9 / 45
第一部:第二章
9.フェイとマッチョのその後。
しおりを挟む
時間軸のずれ具合の感覚を最近は調べていた。
ついでによく分からないマッチョと共にバイトをしていたわけだけど、おそらく四十日ほどのずれがあると思われる。
セルファ様が先に来ているとすれば私への接触を試みるはずなのに、一向に音沙汰がない。もし私が先に来ていたならば四十日後に到着?
では、それまで私はどうするべきか。
一先ずこの世界での基本的な生活について調べるべきね。
この世界ではお金が重要だ、それは私の世界でも変わりはないが物々交換というのはやっていないようね。
小銭と言われるものからお札と言われるもの、何故かこの世界では紙幣のほうが高価なのね。
五百円玉といいうのは金貨と思えばいいのかもしれない。
だが一円玉も重要、と。
「一円玉を笑うもの、一円玉に泣く、か」
小銭は全て大切、と。
この世界のお金は奥深そうだ、調べておかなくては。
「やあ! 休憩時間中にダンベルよりも一円玉かい!? ダンベルは自由に使っていいんだ、遠慮せずに!」
「遠慮します」
相変わらずマッチョは筋肉を鍛えることしか頭にない。
魅鶴来隼人だったか、本名らしく本人曰く自分の筋肉に似合う名前を付けてもらったとかよく分からない事を言っていた。
私にはただの筋肉だるまにしか見えないがこの世界の感性は難しいものね。店員達曰く魅鶴来さんは超イケてる男、らしい。
居酒屋マッチョで働き始めてから魅鶴来さんの居候でなんとかやりくりして数日が経過した。
時々魔力の気配も感じる。
魔物の出現? この世界でも魔物がいるのだろうか。
気になるわね、そのうち調べてみようかしら。
昼間は時間があるけど、たまにじむとやらに来ないかと誘われるが嫌な予感しかしないから断っている。
休憩を終えてまた仕事へ。
私は一体何をしているんだと最近たまに思うが、これもこの世界を知るためだと割り切っている……つもり。
「おい、お前、店長はいるか」
「店長ですか。いかがなさいました?」
黒服の男二人が入ってくるや店長を指名してきた。
ここを利用しにきた雰囲気ではない、もしかしてこの人達もマッチョ志望なのだろうか。
「いいから呼んでこい!」
「お客様、店内であまり声を荒げないでください。他のお客様のご迷惑になります」
店内がざわつき始めていた。
いけない、この人達を店内に置いとくのは悪影響を及ぼしてしまう。
「まあまあお話は外で」
強引に二人を外に連れ出すとした。
お客様の貴重な食事時間が彼らのせいで台無しになってしまう。
「なんだてめぇ、この前はいなかったよな」
「お前で話はできるのかよ、ああ?」
片方は貫禄があんまりない、こいつは多分この男の部下か何かだ。
「なんの話をですか?」
睨みつけてくる、どの世界もごろつきは同じなのね。
「ふんっ、あの野郎は店員には自分の話はあんましてねえみたいだな」
「というと?」
「土地やらビルやら持ってる金持ちなんだぜ? それでとある土地が欲しいんだがねえ。中々首を縦に振ってくれねえの」
よく分からないけど店長はマッチョ以外にも何かすごいものがあるのかしら。
マッチョは地位が高いのかもしれない。
この世界のマッチョ、油断できないわね。少し軽く見ていたらしいわ。
「それでお店まで来たと」
「そういうこった、ああ、嬢ちゃん、折角だからちょいと事務所行こうや、あの野郎も来させてやる」
私を餌にするつもりかこいつらは。
随分と舐められたものだ、私のいた世界ではそんな態度をする輩はいなかったわよ。
「いいもんも手に入れたしよ、遊ばせてみっか」
「それいいですねえ、兄貴」
「いいもん?」
「嬢ちゃんには関係ねえよ」
関係ありそうなのよねえ。
魔力はこいつらにも微量ながら感じられる、けど付着しているだけの残滓、宿っているわけじゃない。
魔物に何かしら関係しているようね、ついていってみようかしら。
仕事を抜ける羽目になるけど、今日は人数が多い。私が少し抜けても問題は無いでしょう。
「まあいいです、さっさと行きましょう」
「物分りがいいじゃねえか、ほら、車に乗れ」
「これが、車……」
黒塗りで他の車よりも長い、こうきゅーしゃってやつね?
