異世界帰りのダメ英雄

智恵 理侘

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第二部:第二章

29.職質

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 そんなわけで。
 後日俺達は飛鳥の予定に合わせて放課後に待ち合わせをするとした。
 飛鳥の通っている学校――麓宮中央高校は、俺が異世界へ飛ばされなんかしなければ通っていたであろう高校だ。
 受かるかどうかは難しいところだったが、ああ、きっと異世界に飛ばされてなければきっと合格していたね。
 学校見学して以来だ、懐かしいなあ。
 その学校が見える喫茶店で待ってはいるのだが。

「……どうしてこの方が来ておられるのでしょうか」
「何か、不満でも?」

 どうしてか苑崎さんも来ている。
 最近はちょくちょく外出をし始めた苑崎さんだが、今日は暇だったらしくいつの間にか俺達の後ろをついてきていた。

「英雄様を狙っているのでしょうか、お気をつけください!」
「無害だと思うけど」

 ほら、パフェを平らげてる姿、無表情ながら、そこはかとなく美味しそうな表情で可愛らしいじゃないか。

「有害」

 そっと苑崎さんは、セルファを指差してそう呟く。

「誰が有害ですか!」
「まぁまぁ」

 二人の交差する視線、見えない火花が激突しているような気がする。
 彼女達は本当にセルファとは相性が悪いな。
 もう少し皆仲良くして欲しいものなんだが。
 今度交流会って感じでどこか皆を一緒に連れて行って親睦を深めさせようかな。
 機会があれば、やってみたいね。

「今日は、何を?」
「今日? ああ、飛鳥にちょっと見てほしい人がいるって頼まれてね。異世界絡みかは分からないけど」
「ほほう」

 やはり何をするかも知らないまま好奇心だけでついてきたようだ。
 意外と自由奔放だね君。

「ふんっ、貴方はお役には立たないので帰ってもらって結構なのですよ」
「いる。私も、何か、力になれる」
「何が出来るというのでしょうかねえ、貴方みたいな何の能力もない方が」

 すると苑崎さんは徐に百円玉を取り出した。

「それは……?」
「見てて」

 右手に持った百円玉を、左手で覆うように掴んで移していく。
 ううむ、これは今からやろうとしている事が大体分かってきたぞ。
 左手に移った百円玉、しかし手を開くと左手には無く。

「き、消えた……!?」

 右手も開くも百円玉はどこにもなく。

「じゃじゃん」

 どこか誇らしげに、彼女は言う。
 つまり、マジックをしたのだが……役に立つかは、不明だ。

「あ、貴方……物体を消滅させる魔法を使えるのですか!?」
「使える」

「いやそれマジックだよね?」
「違う」

 どうしてそこは頑なな意思を見せてくるんだ苑崎さん。
 絶対戦闘では役に立たないぞそれ。

「英雄様の役に立つのであれば傍にいるのを許可しましょう」
「ぶふっ」
「ん? 今笑いました?」
「いいえ」

 いや、絶対笑ったよ。
 表情は変化なかったけど、口端がちょっと動いたよこの子。

「待たせたわね」

 ようやくして飛鳥がやってきた。
 案の定、苑崎さんを見て眉間にしわを寄せていた。

「どうしてこの人が?」
「来ちゃった」
「何よそのいきなり彼氏の家を訪ねてきたみたいな言い方は! 何しにきたのよあんたは!」
「……」
「無視かい! 何なのよ!」

 二人のやりとり見てるだけで飽きないなこれ。
 すると苑崎さんはポケットから今度はトランプを出してきては……。

「何始めてるの?」
「……」

 無言で一番上の一枚をめくる。
 ジョーカーのカードが見えるも、右手をその上に通過させるや、ハートのエースに。

「……いや何なのよ!?」
「じゃじゃん」
「こ、これはまた面妖な魔法を……!」
「いやマジックでしょこれ!」

 何事も無かったかのように苑崎さんはトランプをしまって食事を再開した。
 異世界人にとってはマジックもちょっとした上級魔法に見えるようで。
 俺もマジックを会得して異世界で一山当てに行こうかな。
 題して、元英雄の異世界マジック道――うむ、考えておこう。

「はぁ……まあいいわ」
「それで、見てもらいたい奴はどこ? 連れてはきてないのか?」
「ええ、なんか人気者になっちゃって一緒に帰ろうって生徒達と一緒に今帰路についてるわ」

 じゃあ遠くから調べてみるとしましょうか。
 苑崎さんがパフェを食べ終えたら動こう。
 俺もここのコーヒーをじっくり味わいたいのだ、意外と美味いねここのコーヒー。

「飲んどる場合かぁ!」
「あぁ! 俺のコーヒーが!」
「あんたも早く食べ終えて! じゃないと置いてくわよ!」

 渋々ながら、苑崎さんは食事ペースを上げ、俺はなんとかカップの中にあるわずかなコーヒーを飲み干した。
 外に出ては飛鳥の後ろをついていく。
 なんだか縦に並ぶと冒険していた時を思い出すな。
 物陰に隠れながらの移動、どうやら対象はこの先にいるようだ。

