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とある日。
夕方の職場の空気が違っていた。
廊下はやけに静かで、なのに声だけが低く、ひそひそと流れている。
「……帰ってきたらしいよ」
「え、まさか」
「うん、あの人」
「遅漏絶倫のエステバンだって」
……何の話だろ。なんか変な単語聞こえたけど…。
首を傾げていると、左右から、ほぼ同時に声が飛んできた。
「昴」
「昴!」
ガルドとアルベルトが、まるで打ち合わせたみたいに同時にこちらを見る。
「今日の指名…」
「俺だ」
「僕です」
……今、せーの、で言った?
「え?ちょ、待ってください」
二人が一歩前に出て、さらに一歩。
「だから、今日、」
その言葉を呑み込むように響く声。
「優先、使うよ」
振り向くと、男が立っていた。
……でかいおじさん。
まず、それ。
肩幅が広くて、胸板が厚い。
鎧は着てなくて、ガルドのデカさともまた違う。
茶色のミディアムヘアを後ろで軽く束ね、無精髭に褐色の肌。
……そしてシャツから覗くのは、胸毛。
隠す気、ない。
穏やかな笑みで、金貨の袋が、ことん、ことん、と置かれる。
全部で五袋。
「ガルド、アルベルト、失礼するよ。
三日三晩、この子を買おう。リーネ久しぶり、相変わらず綺麗だ」
空気が凍る。
ガルドが舌打ちし、アルベルトが目を細めた。
「……くそ」
「そんな額、出せません」
……そりゃそうだ。
俺は変なところで冷静になる。
俺自身の単価は知らないけど、毎日指名してたらそりゃあ金もなくなるだろう。
リーネは一瞬だけ目を閉じ、事務的に告げた。
「…やめろエステバン。
優先システム使うから、昴、移動して」
お?ここ知り合い?
そりゃ店やってれば知り合いか。
……というか初耳です。何そのシステム。
あとこの人がエステバンか。遅漏絶倫…。SS級とは。
そうして、俺はエステバンと二人きりになった。
部屋の中。
扉が閉まる前に、反射で口が動いていた。
「エステバンさん。明星、昴といいます」
完全に社畜の癖。
ご丁寧に30度のお辞儀まで出る。
エステバンは、少し目を丸くしてから柔らかく笑った。
「エステバンだよ。よろしく」
短くて、落ち着いた声。
……普通に名前交換してしまった。
そして距離が近い。
触れられる前から、体温が分かる距離。
いや、近いなほんと。
「緊張してる?
SS級二人に可愛がられてるって聞いてね。たくさん我慢してきたよ、」
「まあ……胸毛が印象的で」
あ。思ったまま口に出た。
…我慢とは?一瞬の沈黙。
それから、エステバンが声を立てずに笑う。
「ははっ、評価が独特だね」
「すみません、思わず」
そのときだった。
足元で、ぷるり、とした感触。
……あ。
「え、ちょ」
アルベルトのスライムだ。
いつの間にか、こっそり部屋の中に入り込んでいる。
「……おっと、侵入は感心しないね」
エステバンが、低く言う。
視線ひとつ。
次の瞬間、スライムは弾かれたように扉の外へ。
ぱたん
向こう側から、くぐもった声が聞こえる。
「あぁっ……!見つかった……」
アルベルトの嘆き。
なにやってんだよ、知らんわ。
エステバンは何事もなかったように、こちらに視線を戻す。
「こういう時、邪魔は嫌いでね」
……ですよね。
「じゃあ、」
そう言うとキスをされた。
ゆっくり、深く長い。
息が混ざる。何度も、何度も。
(……なんか、ぶどうの匂いする)
余裕か、俺。
終わらない、ねっとりとしたキス。
終わらないのに、嫌じゃない。
舌が絡んで、と言っても俺はなされるがまま、もつれた舌からどちらのものともつかない唾液が落ちる。
「ん、ふ、…っ」
あー、ちょっと、頭がくらくらするかも。
「まだだよ」
囁きが、耳に残る。
「……まだ、ぁ?」
つい、聞いてしまう。
「うん、まーだ」
時間が溶ける。
ぴちゃ、じゅる、
気持ちいい。なんかこう…大人の余裕というか。
ガルドやアルベルトみたいに押し付けがましくないのが、いい。
ただ……長い。ほんとに長い。
ガルドのぶつかるような衝撃やアルベルトのじわじわくる追い込みがない。
それに比べて、エステバンは“ひたすら続く”。
ムズムズはするが決定打が来ない。
あろうことか俺はひつじを数え始めた。
…そんなことある?