中はやや煙臭い、こいつらの吸ってるものは葉巻とはちょっと違うけど、匂いが独特ね。私はちょっと苦手。
座り心地のほうは抜群ね、どうやって作ったのかしら、一台異世界に分けてもらいたいわ。
走行中も振動は少ない、それに何を原動力として走らせているのかしら。
この辺りは勉強不足だったわ、あとで調べてみよう。
移動中にごろつき兄貴が店長に連絡をしていた、あのすまほというのは本当に便利ね。魔法を使わなくても遠くの人と連絡が取れるなんてある意味魔法だわ。
それにしても、店長でもこいつらを倒せそうな気がするけど、この世界は別の強さが必要なのかしら。
見た目的な強さからすれば店長のほうが強いと思うのだけど。
「随分と落ち着いてるなあ嬢ちゃん」
「落ち着きのなくなるような要素がおありで?」
「……大したタマだよ」
「女なので玉は無いですが」
「そういう話じゃねえし下ネタをそんな自然と口にすんなよ」
たま、なんだろう、なんのたまなのだろう。
男が常に二つぶら下げている玉ではないとしたら、弾? 銃は持ってないのだけど。
……ごろつきの言う事だしあまり気にしないでおこう。
事務所に到着した。
三階建てだ、私の住んでるマンションより低いわね。それになんだか石の箱みたいで見た目はお洒落な雰囲気も削がれている。
ひょっとしてこの人達貧乏なのかしら。
ただこの事務所の真下あたりから魔力の気配があるわ、地下があるようね。
「ほら、入りな」
中に誘われるも私はごろつき達を無視して地下の階段を探すとした。
一階は一見物置にしか見えないけど……。
「おい勝手にうろつくな!」
「ちょっと黙ってて」
邪魔をするなら容赦はしない。
男を思い切り投げ飛ばす、後ろからいきなり乱暴に女性の肩に手を触れるなんて野蛮な行為をした罰よ。
「何の音だ!」
ごろつき兄貴もやってきたら探すの面倒ね。
二人とも黙ってもらいましょうか。
物陰に隠れながら、様子を伺うとしよう。
「あのアマ……」
ここは隠れる場所が多い。
ごろつき兄貴は今頃部下を見つけたとこでしょう。
何か金属音がかすかにしたけど、何を取り出したのかしら。
剣? いえ、あんな薄い生地を使った服の中に隠せるのは小剣くらいね。
銃はどうなのかしら。
この世界の銃がどれほどの大きさなのか分からないけど、あの服の中に隠せられるような小さな銃があったのだとすれば厄介ね。
魔法を使わざるを得ないわ。
「出てこい! 悪いようにはしねえからよぉ!」
あ、これいいわね。
手に収まるほどの大きさの像、猫っぽい気はするけど可愛らしさはあんまりないわ。
魔力を練り、腕力を少し上げておこう。
物陰から奴の位置を把握する。
背を向けているがそれでは駄目。
立ち上がってわざと物音を立てる。
「そこか!」
「ええここよ!」
同時に像を男の股間へ向けて全力で投げつけた。
「はふんっ」
直撃。
男は股間が弱い、そこを狙えば暫くは動けまい。
「これが銃?」
思ったより小さいわ、こんなので戦えるのかしら。
「ぐ、お、おま……今に、組員が、来るから、覚悟、しろよ」
「え、また増えるの? じゃあ片付けておいたほうがいいわね」
階段からは足音が聞こえてくる、七、八人くらいかしら。
銃を一発だけ、壁に向けて撃ってみる。
速度はすごいわね、威力は魔力を練っていない人間に当たれば相当なもの。
この世界の銃は小さくてもそれなりに強力ね。
銃は捨ておく、私には必要ない。
最初にやってきたごろつきは魔力を込めた右手で顎に一発。
この世界では魔力防御も無いから不意打ちは相当効くはず。
「ぐひゃぁぁ!」
吹っ飛んだのはいいけど勢いついて窓から外に飛んでいってしまった。
もし戻ってこれたら是非とも疲労回復の飲み物でも持ってきてほしいわ。
「て、てめえ!」
ごろつきが二人三人と襲ってくる。
ただここは通路、しかも階段を下りたばかりとなると戦闘体勢にはすんなりとは移れない。
手前の男が一歩踏み出した瞬間、私は腹部に一発。
続く男は懐に手を伸ばしたことから何か武器を所持していると思われたので股間に一発、膝をついたら顎に一発のおまけつき。
後続はどう動くかしら。
武器を取って戦うにも倒れた彼らが盾になってくれる。
「この野郎!!」
構わず突っ込んでくるのね、まあいいわ、後退しよう。
広い空間に移ったほうが私としても動きやすい。
あんな通路じゃあ男臭くてたまらないし。
何よりここは飛び道具が豊富。
隠れる場所も多い、私が戦うには適している。
「蜂の巣にしろ!」
銃は厄介だけど、飛んでくる机を跳ね飛ばす力は無いはず。
私は机を持ち上げて奴らに投げつける、軽くて投げやすいわねこれ。
「えぇっ!?」
二つ、三つ、四つ。
狭い廊下でばかすか撃ってるんじゃあ避ける場所も探せないでしょうに。
「ちょ、待て!」
「待たないけど」
大きい机もあった、これも投げておこう。
「まっ――」
廊下は机で埋まってしまった。
もし動ける奴がいたとしてもこちらには近づけないわね。
「お、お前……何者、だ」
「あら、股間は大丈夫? あんまり動かないほうがいいわよ、下手に動いたらあんたの股間にもう一発くらわせるから」
「やめてぇ……」
男は玉玉か棒を強打されると弱くなる。
大きな弱点よねえ。
「ねえ、ここ、地下あるでしょ」
「な、なんの、ことかな」
「玉一個なくなってもいい?」
「地下ありますぅ!」
よかったわね、一個でも無くなると大変なんでしょう?
