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その日は、朝からおかしかった。
目が覚めた瞬間から、体が重い。
重いというより、芯が抜けている感じで、起き上がろうとしても、思考が一拍遅れる。
(……あ、これ)
経験則が先に立つ。
社畜時代に何度もやったやつだ。
熱。
しかも、わりと悪い。
喉が焼けるみたいに乾いていて、頭の奥がじんじんする。
いつもなら無理やり服を着て、顔を洗って、仕事に行くところだけど――ここは異世界で、俺は商品で、体調不良は普通に“止められる”。
「……すみません」
そう言った自分の声が、やけに遠かった。
リーネは一目で察したらしい。
俺の額に手を当てて、眉を寄せる。
「……あー、だめだこれ」
即断。
「今日は休み。で、病院」
「え、だいじょ……」
「大丈夫じゃないやつの顔」
被せるように言われて、反論できなかった。
「こういうときはね」
リーネは手早く毛布を掴みながら言う。
「昴みたいなのを診る病院がある」
……あ。
その言い方で、少しだけ背筋が冷えた。
忘れてた、俺、ここで生まれたわけじゃない。
(俺、そっちに分類されるんだ。)
考える余裕は、そこまでだった。
――
歩いている途中から、景色が歪み始めた。
石畳が波打って、音が水の中みたいにくぐもる。
誰かに名前を呼ばれていた気がする。
ガルドか、アルベルトか、それとも――
次に意識がはっきりしたとき、俺は“見て”いた。
夢だと思った。
でも、夢にしては、やけに情報が多すぎた。
小雨とアスファルトの匂い。
仕事終わりのあの夜。
マンホールの縁で空を切った足。
視界が回転して、変に長い浮遊感。
(……あ)
落ちた。
知ってる。
この感覚、知ってる。
次の瞬間、視点が変わる。
マンホールの中。
そこに、人が倒れている。
動かない。
不自然な角度。
服に、見覚えがある。
(……俺だ、)
理解が追いつく前に、事実だけが積み重なる。
雨に打たれて、時間が経って、
通勤の足音だけが、上を通り過ぎて。
顔が、姿が、もう――
はっきり言って、酷かった。
(……嘘だろ)
助けるでもなく、戻るでもなく、ただ“確認する側”として、見ている自分。
誰かが来る。救急隊?警察?
遅れて、ようやく。
「……うわぁ、酷いなこれ」
その言葉だけが、やけに鮮明だった。
(……あれ)
胸の奥が、すとんと落ちる。
(俺、帰れるかもとか思ってたよな)
異世界転送だって笑って、どこかで、戻れると思って。
(……死んでたじゃん)
そこで、視界が真っ白になった。
「――っ!」
息を吸い込んだ瞬間、喉が焼けた。
シーツが、妙に冷たかった。
さっきまで見ていた雨の感触が、まだ皮膚に残っているみたいで。
起きようとしても体が言うことをきかない。
目の前が揺れて、焦点が合った先に、顔が三つ。
ガルド。
アルベルト。
リーネ。
全員、妙に静かな顔をしていた。
「……昴」
リーネの声が、低い。
「落ち着いて。今、ここ病院」
ここ。
白い天井。
薬の匂い。
「高熱が引かなかったのと、心拍、だいぶ落ちてた。
一時は、危篤」
……危篤。さらっと言うな。
言葉の意味が、さっき見た光景と重なって、胃がひっくり返る。
「……もしかして」
リーネが、少しだけ間を置く。
「何か、見た?」
その一言で、全部が戻ってきた。
雨の音。
倒れている体。
“酷い姿”。
「――うっ」
喉が勝手に痙攣して、体を起こすより先に、吐いた。
何も入ってないのに、えずく。
胃液の酸っぱさと一緒に、さっきの映像が押し上がってくる。
ガルドが背中を支えているのが分かる。
アルベルトが、何か言っている。
でも、頭に残ったのは一つだけ。
異世界だって笑ってた、あの日。
帰れるかもって、思ってた、あの日。
俺は、もう。
「……俺」
声が、情けないくらい震えた。
「……死んでた、」
それを言葉にした瞬間、胸の奥で何かが完全に崩れた。
