私じゃなきゃダメみたい

沢渡奈々子

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9話

「で、どうして冬海がいんだよ。仕事ねーの? 今日」
 会社からは近いがほどよく隔離された個室を持つ居酒屋で、集まった面々が生ビールで乾杯をした。半分ほどあおった後、厳原憲征いずはらのりゆきが半眼で訊ねた。
「今日はオフだし! すーくんがいる飲み会にあたしがいたっていいじゃない」
 長身の美人が、前に座る門真にニコニコと笑みかけた後、厳原に冷たい一瞥を投げつける。
 十分ほど前に門真と未央が居酒屋に着くと、個室の席には既に彼女が座っていた。
「すーくん、おそーい」
「遅いって、時間ジャストだろ?」
「あたしは早くすーくんに会いたくて、十五分も前から来てたのに~」
「ごめんごめん。あ、西村、これ俺の彼女の冬海。冬海、こちら俺の後輩の西村未央」
 未央と冬海がお互いぺこりと会釈する。
西園寺冬海さいおんじふゆみです。すーくんからたまに話は聞くよ~。ものすごく仕事を真面目にやる礼儀正しいいい子だけど、憲征と双璧を成すイケメンに日々いじられるものすごく不憫な女子、って」
「門真さん……」
 一体彼女にどんな風に自分のことを話しているのかと、小一時間門真を問い詰めたくなった未央。すると扉が開き、
「よう待たせたなー……って、冬海もいんのかよ」
 厳原が部屋に入るなり表情を歪めた。
「あたしがいたら悪い?」
「おまえと飲むと酒がまずくなんだよ。そこそこ露出のあるモデルのくせに恥も外聞もなく目の前でイチャイチャイチャイチャすっから!」
 門真の同期である厳原は、冬海の言葉通り社内で崎本と双璧を成すイケメンツートップとして有名である。
 全体的に色素が薄めの崎本が時折『白馬と王冠が似合いそう』と謳われる王子系なのに対し、『泥にまみれながら敵と戦って姫を守りそう』と評される厳原は騎士系に分類されている。崎本より野性的な雰囲気と俺様的要素を併せ持つイケメンである。
 未央たちが勤務している社屋は【東棟】と【西棟】に分かれており、厳原は東棟勤務、そして崎本は西棟に部署がある。
 それで厳原は【東の横綱】、崎本は【西の横綱】と呼ばれるようになったのだった。
 崎本が入社した頃は人気を二分しており、女子社員の間では東の厳原派、西の崎本派、で意見を戦わせることもあったりしたようだが、厳原が一年前に社内結婚したことで一応それは収束し、今では崎本がその人気を一身に背負っていると言ってもいい状況だった。
 そんな厳原に臆することなく噛みつく冬海は、実は彼の従妹である。OL向けファッション雑誌のモデルをしており、門真とは厳原の紹介で知り合い、つきあうようになった。意外にも冬海が門真に一目惚れをし、アプローチしていったのだとか。
「で、どうして俺様が呼び出されたんだよ? この子誰? 門真の新しい彼女か? 冬海と別れたのか?」
「はぁ? このラブラブぶりを見てどうしてそんなこと言えるの? 憲征バカじゃないの?」
 冬海が向かいに座っている門真の手を握って仲良しぶりをアピールしている。門真もまんざらではなさそうで、冬海の手を撫でている。
「ちゃうちゃう、別れてないから。いいかイズッチ、聞いて驚け、」
「見て笑え?」
「……っ、おまえな」
 口に含んだビールを噴き出しそうになった門真。
「お? このネタ知ってる? あー月島つきしまがここにいたら【アカネ】が用意出来たのに。『我らエンマ大王様の一の子分!』って言わせてぇ」
「……憲征、もう酔っ払ってんの?」
 冬海が鼻で笑う。
「あー……西村、俺たちの同期で【あかね】って名前のやつがいてさ……って、西村どした?」
「笑ってる……っぽい?」
 未央が話の要領を得られていないと思ったのか、門真が説明しようとしたところ、当の未央は俯いて肩を震わせていた。そんな彼女の顔を冬海が覗き込み、その背中を擦った。
「イズッチが馬鹿なこと言うから」
「……あ、す、すみません。そのアニメ、小さい頃観てました」
「だよなー? 面白いよな? アレ」
「面白いです! 大好きでした」
「俺、今でもたまに観ちゃうんだよなー。なつかしくて」
「私も時々観ちゃいます。今でも歌とか歌えますよ」
「おー気が合うなー」
 何故か他の二人を差し置いて、子供向けアニメの話で盛り上がってしまう未央と厳原に、門真が業を煮やす。
「だぁかぁらぁ! イズッチおまえは人の話を聞け、って言ってんだよ! この子、俺の後輩の西村未央っていうんだけど、実はさ――」
 個室なのに何故か門真は辺りを見回して声のボリュームを落とし、
「──【西の横綱】の彼女なんだわ」
 ぽつりと言った。
「……」
 厳原の口元がピクリとひきつった。
「へぇ~、双璧の彼とつきあってるんだ?」
 冬海が尋ねると、未央は苦笑しつつ首を傾げた。
「つきあってる……と思いたいんですけど。そう言っていいのか、よく分からないんです」
「でも毎週デートとかしてるんだろ? 二人で旅行だって行ってるんだろ? 少なくとも、俺の中の常識ではそれをつきあっている、と言うぜ?」
「ふーん……で?」
 ビールを呷りながら厳原が尋ねる。
「まぁそれでな。最近社内で変な噂流れてるし、西村を励まそうと思って。ついでにイズッチに横綱同士としてどう思ってるか話聞いてみようかなって」