「奥の部屋の、箪笥の下に、扉、あるから……」
「ありがと」
この世界のごろつきも素直なものねえ。
私は奥の部屋に行き、箪笥を見つけて下部分を調べるとした。
うん、少しだけこの辺りは他と比べてゴミが落ちてないわ。
出入りしないとこんな状態にはならないわね。
この箪笥、それほど重くはないしむしろ動かすことを前提として重いものは入れていないようだし動かすのは容易い。
「よっと」
角から引っ張り出してずらしてみる。
「あらあら」
するとそこには小さな扉。
開けてみると梯子がかけられていた、冷えた空気に乗って魔力も漂ってきている。
魔力の源がこの先に確かにあるわね。
梯子を降りると魔力が直に感じられる、この気配、いるわね。
魔族か魔物か、それは見てのお楽しみ。
「暗いわ、確かすいっちとかいうのが光を作るんだったわね」
すいっちを探す。
こういうのは入り口近くにあるとか。
壁を触っていくと何かに触れた、これね。
室内は光で照らされる――
「鉄の檻?」
しかも中には魔物がいた。
「ロドリヴァ……?」
『――うちの組員によくも手を出してくれたな、おい』
「……この声は?」
どこから流れてるのかしら。
居酒屋マッチョにはすぴーかーで音を流してたわね、ここにもあるのかしら、持ち帰って調べてみたい。
『そいつぁようやく捕まえた化け物でよお、餌は何を食うのか知らんが人間も喰うんだろうなあ』
「まあ、食べるわよね」
『なんだ知ってんのかこいつを、なら手っ取り早い。お前には餌になってもらうよ』
檻がゆっくりと開けられていく。
誰か壁の裏にいて檻を動かしてるのかしら。
『あの筋肉野郎も話をつけたらこいつに食べさせてやる』
「ふーん、できたらいいわね」
指の骨を鳴らして手首の運動。
どれくらい殴ればこいつは倒れるかしらね。
普通の人間に捕まるくらいなのだから大した力は無いでしょう。
地下にいたら魔力の供給も十分じゃないでしょうし。
『ぶち殺せ!!』
男の声と同時にロドリヴァが動き出す。
狭いんだから手を振り上げないほうがいいわよ。
案の定、ロドリヴァは天井に手をぶつけ、私はため息をついた。
知能の低い魔物を差し向けられてもねえ……。
「馬鹿にされてる気分」
ロドリヴァは仕切りなおして再び攻撃を仕掛けてくるが、先ずはその右手を全力で殴って反対方向に曲げるとした。
脆い脆い。
『はぇっ!?』
「私を殺したいなら上級ロドリヴァ十体くらい連れて来ないと」
ロドリヴァの頭上まで跳躍し、頭を地面に叩きつけ止めのかかと落とし。
頭部は破壊した、もう動けまい。
『ちょ、ちょっとぉ……』
「うーん、期待外れ。まあでもロドリヴァ程度でもこの世界に来れるならある程度異世界とこの世界の行き来はしやすくなったと考えるべきかしら」
小物の魔物ですらこの世界に来れているのならば召還や異世界移動魔法を使わずとも穴があると見ていいわね。
その点も調べておこう、今はエヴァルフトしか帰る方法を知らない。
私も移動魔法は齧っていたから独学でいけそうだけど。
『ぐ、せ、折角手に入れたのに、なんてことするんだ! ただじゃおかんぞ貴様!』
「魔物に健気な少女を襲わせといてそれ言う」
『お前のような奴が健気なわけあるか! その華奢な体からなんであんな力が出るんだよ、ゴリラか貴様!』
「ごりらってのがよく分からないけど、すごく失礼なこと言われてる気がするわ」
英雄様も私の事をめすごりらと一度言っていたような。
後でこれも調べてみよう、ぱそこんというすぐに調べられる便利なものがあるらしいし。
「あんたは放っておくと迷惑かけてきそうだから今そっち行くわね」
『え、ちょ』
梯子を上るのは面倒だから天井をぶん殴って一階に。
さっき倒した奴らが吹っ飛んじゃったけど気にしないでおきましょう、私に襲い掛かった罰よ。
「上の階かしら」
何があるか分からないから一応ここは階段を使おう。
「ここにはいないようね」
組員達は普段ここにいるらしい。
ソファや机などが置かれており、灰皿にはあの臭い匂いを放つものがあり、煙を漂わせていた。
消去法で三階になるわね、警戒しておこうかしら。
窮鼠猫を噛む――マッチョから借りた本にそんな文章が載ってたわ。
いんたぁねっとってので調べてみたら弱い奴もたまには反撃するらしいから、この世界でも油断は禁物ってこと。
三階に行き、扉を開けるや何かを振り下ろされた。
けど遅い、指で挟んで止めよう。
「ぐぐ……一体、何者だてめぇ……! ただの店員さらったって聞いたんだぞこっちは!」
鬼気迫る表情でいるが、彼にはこれが全力なのだろうか。
この世界の剣は細いけど刃の具合からしてよく斬れて頑丈そう、でも私は斬れないわね。
「それが今や組が壊滅の危機だ、どうしてくれる!」
「そもそも私を襲うのが間違いよ、自業自得じゃない?」
こいつがここを仕切っているようね。
剣を引いて距離を取ったことから戦闘経験も豊富。
体つきは服の上からでは分からないけど相当鍛えているのが分かるわ、たださっきの一振りから剣術は得意じゃなさそうね。
「お前が何者なのかは知らねえがこいつをぶち込めば死ぬだろ!」
懐から銃を取り出してきた。
ためし撃ちしたから性能はもう理解してる。
男が向けている銃口から弾道を推測、速度は私なら目で捉えられる。
発砲音と同時に、指で弾を挟んだ。
「熱っ」
意外と熱いわ。
次からは素手で挟まないようにしなくちゃ。
「えぇ……いや、えぇ……」
彼は何故言葉を失ってるのだろう。