一匹。二匹。
キスは止まらない。
三匹。
四匹。
(胸毛、近いな……)
「慣れてるのかな?」
耳元で、低い声。ぶどうの香り。
あ、わかった。呑んでるな、これ。ワイン?
「……まぁ、」
誰に、とは言わない。
少しだけ、空気が変わる。
「よし、じゃあこっち、」
短い声。
そこから先は、時間の感覚が壊れるほどの愛撫の嵐。
前と後ろ、執拗に弄り、扱き、拡げる。
「ん、ぁ、」
長…いや、しつこいな?
ムズムズしっぱなしで、イケなくて、なんか腹立ってきた。
この日はエステバンは入れなかった。
遅漏絶倫を持ち越すな。
――
二日目の朝、俺はエステバンに抱きすくめられながら目が覚めた。
「…はっ…まだ二日目?」
思わず声が出る。いつの間に寝ていたんだ。
すごい、えっち中…いや、仕事中に寝れるんだ…。
ただ、下半身に熱は溜まっていくばかりで。
変に漲っている。困った。
エステバンが、少し驚いた顔をした。
「……珍しいね、俺ももう、若くないからなぁ。
昴は、こういうじっくりしたテクニック、嫌いかな?」
あ、なんか自信なくしてる…。
うーん、まだ若いからガツガツしたのが好きなのかなぁ。俺も俺の嗜好がわからん。
「あー、すみません、なんか疲れてたのもあって…気持ちよくて、寝てしまって…」
ちょっとトイレ行ってから続きしてもらおうかな。
そう思ってベッドから降りようとしたところ、エステバンに腕を捕まれ、ベッドに引き戻された。
ドサッ
昨日となんか目の輝きが違うエステバンと目が合う。
「まだだよ、」
笑ってるのに目が笑ってない、この人。
あと、俺トイレ行きたい。
「ぁ、え…あの、トイレ…」
漏れそう。
「んー?聞こえないなぁ。
あ、溜まってるって意味だったら俺も同じだからさ、気にしないでね?」
あー、なんか、怒らせて…?しまってる?
トイレ、行けない感じですかこれ。漏れそうですが。
ぐ、とお腹を押されてびっくりしている間に、十分解れきってる後ろに、エステバンのでかいそれがあてがわれた。
いや、俺も、たしかにムズムズしてて。
なんか決定打がないとか昨日は言ってごめんなさい、とか、言おうと思ったが、言葉にならない。
ぐい、と入って来た圧に、多分膀胱が圧迫された。
「……あっ、」
しょわ、と水音がして温かいものが内腿を伝う。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ。
漏らした。
「あーあ、我慢してたんだね。でも大丈夫だよ。
俺もそういうのは嫌いじゃない。我慢したあとに出すのは、気持ちがいいから」
言ってることがやばい。
あと俺もやばい。
エステバンはそのまま本当に何事もなかったかのように腰を打ち付け、精を放った。何が遅漏だ。
前も後ろもひどい有様だった。
ガルドとアルベルトはきっとあれでも手加減してたんだろう。
ふたりは優しい方なんだ、きっと。
軽く考えていた自分と今の状況が惨めでちょっと悲しくなった。
でもこれは仕事だし、ここでやめたらお金もなくなっちゃうし、きっと店にも迷惑がかかる。
自分のことよりよくわからないこの店のことを考えてしまう社畜。
あと一日だけ頑張れますか、俺。
三日目の終わり。
三日三晩は、本当に三日三晩だった。
いや、俺も何を言ってるのかちょっとわからない…。
部屋の空気がこもってて、漏らしたもの、青臭さやエステバンが開けた酒の匂いが広がる。
とにかく、終わった。
三日目は遅漏絶倫について身をもって知ることになった。もう漏らしたのがショックすぎてそうとしか言えない。
エステバンは満足そうに言った。
「はー!発散発散!
