グールムーンワールド

神坂 セイ

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CHAPTER Ⅰ

第6話 バイオナノワクチン

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「バイオナノワクチン?」

 オレの疑問にユウダイが答えてくれた。

「ええ、佐々木さんはこの世界に転移して来たんでしょう。そればユウナとアオイの話しからも明らかです」

(何て言うか、今その話しが必要なのかな?)

「さっきも言った通り、この世界にはグールウイルスが存在します。それもそこら中にです」

「え? そこら中?」

「佐々木さんはグールと接触しなければ感染はないと、そう思っていませんか?」

「はい、噛まれたりしなければ大丈夫かと……」

「やっぱり。ウイルスは空気中にも大量に存在します。この世界で息をして、水を飲む。それだけでウイルスは体内に取り込まれています」

「え!? じ、じゃ、オ、オレはグールになってしまうんですか!?」

 オレは一気に鼓動が上がっていくのを感じる。

「いえ、ですからこのワクチンを飲んで欲しいんです。これを飲めばグールには変化しません。飲めますよね?」

 ふと、隊員のみんながオレを見ているのを感じた。なんとなく警戒されている。いや、試されている?

(これを飲まないと良くない気がする)

「え、体に害がないなら飲みますよ? 飲ませて下さい。毒が入ってる訳じゃないでしょう?」

 皆がオレの言葉を聞いて少し安堵したように見えた。

「そうですね。もちろん無害です。薬ですよ」

 思わずユウナを見る。ユウナは小さく頷いた。

「わかりました。ありがとうございます。頂きます」

 これを飲まないと、オレがグールになって襲いかかるだとかそういうことか?

 オレはそのカプセルを受け取り、飲み込んだ。
 けっこう大きいので飲みづらい。ユウナから受け取った水筒の少ない残りの水で流し込んだ。

「これでいいですよね?」

「はい、ありがとうございました」

(ありがとうございました?)



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ワクチンを飲んでから10分ほどたった。
 体が熱い。燃えるようだ。

「ううっ……」

 みんながオレを見ている。

「チバ、この反応は正常か?」

 菅原から質問を受けたチバはやや不安そうにだが、悩みながら答えた。

「はい、資料通りなら正常です。高熱でしばらく苦しむけど、数時間でワクチンが働くそうです」

「そうか……」

(し、しばらくこのままなのか……?き、キツイ)

「このまま休憩を続行する。第3種迎撃準備を展開」

「班長! 何それ!? それでいいの!?」

 アオイが菅原に取ってかかった。彼女はオレなんて放っておいて先に進みたいのだろう。

「アオイ、お前の気持ちも分かるが、今回の収穫は佐々木くんだけということになる。それを放棄はできない」

「そう……かもしれないけど……くそっ!  了解!」

「……。他のみんなもいいか?」

「彼には何かある。そう期待しましょう」

 ユウダイは冷静に言う。

「まあ、仕方ないでしょう。敵の可能性は低いですし」

 チバも菅原にそう話し、賛成の意見のようだ。

「ユウナは?」

「わたしは最初から佐々木さんは都市で保護するべきと思ってました。異論はないですよ」

「そうか、では皆掛かれ!」

「「了解」」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 菅原やユウナ、チバの声がぼんやりと聞こえてくる。

 (みんな、なんの話をしてるんだ……?)

 オレは頭がボーッとしてだんだんと考えがまとまらなくなってきていた。
 
(大丈夫なのか、これ? でも、この状況ではオレはこの人たちを信じるしかないんだ……)

「ナナ、ラク、ユキ、もうちょっと待っていてくれ……」

 オレは、意識を微睡みに任せて眠りについた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「兄ちゃん!」

 声が聞こえる。
 これは、ナナの声だ。
 一番上の妹、長女ナナ。

「ううっ……」

 答えようとするが、上手く声が出せない。

(なんだ? 何でオレを呼んでるんだ、ナナ?)

「兄ちゃん!!起きて!」
「セイ兄ちゃん!」

 次男のラクの声も末の妹のユキの声もする。

(分かったから、そんなに急かすなよ……)

「起きて!」

ガバッ!