「ちょっと。魔力で強化してなかったら火傷ものよ。熱いじゃない」
「こ、この、化け物がぁぁぁあ!」
連発してくるかしら。
ここは魔力をもう少し練るとしよう。
二発目、三発目を弾きながら私は距離を詰め、男の持っている銃を取り上げて、
「えいっ」
ビンタ。
「ひぇっふ」
あ、魔力込めてたから手加減できなかったわ。
男は壁に叩きつけられてそのまま気絶。
……弱い、少しは骨のある奴かもと期待した私が馬鹿だった。
マッチョ店長が来るまでどうしよう、てか早く店に戻らないと心配をかけてしまうわ。
「おーい、起きてー」
こいつを起こそう。
こういう時は水をかけるのが一番だ。
あ、いいものがあるじゃない。
店にもあったわね、一升瓶。
彼に中身をぶちまけて起こすとする。
「ぶはっ、へあっ!?」
「起きた?」
「あ、あぁ……」
「ねえ、そろそろ店に戻らないといけないし、こっちはこっちで用件は済んだから行っていい? あとまた店に迷惑かけにきたら今度はこの建物を跡形も無く潰すから」
「は、はい……ど、どうか、命だけは……」
「まあ店長次第で私はあんたたちとあんたの上にいる連中全部潰してもいいけど」
「そ、それだけは……」
闘争心というものがこの世界の男達には欠けてる。
すぐにひれ伏すなんて情けない、あの英雄のように強者に立ち向かう強い心をこの世界の男達は持っていると思ったのだけど。
「布栄くーん!」
あ、マッチョ店長の声だ。
どたどたと階段を駆け上がってくる、足音だけで店長だと認識できるわね。
「だ、大丈夫かい布栄君!」
「フェイですけど」
「大丈夫そうだな! なんか皆倒れているし、逃げるなら今のうちだぞ!」
「逃げる? 普通に帰りましょうよ」
逃げる必要なんてどこにもない。
こいつは武器も手放して降伏状態だし。
「あ、あの、すまなかった、うちも出世で焦って、ちょいとあんたの土地が手に入れらればと思って、だけど、もう手は出さねえから勘弁してくれ!」
ほら、これですよ。
「何があったのかよく分からないんだが」
「店長、彼らはもう迷惑かけないってことらしいです」
「どうしてそうなったんだ?」
「さあ?」
店長は困惑して私と未だに土下座している男を交互に見た。
私は別に何もしてないわ、ただビンタしただけで。
「私としてはありがたい話だ。あの土地だけは父との思い出があってね、今回のような件にならないようにしてもらいたいのもあるし、貴方達が困っているというのならば他の土地でお互いに話し合うのもいいかもしれない」
「そ、それは、その、ま、またお話が出来る機会があったら是非、あの、今回は行き過ぎた行為、どうか見逃してくれ……」
大の大人がこうして頭を下げてるのを見てると気まずいわね。
「あんたも人が悪い……こんな奴、引き入れてるなんてよ……」
「うん? まあな、うちでよく働いてくれる笑顔が素敵な子だ!」
妙な行き違いを感じるわ。
ようやく外に出られた、久しぶりに戦闘が出来て楽しかったわ。
「すまなかったね布栄君」
「いえ、別に」
もうふえいでいいわよ。
「私もね、父が資産家で土地に関する交渉がたまに来るのだが、まあこの手の方々もやってくるわけでね。互いに利益になるような、皆が幸せに、そして笑顔になるようなものであればいいのだがね。今回は、自分勝手ではあるが、私が笑顔になれなくて話を断り続けていたんだ」
「いいんじゃないんですか。いつも笑顔の店長が笑わなくなったら不気味ですし」
笑顔の仮面つけてるようなものだし。
「どうしてこうなったのかは分からないが君が何かやってくれたのは分かる、ありがとう、心から感謝する。今日は大変だっただろうしもうあがっていい」
「いえ、ちゃんと仕事はします。別に怪我とかしてるわけじゃないですから」
「ほう。君はやはり他の女性と少し違うね、どこかこう、心の強さとか、人と違う強さが感じられる。ふふっ、私でも叶うかどうか」
店長、只者じゃないかもしれない。
この世界の人間がこうも私を分析できるなんて。
鍛えられたこの肉体に魔力を宿らせたら一体どれほどの破壊力をもたらすやら。
異世界で魔力について一から学ばせてみたいわ、きっと国を守る部隊長になることは間違いないわね。
「では仕事をしようか! 今日もお客様の笑顔を見なきゃね!」
「そうですね、店長の笑顔には敵いませんが」
「いやあ嬉しいことを言ってくれるねえ! 私もより笑顔でより筋肉を鍛えたくなったよ!」
「筋肉は十分では?」
魔力の源についてはこれといった成果は無くとも、様々な情報は得られた。
この世界に魔物がやってきている――となれば、英雄様に会って話をすべきね。何かが起きているのは確か。
後日にはセルファ様も来るのだから場合によってはことが大きくなるかも。
当初の目的はセルファ様との合流だったけど、あの方が来るのはまだ先――ならば次は英雄様を探そう。
名前……なんだったかしら。
こーすけ、確かこーすけだったような。
くずはこーすけ、とかだった気がする。
情報は少ないけど、探してみよう。
「セルファ様、色々と病んでるから何を仕出かすやら……」
その後、私はぱそこんでごりらについて調べ、英雄様に会ったらとりあえず殴ろうと決心した。
誰がめすごりらだ。
ついでによく分からないマッチョと共にバイトをしていたわけだけど、おそらく四十日ほどのずれがあると思われる。
セルファ様が先に来ているとすれば私への接触を試みるはずなのに、一向に音沙汰がない。もし私が先に来ていたならば四十日後に到着?
