……大した話じゃないですよ」
そう前置きして、俺は話し始めた。
まぁいい、訊かれたことだけ答えよう。
学生時代。
必死に勉強して、ようやく入れた会社。
理不尽な指示。
評価されない努力の中でじわじわ形成されていく断れない空気。
「最初は、みんな同じだと思ってました。
きついのも、理不尽なのも、慣れれば普通になるって」
笑って話すけど、当時は笑えなかったなぁ。
ガルドは、途中で遮らない。
分かっているのか、分かっていないのか。
ただ、いつもの真剣な顔で頷く。
「……気づいたら」
言葉を探しながら、続ける。
「やめたいって思う前に、やめるって選択肢が頭から消えてました」
部屋に、静かな間が落ちた。
ガルドは、名刺を裏返しもう一度表に戻す。
そんなに珍しいか?それ。
「よく、生きていたな」
その一言が、やけに重く響く。
「ふふ、帰りしなにマンホールに落ちましたけど」
褒め言葉なのか、同情なのか、それとも評価なのか。
分からないけど、不思議と否定したくならなかった。
でも恥ずかしくなって、自分でオチをつけてしまった。落ちた、だけに。
あ、今のはなし。
「……で、話を聞いていたら、その…」
ガルドが、少し言いづらそうに続ける。
目線は自身の股間…股間?
……え?
そちら、勃ってしまってます…?
「え?ちょっと…
どこに、そんな要素ありました?」
労働の話ですよ?
社畜の構造ですよ?
夢も希望も削れる話ですよ?
ガルドは、困ったように眉を寄せた。
「命のやり取りが…お前が真剣に話しているのを聞いていたら、」
はい?
「勃った」
……あーーーー。
理解した瞬間、変な笑いが込み上げる。
この人は、生き死にに欲情するタイプの方?
「えっと…顔が良ければ、何でも許されると思ってません?」
半分本気、半分諦め。
ガルドは、わずかに口角を上げた。
「さあな、顔がいいのか?俺は」
さあな、じゃない。そこじゃない。
名刺は、ガルドの手に握られたまま。
距離が詰まる。
真剣な話をしていたはずなのに、空気が別の方向に傾いていく。
顔を掴まれ、深いキスをされる。
「あっ…、ふ、ぁ」
声が漏れた瞬間、もう考える余裕はなかった。
いつもの、頭真っ白。チカチカ。
…気持ちいい。
…なんてこった。
ベッドに押し倒されて、するすると服を脱がされて、前を扱かれ後ろを攻められる。
ぐちゅ、ぐちゅ、と響く水音。
ねぇ、いつまで名刺握ってるんだ?
「ぅんっ…?!」
余計なことを考えせいか、いきなり貫かれた熱と質量に変な声が出た。あ、変な声はいつもか。
「く、きついな…」
そんなガルドの独り言と、ぱん、ぱんという肉のぶつかる音。
「あ、ぁ、…ひっ、ガルドさんっ…」
ぱちゅっと水音がいやらしく響く。
どんどん快感がかき集められ、イきそうになって。
ぐっと深く突かれると、反射で顔を上げてしまう。
体から始まった関係に、いつの間にか、意味が追いついてきてしまったことだけが少し、怖かった。
「ぐ、」
ベッドにぼん、と手を置いたガルド。
俺の腰を掴み直して深く腰を叩き込んだその時…
「あ、でっ…」
目の前には俺の名刺が置かれていた。
あ、待って、待って待って。
…間に合わない。
「あ、ぁーーー…っ」
俺、俺の名刺に、誤射。
いや、誤射というかもう…不可避だよこんなの。
なんでここに置いた?
「…………」
俺、完全に硬直。
ガルドが、明らかに慌てている。
「……あー、その……」
言葉を探して、見つからない顔。
視線を逸らしたまま。
「……すまない、持ったままだと、昴の腰が、掴めなくて」
……なるほど?
