【完結】蒼天を掴む

さか様

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外の目

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梓は布団の上で膝を抱えて座っていた。
部屋の中には、食べ残しや染みついた匂いが漂っている。

奏が戻ってきて、玄関で靴を脱ぐなり鼻を鳴らした。

「……梓、片付けろよ」

冷たく吐き捨てられ、梓の心臓が跳ねる。

「……っ」

何も言えず、唇を噛む。
けれど奏はすぐに口調を変えた。

「あ、でも梓……お腹に赤ちゃんいるんだったな」

勝手に自己完結したように頷いて、乱雑に積まれたゴミ袋を片づけ始める。

「……いいよ、俺がやる。梓は動かなくていい」

(赤ちゃん…)

胸の奥がずしりと沈む。

――そのとき、玄関の外から管理人の声がした。

「宅配便届いてますよー」

奏が受け取りに出ると、廊下にいた管理人がふと部屋の中へ視線を流した。
湿った空気、どこか鼻につく匂い。
そして布団の中でこちらを見返した梓。

「……ひとり暮らしじゃなかったかな」

管理人は小声で呟き、すぐに視線を逸らした。
だが違和感は胸に残り、後で警察に「最近あの部屋から異臭がする」と密かに通報を入れた。

――数日後。

「失礼します、通報がありまして」

制服の警察官が部屋に踏み込んできた。管理人も後ろに立っている。

梓は青白い顔で布団に座り、必死に微笑んだ。

「……あの、すみません……足を悪くしてて。彼に介護してもらってるんです。
掃除が行き届かなくて……でも大丈夫です。本当に、大丈夫だから」

奏も淡々と頷いた。

「俺が全部世話してます。だから心配いりません」

その声音に揺るぎはなく、嘘か真実かを見極める術は外の人間にはない。

警察は一通り部屋を見回した後、深くは突っ込まずに「……そうですか。お大事に」とだけ告げて退いた。

管理人はまだ釈然としない顔で一礼し、渋々その場を去る。

扉が閉まり、鍵がかけられる音が響いた。
奏は梓の方へ振り返り、頬を撫でながら低く囁く。

「よくやったな。いい子だ」

その言葉に梓はうつむき、ふと壁のカレンダーへ視線を移した。

日付だけが虚しく並んでいる。

震える手で一枚を破り取ると――そこには5年先の数字が刻まれていた。

「……そんな、」

喉の奥で呟きが零れる。外の世界では5年が過ぎていた。
最後に外の人とまともに話したのは、いつだったのだろう。

(……俺はここに閉じ込められて、生きているのか? それとも……)

奏の手が頭を撫でる。

「な? 梓には俺がいるだろ」

耳元に落ちる声は、優しくて重い鎖そのものだった。

梓は唇を噛み、ただ黙ってうなずくしかなかった。

――そして外では。

廊下を去る警察官の目に、一瞬の疑念がよぎっていた。

「……あの顔、どっかで見たことあるんだよなぁ」

梓のことを知らない世代ならただの弱った青年にしか見えない。

でもベテランの警察官にとっては、雑誌やニュースで一時代を飾ったあのジャンパーの笑顔が、記憶のどこかにまだ残っている。

ただし髪も伸び、痩せ衰え、目に光を失った姿は“あの頃”とあまりにもかけ離れていて、確信には至らない。

管理人は曖昧に笑って肩をすくめる。

「さぁ……でも最近ほんとに顔出さないんですよ、あの部屋」

警察官は腕を組み、しばし沈黙。

「……気のせいかもしれないが。いや、でも……」

未解決の違和感として、じわじわ胸に残る。
小さくつぶやいたその声は、まだ梓には届かない。

けれど確かに、外の世界がふたりの狂った日常へ光を差し込み始めていた。
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