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その夜の部屋は、静かだった。
豪奢でもなければ、特別な匂いもしない。
いつもと同じ調度、同じ灯り。
違うのは、相手だけ。
名を告げられ、礼を交わし、扉が閉まる。
それだけで、仕事が始まると体が理解してしまうのが、少し怖い。
(……まただ)
肩に手が置かれる。
指の温度はちゃんと人のそれなのに、どこか距離がある。
悪い人じゃない、乱暴でもない。
むしろ丁寧で、気を遣っているのが分かる。
「無理はさせないので…」
そう言われて、頷く。
頷けてしまう自分に、苦笑する。
“無理”って、どこからだった?
近づく気配。
吐息が混じる。
相手の呼吸は少し早く、俺のそれは一定だ。
合わせようとして、合わせきれない。
唇が触れる寸前で、躊躇が入る。
それを察して、距離が詰められる。
優しさだ。
優しさなんだけど――。
(……あ、今)
胸の奥で、何かがずれる。
嫌じゃない。
拒否でもない。
ただ、合っていない。
肌に伝わる重さ。
ベッドの軋む音。
空気が動いて、灯りが揺れる。
息が近くて、声が低く落ちる。
「大丈夫?」
その問いに、また頷く。
(……大丈夫、って言えば進むんだよな)
触れられるたび、体は反応する。
それはもう、条件反射みたいなものだ。
覚えた順番で、覚えた場所が、覚えた温度で。
「あ、」
声を落とす。
相手の呼吸が少し乱れて、こちらに寄る。
それに合わせて、俺も動く。
空気が熱を帯びると、近さが増して、逃げ場がなくなる。
でも、不思議と息は浅くならない。
(……変だな)
頭のどこかが、冷えている。
数を数えるみたいに、時間を刻んでいる。
あとどれくらい。
ここまできたら、もう少し。
「昴さん、」
耳元で名前を呼ばれる。
その声に、反射で応じる。
(……誰の声でも、同じ反応するんだ)
自己嫌悪が湧き上がると、それをかき消すようにベッドがまた軋む。
相手の肩越しに、壁が見える。
その向こうには、何もない。
(……あれ、俺、今、どこ見てる?)
息遣いは確かに重なっているのに、
心だけが、少し後ろに下がっている。
(……ガルドなら、今、何て言うかな)
思い浮かべた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
それに気づかれないよう、呼吸を整える。
「……大丈夫」
自分に言うみたいに、もう一度。
やがて、波が引く。
動きが緩んで、距離が戻る。
仕事としての“終わり”が、空気で分かる。
「……ありがとう」
相手はそう言って、離れる。
礼儀正しい。
最後まで、丁寧だった。
シーツの冷たさが、現実を連れ戻す。
起き上がって、身支度を整える。
(……でも)
胸の奥に、薄い違和感が残る。
痛みじゃない、寂しさとも違う。
(……満たされてない、だけ)
指名はこなした。
仕事は成立した。
体も、ちゃんと応えた。
扉が開く音を聞きながら、思う。
(……俺、さっき、イくとき、誰を考えた?)
視線は、ずっと別の場所にあった。
別の声を、思い出していた。
部屋を出て、廊下の灯りに目を細める。
いつもの夜。
いつもの流れ。
でも、胸の奥だけが、静かに答えを出していた。
豪奢でもなければ、特別な匂いもしない。
いつもと同じ調度、同じ灯り。
違うのは、相手だけ。
名を告げられ、礼を交わし、扉が閉まる。
それだけで、仕事が始まると体が理解してしまうのが、少し怖い。
(……まただ)
肩に手が置かれる。
指の温度はちゃんと人のそれなのに、どこか距離がある。
悪い人じゃない、乱暴でもない。
むしろ丁寧で、気を遣っているのが分かる。
「無理はさせないので…」
そう言われて、頷く。
頷けてしまう自分に、苦笑する。
“無理”って、どこからだった?
近づく気配。
吐息が混じる。
相手の呼吸は少し早く、俺のそれは一定だ。
合わせようとして、合わせきれない。
唇が触れる寸前で、躊躇が入る。
それを察して、距離が詰められる。
優しさだ。
優しさなんだけど――。
(……あ、今)
胸の奥で、何かがずれる。
嫌じゃない。
拒否でもない。
ただ、合っていない。
肌に伝わる重さ。
ベッドの軋む音。
空気が動いて、灯りが揺れる。
息が近くて、声が低く落ちる。
「大丈夫?」
その問いに、また頷く。
(……大丈夫、って言えば進むんだよな)
触れられるたび、体は反応する。
それはもう、条件反射みたいなものだ。
覚えた順番で、覚えた場所が、覚えた温度で。
「あ、」
声を落とす。
相手の呼吸が少し乱れて、こちらに寄る。
それに合わせて、俺も動く。
空気が熱を帯びると、近さが増して、逃げ場がなくなる。
でも、不思議と息は浅くならない。
(……変だな)
頭のどこかが、冷えている。
数を数えるみたいに、時間を刻んでいる。
あとどれくらい。
ここまできたら、もう少し。
「昴さん、」
耳元で名前を呼ばれる。
その声に、反射で応じる。
(……誰の声でも、同じ反応するんだ)
自己嫌悪が湧き上がると、それをかき消すようにベッドがまた軋む。
相手の肩越しに、壁が見える。
その向こうには、何もない。
(……あれ、俺、今、どこ見てる?)
息遣いは確かに重なっているのに、
心だけが、少し後ろに下がっている。
(……ガルドなら、今、何て言うかな)
思い浮かべた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
それに気づかれないよう、呼吸を整える。
「……大丈夫」
自分に言うみたいに、もう一度。
やがて、波が引く。
動きが緩んで、距離が戻る。
仕事としての“終わり”が、空気で分かる。
「……ありがとう」
相手はそう言って、離れる。
礼儀正しい。
最後まで、丁寧だった。
シーツの冷たさが、現実を連れ戻す。
起き上がって、身支度を整える。
(……でも)
胸の奥に、薄い違和感が残る。
痛みじゃない、寂しさとも違う。
(……満たされてない、だけ)
指名はこなした。
仕事は成立した。
体も、ちゃんと応えた。
扉が開く音を聞きながら、思う。
(……俺、さっき、イくとき、誰を考えた?)
視線は、ずっと別の場所にあった。
別の声を、思い出していた。
部屋を出て、廊下の灯りに目を細める。
いつもの夜。
いつもの流れ。
でも、胸の奥だけが、静かに答えを出していた。
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