次の瞬間、喉の奥から変な音が出て、それがそのまま笑いに変わった。
「……っ、ふ」
止まらない。
息を整えようとして無理で。
「いや、なんで、そこに置いたんですか」
名刺をつまみ上げて、一度だけ、くしゃっと折る。
辛かった記憶もバカみたいでゴミ箱に捨ててしまおう。
「……事故?」
肩の力が抜けた。
ガルドが、恐る恐るこっちを見る。
「……怒っていないか?」
「怒る要素、どこですか」
笑いながら言うと、ガルドの口元も、やっと緩んだ。
「……なら、よかった」
次の瞬間、二人同時に、ふっと笑ってしまった。
「あ、」
笑った拍子に後ろからガルドの精液が出てくる。
もう、なんなんだよこれ。
散々だけど笑ってしまう。
いや、ちょっと待て。
名刺に自分のぶっかけて、後ろから精液出てきて。
いやほんと、人生何あるかわからなすぎない?!
でも、ほかほかタオルで拭かれると、そんなことどうでも良くなる俺だった。
さすが社畜、切り替えが早いな。
部屋に入ってきたガルドは、いつもより少しだけ静かだった。
鎧を外して、剣も置いている。
でも、戦場の空気が完全に抜けたわけじゃない。
椅子に腰を下ろしたあと、しばらく何も言わず、ただ俺を見ていた。
「…?」
まっすぐな視線が刺さる。逃げ場がない。
テーブルの上に、何かが置かれる。
…あ…名刺だ。
久々に見るそれに、一瞬呼吸を忘れた。
俺がマンホールに落ちたときに反射で差し出したやつ。
初めてガルドに抱かれた日にガルドが持ってたっけ、え、まだ持ってたの?
「……これ、お前の、世界のものだな」
ガルドは、名刺を指先で押さえたまま言った。
紙の質感も、文字の配置も、この世界のそれじゃない。
明星 昴
株式会社ミライソリューション
広報部
あのときは、意味があるかどうかなんて考えなかった。
営業先への対応と同じ動作で、肩にかけていた鞄を探して、名刺入れを取り出した。
一枚抜いて、揃えて、取引先でも顧客でもない相手に渡したんだ。
……社畜の条件反射。
「話を、聞きたい」
ガルドは、名刺から目を離さずに言った。
「お前の世界のこと、お前自身のことだ」
なんで今日そんな真剣なんだ?
抱きに来たのでは…?
「俺の…?」
声、ちっさ。
「…あぁ…好きな人のことは、知りたいだろう」
心臓が、変な鳴り方をした。
いや、顔良。
「へっ?」
体から始まった関係。見た目に流されて、気づけば指名が重なって。
“好きな人”という言葉を向けられると、胸の奥がざわつく。
…え、落ちない人、いる?
「あー…?好き、」
俺も好き…?なのかな。
内心で、首を傾げる。
「あぁ」
微笑むな、眩しい。
俺、いつからこんな感覚を持つようになった?
でも、拒む理由が見つからなかった。
「……大した話じゃないですよ」
そう前置きして、俺は話し始めた。
まぁいい、訊かれたことだけ答えよう。
学生時代。
必死に勉強して、ようやく入れた会社。
理不尽な指示。
評価されない努力の中でじわじわ形成されていく断れない空気。
「最初は、みんな同じだと思ってました。
きついのも、理不尽なのも、慣れれば普通になるって」
笑って話すけど、当時は笑えなかったなぁ。
ガルドは、途中で遮らない。
分かっているのか、分かっていないのか。
ただ、いつもの真剣な顔で頷く。
「……気づいたら」
言葉を探しながら、続ける。
「やめたいって思う前に、やめるって選択肢が頭から消えてました」
部屋に、静かな間が落ちた。
ガルドは、名刺を裏返しもう一度表に戻す。
そんなに珍しいか?それ。
「よく、生きていたな」
その一言が、やけに重く響く。
「ふふ、帰りしなにマンホールに落ちましたけど」
褒め言葉なのか、同情なのか、それとも評価なのか。
分からないけど、不思議と否定したくならなかった。
でも恥ずかしくなって、自分でオチをつけてしまった。落ちた、だけに。
あ、今のはなし。
「……で、話を聞いていたら、その…」
ガルドが、少し言いづらそうに続ける。
目線は自身の股間…股間?
