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第二十話 新手の引きこもり。
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暫しの日々が流れて。
今日は明日香が学校に来ていない。
以前、二週間後に病院と言っていたが、今日がその日のようだ。今回は平日というのもあって付き添いの連絡はなかった。
俺まで学校を休ませるわけにはいかないという配慮があってのことだろう。
俺としては学校を休んで付き添いをしても別に構わなかったのだがね。
あれから何度か朝日奈に捕まったが全てしらを切ったおかげもあってようやく俺の学校生活は落ち着きを取り戻しつつあった。
とはいっても朝日奈は完全には諦めておらず未だに俺の周辺を嗅ぎまわっているようだが。
そろそろ諦めてくれよな、こっちも疲れてきてるんだ、勘弁してほしいぜ。
昼休み、俺のスマホが振動した。
電話の相手は――誰だ? 未登録だ。
まあいい、出てみるか。
「もしもし?」
『もしもし、京一くん?』
「あれっ? 周子さんですか?」
『ええ、わたしよ』
予想外な人からの連絡だった。
一体どうしたというのだろうか。
『今、大丈夫?』
「え、ええ、大丈夫ですよ。昼休み中ですし」
『そう』
言葉は続かない。
何かを言いたそうな雰囲気はあるのだが。
『その……』
「何かあったんですか?」
『ええ、なんというか……。とりあえず、来れないかしら?』
「というと?」
『この前来た病院、分かる? 今から来れる?』
「い、今からですか?」
『そう』
学校を抜け出してこいということなのか。
何かしらの緊急事態が起きたのだとして、俺との関係性は……?
「明日香は、どうしてます?」
『今は出れないわ』
ううむ、やはり明日香関係か。
となれば明日香に何かあったのかもしれないな。
「分かりました、今から出ます」
『悪いわね、ありがとう』
午後の授業は……ええい、サボってしまえ。
とりあえず一度教室に戻り、俺は鞄を手に取った。
中に入っているのは必要最低限のものばかり、鞄を持ち帰るかも疑問なところではあるがとりあえずの習慣で持ち帰ろう。
「どこ行くの?」
パンを頬張っている芙美と遭遇した。
もう少し栄養のあるものを取ればいいのだが、これ以上栄養を取ってもまた胸にいくだけか。
「学校をサボる」
「え、なんでよ」
「明日香に何かあったっぽい」
「……じゃあ、わたしも行く」
「えっ」
「何よ、駄目なの?」
「いや、別にいいけど」
「お前もサボることになるけど、いいのか?」
「いいわよ、午後の授業くらい。それより明日香に何があったのよ」
芙美は自分の鞄を手に取り、俺と肩を並べる。
さっさと行くわよ、と言いたげに顎をくいっと進行方向へと向けるので俺は足を進めた。
「さあ、詳しくは聞いていないんだけど……」
「何か事故にでも巻き込まれたのかしら……いや、だとしたらあんたなんかに連絡しないわよね」
「なんかってなんだよ、失礼だな」
「わたしに連絡くらいしてもいいと思うのに」
「んー、ぱっと思いつく連絡先が俺だったのかもな。明日香が連絡したんじゃなく周子さんが連絡したんだ」
「そういうことね」
「そういうこと」
まだ喧騒に包まれている廊下を抜けて玄関へ。
帰路に着く生徒は俺達以外、当然いない。
靴を履き替えていざ病院へ。
「ここからだと遠いな、バスを使うか」
「そうしましょう」
校門を出て少し街のほうへと行くバスを探す。
よかった、今から五分後には着く。あとは校門のすぐ近くで堂々とバスを待つ俺らが見つからなければいい。
「明日香に何かあったのなら、心配ね」
「別にここ二週間はこれといったこともなかったんだけどなあ……」
うーむと二人で首をひねる。
そうしているうちにバスが到着し、俺達は乗り込んだ。
「それにしても、初めて学校をサボったわ」
「俺も」
「言い訳、どうしよう」
「体調不良でいいんじゃないか?」
「だったら素直に言えって話にならない?」
「そんな余裕がないくらいに具合が悪かったということで」
「ま、いいか」
