二分の一のきみへ。

智恵 理陀

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第十四話 診断。

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 病院には一度だけお世話になったことがあるが待ち時間が長かったなあ。
 その間に具合が悪くなるってもんだ。点滴してもらったらけろっと治ったけど。
 待合室では明日香の隣に座った。
 明日香の右手側に座るは周子さん。逃げないように包囲しているのではないので悪しからず。傍についてあげているのだ。
 病院内は清潔感ある白一色と、独特な香りがした。なんだろう、この香り。フローラルな、感じ。落ち着く。

「――明日香さん、どうぞ」

 先生が直々に呼んでくる。
 若い先生だ、見た目的に三十代。爽やかが似合う男性で、印象的にはカースト上位を常に体験してきた人ってとこ。
 ここは明日香一人だけで行く。
 行くというか立ち向かうというか、なんというか後者のほうが表現としては正しいように思える。

「行ってくるね」
「おう、気楽に何か世間話でもしてきなよ」
「ちゃんと体のことも、伝えておくのよ」
「うん、分かってる……」

 診察室に入る明日香を見送り、待合室には周子さんと二人きり。

「……少し遅れたのは、どこかでコーヒーでも飲んでたようね」
「えっ、分かります?」
「ええ、コーヒーの香りがほんのりするわ」
「あちゃー」
「まったく、呑気なものね」
「いやー、明日香にも心の準備ってのがあると思って」
「まあ、そうね。そうよね。そのへんにはわたしはあまり気が回らなかったわ、ありがとう」
「どういたしまして」
「でも人を待たせておいてコーヒーを飲んでるのはちょっと許せないわね」
「すみません……」
「それで、明日香の様子はどうだった?」
「可もなく不可もなくってとこですかね」

 今のところはなんとも言えない。
 所詮人の心なんて分からないのだ、俺からは彼女の心情のほうはこうですなんて断言もできない。

「大丈夫かしら……」
「大丈夫であることを祈りたいですね」

 診察室内では今頃どうなっていることやら。
 およそ十分から十五分ほど経過して。
 最初に出てきたのは医者の伊橋先生だった。なんとも言えない、困惑した顔で出てきては、様々な説明を俺達にぶちまけた。
 難しい単語からよく分からない単語まで、二重人格が引き起こした身体的なんたらを述べたが、まとめると――体が人格に合わせて変化するのは原因不明、とのことだ。
 まあ、ある程度予想はできていたので驚きやしない。
 診察室から顔を覗かせていたのは明日太――から、明日香へ。
 もう出てきていいと知るやトタトタと俺のほうへと駆け寄る。先生は入れ違いで診察室へ。

「……どうだった?」
「びっくりしてた」
「ん、まあそうだよな」

 それから再び明日香が呼ばれて何やら数十分ほど話をして終わった。
 聞いてみると一先ずは定期的なカウンセリングをすることになったのだとか。
 ……なんだろうな、不安が拭えない。
 というのも、診察室から出てきた明日香の表情は芳しくないのだ。
 精神的に追い込んでしまっただけなのではなかろうか。そうでないことを祈るしかない。
 次は周子さんが先生とお話するらしく、待合室で明日香と待つとした。

「結局原因不明じゃあどうしようもないよなあ」
「そうよね」
「何か先生からは具体的な話はあった?」
「解離性障害がどうのこうのとか言ってたけど途中で明日太と入れ替わったのもあってまだ記憶が曖昧。明日太にあとで聞いてみる」
「また交互に切り替わって聞くのか?」
「ううん、あれはお互いに意識がはっきりしている時じゃないとできないの。今は明日太の意識がはっきりしなくなった。多分、診察が終わったから眠ったのね」
「そうなのか、じゃあどうやって聞くんだ?」
「ノートに質問を書いておくの、そうしたら切り替わった時に明日太が確認して回答するのよ」
「へぇ、そうなんだ」
「これがそう」

 明日香はポケットから手帳を取り出して見せてくれた。
 中には所々にメモが記されている。『僕の服を買うから財布にお金入れておいて』やら『了解~』などの二人のやり取り、角ついた文字は明日太のもので丸みを帯びた文字は明日香のものであろう――筆跡も二人は違うようだ。