では、それまで私はどうするべきか。
一先ずこの世界での基本的な生活について調べるべきね。
この世界ではお金が重要だ、それは私の世界でも変わりはないが物々交換というのはやっていないようね。
小銭と言われるものからお札と言われるもの、何故かこの世界では紙幣のほうが高価なのね。
五百円玉といいうのは金貨と思えばいいのかもしれない。
だが一円玉も重要、と。
「一円玉を笑うもの、一円玉に泣く、か」
小銭は全て大切、と。
この世界のお金は奥深そうだ、調べておかなくては。
「やあ! 休憩時間中にダンベルよりも一円玉かい!? ダンベルは自由に使っていいんだ、遠慮せずに!」
「遠慮します」
相変わらずマッチョは筋肉を鍛えることしか頭にない。
魅鶴来隼人だったか、本名らしく本人曰く自分の筋肉に似合う名前を付けてもらったとかよく分からない事を言っていた。
私にはただの筋肉だるまにしか見えないがこの世界の感性は難しいものね。店員達曰く魅鶴来さんは超イケてる男、らしい。
居酒屋マッチョで働き始めてから魅鶴来さんの居候でなんとかやりくりして数日が経過した。
時々魔力の気配も感じる。
魔物の出現? この世界でも魔物がいるのだろうか。
気になるわね、そのうち調べてみようかしら。
昼間は時間があるけど、たまにじむとやらに来ないかと誘われるが嫌な予感しかしないから断っている。
休憩を終えてまた仕事へ。
私は一体何をしているんだと最近たまに思うが、これもこの世界を知るためだと割り切っている……つもり。
「おい、お前、店長はいるか」
「店長ですか。いかがなさいました?」
黒服の男二人が入ってくるや店長を指名してきた。
ここを利用しにきた雰囲気ではない、もしかしてこの人達もマッチョ志望なのだろうか。
「いいから呼んでこい!」
「お客様、店内であまり声を荒げないでください。他のお客様のご迷惑になります」
店内がざわつき始めていた。
いけない、この人達を店内に置いとくのは悪影響を及ぼしてしまう。
「まあまあお話は外で」
強引に二人を外に連れ出すとした。
お客様の貴重な食事時間が彼らのせいで台無しになってしまう。
「なんだてめぇ、この前はいなかったよな」
「お前で話はできるのかよ、ああ?」
片方は貫禄があんまりない、こいつは多分この男の部下か何かだ。
「なんの話をですか?」
睨みつけてくる、どの世界もごろつきは同じなのね。
「ふんっ、あの野郎は店員には自分の話はあんましてねえみたいだな」
「というと?」
「土地やらビルやら持ってる金持ちなんだぜ? それでとある土地が欲しいんだがねえ。中々首を縦に振ってくれねえの」
よく分からないけど店長はマッチョ以外にも何かすごいものがあるのかしら。
マッチョは地位が高いのかもしれない。
この世界のマッチョ、油断できないわね。少し軽く見ていたらしいわ。
「それでお店まで来たと」
「そういうこった、ああ、嬢ちゃん、折角だからちょいと事務所行こうや、あの野郎も来させてやる」
私を餌にするつもりかこいつらは。
随分と舐められたものだ、私のいた世界ではそんな態度をする輩はいなかったわよ。
「いいもんも手に入れたしよ、遊ばせてみっか」
「それいいですねえ、兄貴」
「いいもん?」
「嬢ちゃんには関係ねえよ」
関係ありそうなのよねえ。
魔力はこいつらにも微量ながら感じられる、けど付着しているだけの残滓、宿っているわけじゃない。
魔物に何かしら関係しているようね、ついていってみようかしら。
仕事を抜ける羽目になるけど、今日は人数が多い。私が少し抜けても問題は無いでしょう。
「まあいいです、さっさと行きましょう」
「物分りがいいじゃねえか、ほら、車に乗れ」
「これが、車……」
黒塗りで他の車よりも長い、こうきゅーしゃってやつね?