クラスにサボりがちな生徒がいたけれども、サボるっていうのはこうも悪いことをしている気分になるものなのか。
気分――いや、学校の生徒としてはサボるっていうのは悪いことで間違いないのだが。
バスに揺られること数分、病院の近くに到着し、次は徒歩で向かう。
「はぁ、遠いわね」
「そうでもないだろ」
「もう疲れたわ」
「まったく、運動不足な奴だな」
「まだ着かないの?」
「もうそろそろだって」
そうして見えてきた伊橋医院。
平日なだけあって今日は何人か利用者がおり、その中に俺達を待つ周子さんの姿を確認した。
周子さんも俺達に気付いては小さく手を振ってくれていた。
「お待たせしました」
「来てくれてありがとう、芙美、貴方も来てくれたのね」
「ええ、明日香に何かあったと聞いて、いてもたってもいられなくなって」
「貴方にも連絡すべきだったわね。ごめんなさい、少し戸惑ってて連絡を忘れていたわ」
「いえ、いいんです。それで、明日香は……?」
「こっちよ」
案内されて一先ず病院の中へ。
前回来た時と同様に、いい香りのする空間に迎えられた。
奥の診療室へ行き、ノックして中から応答の声を聞いて入る。
「やあ、お疲れ」
「明日太……?」
「明日太だけど」
そこには明日太と医師の伊橋先生がいた。
どちらも席に座っており、明日太の左腕には何かが巻かれていた。
ああ、これってあれか、血圧を測ってもらっているのか。
「明日太、元気っ?」
「元気だよ」
空いた右手で芙美に小さく手を振り返す明日太。
「こんにちわ」
「どうも、伊橋先生」
「どうもです」
ピー、と機械音が鳴った。
「いい値です」
「ふふんっ、流石僕だ」
何が流石なのか。
とりあえずは、元気そうで何よりだが。
「あの、普通に元気そうではあるんですけど」
周子さんを見る。
彼女は何やら悩んでいるようで、頬をぽりぽりと掻いていた。
一体どうしたというのだろうか。
「戻らなくなったの」
「戻らなくなった?」
そう言い出した。
……戻らなくなった、とは。
考えてみるに、足りない言葉を補足してみるに。
「……明日香に、ですか?」
「ええ」
どうやら、正解だったようだ。
あまり当たってほしくはなかったが。
「まあ、原因は分かってるんだけどね」
明日太はちらりと周子さんを見た。
「……何があったんです?」
「その……昨日、大喧嘩をしてしまって」
「はあ……」
「あの子を、叩いてしまったの」
「それはぁ……やっちゃいましたね」
「ええ……」
「それで、今朝起こしに行ったら……」
「明日太になっていたと」
「そう」
なるほど、病院もあったので連れていって、元に戻らないものだから俺へ連絡した、と。
いやしかし俺が呼ばれても一体どうすればいいのやら。
芙美は大歓喜のようだけど。
血圧を測り終えた明日太は上着のパーカーを整え席を立った。
「さて、先生。俺はどうすればいいのかな」
「明日香さんと通じ合えるのだとしたら、呼び掛けてください」
「はいよ。ん、まあさっきから結構呼び掛けてるけど全然応答がないんだよね」
「困りましたね……」
先生もこれには悪戦苦闘といったとこだろうか。
体が切り替わるという特別な症状――それが切り替わらなくなったとあっても、どう診察を下すのやら。
先生の表情にも困惑が見て取れる。
「喉が渇いたからちょっと出てくよ」
「あ、わたしもついてくよ」
「ありがとう」
「へへっ」
あーもう、芙美はデレデレでどうしようもない。
二人が廊下へと行き、その間は俺達でとりあえずの作戦会議でもしますか。
「このまま元に戻らないとなると学校生活にも支障が出ますよね」
「そうね……」
「周子さん、ご両親にあの体のことは……?」
「実はまだ伝えてないの」
「えっ、そうなんですか?」
「そのうち治ると期待してて……それに伝えるにもどう説明すればいいのか、分からなくて」
彼女の気持ち、分からなくもない。
俺が周子さんの立場であったならば、周子さんと同じく説明に困っていたであろう。
「この際ご両親に打ち明けてみましょうか」
「……はい、先生」
「ではご両親に連絡を入れておきます」
「お願いします」
先生が退室すると入れ替えに明日太達が戻ってきた。
芙美はいつもより饒舌になり、明日太と楽しく会話していた模様。
