二分の一のきみへ。

智恵 理陀

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第十三話 病院へ行く前に。

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 珍しく休日にスマホが振動した。
 連絡相手は芙美くらいしかいないのだが、画面を見ると明日香の文字。
 そういえば休日に病院へ行くという話をしていた。
 おそらくそれ関連の連絡だろう。病院は本来休みらしいが、開いてくれるところがあるらしい。

「もしもーし」
『もしもし、今日、大丈夫?』
「ああ、大丈夫だよ」

 一応予定は開けておいてある――というよりいつでも予定は空いている。悲しいけれど、これが現実さ。

『待ち合わせは、学校でいいかな?』
「いいよ」
『じゃあ学校で~』
「はいよー」

 着替えを済ませておこう。
 今日の私服はこれといった特徴のない薄い灰色のシャツ。ちょっとした用事の際にはよくこいつを着る。
 今日はちょっとしたで済めばいいのだが、まあ俺は付き添いだから明日香次第だ。
 どたどたといった足音が聞こえる。

「兄ちゃん、何支度してるのー?」
「してるのー?」

 二人の妹がやってきた。
 休日というのは俺にとってはゆっくり体を休める日なのだが、こいつらにとっては全力で遊ぶ日という意味だから困る。

「芙美姉ちゃんの家に行くのー?」
「行くのー?」
「いいや、今日は別の用事だ」
「ふーん、珍しい」
「珍しいね~」

 俺の了承なしに部屋へと入ってきては私服をじろじろと見始める二人。

「どうだ?」
「んー、普通!」
「普通ー!」
「普通かあ」

 別にお洒落していこうとも思っていないし、変じゃなければそれでいい。
 普通で十分、十二分。

「……なあお前達」
「何さー?」
「何々さー?」
「兄ちゃんのことどう思う?」
「どう?」
「んー?」

 二人とも首を傾げて頭上にクエスチョンマーク。
 質問の内容が漠然としすぎて今一受け止めていないようだ、無理もない、俺だってどういう意図で質問しているのか、我ながら曖昧な気持ちでいた。

「特になんともー」
「なんともー」
「なんともかあ」

 返ってきた言葉には、なんとも言えぬ脱力感を与えられた。
 まあそうだよな、家族として長い付き合いである俺達兄妹は、どう思うかと言われてもなんとも感じるものはない。

「もしもの話だけど、もしもいきなり妹か弟が増えたら、どう思う?」
「びっくりする!」
「んー、びっくりする!」
「びっくりするか」

 我ながら、どういう質問をして、どういった答えを聞いて満足したいのやら。
 妹二人にあれこれ質問したところで、満足のいく返答を聞けるとは思えない。
 要は明日香の家庭環境を少しでも理解しようという試みであるのだが、安直すぎて何も掴めない。

「どうしたの兄ちゃん」
「どうしたのさー」
「いやなんでもない、行ってくる」
「行ってらー」
「行ってらっしゃーい」

 妹達に見送られて俺は家を出る。
 学校へ行き、待つこと数分、明日香がやってきた。
 ――私服姿の、明日香だ。

「おまたせー」
「お、おうっ」

 桃色のパーカー姿でのご登場。
 明日太に切り替わっても問題ない服装のようだ。にしてもパーカー姿もよく似合う。思わず声も詰まる。詰まるところ、可愛かった。

「行こうか」
「うん。今日はありがとうね、付き合ってくれて」
「いいさ別に。休日はやることがないしよ。周子さんは一緒じゃないのか?」
「……先に病院に行ってもらってる」

 僅かに挟んだ沈黙は、また何か理由がありそうだった。
 しかし踏み込むまい。彼女にストレスを与えてしまうかもしれないし、下手に触れないほうがいいだろう。
 これから向かうは――伊橋医院。
 メンタルヘルスやらの、なんというかこの街ではそれなりに有名な医院らしい。
 今の俺には無縁の病院だが、いつかお世話になる日が来るかもしれない。社会人になって何か大きな壁にぶち当たって心が砕けたりした場合のことを考えると、とりあえず知っておいて損はない。
 スマホで調べて場所を確認し、二人で向かう。
 明日香の表情は終始よろしくない。