「いたわ、皆とアイス食べてるようね」
「俺達も食べるか」
「冗談言ってないで、ほら、なんたら魔法で早く見てよ。真ん中にいる少し背の低い子よ」

 女子高生も五人並んでいると眩しいものよのう。
 今時の女子高生は中々の美人ばかり。
 ギャルっぽい子も混じってるな、メイクは思ったほど濃くないんだな。
 真ん中の子はこれといった派手さもなく、しかしどこか高貴さを纏う落ち着いた雰囲気はこれもまた、魅力的である。
 口の動きから饒舌に何かを語っているが、周りは彼女の言葉に耳を傾けては関心している様子。
 遠くからでも分かるカリスマ性。

「もう少し近づかないと分析魔法の範囲に入りませんね」
「じゃあ近づくわよ」

「あいつと友達なんだろ? こんなこそこそしなくてもいいんじゃね? むしろ俺達を紹介してもらってそこでちゃちゃっとやればいいじゃん」
「えー。だってあんた達、何しでかすか分からないし、それになんて紹介すればいいのよ」

 うーん。
 異世界から来た王女と。
 異世界から帰ってきた元英雄と。
 お隣さん。
 確かに、なんて紹介すべきかも悩まされるな。

「まあいい、じゃあまたこっそり近づくか」
「尾行、再開」

 苑崎さん、なんだか楽しそうだね。
 しかし放課後の人だかりも多い中で四人並んで電柱から覗き見るその様子は不審者そのもの。
 尾行すれば尾行するほど、周りからの視線も集めてしまう。
 流石に四人で尾行するのは絶対に隠れられない上に明るいうちのこんな人だかりの中だ、無理がある。
 これなら堂々と接しにいったほうがいいと思うんだが、じゃないと……。

「君達、ちょっといいかな」
 ほら、こうなる。
 振り向くと巡回していた街のお巡りさんが俺達を訝しげに見ていた。

「な、何か?」
「一体何をしてるのかなと思ってね」
「英雄様が何かするのに貴方達の許可がいるのですか?」 
「セルファ! 駄目駄目そんな接し方じゃあ!」

 彼女が絡むと面倒な事になりかねない。
 今日は何も持ってきてないよな? 包丁もイグリスフ小剣もちゃんと置いてきてるよな?

「彼女以外君達は私服のようだが、学生かい?」

「……ニートです」
「専業主婦ですわ!」
「マジシャン」

「一体何の集まりなんだい君達」

 俺もよく分からない。
 苑崎さんに至っては職業マジシャンではないのは確かであろう。

「何か怪しい事をしているんじゃないだろうね」
「私は英雄様とやらしい事ならいつでもして構わぬ所存でございます」
「それはやめてもらいたいねえ」
「俺もやめてもらいたいよ」
「なっ、英雄様! どうして!」

 どうしてて。
 つーか飛鳥の視線が冷たい。
 ちょっとは助け舟を出してくれよ。

「そこの君、彼らとの関係は?」
「ぎりぎり赤の他人です」
「違うだろ!?」

 目を逸らすな目を!
 周りの視線も集まってるからって何逃げようとしてるんだこいつ。
 しかもなんかちょっとずつズリ足で俺達から距離を取り始めてるし。

「ぎりぎりって何だよぎりぎりって!」
「はあ~~~……」

 深い溜息をつきやがる。
 説明してくれないと状況が悪くなるだけだぞ飛鳥。

「まあ、その、この有象無象は一応私の知り合いで今日はちょっと街に連れてきました」
「有象無象て」

「そうなのかい? うーむ、にしては何かを尾行しているような行動は……?」
「察してください、彼らは堂々と街を歩けないほどの臆病者なのです。私が引き連れなきゃ部屋からも出ない糞引きこもり共でして……」
「そ、そうなのか……君も大変だね」

 その哀れみの視線はやめてくれませんかね。
 飛鳥もさりげなく警察官の隣に並んで、俺達に問題があるみたいな状態にしてやがって。
 でもここで反論するとまた話がこじれそうだし、お巡りさんがいなくなるまでは黙っておこう。
 セルファはさっきから殺意を沸かせているのが肌で感じるも、俺が彼女の手を掴んでいるうちは大丈夫であろう。

「街の人達も不安がるからあまり怪しい行動はしないように」
「言い聞かせておきます」
「とてつもなく不満だ」

 一方的に俺達が悪いみたいな流れになっていないか?
 しかしここはあまりにも露骨な尾行は避けておいたほうがいいな。
 もう少し自然な感じでいこう。
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