「楽しそうだな」
「楽しいわよ、ねっ? 明日太」
「芙美といると楽しいよ」
「ふへへっ」
見せつけられているような気分で嫌だな。
とはいえ蕩けている芙美がこれ以上どのように蕩けていくのかも見ものではある。
それからはまだ明日太は検査があるため俺達は待合室で待つこととなった。
明日香のご両親は夕方に来るらしく、待ち時間は長くなるだろう。
待っている間は何もしないわけにもいかないので俺は明日香へ呼びかけてみるとした。
「明日香ー、俺だ、京一だー」
「……」
「聞いているなら出てきてくれないかー」
「……」
「……」
「駄目だな、応答なし」
「そうか……」
にしても男相手に明日香の名を呼び続けるというのは、何とも奇妙な光景である。
別室が与えられているのは救いだが、他人にはあまり見られたくはない。
「わたしが叩いたばっかりに……」
「手が出るほどの喧嘩をしてしまったんですか?」
「ええ、そうね。いつ以来かしら、昨日ほどの喧嘩は……。あの子が、あんなことを言うから、つい……」
「そりゃもう見事なビンタだったね」
「明日太も、起きてたのね」
「ああ、まあ……明日香も明日香だね、たとえ血が繋がっていなくても母親は子を心配するのは当たり前だってのに、本当の親じゃないから心配しない、だとよ。叩かれて当然だ」
「でも、叩くべきじゃなかったわ」
「明日香にはいい薬になったさ、といってもこうなるとは思わなかったけど」
こうなる――とは。
まさか肉体が切り替わって自身が表に出てこなくなる、とは。
なんという新手の引きこもり方だろうか。
「にしても明日香も喧嘩なんてするんだな」
「そりゃあするさ、家庭環境が複雑なら尚更ね。今回は夜に出歩いたことが母親に知られたのがきっかけで口論になったんだったかな」
「ええ、そうよ」
「いつも些細なことから始まって、ちょっとした口論で終わるか大喧嘩に発展するかの二択なんだよね」
「時々わたしのことに泣きついてきたりもしてたわね」
「おお、そうだったね。いやあ明日香には困ったもんだよ」
そうして。
夕方となり、明日香のご両親がやってきた。
俺達は部屋から出て、明日香のご両親と明日太との対面の行方を見守るとした。
……結果。
数分後にてご両親は、やや怒気を混ぜた歩調で部屋から出て、そのまま病院を出ていってしまった。
まあ、聞かずとも失敗といったところであろうか。
医師によればからかっているか冗談を言っていると思われてしまい、明日香の仕組んだ大がかりな悪戯と片付けられてしまったようだ。
「頭の固い両親なの……」
ため息混じりにそう呟く周子さん。
「そのようで」
としか言えず、さてこれからどうしようかと俺は缶コーヒーを飲みつつ考えるのであった。
今日は明日香が学校に来ていない。
以前、二週間後に病院と言っていたが、今日がその日のようだ。今回は平日というのもあって付き添いの連絡はなかった。
俺まで学校を休ませるわけにはいかないという配慮があってのことだろう。
俺としては学校を休んで付き添いをしても別に構わなかったのだがね。
あれから何度か朝日奈に捕まったが全てしらを切ったおかげもあってようやく俺の学校生活は落ち着きを取り戻しつつあった。
とはいっても朝日奈は完全には諦めておらず未だに俺の周辺を嗅ぎまわっているようだが。
そろそろ諦めてくれよな、こっちも疲れてきてるんだ、勘弁してほしいぜ。
昼休み、俺のスマホが振動した。
電話の相手は――誰だ? 未登録だ。
まあいい、出てみるか。
「もしもし?」
『もしもし、京一くん?』
「あれっ? 周子さんですか?」
『ええ、わたしよ』
予想外な人からの連絡だった。
一体どうしたというのだろうか。
『今、大丈夫?』
「え、ええ、大丈夫ですよ。昼休み中ですし」
『そう』
言葉は続かない。
何かを言いたそうな雰囲気はあるのだが。
『その……』
「何かあったんですか?」
『ええ、なんというか……。とりあえず、来れないかしら?』
「というと?」
『この前来た病院、分かる? 今から来れる?』
「い、今からですか?」
『そう』
学校を抜け出してこいということなのか。
何かしらの緊急事態が起きたのだとして、俺との関係性は……?