「京一くん、ちょっといい?」
「あ、はい」

 診察室から、周子さんに呼ばれた。

「行ってくるよ」
「うん、待ってる」

 明日香を一人にして大丈夫かなという不安もあったが、彼女は待合室の席に座ってはスマホを弄り始めてこれといって変わった様子はない。
 まあ、大丈夫か。
 中に入ると先生が奥の席に、周子さんは手前の椅子に座っており、もう一つ椅子が用意された。
 そこへと座り、先生の言葉を待つ。
 映画やドラマのワンシーンのような光景だ。まさか自分がこのような場に立ち会うとは思いもよらなかった。

「――先ほども説明した通り彼女は解離性障害――それも身体が変化するほどのものを患っているわけでしてね……いや、ははっ……なんというか……」

 解離性障害。
 先生の口から出たその単語、以前スマホで調べて出てきたその単語。

「体が変化する原因は不明……なんですよね?」
「ええ……」

 やはりそうか。
 むしろ原因が分かったら俺はこの医者を即座に名医として認めて言い広めていただろう。

「彼女自身、きっかけもなくそうなったと申しておりますが……一先ずは解離性障害に焦点を当てて、彼女の治療を行いたいと考えています」
「それで周子さんや俺が呼ばれたのは一体……」
「何よりも周りの協力が必要なものですから、是非とも貴方にも協力してもらいたいのです」
「それは構いませんが一体何をすれば?」
「何もたいそうなことをしてもらうわけではないですよ、彼女の傍についてあげたり話を聞いてあげたり、ストレス軽減できるような環境整備といったところを心掛けてほしいんです」
「それなら、もうやっている最中ですね」
「ならばよかった。お姉さんのほうは……」
「わたしは……正直、あの子とはうまく話ができていません。歩み寄ろうとは思っておりますが、中々……」
「そう……。でも焦ってはいけませんよ」
「ええ、はい……」

 にこやかな笑顔。
 この先生は、信用できそうだ。
 医者って人の心を掴むのが上手いよな。この落ち着いた雰囲気にすっかり身を委ねてもいいとも思えるくらいになっている。
 俺もカウンセリングを受けるならこの人に頼もうかな、そんな機会が訪れたらの話ではあるが。今のところ俺の精神状態は安定している。

「いきなり投薬というのもやめておきましょう、効果は一時的ですし、彼女の場合は特殊なのでなおいっそう慎重にいくべきですね」
「あの子の体のことなんですが……」
「ああ、その、かつてない例だからわたしからはなんとも……詳しい検査は、するにしても今すぐというのはやめておいたほうがいいでしょう」
「そうですよね……」

 いきなりあれもこれもとなると明日香にストレスを与えかねない。
 先生の言う通り慎重にいかなくてはならないだろう。

「急がず焦らずでいきましょう」
「はい。それで、明日太についてなのですが……」
「彼に関してはまたじっくりお話をしてみようと思っております」
「今後、どうなるのでしょうか……?」
「今のところはなんとも……。別人格が本人の負担になるようであれば、その人格と話し合って最終的には消えてもらうのも治療の一環として考えてはおりますが」
「消えてもらう、ですか……」

 明日太が消えてしまえば一応は、肉体の切り替わりもなくなるから解決といえば解決ではあるが。

「症状の悪化――そうですね、例えば記憶の解離が深刻だったり、明日太くんが問題行動を起こすようになった場合は速やかにその線で治療を開始はすると思いますが」
「分かりました、現段階では……どうなのかしら京一くん」
「……記憶のほうは、二人ともメモ帳を通してやり取りしてたんで問題ないかと。それと明日太は別に、問題行動は起こしてないですよ」

 起こしていない。
 ああ、起こしていないとも。ちょいと学校内では噂になるような行動は起こしているけれども問題ではない。どれも正しい行動だ。

「そう」

 と、だけ。
 横目で俺を見ては短く周子さんは答えた。
 何か全てを見透かされているような気分に陥る。
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