よかったよ、昴。また、溜めてから来るね」
「…次は金貨10袋です、」
俺はその一言を半ば命令みたいに吐き出した。
エステバンは穏やかな表情のまま、静かに踵を返した。
足音は重いのに、去り際は驚くほどあっさりしている。
そして、エステバン扉を開けると、入れ違いのようにガルドとアルベルトが駆け込んできた。
嫉妬、隠す気ゼロ。なんか変なオーラ出てる。
「昴!」
「昴、無事ですか?!」
ほとんど同時に聞こえた声に、俺の心はどこかほっとした。
息を切らしたガルドとアルベルト、距離が近い。
そして表情が真剣すぎる。
「……はぇ?」
間抜けな声が出る。
「……まさか、ずっと、いました?」
問いかけると、二人とも、ほぼ同時に視線を逸らした。
「…あぁ、…廊下に」
「……いましたね」
……いましたね、じゃない。
三日三晩。
ずっと。
その事実が、今さらじわっと効いてくる。
俺はふと、自分の姿に目を落とした。
クリーム色だったはずの衣装は、色も質感も、もはや別物になっている。
布は重く、あちこちが湿っていて、匂いも、混ざり合っていて。
……うん。
べちょべちょで臭い。
「……くさ…あ、でも、」
自分で言って、気づく。
疲労はあるけど、致命的な感じはない。
むしろ――妙に、元気。
解放感がすごい。なんかこれエステバンみたいで嫌だな。
ガルドとアルベルトが、目に見えて肩の力を抜いた。
「……よかった」
ガルドの声が、低く、柔らぐ。
「壊れてない」
アルベルトも、安堵を隠さずに言う。
「本当に……」
二人とも、一歩、近づいた。
……抱きしめたい、顔だ。
でも。
ガルドの視線が俺の衣装に落ちる。
そしてアルベルトと共に動きがぴたり、と止まる。
「……におうな、」
空気が、ちょっと気まずくなる。
「……その状態だと、さすがに……」
アルベルトが言葉を選ぶ。けど、選びきれてない。
ガルドは、咳払いひとつ。
「……後で、だな」
歯切れが悪い、ものすごく。
「……え?」
俺は眉を上げる。
「三日三晩、心配してたんですよね?」
二人とも、無言で頷く。
「……なら、もっと、こう…なんか、ありません?」
せめて、がんばったなとか。
アルベルトが苦笑する。
「……とりあえず。着替えてからで」
ガルドも、真面目な顔で続ける。
「風呂と洗濯が先だ」
……まぁ普通はそうか。
その様子がなんだか可笑しくて、俺は思わず笑ってしまった。
「…あの、お二人。
お金、貯めましょうか」
ぽろっと零すと、二人が同時に反応する。
「……努力する」
「ですね」
でも、すぐ現実に引き戻される。
アルベルトが肩を落とす。
「ただ、金貨五袋は…さすがに無理です」
ガルドも、低く唸る。
「毎日、使うからな」
でしょうね。
俺は、肩をすくめる。
「まあ、今後ともよろしくお願いします」
二人とも、つられて頭を下げる。
何この状況。
でも。二人の視線は、ずっと俺を捉えていて。
それだけで、少しだけ安心してしまう自分がいる。
俺は、べちょべちょの衣装をつまみ上げて、深く息を吐いた。
「……娼館勤めって、なかなかハードですね」
ガルドが、ぽつりと答える。
「世話になってる。」
アルベルトも頷いた。
「僕も、あと昴が…無事でよかったです」
それは、疑いようのない本音だった。
俺は、廊下の向こうを一瞬だけ見た。
もう、ぶどうの匂いは薄れている。
でも、空気の重さだけは、まだ確かに残っていた。
次は、誰が来るんだろう。
そう考えかけて、やめた。
とりあえず風呂と洗濯。
いくら洗ってもこの記憶は消えないだろうけど。
夕方の職場の空気が違っていた。
廊下はやけに静かで、なのに声だけが低く、ひそひそと流れている。
「……帰ってきたらしいよ」
「え、まさか」
「うん、あの人」
「遅漏絶倫のエステバンだって」
……何の話だろ。なんか変な単語聞こえたけど…。
首を傾げていると、左右から、ほぼ同時に声が飛んできた。
「昴」
「昴!」
ガルドとアルベルトが、まるで打ち合わせたみたいに同時にこちらを見る。
「今日の指名…」
「俺だ」
「僕です」
……今、せーの、で言った?