「明日香は、どうしてます?」
『今は出れないわ』
ううむ、やはり明日香関係か。
となれば明日香に何かあったのかもしれないな。
「分かりました、今から出ます」
『悪いわね、ありがとう』
午後の授業は……ええい、サボってしまえ。
とりあえず一度教室に戻り、俺は鞄を手に取った。
中に入っているのは必要最低限のものばかり、鞄を持ち帰るかも疑問なところではあるがとりあえずの習慣で持ち帰ろう。
「どこ行くの?」
パンを頬張っている芙美と遭遇した。
もう少し栄養のあるものを取ればいいのだが、これ以上栄養を取ってもまた胸にいくだけか。
「学校をサボる」
「え、なんでよ」
「明日香に何かあったっぽい」
「……じゃあ、わたしも行く」
「えっ」
「何よ、駄目なの?」
「いや、別にいいけど」
「お前もサボることになるけど、いいのか?」
「いいわよ、午後の授業くらい。それより明日香に何があったのよ」
芙美は自分の鞄を手に取り、俺と肩を並べる。
さっさと行くわよ、と言いたげに顎をくいっと進行方向へと向けるので俺は足を進めた。
「さあ、詳しくは聞いていないんだけど……」
「何か事故にでも巻き込まれたのかしら……いや、だとしたらあんたなんかに連絡しないわよね」
「なんかってなんだよ、失礼だな」
「わたしに連絡くらいしてもいいと思うのに」
「んー、ぱっと思いつく連絡先が俺だったのかもな。明日香が連絡したんじゃなく周子さんが連絡したんだ」
「そういうことね」
「そういうこと」
まだ喧騒に包まれている廊下を抜けて玄関へ。
帰路に着く生徒は俺達以外、当然いない。
靴を履き替えていざ病院へ。
「ここからだと遠いな、バスを使うか」
「そうしましょう」
校門を出て少し街のほうへと行くバスを探す。
よかった、今から五分後には着く。あとは校門のすぐ近くで堂々とバスを待つ俺らが見つからなければいい。
「明日香に何かあったのなら、心配ね」
「別にここ二週間はこれといったこともなかったんだけどなあ……」
うーむと二人で首をひねる。
そうしているうちにバスが到着し、俺達は乗り込んだ。
「それにしても、初めて学校をサボったわ」
「俺も」
「言い訳、どうしよう」
「体調不良でいいんじゃないか?」
「だったら素直に言えって話にならない?」
「そんな余裕がないくらいに具合が悪かったということで」
「ま、いいか」
クラスにサボりがちな生徒がいたけれども、サボるっていうのはこうも悪いことをしている気分になるものなのか。
気分――いや、学校の生徒としてはサボるっていうのは悪いことで間違いないのだが。
バスに揺られること数分、病院の近くに到着し、次は徒歩で向かう。
「はぁ、遠いわね」
「そうでもないだろ」
「もう疲れたわ」
「まったく、運動不足な奴だな」
「まだ着かないの?」
「もうそろそろだって」
そうして見えてきた伊橋医院。
平日なだけあって今日は何人か利用者がおり、その中に俺達を待つ周子さんの姿を確認した。
周子さんも俺達に気付いては小さく手を振ってくれていた。
「お待たせしました」
「来てくれてありがとう、芙美、貴方も来てくれたのね」
「ええ、明日香に何かあったと聞いて、いてもたってもいられなくなって」
「貴方にも連絡すべきだったわね。ごめんなさい、少し戸惑ってて連絡を忘れていたわ」
「いえ、いいんです。それで、明日香は……?」
「こっちよ」
案内されて一先ず病院の中へ。
前回来た時と同様に、いい香りのする空間に迎えられた。
奥の診療室へ行き、ノックして中から応答の声を聞いて入る。
「やあ、お疲れ」
「明日太……?」
「明日太だけど」
そこには明日太と医師の伊橋先生がいた。
どちらも席に座っており、明日太の左腕には何かが巻かれていた。
ああ、これってあれか、血圧を測ってもらっているのか。
「明日太、元気っ?」
「元気だよ」
空いた右手で芙美に小さく手を振り返す明日太。
「こんにちわ」
「どうも、伊橋先生」
「どうもです」
ピー、と機械音が鳴った。
「いい値です」
「ふふんっ、流石僕だ」
何が流石なのか。
とりあえずは、元気そうで何よりだが。
「あの、普通に元気そうではあるんですけど」
周子さんを見る。
彼女は何やら悩んでいるようで、頬をぽりぽりと掻いていた。
一体どうしたというのだろうか。
「戻らなくなったの」
「戻らなくなった?」
そう言い出した。
……戻らなくなった、とは。
考えてみるに、足りない言葉を補足してみるに。
「……明日香に、ですか?」
「ええ」
どうやら、正解だったようだ。
あまり当たってほしくはなかったが。
「まあ、原因は分かってるんだけどね」
明日太はちらりと周子さんを見た。
