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慣れない体
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慣れない体と慣れない事態に頭を抱えつつ、
ひとまず三人は解散することになった。
「……混乱が収まったら、また集まろう」
そう言って、
魔王の身体に入ったリュカと、
勇者の身体に入ったラムザは、それぞれ自分の“居場所”へ向かう。
―――――
魔王(中身:勇者)は、城の廊下を歩きながら早くも立ち止まっていた。
(……広い)
どこを見ても同じような黒い石壁。
曲がり角を一つ間違えただけで、見覚えのない場所に出る。
(俺、今どこだ?)
地図も記憶も役に立たない。
何度か同じ絵柄のタペストリーを見て、同じ場所をぐるぐる回っていることに気づく。
(魔王城、住みにくすぎないか……)
ようやく自分の部屋らしき扉を見つけた頃には、
すでに肩が凝っていた。
部屋に入り、どさりと腰を下ろす。
(……でかいな、この体)
腕も脚も重い。
歩くだけで無駄に体力を使う。
(剣なんて振ってないくせに、なんだこの筋肉……)
正直、羨ましい。
鍛えた覚えがないのに、完成されすぎている。
ふと、腹の奥に違和感を覚える。
「……トイレ」
立ち上がり、少し迷ってからそれらしい扉を開ける。
(魔王も、トイレ行くんだな……)
そんな当たり前の事実に、妙な感慨を覚えながら用を足そうとして――
「…………」
視線が落ちる。
「……でか」
思考が止まる。
(いや、俺のじゃない。俺のじゃないが……)
サイズ感と存在感が、完全に想定外だった。
(バランスおかしくないか……?なんか形も凶暴だし)
そのまましばらくどう扱えばいいのか分からず、天井を見上げる羽目になった。
―――――
一方その頃。
勇者(中身:魔王)は、宿屋の二階で、
自分に割り当てられた部屋の前に立っていた。
(……鍵はどれだ)
いくつか並ぶ鍵を前に、しばし沈黙する。
(人間の住処は、なぜこうも似通っている)
どうにか部屋に入り、静かに扉を閉める。
中は質素だが、整っている。
ベッド、机、椅子。
魔王は、自分の――いや、リュカの手を見下ろした。
(……小さい)
だが、その掌には、はっきりと剣だこがある。
「……鍛錬は怠っていないな」
誰に言うでもなく呟き、
なぜか少しだけ誇らしい気持ちになる。
(可愛い体だが、甘やかされてはいない)
ただ、乾燥している。
棚を探すが、それらしいものは見当たらない。
(……保湿が必要だな)
少し考えてから、魔王は宿屋の階段を下りた。
「すまない」
声をかけると、宿屋の娘が顔を上げる。
「はい?」
「手に塗る、クリームのようなものはあるだろうか」
娘は一瞬きょとんとし、それから笑った。
「ああ、これですか?」
小さな瓶を差し出される。
「剣だこ、ですか?」
「……ああ」
礼を言って部屋に戻り、
魔王は丁寧にクリームを塗り込んだ。
「……傷付けないぞ」
誰にともなく、静かに言う。
(人間の体は、維持に手がかかる)
一息ついてから、ふと思う。
(……風呂に入るか、面倒くさいな)
浴場の場所を探すのにも、少し時間がかかった。
ようやく辿り着き、服を脱ぐ。
そこで、動きが止まった。
「…………」
視線が、胸元に落ちる。
「……乳首がピンクだな?」
もう一度見ておこう。
(……エロすぎんか?)