「え?ちょ、待ってください」
二人が一歩前に出て、さらに一歩。
「だから、今日、」
その言葉を呑み込むように響く声。
「優先、使うよ」
振り向くと、男が立っていた。
……でかいおじさん。
まず、それ。
肩幅が広くて、胸板が厚い。
鎧は着てなくて、ガルドのデカさともまた違う。
茶色のミディアムヘアを後ろで軽く束ね、無精髭に褐色の肌。
……そしてシャツから覗くのは、胸毛。
隠す気、ない。
穏やかな笑みで、金貨の袋が、ことん、ことん、と置かれる。
全部で五袋。
「ガルド、アルベルト、失礼するよ。
三日三晩、この子を買おう。リーネ久しぶり、相変わらず綺麗だ」
空気が凍る。
ガルドが舌打ちし、アルベルトが目を細めた。
「……くそ」
「そんな額、出せません」
……そりゃそうだ。
俺は変なところで冷静になる。
俺自身の単価は知らないけど、毎日指名してたらそりゃあ金もなくなるだろう。
リーネは一瞬だけ目を閉じ、事務的に告げた。
「…やめろエステバン。
優先システム使うから、昴、移動して」
お?ここ知り合い?
そりゃ店やってれば知り合いか。
……というか初耳です。何そのシステム。
あとこの人がエステバンか。遅漏絶倫…。SS級とは。
そうして、俺はエステバンと二人きりになった。
部屋の中。
扉が閉まる前に、反射で口が動いていた。
「エステバンさん。明星、昴といいます」
完全に社畜の癖。
ご丁寧に30度のお辞儀まで出る。
エステバンは、少し目を丸くしてから柔らかく笑った。
「エステバンだよ。よろしく」
短くて、落ち着いた声。
……普通に名前交換してしまった。
そして距離が近い。
触れられる前から、体温が分かる距離。
いや、近いなほんと。
「緊張してる?
SS級二人に可愛がられてるって聞いてね。たくさん我慢してきたよ、」
「まあ……胸毛が印象的で」
あ。思ったまま口に出た。
…我慢とは?一瞬の沈黙。
それから、エステバンが声を立てずに笑う。
「ははっ、評価が独特だね」
「すみません、思わず」
そのときだった。
足元で、ぷるり、とした感触。
……あ。
「え、ちょ」
アルベルトのスライムだ。
いつの間にか、こっそり部屋の中に入り込んでいる。
「……おっと、侵入は感心しないね」
エステバンが、低く言う。
視線ひとつ。
次の瞬間、スライムは弾かれたように扉の外へ。
ぱたん
向こう側から、くぐもった声が聞こえる。
「あぁっ……!見つかった……」
アルベルトの嘆き。
なにやってんだよ、知らんわ。
エステバンは何事もなかったように、こちらに視線を戻す。
「こういう時、邪魔は嫌いでね」
……ですよね。
「じゃあ、」
そう言うとキスをされた。
ゆっくり、深く長い。
息が混ざる。何度も、何度も。
(……なんか、ぶどうの匂いする)
余裕か、俺。
終わらない、ねっとりとしたキス。
終わらないのに、嫌じゃない。
舌が絡んで、と言っても俺はなされるがまま、もつれた舌からどちらのものともつかない唾液が落ちる。
「ん、ふ、…っ」
あー、ちょっと、頭がくらくらするかも。
「まだだよ」
囁きが、耳に残る。
「……まだ、ぁ?」
つい、聞いてしまう。
「うん、まーだ」
時間が溶ける。
ぴちゃ、じゅる、
気持ちいい。なんかこう…大人の余裕というか。
ガルドやアルベルトみたいに押し付けがましくないのが、いい。
ただ……長い。ほんとに長い。
ガルドのぶつかるような衝撃やアルベルトのじわじわくる追い込みがない。
それに比べて、エステバンは“ひたすら続く”。
ムズムズはするが決定打が来ない。
あろうことか俺はひつじを数え始めた。
…そんなことある?