中はやや煙臭い、こいつらの吸ってるものは葉巻とはちょっと違うけど、匂いが独特ね。私はちょっと苦手。
座り心地のほうは抜群ね、どうやって作ったのかしら、一台異世界に分けてもらいたいわ。
走行中も振動は少ない、それに何を原動力として走らせているのかしら。
この辺りは勉強不足だったわ、あとで調べてみよう。
移動中にごろつき兄貴が店長に連絡をしていた、あのすまほというのは本当に便利ね。魔法を使わなくても遠くの人と連絡が取れるなんてある意味魔法だわ。
それにしても、店長でもこいつらを倒せそうな気がするけど、この世界は別の強さが必要なのかしら。
見た目的な強さからすれば店長のほうが強いと思うのだけど。
「随分と落ち着いてるなあ嬢ちゃん」
「落ち着きのなくなるような要素がおありで?」
「……大したタマだよ」
「女なので玉は無いですが」
「そういう話じゃねえし下ネタをそんな自然と口にすんなよ」
たま、なんだろう、なんのたまなのだろう。
男が常に二つぶら下げている玉ではないとしたら、弾? 銃は持ってないのだけど。
……ごろつきの言う事だしあまり気にしないでおこう。
事務所に到着した。
三階建てだ、私の住んでるマンションより低いわね。それになんだか石の箱みたいで見た目はお洒落な雰囲気も削がれている。
ひょっとしてこの人達貧乏なのかしら。
ただこの事務所の真下あたりから魔力の気配があるわ、地下があるようね。
「ほら、入りな」
中に誘われるも私はごろつき達を無視して地下の階段を探すとした。
一階は一見物置にしか見えないけど……。
「おい勝手にうろつくな!」
「ちょっと黙ってて」
邪魔をするなら容赦はしない。
男を思い切り投げ飛ばす、後ろからいきなり乱暴に女性の肩に手を触れるなんて野蛮な行為をした罰よ。
「何の音だ!」
ごろつき兄貴もやってきたら探すの面倒ね。
二人とも黙ってもらいましょうか。
物陰に隠れながら、様子を伺うとしよう。
「あのアマ……」
ここは隠れる場所が多い。
ごろつき兄貴は今頃部下を見つけたとこでしょう。
何か金属音がかすかにしたけど、何を取り出したのかしら。
剣? いえ、あんな薄い生地を使った服の中に隠せるのは小剣くらいね。
銃はどうなのかしら。
この世界の銃がどれほどの大きさなのか分からないけど、あの服の中に隠せられるような小さな銃があったのだとすれば厄介ね。
魔法を使わざるを得ないわ。
「出てこい! 悪いようにはしねえからよぉ!」
あ、これいいわね。
手に収まるほどの大きさの像、猫っぽい気はするけど可愛らしさはあんまりないわ。
魔力を練り、腕力を少し上げておこう。
物陰から奴の位置を把握する。
背を向けているがそれでは駄目。
立ち上がってわざと物音を立てる。
「そこか!」
「ええここよ!」
同時に像を男の股間へ向けて全力で投げつけた。
「はふんっ」
直撃。
男は股間が弱い、そこを狙えば暫くは動けまい。
「これが銃?」
思ったより小さいわ、こんなので戦えるのかしら。
「ぐ、お、おま……今に、組員が、来るから、覚悟、しろよ」
「え、また増えるの? じゃあ片付けておいたほうがいいわね」
階段からは足音が聞こえてくる、七、八人くらいかしら。
銃を一発だけ、壁に向けて撃ってみる。
速度はすごいわね、威力は魔力を練っていない人間に当たれば相当なもの。
この世界の銃は小さくてもそれなりに強力ね。
銃は捨ておく、私には必要ない。
最初にやってきたごろつきは魔力を込めた右手で顎に一発。
この世界では魔力防御も無いから不意打ちは相当効くはず。
「ぐひゃぁぁ!」
吹っ飛んだのはいいけど勢いついて窓から外に飛んでいってしまった。
もし戻ってこれたら是非とも疲労回復の飲み物でも持ってきてほしいわ。
「て、てめえ!」
ごろつきが二人三人と襲ってくる。
ただここは通路、しかも階段を下りたばかりとなると戦闘体勢にはすんなりとは移れない。
手前の男が一歩踏み出した瞬間、私は腹部に一発。
続く男は懐に手を伸ばしたことから何か武器を所持していると思われたので股間に一発、膝をついたら顎に一発のおまけつき。
後続はどう動くかしら。
武器を取って戦うにも倒れた彼らが盾になってくれる。
「この野郎!!」
構わず突っ込んでくるのね、まあいいわ、後退しよう。
広い空間に移ったほうが私としても動きやすい。
あんな通路じゃあ男臭くてたまらないし。
何よりここは飛び道具が豊富。
隠れる場所も多い、私が戦うには適している。
「蜂の巣にしろ!」
銃は厄介だけど、飛んでくる机を跳ね飛ばす力は無いはず。
私は机を持ち上げて奴らに投げつける、軽くて投げやすいわねこれ。
「えぇっ!?」
二つ、三つ、四つ。
狭い廊下でばかすか撃ってるんじゃあ避ける場所も探せないでしょうに。
「ちょ、待て!」
「待たないけど」
大きい机もあった、これも投げておこう。
「まっ――」
廊下は机で埋まってしまった。
もし動ける奴がいたとしてもこちらには近づけないわね。
「お、お前……何者、だ」
「あら、股間は大丈夫? あんまり動かないほうがいいわよ、下手に動いたらあんたの股間にもう一発くらわせるから」
「やめてぇ……」
男は玉玉か棒を強打されると弱くなる。
大きな弱点よねえ。
「ねえ、ここ、地下あるでしょ」
「な、なんの、ことかな」
「玉一個なくなってもいい?」
「地下ありますぅ!」
よかったわね、一個でも無くなると大変なんでしょう?