「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」

 笑顔を見せる明日香。
 強がりの笑顔だ、いつもはもっと明るくて、柔らかい笑顔なはず。
 大丈夫じゃないのに、まったくそうやって一人で抱え込むもんだから明日太なんていうものを作り出してしまうんだぜ明日香。

「病院には何時までにつけばいいんだ?」
「午後一時半からならいつでもいいって」
「そうなのか」

 現在の時刻は午後一時過ぎ。
 まだ時間はある。それなら――

「じゃあちょっと喫茶店寄っていこうぜ」
「喫茶店?」
「ああ、軽くコーヒーを一杯飲んでいっても問題ないだろうよ」
「う、うん……!」

 この前行った喫茶店もそこそこに近いのでそのまま喫茶店へと向かった。
 周子さん達は多少待たせても問題ないだろう、それより明日香の心を落ち着かせることのほうが大切だ。
 喫茶店ブランジュールは前回と同じ席が空いていた、そこへと座りコーヒーを注文する。
 前回はその窓辺の席に明日太が座っていたが今は明日香が座っている光景というのは、ちょいと不思議なものに見えた。

「あ、ここ、少し憶えてる。明日太が来たのよね」
「そうそう。あいつはお洒落にもダージリンなんか頼んでやがったぜ」
「ふふっ、明日太らしい」
「こういうとこ来たら男はコーヒーじゃねえの? 俺の考えが古いのかな」
「んーまあ、普通は男がコーヒーかも」
「やっぱりそうだよなー」

 明日香の表情には先ほどよりも柔らかい笑顔が見えてきた。
 よかった、ここに連れてきて。

「このまま時間いっぱいまでここで過ごしちゃうか」
「ふふっ、それもいいね」

 しかし彼女のスマホが振動した。
 電話のようだ、明日香は電話に出て、「はい……うん、うん、あと少しでつく、うん……」と頷いてやりとりをして、電話を切った。
 小さなため息が漏れていた。

「電話の相手は周子さん?」
「うん、確認の電話」
「急いだところで病院は逃げないのにな」
「そうよねえ」

 待たせているとはいえまだ予定の時間ではない、これはこちらの歩調に合わせてもらいたい。
 明日香は今ゆっくりと向かっているのだ、この歩調を周子さんも合わせるべきだと俺は思う。

「そういえば芙美は何してるんだろ?」
「今日はゲームのイベントでもやってるんじゃないかな」
「ゲームが本当に好きよね芙美って」
「ああいうのがゲーマーっていうんだろうな」

 ゲーム部部長の座を譲りたいよ。
 今頃画面に向かってコントローラーをカチャカチャやっている芙美の姿が容易く思い浮かべられる。
 そういえば明日香は付き添いで芙美も選べたはずなのにどうして俺を誘ったのだろう?
 俺ってばそれなりに頼りになるから?
 ……いやまさかな。
 それから。コーヒーを飲み終えて会計を済ませて病院へと向かった。
 徒歩十分くらいの距離。
 あっという間の距離、それでもなんだか長く感じた。
 病院といえば白。白衣の医者もそうだが、白を基調としている理由としては清潔感だとかなんだとかそういう話を聞いたことがある。
 病院の壁も白なのは衛生に気を遣ってるから云々……まあ、それはいいのだ。今は不安の象徴でしかなく、明日香と二人して三階建ての病院を見上げている。
 看板には伊橋医院、ここで間違いない。
 間違いであってくれればもう少し歩いて時間を潰せたのだが、そうもいかない。病院は逃げないし、俺達も逃げちゃあいけないのだ。

「入るか」
「うん……」
「無理しなくてもいいんだぞ」
「大丈夫、うん、大丈夫だよ」

 その無理やり作っている笑顔が大丈夫じゃないと言っているのだが、はてさて。近場に喫茶店でもないだろうか。もう少し彼女には時間が必要な気がするがしかし、病院から出てきたのは――

「さあ、先生も待ってるわよ」
「うん……」

 思わず。
 前を行く彼女の手を握ってしまった。

「あっ」
「ん……どうしたの? 京一」
「ああ、いや……」

 すぐに手を離した。
 きっとまた聞いていたであろう、大丈夫かという質問。
 分かっている、どうせ作り笑いをするだけだ明日香は。

「なんでもない」

 病院へと、三人で入っていった。
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