目が覚めた瞬間から、体が重い。
重いというより、芯が抜けている感じで、起き上がろうとしても、思考が一拍遅れる。
(……あ、これ)
経験則が先に立つ。
社畜時代に何度もやったやつだ。
熱。
しかも、わりと悪い。
喉が焼けるみたいに乾いていて、頭の奥がじんじんする。
いつもなら無理やり服を着て、顔を洗って、仕事に行くところだけど――ここは異世界で、俺は商品で、体調不良は普通に“止められる”。
「……すみません」
そう言った自分の声が、やけに遠かった。
リーネは一目で察したらしい。
俺の額に手を当てて、眉を寄せる。
「……あー、だめだこれ」
即断。
「今日は休み。で、病院」
「え、だいじょ……」
「大丈夫じゃないやつの顔」
被せるように言われて、反論できなかった。
「こういうときはね」
リーネは手早く毛布を掴みながら言う。
「昴みたいなのを診る病院がある」
……あ。
その言い方で、少しだけ背筋が冷えた。
忘れてた、俺、ここで生まれたわけじゃない。
(俺、そっちに分類されるんだ。)
考える余裕は、そこまでだった。
――
歩いている途中から、景色が歪み始めた。
石畳が波打って、音が水の中みたいにくぐもる。
誰かに名前を呼ばれていた気がする。
ガルドか、アルベルトか、それとも――
次に意識がはっきりしたとき、俺は“見て”いた。
夢だと思った。
でも、夢にしては、やけに情報が多すぎた。
小雨とアスファルトの匂い。
仕事終わりのあの夜。
マンホールの縁で空を切った足。
視界が回転して、変に長い浮遊感。
(……あ)
落ちた。
知ってる。
この感覚、知ってる。
次の瞬間、視点が変わる。
マンホールの中。
そこに、人が倒れている。
動かない。
不自然な角度。
服に、見覚えがある。
(……俺だ、)
理解が追いつく前に、事実だけが積み重なる。
雨に打たれて、時間が経って、
通勤の足音だけが、上を通り過ぎて。
顔が、姿が、もう――
はっきり言って、酷かった。
(……嘘だろ)
助けるでもなく、戻るでもなく、ただ“確認する側”として、見ている自分。
誰かが来る。救急隊?警察?
遅れて、ようやく。
「……うわぁ、酷いなこれ」
その言葉だけが、やけに鮮明だった。
(……あれ)
胸の奥が、すとんと落ちる。
(俺、帰れるかもとか思ってたよな)
異世界転送だって笑って、どこかで、戻れると思って。
(……死んでたじゃん)
そこで、視界が真っ白になった。
「――っ!」
息を吸い込んだ瞬間、喉が焼けた。
シーツが、妙に冷たかった。
さっきまで見ていた雨の感触が、まだ皮膚に残っているみたいで。
起きようとしても体が言うことをきかない。
目の前が揺れて、焦点が合った先に、顔が三つ。
ガルド。
アルベルト。
リーネ。
全員、妙に静かな顔をしていた。
「……昴」
リーネの声が、低い。
「落ち着いて。今、ここ病院」
ここ。
白い天井。
薬の匂い。
「高熱が引かなかったのと、心拍、だいぶ落ちてた。
一時は、危篤」
……危篤。さらっと言うな。
言葉の意味が、さっき見た光景と重なって、胃がひっくり返る。
「……もしかして」
リーネが、少しだけ間を置く。
「何か、見た?」
その一言で、全部が戻ってきた。
雨の音。
倒れている体。
“酷い姿”。
「――うっ」
喉が勝手に痙攣して、体を起こすより先に、吐いた。
何も入ってないのに、えずく。
胃液の酸っぱさと一緒に、さっきの映像が押し上がってくる。
ガルドが背中を支えているのが分かる。
アルベルトが、何か言っている。
でも、頭に残ったのは一つだけ。
異世界だって笑ってた、あの日。
帰れるかもって、思ってた、あの日。
俺は、もう。
「……俺」
声が、情けないくらい震えた。
「……死んでた、」
それを言葉にした瞬間、胸の奥で何かが完全に崩れた。
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