実の兄に性癖捻じ曲げられた死にたがりの少年が代わりを探して美少年を食い漁る話

星見

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10代の心臓

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1988年冬

自分の手が、気泡を含んだやわらかな雪に触れたとてなんら冷たさを感じないことに気づいたのは、レイにとって十度目の冬のことだった。
重たい扉を開けてバルコニーに出ても、レイの肩は少しも震えなかったし、幼い爪先がかじかむことも無かった。
家は小高い丘の上にあった。西を見ると山があり、東を見ると町がある。町は都会的では無いが、見下ろした先に見える無数の灯りは文明の輝きであり、レイはそれがとても不思議に思えてならなかった。自分たちの住む家と同じようなものが、この丘の下にも、見えない場所にも、たくさんあるのだろうか。そこに住む人々も、毎日朝ご飯を食べて、花壇に水をやり、新聞を読むのだろうか。
レイはバルコニーの柵に小さな膝をかけ、身を乗り出した。硬い地面を知らない足裏に、無慈悲に木片が刺さった。レイにはそれもわからなかった。
──暗転。


昨日食べたマフィンにかかったアイシングソースみたいに、木々は純粋な白色の雪に覆われていた。外の世界を知らないレイには、他に例えるものが無かった。
横なぶりに雪混じりの風が吹いていることはわかるが、髪が靡いたり、肌が突っ張ったりはしない。子供らしい丸みを帯びた頬は自然の無情さを受け入れることをしなかった。
ここは、兄たちと暮らす辺境の丘ではない。白い地平線と凍った湖の他に何も無い、誰も居ない、どこかで見たあの場所。ここには自分一人しか存在していない。
足元には、空のクーラーボックス。
子供が一人入れるくらいの空洞がある。なんだかそこにふかふかした肉のあたたかさがあるような気がしてきて、レイは俯いてしまった。片足でそこに踏み込んでみる。じわりと熱が滲む。温かい。
自分とよく似た顔の女が、真夏の向日葵みたいに笑った。

『お前はどこにも行けない』

鼻腔をびりびりと満たす透明な空気は、ほどなくして亜麻色に移り変わった。


レイが見た雪の白は、シーツの白とあまり変わらないのかもしれない。夢に見たどこかの風も、この部屋の停滞した空気と同じ温度だ。
亜麻色の髪をした三人の男が、横たわるレイを多様に見つめていた。
三男のロランは、「レイが起きた!」といの一番に叫び、うるさいくらい喜んだ。
次男のギルベルトは、伸ばしっぱなしの前髪をかき分け、泣いて喜んだ。
長男のモーガンは、落ち着き払った様子で「よかった」と呟いて、レイをつめたい手で撫でた。

レイが飛び降りるのは初めてではなかった。
うららかな春の日には窓辺の小鳥を追って足を踏み外し、秋には木の葉が落ちるのを見て真似しようとした。その度に兄たちは窓辺に毒の餌を置いたり、家の周りの木を伐採する羽目になった。
家長であるモーガンはレイの外出を禁じ、家に閉じ込めることで弟を守ろうとした。
それでもレイはタロットカードで腕を切ろうとしたり、そのせいで大量出血の中昏睡状態になったりしたので、家の中でカードゲームは禁止になった。
長いこと旅に出て帰らない両親からレイが"送られて"きてからというもの、兄たちは繊細な弟のために気を揉み続けて暮らしていた。
世の雑踏から隔絶されて閉鎖的なその家は、無垢なまま年月だけを重ねていた。全く同じ日々、同じ生活のまま10年が経ち、世間の価値観から干渉を受けないまま成長していった兄弟たちは、さながら南国の離島で独自の進化を重ねた固有種のようであった。兄弟間の常識は外での非常識であり、逆もまた同じだった。

レイはその日の晩、自分の部屋同然の書斎で、何も無かったように本を読んでいた。小さなランプの下で足首はページを捲る度に痺れたが、気にも止めなかった。他に見るものも無いこの檻の中で、レイにとって一番面白いのは書物だった。ろくに人と話したことがないまま、恋人たちの掛け合いを知り、偉人たちの思想を知った。自分と同じくらい美しい兄弟しか見たことがないまま、紙面上で人々の美醜の差を知った。
閉じ込められているのは本人に取っても都合が良かった。綺麗なものにだけ囲まれて、このまま停滞していくのだと自分でも思っていたのだ。

「レイ。まだ起きてるの?」

モーガンは丁寧にドアを三回ノックして、静謐な足取りでレイの部屋へ足を踏み入れた。もう良い大人であるモーガンからしたら、十歳のレイが床に小さくなって本を読んでいるのは可愛らしく庇護欲の煽られる光景だったが、その本が『ソドムの百二十日』であったりするため、モーガンは家の本棚から不適切な本を取り除こうと何度も試みていた。インモラルな本は大体が次男のギルベルトの所持物である。

「あまり暗い場所で読んでいると目を悪くするよ。足は大丈夫?」
「うん」

幼いレイは「うん」か「大丈夫」くらいしか言わなかった。
薄く微笑んだままのモーガンは、「見せてごらん」とレイの左足首を軽く持ち上げた。オレンジ色の灯りが、2人の額と持ち上げられた足をどこか幻想的に照らした。
自分の行いの重大さを理解できていないレイは、身勝手な子供だった。だから、モーガンがどんな顔をしているかもわかっていなかったのだ。
途端に、火をつけられたような、ぼうっとした熱さがレイの足首を襲った。
レイは自分が何をされたか言われるまでわかっていなかったが、なにやら刃物で裂かれた部分から真っ赤な血が滴っていた。そのまま左足は兄の手の上でぶらんと宙吊りになり、自分の思い通りに動かない身体に初めて嫌悪感を覚えた。
ナイフをハンカチに包む兄は、いつもと同じ顔をしていた。つめたい顔だ。
モーガンはレイの中で最もふしぎな、そして人生に不可欠な存在だった。兄である以前に、親であったのかもしれない。
だが、モーガンにとってのレイがどのような存在だったかは、小さなレイにはわからなかった。

「⋯⋯あまり私を心配させないでね」

足の腱を切られたレイはしばらく書斎から出られなかったが、特に困ることは無かった。
血が出て歩けなくても泣くことのできないレイのことを、兄たちは不憫に思った。レイは望んで鳥籠から出ようとはしなかったのだ。しばらくして、見かねたロランが病院に連れて行ってやり、特に後遺症もなく回復した。しかし、兄にナイフを向けられたこと、それがレイの最もだいじな人であったことは、永遠にレイの中枢に鎮座する錘になった。
閉じかけのドアの隙間から見えた兄の横顔は泣いていたのだ。
色素の薄い睫毛には水銀のような涙が丸い水滴となって留まり、それがつうと隙間から流れる様は、彫刻じみた完璧な顔を非対称にする、悲痛な装飾品だった。
朝決まった時間に起き、決まったルーティンをこなし、決まった時間に眠る。それを深夜まで起こし、仮面のような笑みを崩したのは他でもなく自分なのだ、と。
言いようもない歓びがじわじわと心を侵食し、芯から生まれ変わるような気持ちだった。

このことがあってから、レイの破滅的な行動も無くなり、タロットカードの占い遊びもまたできるようになった。
レイはモーガンの判断で、地元の小さな塾ではなく、離れた高校に通うことになった。家の無菌室みたいなベッドから、カビ臭いクラスルームでうたた寝をするようになっても、それは鮮烈な記憶として少年のレイを形作っている。
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