私じゃなきゃダメみたい

沢渡奈々子

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11話

「ぴんぽんぱんぽ~ん。えー西村未央ちゃん、西村未央ちゃん。に・し・む・ら・み・お、ちゃ~ん! 東から来た刺客こと厳原憲征様がご面会でーす。ちょっとこっちいらっしゃ~い」
 休み明けの昼休み、営業部のドアのところに丸めた社内報を拡声器代わりにして大声を張り上げるイケメンが立っていた。
「ちょっ、未央! いつの間に東の横綱と知り合いになったの!?」
「!!」
 麻巳子が目を剥いて未央の袖口を引っ張るが、慌てふためく未央は返事もせずに厳原の元へ突撃して行った。
「ちょっと! 大声で呼ばないでくださいっ」
 小さな声で抗議をすると、厳原は意に介する様子もなく、
「いやー崎本あっちがあーいうつもりなら、こっちだって……なぁ? そう思わねー? 目には目を、ってやつ。ちったぁやきもきさせるべきだと俺は思うんだわ。ってことで、ほら」
 厳原がこれ見よがしにデパートの包装紙でラッピングされた薄い箱を差し出した。表には可愛らしいリボンが貼られている。
「?」
 首を傾げる未央に、
「一昨日、ハンカチ借りただろ? それのお礼。新しいハンカチ。あと、こっちは借りた方。ちゃ~んとクリーニング出してきたから。俺のこづかいで」
 紙袋の上に、更に可愛らしい模様の紙袋が乗せられた。
「わぁ……わざわざありがとうございます。返って気を遣わせてしまってすみません」
 少々恐縮しつつも、未央は遠慮なくそれらを受け取った。
「それ選んだのうちの嫁だから。未央ちゃんが会いたいって言ってた、って伝えたら今度是非是非、って。冬海から未央ちゃんのこと聞いてたみたいで、興味津々だったわ」
 その時、胸元にぶら下げていたスマートフォンが震えた。メッセージが来たようだ。差出人は崎本だった。途端に、心臓が逸る。
『今日残業ある?晩飯一緒に食わない?』
 とあった。未央はため息を一つつき、ホームボタンを押して画面を消した。
「早速牽制してきた?」
 厳原がニヤニヤしている。
「そんなんじゃないですよ」
 未央が力なくかぶりを振った。
「――ったく、おまえはやることがいちいち派手だねぇ」
 横から門真が呆れたように口を出す。
「この俺様の存在感をこういう時に利用しないでどうするよ? 見てみろ~。あいつ、こっち気になって気になってしゃあない、って感じ~。そわそわしてっし~。あ~ゾクゾクするほどたのし~」
 厳原が崎本の方を一瞥した後、嬉しそうに首元を震わせた。
「イズッチ、こういう時はやたらいきいきするよな」
 楽しそうな厳原の側で、未央は怖くて後ろを振り返れなかった。
 そのまま二人と一緒に社食で食事を取った後、更衣室に入った未央は、自分のスマートフォンのメッセージアプリで、
『今日は定時で帰ります。』
 と打ち、それから躊躇った後、
『すみませんが、もう私のこと誘わないでください。誤解されると困りますし』
 と続けてから、送信ボタンを押した。もちろん崎本宛だ。すぐに通知音が鳴った。
『誤解って、誰に?』
『それは崎本さんが一番よくご存じかと』
『何のこと? 未央ちゃんが言ってることが全然分からないけど』
『とにかく、もう崎本さんとは個人的には会いません。なので私用でメッセージもしてこないでください』
 それを最後に、崎本をブロックした。すると、今度は職場用スマートフォンの着信音が鳴った。嫌な予感はしていたが、待受画面を見るとやはり崎本だ。しかも電話の着信だった。
「……」
 未央はディスプレイに表示されている【拒否】のボタンを押した。会社支給の筐体なので、さすがに着信拒否設定やブロックをすることは出来ないが、この通話だけは受けたくなかった。
 そして就業時間が過ぎ、退社する従業員が行き来する中、
「西村、ちょっといいかな?」
 表情を殺した崎本が未央の席に来た。
「急ぐので……」
 顔を背け、荷物を抱えて立ち上がる。
「――ここで大声で話してもいいんだけど?」
 まるで脅迫するかのように崎本が冷たく言い放った。そう来られると従わざるを得ない未央は、俯いたまま崎本の後に続いた。
「どういうことか、説明してもらえる? 未央ちゃん」
 崎本は未央を空いている会議室に押し込め、鍵をかけた。後ずさる未央を壁に追い詰める。距離がほぼなくなりかけた頃、未央は意を決したように口を開き、
「ちゃんと本命がいるなら……そちらへ行ってください」
 と、ため息混じりで言った。
「え」
「私、これ以上崎本さんのセフレをするつもりはありません」
 涙が溢れそうになるが、何度もまばたきをして堪える。
「未央ちゃん、一体どうしたの? ちゃんと話し──」
「いい加減にしてください! ……気持ち悪いんです。好きでもないくせにそうやって【未央ちゃん】とか呼ばれるの。もう私につきまとうのやめてもらえますか? ……どうせ私じゃなくてもいいくせに!」
 声が上擦る。声だけではない、くちびるも、手も、足も震えていた。
「……それ、本気で言ってる?」
 いつもよりも低い冷えた声音に、未央の背筋が凍りつく。恐らく営業部の誰一人としてこんな崎本の声は聞いたことがないだろう。
 声だけでもここまで震えるほどの怖気を感じるのだから、その顔を伺い見ることなどとても出来そうにない。その冷たいオーラに絡め取られてしまいそうだ。
「ほ、本気です。……これ以上、私に惨めな思いさせないでください」
 そう言い捨て、未央は崎本を押しのけ会議室を飛び出した。結局、最後まで崎本の顔を見ることなく――
(終わっちゃった――)
 涙が溢れそう――でも会社だから。会社を出れば。
 未央は手早く帰宅準備を終え、小走りでエレベータに乗り込み、そして社屋を出た。
「うっ……、ふ、う……」
 駅までの道すがら、未央は流れ落ちる涙を手の甲で拭った。
 崎本に関することで涙を流したのは、これが初めてだった。