一匹。二匹。
キスは止まらない。
三匹。
四匹。
(胸毛、近いな……)
「慣れてるのかな?」
耳元で、低い声。ぶどうの香り。
あ、わかった。呑んでるな、これ。ワイン?
「……まぁ、」
誰に、とは言わない。
少しだけ、空気が変わる。
「よし、じゃあこっち、」
短い声。
そこから先は、時間の感覚が壊れるほどの愛撫の嵐。
前と後ろ、執拗に弄り、扱き、拡げる。
「ん、ぁ、」
長…いや、しつこいな?
ムズムズしっぱなしで、イケなくて、なんか腹立ってきた。
この日はエステバンは入れなかった。
遅漏絶倫を持ち越すな。
――
二日目の朝、俺はエステバンに抱きすくめられながら目が覚めた。
「…はっ…まだ二日目?」
思わず声が出る。いつの間に寝ていたんだ。
すごい、えっち中…いや、仕事中に寝れるんだ…。
ただ、下半身に熱は溜まっていくばかりで。
変に漲っている。困った。
エステバンが、少し驚いた顔をした。
「……珍しいね、俺ももう、若くないからなぁ。
昴は、こういうじっくりしたテクニック、嫌いかな?」
あ、なんか自信なくしてる…。
うーん、まだ若いからガツガツしたのが好きなのかなぁ。俺も俺の嗜好がわからん。
「あー、すみません、なんか疲れてたのもあって…気持ちよくて、寝てしまって…」
ちょっとトイレ行ってから続きしてもらおうかな。
そう思ってベッドから降りようとしたところ、エステバンに腕を捕まれ、ベッドに引き戻された。
ドサッ
昨日となんか目の輝きが違うエステバンと目が合う。
「まだだよ、」
笑ってるのに目が笑ってない、この人。
あと、俺トイレ行きたい。
「ぁ、え…あの、トイレ…」
漏れそう。
「んー?聞こえないなぁ。
あ、溜まってるって意味だったら俺も同じだからさ、気にしないでね?」
あー、なんか、怒らせて…?しまってる?
トイレ、行けない感じですかこれ。漏れそうですが。
ぐ、とお腹を押されてびっくりしている間に、十分解れきってる後ろに、エステバンのでかいそれがあてがわれた。
いや、俺も、たしかにムズムズしてて。
なんか決定打がないとか昨日は言ってごめんなさい、とか、言おうと思ったが、言葉にならない。
ぐい、と入って来た圧に、多分膀胱が圧迫された。
「……あっ、」
しょわ、と水音がして温かいものが内腿を伝う。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ。
漏らした。
「あーあ、我慢してたんだね。でも大丈夫だよ。
俺もそういうのは嫌いじゃない。我慢したあとに出すのは、気持ちがいいから」
言ってることがやばい。
あと俺もやばい。
エステバンはそのまま本当に何事もなかったかのように腰を打ち付け、精を放った。何が遅漏だ。
前も後ろもひどい有様だった。
ガルドとアルベルトはきっとあれでも手加減してたんだろう。
ふたりは優しい方なんだ、きっと。
軽く考えていた自分と今の状況が惨めでちょっと悲しくなった。
でもこれは仕事だし、ここでやめたらお金もなくなっちゃうし、きっと店にも迷惑がかかる。
自分のことよりよくわからないこの店のことを考えてしまう社畜。
あと一日だけ頑張れますか、俺。
三日目の終わり。
三日三晩は、本当に三日三晩だった。
いや、俺も何を言ってるのかちょっとわからない…。
部屋の空気がこもってて、漏らしたもの、青臭さやエステバンが開けた酒の匂いが広がる。
とにかく、終わった。
三日目は遅漏絶倫について身をもって知ることになった。もう漏らしたのがショックすぎてそうとしか言えない。
エステバンは満足そうに言った。
「はー!発散発散!
