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家族の形
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朝の光は、山の家の窓から静かに差し込んでいた。
木の床に落ちる光の帯を、アベルは寝転んだまま眺めている。
「……あさだ」
ぽつりと呟いて、ころんと寝返りを打つ。
隣では、エリアスがまだ眠っていた。
穏やかな呼吸。肩まで掛けた毛布。
アベルは、起こさないようにそっと近づく。
「まま……」
小さな声で呼んでみる。
反応はない。
アベルはにやっと笑って、今度は反対側を見る。
そこには、ガレンがいた。
人の姿のまま、背を丸めて眠っている。
熊だったころの名残のように、寝相だけは相変わらず大きい。
「ぱぱ」
今度は、はっきり。
ガレンの眉が、わずかに動いた。
「……ん」
低い声。
「ぱぱ、あさ!」
「……ああ……」
ガレンはゆっくり目を開け、アベルを見下ろす。
一瞬、夢か現実か分からないような顔をしてから、口元を緩めた。
「早いな」
アベルは誇らしげに胸を張る。
「ぼく、もうおおきいから!」
その声で、今度はエリアスが目を覚ました。
「……ふふ。おはよう、アベル」
まだ少し眠そうな声。
「ままも、あさ!」
「うん、朝だね」
エリアスは上半身を起こし、アベルの髪を撫でる。
その指に、アベルは嬉しそうにすり寄った。
三人で囲む、朝の時間。
ガレンは起き上がり、窓の外を一度だけ確認してから、いつものように火を起こしに行く。
「ぱぱ、いっしょ!」
「危ないから、ここで待て」
「えー」
不満そうな声。
エリアスがくすっと笑う。
「じゃあ、ままと一緒にパン切ろうか」
「うん!」
アベルはすぐに気を取り直して、エリアスの隣に立つ。
ぎこちない手つきで、パンを運び、並べる。
それだけで、誇らしい顔になる。
やがて、火の音と、焼ける匂いが部屋に満ちる。
ガレンが戻ってきて、三人で小さな卓を囲む。
「いただきます」
「いただきます!」
「……いただきます」
声の高さも、調子も違う。
けれど、その瞬間だけは、同じだった。
食事のあと、アベルはガレンの腕にしがみつく。
「ぱぱ、きょうもいっしょ?」
「ああ」
「ずっと?」
ガレンは一瞬考えてから、はっきり答えた。
「ずっとだ」
アベルは満足そうに笑って、今度はエリアスの方を見る。
「ままも?」
「もちろん」
その答えに、アベルは二人の手を同時に握った。
小さな手。
あたたかい体温。
エリアスはその手を見つめながら、静かに思う。
この子が生まれた日から、
迷いも、不安も、恐れも、たくさんあった。
それでも――
「ねえ、アベル」
「なあに?」
「幸せ?」
アベルは、少しも迷わず答えた。
「うん!」
ガレンとエリアスは顔を見合わせ、笑った。
外の世界がどうであれ、
ここには、確かな時間が流れている。
ガレンとエリアスとアベル。
それだけで、今日も十分だった。
木の床に落ちる光の帯を、アベルは寝転んだまま眺めている。
「……あさだ」
ぽつりと呟いて、ころんと寝返りを打つ。
隣では、エリアスがまだ眠っていた。
穏やかな呼吸。肩まで掛けた毛布。
アベルは、起こさないようにそっと近づく。
「まま……」
小さな声で呼んでみる。
反応はない。
アベルはにやっと笑って、今度は反対側を見る。
そこには、ガレンがいた。
人の姿のまま、背を丸めて眠っている。
熊だったころの名残のように、寝相だけは相変わらず大きい。
「ぱぱ」
今度は、はっきり。
ガレンの眉が、わずかに動いた。
「……ん」
低い声。
「ぱぱ、あさ!」
「……ああ……」
ガレンはゆっくり目を開け、アベルを見下ろす。
一瞬、夢か現実か分からないような顔をしてから、口元を緩めた。
「早いな」
アベルは誇らしげに胸を張る。
「ぼく、もうおおきいから!」
その声で、今度はエリアスが目を覚ました。
「……ふふ。おはよう、アベル」
まだ少し眠そうな声。
「ままも、あさ!」
「うん、朝だね」
エリアスは上半身を起こし、アベルの髪を撫でる。
その指に、アベルは嬉しそうにすり寄った。
三人で囲む、朝の時間。
ガレンは起き上がり、窓の外を一度だけ確認してから、いつものように火を起こしに行く。
「ぱぱ、いっしょ!」
「危ないから、ここで待て」
「えー」
不満そうな声。
エリアスがくすっと笑う。
「じゃあ、ままと一緒にパン切ろうか」
「うん!」
アベルはすぐに気を取り直して、エリアスの隣に立つ。
ぎこちない手つきで、パンを運び、並べる。
それだけで、誇らしい顔になる。
やがて、火の音と、焼ける匂いが部屋に満ちる。
ガレンが戻ってきて、三人で小さな卓を囲む。
「いただきます」
「いただきます!」
「……いただきます」
声の高さも、調子も違う。
けれど、その瞬間だけは、同じだった。
食事のあと、アベルはガレンの腕にしがみつく。
「ぱぱ、きょうもいっしょ?」
「ああ」
「ずっと?」
ガレンは一瞬考えてから、はっきり答えた。
「ずっとだ」
アベルは満足そうに笑って、今度はエリアスの方を見る。
「ままも?」
「もちろん」
その答えに、アベルは二人の手を同時に握った。
小さな手。
あたたかい体温。
エリアスはその手を見つめながら、静かに思う。
この子が生まれた日から、
迷いも、不安も、恐れも、たくさんあった。
それでも――
「ねえ、アベル」
「なあに?」
「幸せ?」
アベルは、少しも迷わず答えた。
「うん!」
ガレンとエリアスは顔を見合わせ、笑った。
外の世界がどうであれ、
ここには、確かな時間が流れている。
ガレンとエリアスとアベル。
それだけで、今日も十分だった。
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