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熱は、下がったと思った。
実際には、そう“思いたかった”だけだったのかもしれない。
目を閉じると、白い天井がまだ残っている。
病院の匂い。
消毒と薬と、ほんの少しの鉄。
(……今度は、何を見るんだ)
そう考えたところで、意識が沈んだ。
――
最初に聞こえたのは、声だった。
泣き声。
低くて、掠れていて、聞き慣れた声。
(……あ)
分かってしまった。
視界が、ゆっくりと開く。
そこは、葬儀場だった。
黒い服。
白い花。
線香の匂い。
祭壇の中央に、写真が置かれている。
少し前の俺。
ちゃんと笑っているやつ。
(……選ばれた写真、これか)
妙に冷静な自分がいて、同時に、胃の奥がひっくり返る。
棺は、閉じられていた。
開けられなかったんだ、と分かる。
あの状態じゃ。
(……そりゃそうだ)
棺の前に、二人。
親だ。
母は、椅子に座ったまま、動いていなかった。
泣いているのかどうかも分からない。
ただ、視線が棺から外れない。
父は、立っていた。
でも、背中が――妙に小さい。
肩が落ちて、背中が丸まっていて、
まるで、急に年を取ったみたいだった。
「……なんで」
父の声が、かすれる。
「なんで、こんな……」
言葉にならない。
それが、はっきり分かる。
母が、ようやく声を出す。
「……ごめんね」
誰に向けた言葉か、分からない。
「もっと、ちゃんと……」
そこで、声が途切れる。
続かない。
(……ああ)
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
(俺、こんな顔させてたんだ)
遺影の前に、知らない人たちが並ぶ。
会社の人間だ。
スーツ姿で、形式ばった顔。
「真面目で」
「責任感が強くて」
「将来有望で」
知ってる言葉ばかりだ。
(……俺、そんな話ばっかりだったな)
生活の話は、誰もしない。
俺が何を食べて、どう笑って、何に疲れていたか。
誰も、知らない。
葬儀が終わる。
人が減って、花が片付けられて、
音がなくなる。
最後に残ったのは、両親だけ。
母は、棺に手を置いたまま、動かなかった。
父が、低い声で言う。
「……帰ろう」
帰る、という言葉が、やけに重い。
場面が、切り替わる。
実家。
電気のついていない部屋。
俺の部屋。
そのままだった。
服も、本も、置きっぱなし。
母が、机の上のものに触れて、手を止める。
「……これ、使ってたやつよね」
俺のマグカップ。
欠けた縁。
(……あ)
それ、俺が割ったやつだ。
でも、捨てなかった。
父は、何も言わず、部屋を見渡している。
「……なぁ」
ぽつりと。
「ちゃんと、飯、食えてたのかな」
その一言で、母が崩れた。
声を上げて泣くわけじゃない。
肩をすくめて、息が詰まるみたいに。
抜け殻、という言葉が、ぴったりだった。
(……やめて)
(見たくない)
でも、視界は逸らせない。
時間が、進む。
数日後。
数週間後。
両親は、生きている。
生活も、続いている。
でも、色がない。
父は、黙る時間が増え、
母は、笑わなくなった。
俺の話は、出ない。
出せない。
(……これが、“その後”か)
胸の奥が、じわじわと痛む。
(俺、死んだだけじゃなくて)
(……残していったんだ)
その瞬間、視界が歪んだ。
――
「……昴!」
名前を呼ばれる。
現実の声。
俺は、喉から息を吸い込んで、目を開けた。
天井。
白い。
病院。
全身が、汗でぐっしょりだった。
「……はぁ、は……」
呼吸が、整わない。
ガルドの手が、すぐに額に触れる。
熱い。
「……また、見たな」
断定。
俺は、何も言えず、ただ――頷いた。
「……親が、」
声が、途切れる。
「……俺の、死んだあと……」
言葉にした途端、喉が詰まる。
リーネが、静かに言った。
「……転生者はね」
淡々と。
「大体、そこを見る」
逃げ場のない事実。
「見なくて済んだ人のほうが、少ない」
アルベルトが、珍しく口を挟まなかった。
ガルドが、俺を抱き寄せる。
「……戻れない」
低く、確かめるように。
「でも、お前は今、ここにいる」
胸に、額が当たる。
「それだけは、嘘じゃない」
俺は、ガルドの服を掴んだ。
(……戻れない)
(……でも)
あの葬儀場には、もう俺はいない。
ここには、いる。
その事実だけが、今は重かった。