「……何があったんです?」
「その……昨日、大喧嘩をしてしまって」
「はあ……」
「あの子を、叩いてしまったの」
「それはぁ……やっちゃいましたね」
「ええ……」
「それで、今朝起こしに行ったら……」
「明日太になっていたと」
「そう」
なるほど、病院もあったので連れていって、元に戻らないものだから俺へ連絡した、と。
いやしかし俺が呼ばれても一体どうすればいいのやら。
芙美は大歓喜のようだけど。
血圧を測り終えた明日太は上着のパーカーを整え席を立った。
「さて、先生。俺はどうすればいいのかな」
「明日香さんと通じ合えるのだとしたら、呼び掛けてください」
「はいよ。ん、まあさっきから結構呼び掛けてるけど全然応答がないんだよね」
「困りましたね……」
先生もこれには悪戦苦闘といったとこだろうか。
体が切り替わるという特別な症状――それが切り替わらなくなったとあっても、どう診察を下すのやら。
先生の表情にも困惑が見て取れる。
「喉が渇いたからちょっと出てくよ」
「あ、わたしもついてくよ」
「ありがとう」
「へへっ」
あーもう、芙美はデレデレでどうしようもない。
二人が廊下へと行き、その間は俺達でとりあえずの作戦会議でもしますか。
「このまま元に戻らないとなると学校生活にも支障が出ますよね」
「そうね……」
「周子さん、ご両親にあの体のことは……?」
「実はまだ伝えてないの」
「えっ、そうなんですか?」
「そのうち治ると期待してて……それに伝えるにもどう説明すればいいのか、分からなくて」
彼女の気持ち、分からなくもない。
俺が周子さんの立場であったならば、周子さんと同じく説明に困っていたであろう。
「この際ご両親に打ち明けてみましょうか」
「……はい、先生」
「ではご両親に連絡を入れておきます」
「お願いします」
先生が退室すると入れ替えに明日太達が戻ってきた。
芙美はいつもより饒舌になり、明日太と楽しく会話していた模様。
「楽しそうだな」
「楽しいわよ、ねっ? 明日太」
「芙美といると楽しいよ」
「ふへへっ」
見せつけられているような気分で嫌だな。
とはいえ蕩けている芙美がこれ以上どのように蕩けていくのかも見ものではある。
それからはまだ明日太は検査があるため俺達は待合室で待つこととなった。
明日香のご両親は夕方に来るらしく、待ち時間は長くなるだろう。
待っている間は何もしないわけにもいかないので俺は明日香へ呼びかけてみるとした。
「明日香ー、俺だ、京一だー」
「……」
「聞いているなら出てきてくれないかー」
「……」
「……」
「駄目だな、応答なし」
「そうか……」
にしても男相手に明日香の名を呼び続けるというのは、何とも奇妙な光景である。
別室が与えられているのは救いだが、他人にはあまり見られたくはない。
「わたしが叩いたばっかりに……」
「手が出るほどの喧嘩をしてしまったんですか?」
「ええ、そうね。いつ以来かしら、昨日ほどの喧嘩は……。あの子が、あんなことを言うから、つい……」
「そりゃもう見事なビンタだったね」
「明日太も、起きてたのね」
「ああ、まあ……明日香も明日香だね、たとえ血が繋がっていなくても母親は子を心配するのは当たり前だってのに、本当の親じゃないから心配しない、だとよ。叩かれて当然だ」
「でも、叩くべきじゃなかったわ」
「明日香にはいい薬になったさ、といってもこうなるとは思わなかったけど」
こうなる――とは。
まさか肉体が切り替わって自身が表に出てこなくなる、とは。
なんという新手の引きこもり方だろうか。
「にしても明日香も喧嘩なんてするんだな」
「そりゃあするさ、家庭環境が複雑なら尚更ね。今回は夜に出歩いたことが母親に知られたのがきっかけで口論になったんだったかな」
「ええ、そうよ」
「いつも些細なことから始まって、ちょっとした口論で終わるか大喧嘩に発展するかの二択なんだよね」
「時々わたしのことに泣きついてきたりもしてたわね」
「おお、そうだったね。いやあ明日香には困ったもんだよ」
そうして。
夕方となり、明日香のご両親がやってきた。
俺達は部屋から出て、明日香のご両親と明日太との対面の行方を見守るとした。
……結果。
数分後にてご両親は、やや怒気を混ぜた歩調で部屋から出て、そのまま病院を出ていってしまった。
まあ、聞かずとも失敗といったところであろうか。
医師によればからかっているか冗談を言っていると思われてしまい、明日香の仕組んだ大がかりな悪戯と片付けられてしまったようだ。
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