実の兄に性癖捻じ曲げられた死にたがりの少年が代わりを探して美少年を食い漁る話

星見

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兄弟の共通言語

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1993年12月

クロム家の冷蔵庫に水道業者のマグネットで貼られたA4コピー用紙から抜粋。

『クロム兄弟 鉄の掟(ファミリー・ルール)』
・ 兄を差し置いて家から独り立ちしてはいけない
・ 外であったことは必ず共有する
・ 家に他人を呼んではいけない
・ 親の話はしない
・ 長男の意見に従う
・ カードゲームで遊んではいけない
・ 刃物を置いてはいけない
・ バルコニーの戸を開けてはいけない⋯⋯

***

俺に両親は居ない。居るのは3人の兄だけ。
家父長で長男のモーガン、冴えない次男のギルバート、穀潰しの三男ロラン。
兄弟が四辺に均等に並んだテーブルの中心には、湯気の立つ大きなピザが2つ。決まってハーフアンドハーフで、好きな味を選んで1人半円分食べる。むわりとしたチーズの匂いが、暖房の効いた部屋に充満する。切り揃えられた爪の間に、油が入り込む隙は無い。

「もう1週間もピザしか食べてないよ」
「仕方ねえじゃん。誰も料理したがらないんだから」

ロランはやけにグロッシーな唇を突き出し、溜息をついた。パイナップルトッピングを頼むのはこいつしか居なかった。その手に落ち着きはなく、チラシを丸めたものを紙屑になるまで指先で丸めている。その紙屑を手のひらに乗せ、ふうと息を吹きかけて飛ばしてきた。
女であれば、Bitch、Slut、アバズレ──そういった言葉をかけられただろう。
下品、軽薄、尻軽、恥知らず。
ロランについての修辞は大抵の場合、これらが使われる。一言で言うと「遊び人」である。
細切れになったチラシはピザの油に張り付いて透明になっていた。カラフルなデリバリー・ピザのチラシは毎月第2日曜日に必ずポストに入れられている。
モーガンの持論では、アメリカンピザは腹に溜まり、調理の手間もいらない“完全食”らしい。その理屈通り、三食すべて同じ店で注文しているのだ。別に異論は無い。野菜も乗っているわけだし。

「『慈善は家庭から始まる』⋯⋯。家族には優しくってことだよ」
「そういう意味だったか?」

文庫サイズの本を片手で閉じ、モーガンは言った。いかにも右翼らしい言葉である。
モーガンの言うことは間違ってない。けれど、内側から広げていくような優しさなんて、彼は持ち合わせていないだろう。モーガンの愛は、社会主義国家の配給みたいなものだ。このピザはモーガンからの今日分の配給である。

"兄"。兄とは、俺にとって親と同義だった。特にモーガンは。規律に厳しい父親であり、心配性の母親でもある。
モーガンはふわりと眼前にかかる後れ毛を、ピザを咥えながら左手で耳にかけた。三十路の男のくせに、指先までバレリーナのようである。自分が今、どこを見ているように見えるだろうか。兄はアイドル(偶像)だった。

「そうだろ?レイはともかく、浪費家のギルやろくに働きもしないロラン。こんな困った弟たちを、どうして私が無理やりにでも外に出さず養ってやっていると思う?」

光熱費、食費、その他一切の税金。生きているだけで払わざるを得ない金全てをモーガンは4人分負担しているらしい。そんな兄の口癖は「税金って要らないと思うんだよね」だ。

「⋯⋯チャリティー?」

モーガンの生白い指先が頬をなぞる。微熱の伴う触れ合いに肌が泡立つのを感じながら、グレーの瞳を仰ぎ見た。それは窓から見る吹雪のようでもあったし、砂嵐のかかったテレビのようでもあった。絵画を鑑賞しているような気になっていると、おもむろに窓は左右に揺れ、生きた人間の顔なのだとわかる。意味は、"No"である。

「いいや、お前たちを愛しているからだよ」

嘘つき。

「お兄様⋯♡一生着いていきますぅ」
「なんだよ気持ちわりいな⋯⋯」
「⋯⋯」

なんだか白けてしまって、兄たちが円になって騒ぐのを横目にクリーム色の壁が焦げるくらいじっと見ていた。結局、俺はいつも蚊帳の外じゃないか。

いつまでも騒がしいリビング。外見が老いただけで、中身は何も変わっていない。
この家は、孤島だ。外の常識に迎合することは無い。そのままで強く、美しく、気高いから。でも、少しだけ気になったのだ。外の世界を知りたくは無いのか、と。

「兄さんたちは一人暮らしとかしないわけ?」

その一言で、部屋の空気が止まった。
まるで、笛を吹かれた鳥の群れのように。

「い、いや俺は、在宅仕事だから⋯⋯っ!」

バイトもしているのに、ギルバートは書き物を本職だと言い張りたがる。必死の形相である。目を見開くと更に凶悪殺人鬼みたいな顔が際立って、なんだか睨まれているみたいだ。

「そんな事言うなよレイ!俺は、俺はまだ遊んでいたいんだよ⋯⋯!そんなこと言われたら働かないといけなくなっちゃうだろ!!」

兄たちは世間一般の常識から家の事に突っ込まれるのを極端に嫌う。
ずっと4人で、なんて可能なのだろうか。外の世界を寄せ付けず、このままこの家でずっと⋯⋯。
俺は、モーガンが美しい限りこの家を出ることはできない気がしている。客観的事実の話ではない。俺が実の兄を美しいと思う、主観的な感情が続く限り。その愛を一身に受け、身体を重ねたいと夢想する限り、この家からは出られない。
ガラスを叩きつける音が響く。

「もしかしてお前、一人暮らししたいのか!?嫌だ!このままロランも居なくなって、モーガンとこの家に2人きりなんて死んだ方がマシだ!!」

ギルバートが叫ぶので、モーガンは牽制するように目線を滑らせた。
でも、嫌かもしれない。
モーガンとギルバートは2歳しか歳が違わない。両親がまだ子育てをやる気があった頃があったのだろう。そうであるからか、2人の間には気兼ねない何かしらの奇妙な絆があるように見えた。モーガンはギルバートに当たりが強いが、それは信頼あってのものなのだ。俺やロランが生まれる前のように、彼らが2人きりで他愛のない言い争いをして、晩酌にグラスを合わせる夜が続いたら。言わなければよかった。俺さえ居れば、この家の均衡は保たれるのに。
コト、とグラスが触れる音が響いた。
モーガンは笑っていた。
アルカイックスマイルという言葉がある。古代ギリシャ、アルカイック期の彫像から来ている。モナ・リザも同じだ。彼はモナ・リザだった。左右対称に持ち上げられた唇には少しの皺も無い。
この人は、俺に何を求めているんだろう。気に入らない、と思われていることだけわかる。

「いつまでもここに居ていいんだよ、レイ」

目を逸らすことはできなかった。その灰色の瞳から細い糸が張られ、自身の網膜に縫い付けられているみたいに。離れることも、近づくこともできない。鉛を呑んだみたいに、体がだるくなった。この人、あの時みたいに泣けばいいのに。
冬の冷気が、窓ガラスの縁にまとわりつく。
きしむ音が、まるで誰かの悲鳴のように聞こえた。
何も感じないはずの指先が凍りつき、動かなくなっていくのを感じた。
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