【完結】愛に堕ちる

さか様

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未来

幕引き(本編:愛を刻んで「幕引き」)

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夏の終わり。
夕暮れを過ぎても熱を孕んだ空気が残っていたが、スタジオの照明の下は別世界だった。

真っ白なランウェイ。
光を浴びながら歩く新人モデルたちの笑顔は、観客の拍手に応えてきらめいていた。
その最後を飾るのは、紺のドレスに繊細なレースを纏ったハルだった。

一歩ごとに視線を浴び、スポットライトを背に歩く。
何百回も繰り返してきたはずの動作なのに、胸の奥がざわつく。

(……これで最後、なのね)

最後の一礼を終え、舞台袖に戻る。
差し出された花束を受け取った瞬間、赤い薔薇の香りと白い百合の香りが鼻をかすめ、胸の奥が熱くなった。

拍手と歓声の余韻の中で、ハルは静かに思った。
(私はもう……十分やり切ったわ)

――

夜。
部屋に戻っても、花束を抱えたまま立ち尽くしていた。

スマホを開き、短い文を打つ。

『本日をもちまして、モデルとしての活動を終えます。
たくさんの方に支えられてここまで歩いてこられました。
本当に、ありがとうございました』

送信。

画面の中で投稿は流れ、じわじわとコメントがつきはじめた。

《長い間お疲れさまでした!》
《ずっと憧れでした。ありがとう》
《悲しいです…でも、ずっと好きです!》

その投稿は爆発的に広がるわけではない。
でもひとつ、またひとつと灯るように積み重なる声が、胸を温める。
同時に、寂しさが押し寄せてくる。

(……私は、もうモデルのハルじゃないのね)

花瓶に花を移そうとした手が震える。

喜びと安堵と寂しさが絡まり、どうしようもなく涙が滲んだ。

――

篠原家、ゆめの部屋。
ハルの投稿通知に気づいたゆめは、目を丸くした。

『本日をもちまして、モデルとしての活動を終えます。
たくさんの方に支えられてここまで歩いてこられました。
本当に、ありがとうございました』

(え、ハル?うそ…)

考える暇もなく、兄に電話をかける。

「お兄ちゃん!?ハル、モデルやめるって……!知ってた、…知ってるよね。…ゆめ、すごくびっくりした、」

「……あぁ、知ってる。すまない、付き合っているからって俺の口からゆめに言うのは、違うと思った」

陸の声は落ち着いていて、この時を待っていたかのように感じられた。

「ううん、いいの。ゆめもそれは正しいと思うから。
この前のハル、すごく幸せそうだったなって。
だから大丈夫だって思いたいけど……やっぱりハルのこと、ひとりにしちゃだめだよ!」

受話器の向こうで息をのむ陸。
妹の真っ直ぐな声が胸を突き抜ける。

(そうか、そういうものか…)

「そうだな。ハルは、俺と新しい道を歩む。そのための選択らしい。
ゆめの言うとおり側にいてやらないとな、」

確固たる決意が滲む陸の声に、ゆめは息を呑む。
我が兄ながら頼もしくもありハルに愛想を尽かされないか不安にもなる。

(新しい道?…え、お嫁さん?!)

「えっ!?なにそれ……結婚するの!?」

「飛躍させるな。それは追々だ」

苦笑混じりの返答。
それでも、陸の足はすでに動いていた。

電話を切るなり陸は玄関を飛び出した。

夜風を縫ってハルの家まで走る。
額から汗が落ち、喉は焼けつくように渇くが、それでも止まれない。

(今、ひとりにしてはいけない)

呼吸が乱れても、胸が痛んでも陸は走り続けた。

――

「ハル!」

合鍵を使って玄関を開けると、ハルは驚き、花瓶に移そうとしていた紅白の花束が床に散った。

息を切らせて駆け込んだ陸が、そのままハルを花ごと強く抱きしめる。

「……陸…?!」

ハルの驚いた声が陸の耳を打つ。

堪えきれず、陸はその唇を奪った。花の香りが混じり、甘い味が広がる。

「ハル、ハル…泣いていないか?」

「ん、ちょっと…どうしたのよ、陸ったら、」

強がるようなその顔を見た瞬間、陸は止まれなかった。
ハルを抱き上げ、花弁の散るままシーツの上へ横たえる。

白い喉元に赤い花びらが落ちて、その上から陸の唇が重なった。

「……よかった。ひとりで泣いているかと思ったから。
………綺麗だ、」

低く呟き、赤い花、白い花を掻き分けるように鎖骨を舐める。
ハルは身体を震わせ、掠れた声を洩らした。

「ん……ちょっと、泣きそう、だったけど…」

「俺がいるから、」

ハルの指先は安心したように陸の肩を掴んでいた。

(心配させたのね、)

下着を剥がされると同時に冷たい空気が肌に触れる。
すぐに熱を持った陸の掌がそこを覆う。

「……っあ……ん」

次に胸元を吸われるたび、甘い声がこぼれた。
花弁が落ちるたびに陸の手が滑り込み、背を、腰を撫でる。

恥ずかしさと安堵が入り混じり、頬を真っ赤にしながら目を潤ませた。

「これからのハルも、全部俺のものだ」

囁きながら、陸はゆっくりと体を重ねた。
狭い後ろを満たされ、ハルの唇から切ない声が洩れる。

「っ……あぁ……っ……陸……っ」

陸は花の香りに混じる涙の気配を吸い込みながら、深く抱き締めた。

ひとつ動くたびに、くちゅ、と湿った水音が部屋に広がった。

「……こんなに、幸せなの、だめ……っ」

「いいから、」

陸は額を合わせ、自然に溢れるハルの涙を舐め取りながら、奥まで強く打ち込む。

ハルは背を反らせ、指先でシーツを掴み、必死に声を抑えた。

「っあ、あぁ……っ! もう……でちゃう……っ」

「出せ、」

耳元で命じられ、最後の一突きで陸は熱を注ぎ込む。

同時にハルも痙攣するように果て、花弁が散るシーツの上で声を震わせた。

――

しばらく重なったまま、荒い呼吸が部屋を満たした。

額を寄せ合い、花と汗の匂いの中でただ横になる。

「……まさか、来てくれるなんて……」

涙に濡れた笑顔で呟くハルの頬を、陸はそっと撫でた。

「ずっと側にいるから、」

――

汗を拭い、ハルはシーツに身を預けたままスマホを取る。
画面には新しい通知が光っていた。

ゆめからの、SNSのコメントだった。

《ハル、びっくりしたよ。でも、お兄ちゃんがいるから大丈夫だね。
ゆめにとってもハルは大事だから……これからも、ずっと笑っていてね》

「……ふふ。ほんと、ゆめちゃんらしいわね」

ハルは笑いながらまた涙をこぼし、陸はその髪を撫でて「優しい奴なんだ」と囁いた。

続けて蓮や双子からも短いメッセージが届く。

《お疲れ。ずっとかっこよかったぞ。
俺もそのうち、大事なこと言うから》

(大切なこと…?優真とのことかしらね、)

《ハルーーー!お疲れ様!!ズッ友な?!》
《ハル、これからもよろしくね!》

(ふふ、アキにユキも…)

胸がいっぱいになり、ハルはスマホをそっと胸に抱き締めた。

「モデルを辞めても仲間はいなくならない。
もちろん、一番近くにいるのは俺だ」

陸はハルを抱きしめてはっきりと伝えた。

「えぇ、これからも愛してね?陸、」

こうして、ハルはモデルとしての人生にそっと幕を下ろした。
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