「奥の部屋の、箪笥の下に、扉、あるから……」
「ありがと」
この世界のごろつきも素直なものねえ。
私は奥の部屋に行き、箪笥を見つけて下部分を調べるとした。
うん、少しだけこの辺りは他と比べてゴミが落ちてないわ。
出入りしないとこんな状態にはならないわね。
この箪笥、それほど重くはないしむしろ動かすことを前提として重いものは入れていないようだし動かすのは容易い。
「よっと」
角から引っ張り出してずらしてみる。
「あらあら」
するとそこには小さな扉。
開けてみると梯子がかけられていた、冷えた空気に乗って魔力も漂ってきている。
魔力の源がこの先に確かにあるわね。
梯子を降りると魔力が直に感じられる、この気配、いるわね。
魔族か魔物か、それは見てのお楽しみ。
「暗いわ、確かすいっちとかいうのが光を作るんだったわね」
すいっちを探す。
こういうのは入り口近くにあるとか。
壁を触っていくと何かに触れた、これね。
室内は光で照らされる――
「鉄の檻?」
しかも中には魔物がいた。
「ロドリヴァ……?」
『――うちの組員によくも手を出してくれたな、おい』
「……この声は?」
どこから流れてるのかしら。
居酒屋マッチョにはすぴーかーで音を流してたわね、ここにもあるのかしら、持ち帰って調べてみたい。
『そいつぁようやく捕まえた化け物でよお、餌は何を食うのか知らんが人間も喰うんだろうなあ』
「まあ、食べるわよね」
『なんだ知ってんのかこいつを、なら手っ取り早い。お前には餌になってもらうよ』
檻がゆっくりと開けられていく。
誰か壁の裏にいて檻を動かしてるのかしら。
『あの筋肉野郎も話をつけたらこいつに食べさせてやる』
「ふーん、できたらいいわね」
指の骨を鳴らして手首の運動。
どれくらい殴ればこいつは倒れるかしらね。
普通の人間に捕まるくらいなのだから大した力は無いでしょう。
地下にいたら魔力の供給も十分じゃないでしょうし。
『ぶち殺せ!!』
男の声と同時にロドリヴァが動き出す。
狭いんだから手を振り上げないほうがいいわよ。
案の定、ロドリヴァは天井に手をぶつけ、私はため息をついた。
知能の低い魔物を差し向けられてもねえ……。
「馬鹿にされてる気分」
ロドリヴァは仕切りなおして再び攻撃を仕掛けてくるが、先ずはその右手を全力で殴って反対方向に曲げるとした。
脆い脆い。
『はぇっ!?』
「私を殺したいなら上級ロドリヴァ十体くらい連れて来ないと」
ロドリヴァの頭上まで跳躍し、頭を地面に叩きつけ止めのかかと落とし。
頭部は破壊した、もう動けまい。
『ちょ、ちょっとぉ……』
「うーん、期待外れ。まあでもロドリヴァ程度でもこの世界に来れるならある程度異世界とこの世界の行き来はしやすくなったと考えるべきかしら」
小物の魔物ですらこの世界に来れているのならば召還や異世界移動魔法を使わずとも穴があると見ていいわね。
その点も調べておこう、今はエヴァルフトしか帰る方法を知らない。
私も移動魔法は齧っていたから独学でいけそうだけど。
『ぐ、せ、折角手に入れたのに、なんてことするんだ! ただじゃおかんぞ貴様!』
「魔物に健気な少女を襲わせといてそれ言う」
『お前のような奴が健気なわけあるか! その華奢な体からなんであんな力が出るんだよ、ゴリラか貴様!』
「ごりらってのがよく分からないけど、すごく失礼なこと言われてる気がするわ」
英雄様も私の事をめすごりらと一度言っていたような。
後でこれも調べてみよう、ぱそこんというすぐに調べられる便利なものがあるらしいし。
「あんたは放っておくと迷惑かけてきそうだから今そっち行くわね」
『え、ちょ』
梯子を上るのは面倒だから天井をぶん殴って一階に。
さっき倒した奴らが吹っ飛んじゃったけど気にしないでおきましょう、私に襲い掛かった罰よ。
「上の階かしら」
何があるか分からないから一応ここは階段を使おう。
「ここにはいないようね」
組員達は普段ここにいるらしい。
ソファや机などが置かれており、灰皿にはあの臭い匂いを放つものがあり、煙を漂わせていた。
消去法で三階になるわね、警戒しておこうかしら。
窮鼠猫を噛む――マッチョから借りた本にそんな文章が載ってたわ。
いんたぁねっとってので調べてみたら弱い奴もたまには反撃するらしいから、この世界でも油断は禁物ってこと。
三階に行き、扉を開けるや何かを振り下ろされた。
けど遅い、指で挟んで止めよう。
「ぐぐ……一体、何者だてめぇ……! ただの店員さらったって聞いたんだぞこっちは!」
鬼気迫る表情でいるが、彼にはこれが全力なのだろうか。
この世界の剣は細いけど刃の具合からしてよく斬れて頑丈そう、でも私は斬れないわね。
「それが今や組が壊滅の危機だ、どうしてくれる!」
「そもそも私を襲うのが間違いよ、自業自得じゃない?」
こいつがここを仕切っているようね。
剣を引いて距離を取ったことから戦闘経験も豊富。
体つきは服の上からでは分からないけど相当鍛えているのが分かるわ、たださっきの一振りから剣術は得意じゃなさそうね。
「お前が何者なのかは知らねえがこいつをぶち込めば死ぬだろ!」
懐から銃を取り出してきた。
ためし撃ちしたから性能はもう理解してる。
男が向けている銃口から弾道を推測、速度は私なら目で捉えられる。
発砲音と同時に、指で弾を挟んだ。
「熱っ」
意外と熱いわ。
次からは素手で挟まないようにしなくちゃ。