 オレは身を起こした。汗びっしょりだ。
 あたりはもうすっかり暗くなっていた。

 腕時計を見ると、3時間近く寝ていたようだ。

(たった半日会わないだけで夢に出るなよ……)

 オレは兄弟たちを思い返しながら身を起こした。

ドサッ、ドサッ

「ん? 何の音だ?」

「あ、佐々木さん、目が覚めましたか」

「ああ、ユウナさん」

(起きて直ぐに美人が見れるとか、幸せだなー)

「そのまま寝てりゃあ置いて行ったんだけどな」

「アオイ!」

 隣に座っていたアオイがまた悪態をつく。
 こっちの美人は寝起きはきつい。

「はは……もう慣れたよ」

 ユウナから飲み物を受け取り、飲み干す。
 オレの体はかなり乾いていたようだ。

ドサッ

「ところで……」

「佐々木さん」

 不意に声が掛けられた。振り向くとユウダイとチバが立っていた。

「はい?」

「目が覚めたんですね。よかった」

「ああ、ありがとうございます」

「なんせ、抗体のない人間にワクチンを飲ませたのは初めてですからね。心配しましたよ」

(ん? どういうことだ?)

「ワクチンに対する免疫を持っていない人間もいるんです。100年前にワクチンを摂取した人間の20%は免疫が無かったそうです。今、生きている人間は全員抗体持ちなので」

「え? ユウナさん? じゃあオレは免疫を持ってるってことですよね」

「本当に良かったです」

「……もし、免疫が無かったら? その100年前の20%の人たちはどうなったんですか?」

「みんなグールになったそうです」

!!

「まじかよ!」

 思わず大声が出る。

ドサッ

「うるさい」

 すかさすアオイがオレを責めた。

「そりゃ驚くだろ!」

「すみません、ちゃんと説明もしなくて。ですが、ワクチンを飲まなければ、それはそれでグールになるのは時間の問題だったと思います」

 ユウダイが頭を下げる。

ドサッ 

「いや、まあ、そうですか……」

 怒るに怒れないな。
 みんなも申し訳なさそうな顔をしていた。アオイ以外は。
 だからみんなオレがワクチンを飲むかどうか見てたのか。
 オレがワクチンを飲まなければオレがグールになる確率が高いし、みんなに襲いかかっていたかも知れない。
 おそらくそういうことだろう。

「……」

 何となく会話が途切れた。

ドサッ

「ところで……さっきから何をしてる音なんですか?」

「? 特に何も。ここで休んでいただけですよ」

 ユウナが愛想良く答えてくれた。

「でも、さっきからドサッドサッて何かが落ちてくる音がしてますよね?」

「……」

 みんなの顔が急に険しくなる。

ドサッ

「ほら、今もしました」

「チバ、聞こえるか?」

 今まで黙って座っていた菅原班長が立ち上がり尋ねる。

「いえ、何も。索敵にも反応はありません」

「お前、適当なこと言ってんじゃねーよ」

 チバの答えにアオイがオレを批難する。
 オレもさすがにアオイの態度にはムッとしてしまう。

「また、お前は!そんなに言われる筋合いはないぞ!」

ドサッ

「まあ、いいや。……ほら、また。向こうからなにか聞こえますよ」

 オレは音が聞こえる方を指差した。

「何もねーよ」

ドサッ

「ユウナ! 灯りをつけてくれ! なるべく遠くまで頼む!」

 菅原が指示を出すと、すかさずユウナが杖の先から光の玉を出し、杖を振るった。

「「!!」」

 灯りで照らされた先の道は崩れた片側二車線道路で結構広い空間だ。
 その道路の上には瓦礫なども散乱していたが、大量のグールが横たわっていた。近いやつは50メートルほどしか離れていない。

「班長! 索敵に反応あり! 今までは無かったのに!」

 突然。
 横になっていたグールたちが起き上がった。しかも全部同時にだ。
 その群れがこちらへ向かいゆっくりと前進を始めた。

「くそ! お前ら、迎撃するぞ!」

「「了解!!」」
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