【完結】蒼天を掴む

さか様

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目覚め

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梓は重たいまぶたを震わせ、ゆっくりと目を開けた。

視界は滲んで白く揺れ、薄暗い灯りが胸をざわつかせる。

(……ここは……)


動かそうとした脚に、焼けつくような痛みが走った。
「っ……!」

反射的に息を呑むと、全身から冷たい汗が噴き出す。

足元には分厚い包帯。
その隙間から覗くのは、皮膚と肉を無理やり噛み合わせる銀のホチキス。
当然血はまだじわりと滲んでいて、シーツを汚していた。

梓は喉を震わせ、掠れた声を漏らす。

「……なに……これ……」

「塞がればいいと思って」

隣から落ちてきた低い声に、体がびくりと強張る。
椅子にもたれ、息一つ乱さず梓を見下ろす奏がいた。

「縫合はやり方わからなくてできないから、ホチキスで止めてみたよ」

その目に迷いはなかった。
視線の端には、転がる注射器。
空になったバイアル瓶、血に染まった脱脂綿。

「……くすり、?」

「うん、モルヒネ。製薬会社にいるから簡単に手に入るんだ。さっき打っといた」

奏はなんてことないように、あっさりと告げた。

胸の奥がざわめき、息が荒くなる。

「……どうして……」

「どうしてって、必要以上に痛むと梓がかわいそうだから…」

慈しむようで、逃げ場を塞ぐ声。

その瞬間、胃が裏返るような吐き気がこみ上げ、梓は喉を押さえて身をよじった。

「……っ、う…おぇ…!」

シーツに吐瀉物が散り、酸味と苦味が空気に広がる。
呼吸は乱れ、涙が滲み、肩が震えた。

「あー…吐いちゃったね、…でもまだ残ってる?」

奏の声が低く落ちる。次の瞬間、強引に口をこじ開けられた。

「うぇ…や……やめっ……!」

濡れた指が喉奥をかき回し、反射で喉が跳ねる。

「ほら、出していいよ」

吐き気を無理やり誘われ、再び逆流する酸味が喉を焼いた。

「――っ、ぐ……おえッ……!」

胃液と未消化の食べ物が込み上げ、シーツに飛び散る。
涙と涎を垂らし、咳き込みながら喘ぐ梓の背を、奏は優しく撫でた。

「苦しい? 大丈夫、全部出していいからね」

狂気を孕んだ慰め。

「……ラーメン、食べてきたんだね」

吐いたばかりの光景を覗き込みながら、平然と続ける。

「梓、ラーメン好きだったもんなぁ。現役のときはあんまり食べられなかったでしょ。……でも出ちゃったね」

(……狂ってる……こんなの、絶対に……)

梓は本能的に腕を伸ばし、突き飛ばそうとした。

「見ないで…!」

必死の拒絶は、逆に抱きすくめられる。

「……これからは全部見るよ、俺が梓のこと、」

耳元に落ちる声は優しさを装って、鎖のように重かった。

羞恥と痛みと恐怖で緩んだ梓の下腹部が痙攣した。

再び温かい液体が太腿を伝い、シーツに広がる。
血と尿が混じり合い、湿った匂いを放つ。

「……や、……っ……」

顔を真っ赤にして必死に隠そうとする梓の顎を、奏は優しく支えた。

「ごめん、怖かったよね…また会えたら、こんなふうにするつもりじゃなかったのに…梓のこと見たら、言葉を聞いたら、我慢できなくて」

耳元で囁く声音はやけに優しくて、それがまた惨めさを際立たせた。

「大丈夫だから、ね?梓…」

血と尿と吐瀉物の中で震える梓を支配するように、奏はコップの水を口に含む。
そのまま唇を重ね、冷たい水を流し込んだ。

酸味に荒れた口内を洗うはずの冷たさが、口の中に広がり反射的に嚥下した。

「……はは、飲んじゃったね」

唇を離し、顎を支えながら落とされた声は、優しさの仮面をかぶった残酷さだった。

梓は視線を逸らし、かすれた声を胸の奥で押し殺した。

(……違う。これはもう、あの頃の奏じゃない)

淡い希望は、水に溶けて消えた。
残ったのは、恐怖と、抗えない羞恥を塗り重ねる奏の手の温もりだけだった。

(この足で…どうしたら、)

その一瞬の心の動きを、奏は黙って見ていた。
梓が視線を逸らす前に、ゆっくりとその包帯に大きな手を重ねる。

「……気づいた?」

声は優しいのに、逃げ場を塞ぐように重く響く。

梓は震え、息を詰める。
だが奏は穏やかに言葉を継いだ。

包帯越しに脚を撫でながら、顔を近づけて微笑む。

「……ずっとここにいようね、梓」
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