死ねば死ぬほど強くなる不死者は死ぬ方法を探している。

智恵 理陀

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第一章

003 死は救済に非ず、容易く死ねる救済は在らず。

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 肌の温もりを軽く奪う程度の冷気が頬を撫でていた。
 ……生きている? 生きているのか、自分は。
 目を開けると、夜空が広がっていた。どれくらい時間が経ったのだろう、まだ思考がはっきりとしない。
 長い間、眠りについていたような感覚に見舞われている。意識を失う前の倦怠感を未だに引きずってはいたものの少しずつそれは解けるように薄れていっている。

「ここは……」

 思考がはっきりとしてきた頃には体も楽になっており、上体を起こしてあたりを見回してみる。
 森の中? 背中やひじ、頭の後ろには枯れ葉がついていた。
 ……ビルから飛び降りた先がこんな森の中なはずがない、意識が途絶える前のあのやり取りは夢ではなかった……ようだ。
 それでも未だに疑問の残滓が心を突き、俺は自分の頬を引っ張ってみる。
 夢かどうかは、これをするに限る。

「痛い……」

 夢ではなかった、残念ながら。
 服は……自殺する前に着ていたスーツか。ちなみにこれはブランドものでもなく、割引セールをやってたから飛びついて買った安物スーツだ。
 俺は立ち上がり、暫く茫然と立ち尽くしていた。

「一体、ここは……」

 自称――いや、もう自称なんてつけなくていいか。あの神様の言う事を信じるなら、別の世界――異世界に俺はいるという事になるが。
 あたりはどこを見ても木、木、木。
 異世界の要素よりもただただ自然という要素しかないためにいまいち判断がつかない。
 しかし森の新鮮な香りと、足元を薄っすらと這うように漂う霧は異世界の雰囲気は醸し出してた。
 異世界だと判明したところで別にこれといって何かあるわけでもないのだが。
 少し歩き回ってみたが森を抜ける事はなく、斜面に到達したあたりからここは地形的に森というより山のようだ。
 山を下りれば街があるかもしれないが、そもそもそこまで行く必要は、ない。このまま体力をただ只管に消耗するよりならば……。

「やめよう」

 先ずは――と。
 近くの木から一つずつ、品定めをしてみる。

「これは……駄目だな、こっちの木は……。いや、あっちのほうがいいか」

 やるべき事は、一つじゃないか。

「よし、この木がいいな。盛り上がった根っこはいい具合に足場になるし……首を吊るには最適だ」

 神様は死ぬ方法を用意していると言っていたが、その辺の確認をしてやろう。

「嘘をついている可能性だってあるしな」

 意外とすんなり死ねるかもしれない。
 そんな期待と願いを込めて俺は上着を脱ぎ、簡易的だが首つりの環境を整えた。
 太い根っこに足を掛けて、首に上着の袖を巻き付けて、速やかに足を外した。
 一度自殺を試みた身だ、もう一度自殺するのはもはや躊躇はない。

「かっ……! ぐっ……!」

 呼吸ができなくなり、死の苦しみが伝い始める。
 これさえ乗り越えれば、死ねる!
 意識が徐々に薄れる中、ああ、なんだ――死ねるじゃないか、なんて考えながら、最後に綺麗な夜空を見上げて、また意識は途絶えた。

「――がはっ!」

 どれくらい、時間が経過しただろう。
 意識が戻っては、首が締まったままなので再び死の苦しみを味わい意識を失う――
 何度か繰り返した。
 その結果、死の苦しみさえも訪れず、ただ吊られた状態になってしまった。

「……」

 本当に、死ねなくなっている。
 最後には上着が解けて地面に倒れこんでしまった。
 途中、日が昇ったり、雨が降ったりもしていた。そこそこ長い間首を吊られていたに違いない。
 一度濡れた服も既に乾いている。けれど、そんな事は、どうでもいい。

「……くそっ」

 木に凭れて、絶望に打ちひしがれた。
 自分の人生において、いや、誰の人生でも死は最終的な到達点だ。
 それが取り除かれてしまった、一応、その到達点はどこかにあるはずなのだが、近道は許されないようだ。

「生きていて何の意味があるっていうんだ」

 ため息をついて、空を仰いだ。
 初めてこの世界に来た時と同じ夜空が広がっている。綺麗だが、心は揺さぶられない。
 立ち上がる事さえ億劫になってしまう。
 けれど、立ち上がらなくては。ここにいても始まらない。
 生きる意味はなくても、どうやったら死ねるか、それを探す必要はある。
 ……嗚呼、腰が重い。
 それから俺は少し歩くとした。
 その間、じっくりと考えた。
 神様が本当にいた事、死にたくても死ねない体になった事、異世界なんてものがあった事――思い返せばどれも驚く事実ばかりだ。
 思考をずっと巡らせている中、神様に言われた事ばかりが引っかかって繰り返されていく。正直、苦しくて辛い。
 もう手当たり次第に死ぬ方法を試したい気分だ、崖があったらすぐにでも飛び降りていただろう。けれどこの暗闇では崖を探すのも一苦労だ。
 暫くして淡い光が遠くに見えた。
 ようやく暗闇に慣れてきたのもあって、目を凝らしてみると何かが移動していた。
 その移動音は馬の蹄と、乾いた走行音から馬車を連想させる。
 光の移動速度からしておそらくは馬車で間違いないようだ。異世界といってもこの世界はどのようなものなのか定かではないが時代的には馬車が通常の移動手段として用いられる時代……? 車なんかはないのかな。

「ゴァァァァア!」

 その時――咆哮が鼓膜を振動させた。

「な、なんだ!?」

 野太い獣の声、木々にとまっていた鳥達も一斉に飛び去ってしまうほどの、声量と迫力。
 馬車のすぐ近くから聞こえたが……。その辺の鳥達も飛び去り、木々が大きく左右へとなぎ倒されていく。
 黒いその巨躯が、暗闇の中に確かにあった。熊の数倍はでかい……!
 ここからは数メートルほど、高所の傾斜にいるから馬車にも、その後ろにいる獣にも気づかれてはいない。

「ゴァァァァァァアア!!」

 更なる咆哮が空気を震えさせた。
 獣は右手を大きく振り上げ、馬車へと向かって薙いだ。いくつもの木々が吹き飛ばされていく中、馬車を捕らえる右手。
 しかしかすった程度であったようで、荷台が大きく傾くも屋根布が引き裂かれる程度で何とか吹き飛ばずにはいられていた。
 それでも片方の車輪が浮くほどの衝撃で馬車は道から外れて一度停まってしまった。
 獣は奥の闇へと消えていったものの足音は聞こえる。まだやってくるようだ。
 少しずつ近づいて、様子を見てみる。
 馬車を動かしていた小太りの男は逃げる事に精一杯のようだ。一体どうして獣に襲われる流れになってしまったのだろう。
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