実際には、そう“思いたかった”だけだったのかもしれない。
目を閉じると、白い天井がまだ残っている。
病院の匂い。
消毒と薬と、ほんの少しの鉄。
(……今度は、何を見るんだ)
そう考えたところで、意識が沈んだ。
――
最初に聞こえたのは、声だった。
泣き声。
低くて、掠れていて、聞き慣れた声。
(……あ)
分かってしまった。
視界が、ゆっくりと開く。
そこは、葬儀場だった。
黒い服。
白い花。
線香の匂い。
祭壇の中央に、写真が置かれている。
少し前の俺。
ちゃんと笑っているやつ。
(……選ばれた写真、これか)
妙に冷静な自分がいて、同時に、胃の奥がひっくり返る。
棺は、閉じられていた。
開けられなかったんだ、と分かる。
あの状態じゃ。
(……そりゃそうだ)
棺の前に、二人。
親だ。
母は、椅子に座ったまま、動いていなかった。
泣いているのかどうかも分からない。
ただ、視線が棺から外れない。
父は、立っていた。
でも、背中が――妙に小さい。
肩が落ちて、背中が丸まっていて、
まるで、急に年を取ったみたいだった。
「……なんで」
父の声が、かすれる。
「なんで、こんな……」
言葉にならない。
それが、はっきり分かる。
母が、ようやく声を出す。
「……ごめんね」
誰に向けた言葉か、分からない。
「もっと、ちゃんと……」
そこで、声が途切れる。
続かない。
(……ああ)
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
(俺、こんな顔させてたんだ)
遺影の前に、知らない人たちが並ぶ。
会社の人間だ。
スーツ姿で、形式ばった顔。
「真面目で」
「責任感が強くて」
「将来有望で」
知ってる言葉ばかりだ。
(……俺、そんな話ばっかりだったな)
生活の話は、誰もしない。
俺が何を食べて、どう笑って、何に疲れていたか。
誰も、知らない。
葬儀が終わる。
人が減って、花が片付けられて、
音がなくなる。
最後に残ったのは、両親だけ。
母は、棺に手を置いたまま、動かなかった。
父が、低い声で言う。
「……帰ろう」
帰る、という言葉が、やけに重い。
場面が、切り替わる。
実家。
電気のついていない部屋。
俺の部屋。
そのままだった。
服も、本も、置きっぱなし。
母が、机の上のものに触れて、手を止める。
「……これ、使ってたやつよね」
俺のマグカップ。
欠けた縁。
(……あ)
それ、俺が割ったやつだ。
でも、捨てなかった。
父は、何も言わず、部屋を見渡している。
「……なぁ」
ぽつりと。
「ちゃんと、飯、食えてたのかな」
その一言で、母が崩れた。
声を上げて泣くわけじゃない。
肩をすくめて、息が詰まるみたいに。
抜け殻、という言葉が、ぴったりだった。
(……やめて)
(見たくない)
でも、視界は逸らせない。
時間が、進む。
数日後。
数週間後。
両親は、生きている。
生活も、続いている。
でも、色がない。
父は、黙る時間が増え、
母は、笑わなくなった。
俺の話は、出ない。
出せない。
(……これが、“その後”か)
胸の奥が、じわじわと痛む。
(俺、死んだだけじゃなくて)
(……残していったんだ)
その瞬間、視界が歪んだ。
――
「……昴!」
名前を呼ばれる。
現実の声。
俺は、喉から息を吸い込んで、目を開けた。
天井。
白い。
病院。
全身が、汗でぐっしょりだった。
「……はぁ、は……」
呼吸が、整わない。
ガルドの手が、すぐに額に触れる。
熱い。
「……また、見たな」
断定。
俺は、何も言えず、ただ――頷いた。
「……親が、」
声が、途切れる。
「……俺の、死んだあと……」
言葉にした途端、喉が詰まる。
リーネが、静かに言った。
「……転生者はね」
淡々と。
「大体、そこを見る」
逃げ場のない事実。
「見なくて済んだ人のほうが、少ない」
アルベルトが、珍しく口を挟まなかった。
ガルドが、俺を抱き寄せる。
「……戻れない」
低く、確かめるように。
「でも、お前は今、ここにいる」
胸に、額が当たる。
「それだけは、嘘じゃない」
俺は、ガルドの服を掴んだ。
(……戻れない)
(……でも)
あの葬儀場には、もう俺はいない。
ここには、いる。
その事実だけが、今は重かった。
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