 翌日、未央はいろんな意味で会社へ行くのを躊躇ったが、休むわけにはいかず、恐る恐る出社した。崎本は神戸の支社に月曜日まで出張、と行動予定表に書かれていたので、未央は安堵のため息を漏らした。
 門真は未央の酷い顔を見るや否や、眉根を寄せ、
「ちゃんと話し合え、って言ったのに。バカだな……」
 と、独り言のように毒づいた。
「すみません、いろいろしてもらったのに……」
 未央は頭を下げた。
「ちゃんと崎本に確認したのかよ? 芹沢さんのことも、ベイサイドコンフォートのことも」
 門真の問いにかぶりを振った後、未央は言う。
「そもそも無理があったんですよ……崎本さんと私、なんて」
「おまえなぁ……自分を過小評価しすぎなんだよ。謙虚なのと卑屈なのはまったく違うんだからな? 俺はなぁ、この世の女では西村を五番目に評価してるんだからな?」
「五番目……ですか?」
「一番が母ちゃん、二番が冬海、三番がばあちゃん、四番が冬海の母ちゃん、そして五番が西村、おまえだ。まぁ四番と五番の間には超えられない壁があるし、俺に娘が出来たりしたら六番目に降格するけどな。そうじゃなきゃ、俺が冬海以外の女をここまで心配したりしねぇよ」
 言われてみれば、門真は最初から未央のことを評価してくれていた。配属直後から仕事には真摯に向き合ってきたからだと思うが、それは自分自身への自信のなさの表れとも言える。自分がこんなだから、せめて仕事だけはちゃんとしようと思い、真面目に取り組んできた。そんなところを門真は見てくれていたのだ。
「ありがとうございます。私も門真さんのことは、多分男性の中で五番目くらいに尊敬しています」
「へぇ~マジで?」
「一番が父、二番が祖父、三番が兄、四番が大学時代の恩師、五番が門真さんです」
「……俺、六番目じゃねぇの?」
 門真が含みのある言い方で尋ねた。未央は一瞬目元を歪め、そして笑った。 
「……人、ですから」
「あ、なーるほど……」
「崎本さんを尊敬なんて……してません」
 独り言のように呟いて、未央は自席についた。
「――ま、この世界にゃ尊敬を簡単に超えちまうような感情もあるけどな」
 門真が誰にともなく言った。
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