「えぇ……いや、えぇ……」
彼は何故言葉を失ってるのだろう。
「ちょっと。魔力で強化してなかったら火傷ものよ。熱いじゃない」
「こ、この、化け物がぁぁぁあ!」
連発してくるかしら。
ここは魔力をもう少し練るとしよう。
二発目、三発目を弾きながら私は距離を詰め、男の持っている銃を取り上げて、
「えいっ」
ビンタ。
「ひぇっふ」
あ、魔力込めてたから手加減できなかったわ。
男は壁に叩きつけられてそのまま気絶。
……弱い、少しは骨のある奴かもと期待した私が馬鹿だった。
マッチョ店長が来るまでどうしよう、てか早く店に戻らないと心配をかけてしまうわ。
「おーい、起きてー」
こいつを起こそう。
こういう時は水をかけるのが一番だ。
あ、いいものがあるじゃない。
店にもあったわね、一升瓶。
彼に中身をぶちまけて起こすとする。
「ぶはっ、へあっ!?」
「起きた?」
「あ、あぁ……」
「ねえ、そろそろ店に戻らないといけないし、こっちはこっちで用件は済んだから行っていい? あとまた店に迷惑かけにきたら今度はこの建物を跡形も無く潰すから」
「は、はい……ど、どうか、命だけは……」
「まあ店長次第で私はあんたたちとあんたの上にいる連中全部潰してもいいけど」
「そ、それだけは……」
闘争心というものがこの世界の男達には欠けてる。
すぐにひれ伏すなんて情けない、あの英雄のように強者に立ち向かう強い心をこの世界の男達は持っていると思ったのだけど。
「布栄くーん!」
あ、マッチョ店長の声だ。
どたどたと階段を駆け上がってくる、足音だけで店長だと認識できるわね。
「だ、大丈夫かい布栄君!」
「フェイですけど」
「大丈夫そうだな! なんか皆倒れているし、逃げるなら今のうちだぞ!」
「逃げる? 普通に帰りましょうよ」
逃げる必要なんてどこにもない。
こいつは武器も手放して降伏状態だし。
「あ、あの、すまなかった、うちも出世で焦って、ちょいとあんたの土地が手に入れらればと思って、だけど、もう手は出さねえから勘弁してくれ!」
ほら、これですよ。
「何があったのかよく分からないんだが」
「店長、彼らはもう迷惑かけないってことらしいです」
「どうしてそうなったんだ?」
「さあ?」
店長は困惑して私と未だに土下座している男を交互に見た。
私は別に何もしてないわ、ただビンタしただけで。
「私としてはありがたい話だ。あの土地だけは父との思い出があってね、今回のような件にならないようにしてもらいたいのもあるし、貴方達が困っているというのならば他の土地でお互いに話し合うのもいいかもしれない」
「そ、それは、その、ま、またお話が出来る機会があったら是非、あの、今回は行き過ぎた行為、どうか見逃してくれ……」
大の大人がこうして頭を下げてるのを見てると気まずいわね。
「あんたも人が悪い……こんな奴、引き入れてるなんてよ……」
「うん? まあな、うちでよく働いてくれる笑顔が素敵な子だ!」
妙な行き違いを感じるわ。
ようやく外に出られた、久しぶりに戦闘が出来て楽しかったわ。
「すまなかったね布栄君」
「いえ、別に」
もうふえいでいいわよ。
「私もね、父が資産家で土地に関する交渉がたまに来るのだが、まあこの手の方々もやってくるわけでね。互いに利益になるような、皆が幸せに、そして笑顔になるようなものであればいいのだがね。今回は、自分勝手ではあるが、私が笑顔になれなくて話を断り続けていたんだ」
「いいんじゃないんですか。いつも笑顔の店長が笑わなくなったら不気味ですし」
笑顔の仮面つけてるようなものだし。
「どうしてこうなったのかは分からないが君が何かやってくれたのは分かる、ありがとう、心から感謝する。今日は大変だっただろうしもうあがっていい」
「いえ、ちゃんと仕事はします。別に怪我とかしてるわけじゃないですから」
「ほう。君はやはり他の女性と少し違うね、どこかこう、心の強さとか、人と違う強さが感じられる。ふふっ、私でも叶うかどうか」
店長、只者じゃないかもしれない。
この世界の人間がこうも私を分析できるなんて。
鍛えられたこの肉体に魔力を宿らせたら一体どれほどの破壊力をもたらすやら。
異世界で魔力について一から学ばせてみたいわ、きっと国を守る部隊長になることは間違いないわね。
「では仕事をしようか! 今日もお客様の笑顔を見なきゃね!」
「そうですね、店長の笑顔には敵いませんが」
「いやあ嬉しいことを言ってくれるねえ! 私もより笑顔でより筋肉を鍛えたくなったよ!」
「筋肉は十分では?」
魔力の源についてはこれといった成果は無くとも、様々な情報は得られた。
この世界に魔物がやってきている――となれば、英雄様に会って話をすべきね。何かが起きているのは確か。
後日にはセルファ様も来るのだから場合によってはことが大きくなるかも。
当初の目的はセルファ様との合流だったけど、あの方が来るのはまだ先――ならば次は英雄様を探そう。
名前……なんだったかしら。
こーすけ、確かこーすけだったような。
くずはこーすけ、とかだった気がする。
情報は少ないけど、探してみよう。
「セルファ様、色々と病んでるから何を仕出かすやら……」
その後、私はぱそこんでごりらについて調べ、英雄様に会ったらとりあえず殴ろうと決心した。
誰がめすごりらだ。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる