異世界帰りのダメ英雄

智恵 理侘

文字の大きさ
上 下
10 / 45
第一部:第二章

10.そりゃ彼女も喋る。

しおりを挟む
 数件程度ではあるが、街でまた魔物が現れ始めた。
 下級の魔物ばかりであるため銃で対処できたらしいが、一番の問題はやはり噂やネットでの拡散だ。
 マスコミも食いついて魔物の存在が世間に広まりつつある。
 今や街中での話題はこの世界に魔物が! とかいうニュースで持ちきりだ。

「この世界に魔物が!」
「あっ、はい」

 飛鳥がやってくるや、開口一番にその話ときた。
 そういえば今日は土曜日、学校も休みなんだよな。

「って、何してるの?」
「一人将棋だけど」
「一人将棋」

 なんか気まずそうな表情をされた。
 ゲームばかりやってるのもなと思って将棋セット引き出したのはいいんだけど対戦相手がいないんだからしょうがないじゃないか。
 今のところは俺が有利だぜ。
 俺も負けてないけどな。
 俺のほうはきっとこれから飛車を使って攻めるんだ。
 俺はそれを銀を使って守る予定だ。

「そんなくだらないのは置いといて、今日のニュース見た?」
「くだらない言うな」

「実際どうなのかしらねあれ。今やCGとかでもなんとかなるしニュースでやってるようなのってちょーっと信用ならないのよね」
「わかる」

 俺の一人将棋がさらっと流されたのは不服だが。
 しかも片付けられてるし。

「このご時勢に剣を使って魔物を倒す奴もいるですって? ファンタジー世界から飛び出したんじゃないんだから、不自然もいいとこよね」
「そ、そうだよなあ……」

 剣を使った人物が目の前にいるんですがね。
 やはり魔物絡みはどうしても目立ってしまう。
 どこから話が漏れたのかも大体見当がつく、最初の戦闘も多数の住民に見られていただろうしそんな中でまた魔物騒動となれば調べれば調べるほどいくつも情報が掴めるだろう。
 不特定多数の目撃者とネットには情報規制はどうしても難しい。

「ていうか引っ越したっていうから来てみたら思った以上に普通ね、むしろちょっとボロい? 設備はよさそうだけど」
「設備はいいよ、すごくいい」

 窓なんて防弾仕様なんだぜ。
 見た目はボロいかもしれないけど多分そこらのアパートよりここは比べ物にならないくらい充実した設備だよ。

「てかニートのあんたが一人暮らしって大丈夫なの?」
「そこらは大丈夫だぜ。色々と、つてがあって」

「すねかじり虫」
「お○りかじり虫みたく言うのやめて」

 飛鳥は座り込んではちゃぶ台をとんとんと叩く。
 何か飲み物が欲しいらしい。
 仕方ない、安い茶を出そう。

「でもいいわね一人暮らしって、憧れるわ。あんたのニート生活は憧れないけど」
「一言多いなおい」

 何しに来たんだか。
 ここも教えてないはずなのに、情報源は姉ちゃんからか?

「いきなりなんだけどさあ」
「何?」
「あんた私に何か隠してない?」

 なんだこいつ、いきなりすぎるだろ。
 といっても俺のこれまでの生活の流れから不自然さを感づかれるのは致し方ないところではあるが。

「別に何も隠してないけど」
「だってニートがいきなり一人暮らし始めるのはおかしいっしょ。つうかあんたの姉ちゃんが簡単に許可するわけもないし」

 説明したくとも一般市民にはこの話は内緒だ。
 ここは……なんとか誤魔化そう。

「これはだな、姉ちゃんが俺に一人暮らしをさせて自分で家事がちゃんとできるかの試練も兼ねててね」
「嘘くさい」

 この話は出来れば広げたくないのだが。
 飛鳥の眉間のしわが深くなるばかりだし疑念を晴らすには何が必要か。

「ああそうだ! ホットケーキでも食べる? ほら、三時のおやつ!」

 多少強引ではあるが。
 俺はすぐに台所へ。
 姉ちゃんが一袋分けてくれたのがあったんだよね、食べる機会が中々なかったが利用させてもらおう。

「……」

 ただ背中に痛いほどの視線を感じる。
 俺は黙々とホットケーキを作った。
 甘いものを提供すればきっと心も和らいでくるだろう。
 出来上がると同時に――ノック。
 おや、これはまさか。

「はいはいー……ってやっぱり君か」
「……」

 鼻をすんすんと鳴らしている。
 ホットケーキの匂いに釣られたのかね苑崎さん。

「食べる?」

 即座に頷き、そこはかとなくいつもとは違った陽気な歩調で部屋へ入っていく。
 甘いものは特に好きなのだろうか。

「え、何この人、いきなり隣に座ってホットケーキ凝視してる」
「隣に住んでる苑崎葵さんだよ」

 なんだろう、このやり取り前にもあったような。

「苑崎さん、彼女は夏添飛鳥、俺の幼馴染だ」
「す」

 会釈をする、飛鳥も釣られて会釈を返した。
 俺は苑崎さんの分のホットケーキを出してやり、三人でいざホットケーキ。

「ふ、ふぅん……早速お友達になったわけ?」
「付き合いは大切だよ」

「付き合い!? つ、付き合いって何!?」
「いや、お隣さんとの付き合いは大切じゃん?」

 何興奮してるんだお前。

「あ、はあ。そういうこと」
「どういうこと?」
「なんでもない」

 飛鳥は苑崎さんをじろじろ見ながらの食事。
 見られていてもまったく気にせず彼女は「す」と一言呟いてホットケーキを只管に食べていた。

「こういうの、いつもなの?」
「前に一度あったけど、それが?」
「そう」

 毎日何をしているのかは不明だが彼女が人畜無害なのは分かる、むしろ和むね。
 ホットケーキを食べるだけなのにどうして飛鳥は重たい雰囲気を纏っているのやら。
 そんなに警戒心を強めなくてもいいのに。

「他の住民ともこうした付き合いを?」
「いや、他の人達は……ないな」

 正直苑崎さん以外、住民とまだ一度も顔を合わせていない。
 時々物音がするから住んでる気配はあるのだが。

「じゃあこの人と、こうやって一緒に食べる機会が、増えるわけだ」
「ん~そうかも」

 俺は俺で一人で食べるのは寂しいから苑崎さんが来てくれれば嬉しい。
 料理を食べてもらえる幸せというのか、そういうのもあってね。

「あんまりよくないと思うなあ」
「え、なんで?」
「だって……いやー、なんと言えばいいのか。男と女、同じ部屋で、ね?」

 頬を朱に染めながら言う飛鳥。
 言いたいことは、伝わってくるが、そのだな、そういうのは無いぞ。
 苑崎さんはホットケーキを食べ終えるや、腕を組んでなにやら考え始めた。
 相変わらずの無表情で何を考えているのか読めない。

「苑崎さん、どうかしたの?」
「思考が――」

「そ、苑崎さんが喋った!?」
「驚くのそこなの? この子今まで喋ったことなかったの?」

 一応はあるが、「す」くらいでまともに喋ったのは初めてのことだ。
 おっと、苑崎さんが喋るタイミングを見逃してしまう、ここは口を閉ざしておこう。

「……思考が」

 あ、仕切りなおした。

「思考が?」
「やらしい」

 飛鳥を見て、彼女はそう言い切った。

「や、やらしいって……」
「思考が、エロい」
「い、いきなり何を言うのかしらぁ?」

 飛鳥の声が震えている。
 怒りがすごい勢いで蓄積されているのが分かる。
 冷や汗が出てきた、願わくばこのまま何も起きなければいいが。

「エロい」
「そ、それは……で、でもおかしいじゃない! 一人暮らし始めてまだ間もないってのにあんたは普通に上がりこんでるし夕飯食べるんでしょ!? となれば……」

「となれば、私は、彼と、性行為を、すると?」
「せ……な、長くそんな付き合いしてたら、そういう関係になるかもって!」
「そういう関係になったとして、お互い了承の上の、付き合いとなる。ならば、貴方に何の問題が?」

 意外と喋るのね君。
 話の内容よりそこが今の俺は驚いてるよ。

「うぐっ……。こ、こいつはニートだし、勢いでやっちゃうような野獣かもしれないわよ! やばいじゃない!」
「君は俺を普段からどう見てたの?」

 俺はそんなに危険な男ではないよ。

「別に、構わない」
「は?」
「……す」

 苑崎さんは最後にそう言って、きちんと食器は片付けて部屋を出て行った。

「……」
「……」

 何この気まずい空気。

「あの」
「何!!」

 そんな鋭い視線で睨み付けないで。

「俺、そんな勢いでやっちゃうような野獣じゃあないんだけど」
「知ってるわよ!」
「えぇ……?」

 ホットケーキを鬼面顔負けな表情で食べる飛鳥。
 それはそんな表情で食べるものじゃないと思うなあ。

「じゃあ、帰るから!」
「お、おう……」

 苑崎さんがうちに飯食いに来る時は気をつけないとなあ。
 でも彼女のあの言葉。
 別に、構わないって……。
 いやいやいや俺は何を!

「もしかして意外と彼女に気に入られてたのかなあ」

 なんて。
 思い上がるのは、やめておこうか。
 うん、そうしよう。
 それにしても飛鳥は何をしに来たんだか。
しおりを挟む

処理中です...