よかったよ、昴。また、溜めてから来るね」
「…次は金貨10袋です、」
俺はその一言を半ば命令みたいに吐き出した。
エステバンは穏やかな表情のまま、静かに踵を返した。
足音は重いのに、去り際は驚くほどあっさりしている。
そして、エステバン扉を開けると、入れ違いのようにガルドとアルベルトが駆け込んできた。
嫉妬、隠す気ゼロ。なんか変なオーラ出てる。
「昴!」
「昴、無事ですか?!」
ほとんど同時に聞こえた声に、俺の心はどこかほっとした。
息を切らしたガルドとアルベルト、距離が近い。
そして表情が真剣すぎる。
「……はぇ?」
間抜けな声が出る。
「……まさか、ずっと、いました?」
問いかけると、二人とも、ほぼ同時に視線を逸らした。
「…あぁ、…廊下に」
「……いましたね」
……いましたね、じゃない。
三日三晩。
ずっと。
その事実が、今さらじわっと効いてくる。
俺はふと、自分の姿に目を落とした。
クリーム色だったはずの衣装は、色も質感も、もはや別物になっている。
布は重く、あちこちが湿っていて、匂いも、混ざり合っていて。
……うん。
べちょべちょで臭い。
「……くさ…あ、でも、」
自分で言って、気づく。
疲労はあるけど、致命的な感じはない。
むしろ――妙に、元気。
解放感がすごい。なんかこれエステバンみたいで嫌だな。
ガルドとアルベルトが、目に見えて肩の力を抜いた。
「……よかった」
ガルドの声が、低く、柔らぐ。
「壊れてない」
アルベルトも、安堵を隠さずに言う。
「本当に……」
二人とも、一歩、近づいた。
……抱きしめたい、顔だ。
でも。
ガルドの視線が俺の衣装に落ちる。
そしてアルベルトと共に動きがぴたり、と止まる。
「……におうな、」
空気が、ちょっと気まずくなる。
「……その状態だと、さすがに……」
アルベルトが言葉を選ぶ。けど、選びきれてない。
ガルドは、咳払いひとつ。
「……後で、だな」
歯切れが悪い、ものすごく。
「……え?」
俺は眉を上げる。
「三日三晩、心配してたんですよね?」
二人とも、無言で頷く。
「……なら、もっと、こう…なんか、ありません?」
せめて、がんばったなとか。
アルベルトが苦笑する。
「……とりあえず。着替えてからで」
ガルドも、真面目な顔で続ける。
「風呂と洗濯が先だ」
……まぁ普通はそうか。
その様子がなんだか可笑しくて、俺は思わず笑ってしまった。
「…あの、お二人。
お金、貯めましょうか」
ぽろっと零すと、二人が同時に反応する。
「……努力する」
「ですね」
でも、すぐ現実に引き戻される。
アルベルトが肩を落とす。
「ただ、金貨五袋は…さすがに無理です」
ガルドも、低く唸る。
「毎日、使うからな」
でしょうね。
俺は、肩をすくめる。
「まあ、今後ともよろしくお願いします」
二人とも、つられて頭を下げる。
何この状況。
でも。二人の視線は、ずっと俺を捉えていて。
それだけで、少しだけ安心してしまう自分がいる。
俺は、べちょべちょの衣装をつまみ上げて、深く息を吐いた。
「……娼館勤めって、なかなかハードですね」
ガルドが、ぽつりと答える。
「世話になってる。」
アルベルトも頷いた。
「僕も、あと昴が…無事でよかったです」
それは、疑いようのない本音だった。
俺は、廊下の向こうを一瞬だけ見た。
もう、ぶどうの匂いは薄れている。
でも、空気の重さだけは、まだ確かに残っていた。
次は、誰が来るんだろう。
そう考えかけて、やめた。
とりあえず風呂と洗濯。
いくら洗ってもこの記憶は消えないだろうけど。
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