「何で俺にあんな野郎のこと聞くんだよ! 面識ねーんだから知ってるわけねーだろ!」
「うわぁ……敵意剥き出し。年上のくせにみっともないよ憲征」
「何が知らねぇだよ~。崎本が入社した時、わざわざ西棟に敵情視察に来たくせに~」
 門真が笑いながら枝豆を口にした。
「だっておまえ、うちの部署の女どもが『めちゃくちゃカッコイイんだけど! 王子! 王子!』とか言ってキャーキャー騒いでるからよー。どんだけなんだと思ってさー」
「そんで勝手に自分の中でライバル視してるってか? 面白ぇなイズッチ」
「あー、憲征らしい……」
「うるっせーなー。どーせ聞くならよ、真澄ちゃんのことにしろよ。あの子のことなら俺、結構知ってるわ」
 店員が運んで来た料理を手際よく取り分けながら、訳知り顔で皿を皆に差し出す厳原。
「え、もしかしてイズッチ、あの子と知り合い?」
「まーねー。……つか、俺、あの子と飲みに行ったことあるし?」
「えー、イズッチ秘書課の子と飲んだことあるんだ?」
「それだけじゃねーよ。危うくホテルに連れ込まれそうになったんだよ」
「それって逆じゃないのぉ?」
 冬海が意地悪い笑みで尋ねる。
「んなわけねーだろ? 一応既婚者なんだからよ。虫を殺すどころか触れもしません、みたいな顔してるけど、かなりの肉食……つか、食虫植物みたいな女だぞ?」
「食虫植物……イズッチ、例えがエグイぜ……」
 門真が口元を引きつらせる。
「あの子、実は俺の大学の後輩の元カノでさ。後輩にいろいろ聞いちゃってたから、俺は警戒してたし、今回の噂、俺は正直崎本に同情してるわ」
「おまえが崎本に同情するって相当だな。何があったん?」
「まー詳細は置いとくけど。大学時代、芹沢姉妹って言ったら超美人姉妹で有名だったらしいんだけど。裏では狙った男を手に入れるためなら手段を選ばない姉妹、ってことでも有名だったんだってさ。ちなみに真澄ちゃんは妹の方」
「ひ~怖ぇ……」
「あ~、そういえば彼女たち読モしてたこともあったから、あたしもうっすらそういう話聞いたことあった。でもさ、そういう噂、よく社内で広まらないよね?」
「芹沢姉の方が一昨年局アナになったからじゃね? 内定決まって以来、ぱったりおとなしくなったらしいし」
「え、局アナって……もしかして東日テレビの芹沢花菜せりざわかなアナですか?」
 未央の口から出たのは、民放キー局の若手アナウンサーの名前だった。新人として露出が始まった頃から清純派美女アナウンサーとして話題になり、今では好きな女子アナトップ3に入るほどの人気を誇る有名人だ。
 真澄が芹沢アナの妹だとは未央は知らなかった。噂好きな同僚からも聞いたことがないので、おそらく社内で知る者はほとんどいないのだろう。
「そーだよ。でも二人とも超美人だけども、系統違うし姉妹としてはそんなに似てないから、知らねーやつは知らねーんだよな」
 厳原が焼き鳥の串を左右に振りながら言う。
「俺も知らなかったなぁ~。イズッチ教えてくれねぇから」
「あまり言いふらすようなことでもねーだろ」
「憲征って意外と口が堅いもんね。ほんと意外だけど。すっごく意外だけど」
「何だよその悪意のある言い方はよ」
 門真は未央に、今日のこの飲み会に「口が堅いのを呼ぶ」と言っていたが、それは本当だったのだと未央は改めて思った。この人たちなら、未央と崎本のことを面白おかしく吹聴することはないだろう、と安心した。
「そもそもさ、門真はそういう噂的なものにあまり興味ねーじゃん」
「疎いって言いてぇの?」
「違うよ、そこがすーくんのいいところなんだってば! すーくん好き!」
「んー。俺も」
「だから人前で堂々とイチャつくのやめろや」
 門真と冬海がお互いの手の甲にキスをし合う二人を見て、厳原はしらけきっていた。未央は口元を緩ませ、
「会社と違う門真さんが見られて、私は面白いです。冬海さんにメロメロなんですね」
 素直な感想を述べた。
「え、そう見える? やだぁ~すーくん、あたしにメロメロなの?」
「ん、まぁそうだな。メロメロだな」
「あたしもあたしも! すーくんにメロメロだよ~」
 完全にお互いがお互いを愛して止まない雰囲気を纏っていて、未央は羨ましいと思った。
「今度是非、お二人の馴れ初めとか教えてくださいね。……厳原さんがいない時にでも」
「あー、そーしてくれると助かるわ」
 はっ、と呆れたように厳原が添えた。
(私も……冬海さんみたいに素直に気持ちを口に出来たら、何かが変わるのかな……)
 果たして自分にそれが出来るかどうかは分からないが、二人を見ていて、少し刺激を受けたのは確かだった。
「ま、未央ちゃんと崎本については俺らが口出すことじゃねーから、未央ちゃん自身が何とかしなきゃなんねーけど。愚痴なら聞いてやるからさ。また飲みに来ようぜー」
 厳原が笑って言った。
「あ……りがとうございます。厳原さんにそう言っていただけると心強いです。門真さんも、冬海さんも、ありがとうございます」
「あたしなんて何もしてないけど……でも、会社で何かあったらすーくん頼っていいからね。憲征はあまり頼りにならないと思うから」
「包容力の固まりのような俺を捕まえて何言ってんだ、冬海。な? 未央ちゃん。いつでも頼っていいからな。――崎本の愚痴、文句、悪口、大歓迎だから」
 厳原が意地の悪い笑みを浮かべた。
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