甘い恋をいただきます。

沢渡奈々子

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24話

「……それ、どういうこと?」
 同じ目、とは一体何のことだろう? ――花菜実は尚弥に言い募る。
「千里は渡米する前、つきあってた彼氏に『おまえよりも、花菜実ちゃんの方がちっちゃくて可愛い』って言われて、フラれたことがあんだよ」
「うそ……」
「しかも一度じゃないから。結構な回数、そういうことされてるんだよ」
 千里は身長一七五センチ、股下も男性顔負けな長さを誇る、素晴らしいプロポーションの持ち主だ。今現在、仕事をしているアメリカのショービジネスの世界では、そういったスタイルのモデルや女優は掃いて捨てるほどいる。しかし日本――しかも一般的な生活圏では、千里のような女性は稀有な存在で。彼女の美貌と肢体は周囲の羨望を集めるのと同時に、普通の男性のプライドをひどく刺激するものでもあった。
 初めはその美しさに魅せられてつきあうも、自分より身長が高かったり脚が長かったりする千里に、男は自尊心を傷つけられるのか、最後にはいつも、
『妹の花菜実ちゃんの方が可愛い』
『悪いけど千里はデカすぎて、正直無理だわ。花菜実ちゃんくらいだったらよかったのに』
『彼氏よりも脚が長いとかないだろ』
 というような言葉とともに、別れを告げられていたのだ。
 その都度、人知れず泣いてきたそうだ。双子の兄の尚弥には隠しきれなかったようだが。
「そ、んな……知らなかった……」
 花菜実は愕然として尚弥を見た。
「そりゃそうだ。千里はかなには悲しい思いをさせたくないから、って、俺に口止めしてたからな」
(ちりちゃんが……)
 千里は、花菜実が彼女と比べられ時には泣いているのを知っていた。だから妹をこれ以上悲しませるようなことは、耳に入れたくなかったのだろう。
 それを尚弥から聞き、花菜実はショックで顔を両手で覆い、かぶりを振った。
「俺もずっと黙ってきたけどな。そろそろ二人とも腹を割って話した方がいいんじゃないかと思ってさ」
「私……何も知らなくて……どうしよう……」
「意図的に知らされてなかったんだから、しゃあない」
 尚弥が花菜実の頭をくしゃりと撫でた。
「ちりちゃんに、何て謝ったらいいの?」
「別に謝らなくてもいいんじゃね? ……ただ、かなもつらかっただろうけど、千里もつらかった、ってことだけは忘れないであげてな?」
 優しい声音で尚弥がそう結んだ時、ちょうど家に着いた。花菜実はわずかに顔色を悪くしたまま、自転車のカゴから荷物を取り出し大福を尚弥に押しつける。そして玄関で「ただいま!」の声と同時に靴を脱ぎ、何かに急かされるように二階に駆け上がった。
 二階の一番奥は尚弥の部屋、その隣が千里の部屋、手前の階段前が花菜実の部屋だ。花菜実は自分の部屋に駆け込もうとし……立ち止まった。幾秒か躊躇った後、そのままそっと進み千里の部屋の前に佇む。
「――何かあったの~?」
 階段を騒々しく上る足音に、部屋の扉が開き、千里が顔を出した。
「っ、」
 突然現れた姉に、心の準備もままならなかった花菜実は息を呑んだ。
「あ……かな。……おかえり」
 美しい顔をほんの少し痛々しげに歪め、千里が笑った。
 その表情を見たら、もうダメだった。花菜実の瞳からドッと涙が溢れ出す。
「ち、ちりちゃ……っ」
「かな! どうしたの!? 誰かからいじめられたの!?」
 千里があたふたして花菜実の顔を覗き込んだ。止め処もない涙が彼女の頬を濡らす。
「ちり、ちゃ……っ、ご、ごめんねぇぇ」
 花菜実は千里の胸に思い切り飛び込んだ。そのはずみで千里は後ずさり、二人揃って部屋の中になだれ込む形となり、そのままベッドに一緒に倒れた。
「かな、一体何があったの?」
 千里がかなを起こし、ベッドの縁に座らせる。
「わた、私……っ、ちりちゃ……がつらい目に……遭ってるの、全然知らなくてっ。……それなのに、私ばかり……って、ごめ、ちりちゃ……ごめん、なさい……っ」
「……もしかして、尚弥から聞いちゃったの?」
 花菜実は涙を散らしながら、何度もうなずいた。
「そっかぁ……聞いちゃったかぁ……」
 ため息とともに苦笑いをする千里。
「ごめん、なさい……ちりちゃん……」
 やや収まった嗚咽を無理矢理押さえ、花菜実が鼻をすする。
「かな」
 千里が近くのティッシュボックスから、何枚か引き抜き、妹に渡す。受け取った花菜実は涙を拭った後、鼻をかんだ。
「……ありがと」
「正直ね……謝られても困るの」
 その言葉は、花菜実の心に刺さった。弾かれるように千里を見ると、
「あぁ違う違う! ごめん、変な意味じゃないの!」
 顔色が悪くなった花菜実の背中を、千里が擦る。
「じゃあ……どういう、意味?」
「……あのね、確かに、私は昔よく『花菜実ちゃんの方が可愛い』って言われてフラれたりしたよ。それはほんと」
「やっぱり、ほんとだったんだね……ごめん……」
 また新しい涙が花菜実の頬を伝う。千里はそれをティッシュで吸ってやる。
「かなだって、知ったらそういう風に謝るじゃない? あの時、私が謝ったのと一緒だよ」
「あ……」
 花菜実が千里を責めたことを後悔したのは、花菜実が姉と比べられてあれこれ言われることに関して、千里には何一つ責任も罪もないことが分かっていたからだ。それでも彼女は花菜実に謝ってくれた。それが余計に花菜実の罪悪感をかき立てた。
 けれど、千里からまったく逆のことを聞かされた花菜実は、やっぱり謝りたくなった。自分のせいではないことは分かっているが、それでも謝らずにはいられなかった。きっと、あの時の千里も同じ心境だったのだろう。
「それは置いといて。私が今までかなにそのことを言わずに、尚弥にも口止めしていたのはさ……かなのことを……妬んでいたからなのよ」
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