慌てて視線を逸らし、なぜか咳払いをする。
「……いかん」
深呼吸。
「これは、ただの体だ」
そう言い聞かせるが、
耳がわずかに熱いのは否定できなかった。
―――――
その夜。
城と宿、
まったく違う場所で、
二人は同じことを思っていた。
(……体は大事に扱わねばならんな)
そして、同時に、
決して口に出せない違和感も。
(……妙なドキドキは、事故だ。事故)
慣れない体。
慣れない生活。
世界の秩序以前に、
まず自分たちの理性が試されていた。
ひとまず三人は解散することになった。
「……混乱が収まったら、また集まろう」
そう言って、
魔王の身体に入ったリュカと、
勇者の身体に入ったラムザは、それぞれ自分の“居場所”へ向かう。
―――――
魔王(中身:勇者)は、城の廊下を歩きながら早くも立ち止まっていた。
(……広い)
どこを見ても同じような黒い石壁。
曲がり角を一つ間違えただけで、見覚えのない場所に出る。
(俺、今どこだ?)
地図も記憶も役に立たない。
何度か同じ絵柄のタペストリーを見て、同じ場所をぐるぐる回っていることに気づく。
(魔王城、住みにくすぎないか……)
ようやく自分の部屋らしき扉を見つけた頃には、
すでに肩が凝っていた。
部屋に入り、どさりと腰を下ろす。
(……でかいな、この体)
腕も脚も重い。
歩くだけで無駄に体力を使う。
(剣なんて振ってないくせに、なんだこの筋肉……)
正直、羨ましい。
鍛えた覚えがないのに、完成されすぎている。
ふと、腹の奥に違和感を覚える。
「……トイレ」
立ち上がり、少し迷ってからそれらしい扉を開ける。
(魔王も、トイレ行くんだな……)
そんな当たり前の事実に、妙な感慨を覚えながら用を足そうとして――
「…………」
視線が落ちる。
「……でか」
思考が止まる。
(いや、俺のじゃない。俺のじゃないが……)
サイズ感と存在感が、完全に想定外だった。
(バランスおかしくないか……?なんか形も凶暴だし)
そのまましばらくどう扱えばいいのか分からず、天井を見上げる羽目になった。
―――――
一方その頃。
勇者(中身:魔王)は、宿屋の二階で、
自分に割り当てられた部屋の前に立っていた。
(……鍵はどれだ)
いくつか並ぶ鍵を前に、しばし沈黙する。
(人間の住処は、なぜこうも似通っている)
どうにか部屋に入り、静かに扉を閉める。
中は質素だが、整っている。
ベッド、机、椅子。
魔王は、自分の――いや、リュカの手を見下ろした。
(……小さい)
だが、その掌には、はっきりと剣だこがある。
「……鍛錬は怠っていないな」
誰に言うでもなく呟き、
なぜか少しだけ誇らしい気持ちになる。
(可愛い体だが、甘やかされてはいない)
ただ、乾燥している。
棚を探すが、それらしいものは見当たらない。
(……保湿が必要だな)
少し考えてから、魔王は宿屋の階段を下りた。
「すまない」
声をかけると、宿屋の娘が顔を上げる。
「はい?」
「手に塗る、クリームのようなものはあるだろうか」
娘は一瞬きょとんとし、それから笑った。
「ああ、これですか?」
小さな瓶を差し出される。
「剣だこ、ですか?」
「……ああ」
礼を言って部屋に戻り、
魔王は丁寧にクリームを塗り込んだ。
「……傷付けないぞ」
誰にともなく、静かに言う。
(人間の体は、維持に手がかかる)
一息ついてから、ふと思う。
(……風呂に入るか、面倒くさいな)
浴場の場所を探すのにも、少し時間がかかった。
ようやく辿り着き、服を脱ぐ。
そこで、動きが止まった。
「…………」
視線が、胸元に落ちる。
「……乳首がピンクだな?」
もう一度見ておこう。
(……エロすぎんか?)
慌てて視線を逸らし、なぜか咳払いをする。
「……いかん」
深呼吸。
「これは、ただの体だ」
そう言い聞かせるが、
耳がわずかに熱いのは否定できなかった。
―――――
その夜。
城と宿、
まったく違う場所で、
二人は同じことを思っていた。
(……体は大事に扱わねばならんな)
そして、同時に、
決して口に出せない違和感も。
(……妙なドキドキは、事故だ。事故)
慣れない体。
慣れない生活。
世界の秩序以前に、
まず自分たちの理性が試されていた。
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