……え?
そちら、勃ってしまってます…?
「え?ちょっと…
どこに、そんな要素ありました?」
労働の話ですよ?
社畜の構造ですよ?
夢も希望も削れる話ですよ?
ガルドは、困ったように眉を寄せた。
「命のやり取りが…お前が真剣に話しているのを聞いていたら、」
はい?
「勃った」
……あーーーー。
理解した瞬間、変な笑いが込み上げる。
この人は、生き死にに欲情するタイプの方?
「えっと…顔が良ければ、何でも許されると思ってません?」
半分本気、半分諦め。
ガルドは、わずかに口角を上げた。
「さあな、顔がいいのか?俺は」
さあな、じゃない。そこじゃない。
名刺は、ガルドの手に握られたまま。
距離が詰まる。
真剣な話をしていたはずなのに、空気が別の方向に傾いていく。
顔を掴まれ、深いキスをされる。
「あっ…、ふ、ぁ」
声が漏れた瞬間、もう考える余裕はなかった。
いつもの、頭真っ白。チカチカ。
…気持ちいい。
…なんてこった。
ベッドに押し倒されて、するすると服を脱がされて、前を扱かれ後ろを攻められる。
ぐちゅ、ぐちゅ、と響く水音。
ねぇ、いつまで名刺握ってるんだ?
「ぅんっ…?!」
余計なことを考えせいか、いきなり貫かれた熱と質量に変な声が出た。あ、変な声はいつもか。
「く、きついな…」
そんなガルドの独り言と、ぱん、ぱんという肉のぶつかる音。
「あ、ぁ、…ひっ、ガルドさんっ…」
ぱちゅっと水音がいやらしく響く。
どんどん快感がかき集められ、イきそうになって。
ぐっと深く突かれると、反射で顔を上げてしまう。
体から始まった関係に、いつの間にか、意味が追いついてきてしまったことだけが少し、怖かった。
「ぐ、」
ベッドにぼん、と手を置いたガルド。
俺の腰を掴み直して深く腰を叩き込んだその時…
「あ、でっ…」
目の前には俺の名刺が置かれていた。
あ、待って、待って待って。
…間に合わない。
「あ、ぁーーー…っ」
俺、俺の名刺に、誤射。
いや、誤射というかもう…不可避だよこんなの。
なんでここに置いた?
「…………」
俺、完全に硬直。
ガルドが、明らかに慌てている。
「……あー、その……」
言葉を探して、見つからない顔。
視線を逸らしたまま。
「……すまない、持ったままだと、昴の腰が、掴めなくて」
……なるほど?
次の瞬間、喉の奥から変な音が出て、それがそのまま笑いに変わった。
「……っ、ふ」
止まらない。
息を整えようとして無理で。
「いや、なんで、そこに置いたんですか」
名刺をつまみ上げて、一度だけ、くしゃっと折る。
辛かった記憶もバカみたいでゴミ箱に捨ててしまおう。
「……事故?」
肩の力が抜けた。
ガルドが、恐る恐るこっちを見る。
「……怒っていないか?」
「怒る要素、どこですか」
笑いながら言うと、ガルドの口元も、やっと緩んだ。
「……なら、よかった」
次の瞬間、二人同時に、ふっと笑ってしまった。
「あ、」
笑った拍子に後ろからガルドの精液が出てくる。
もう、なんなんだよこれ。
散々だけど笑ってしまう。
いや、ちょっと待て。
名刺に自分のぶっかけて、後ろから精液出てきて。
いやほんと、人生何あるかわからなすぎない?!
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