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007 先輩はどこへ?
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一限目が終わると同時に、俺は席を立った。
「どこ行くの?」
「ト、トイレだよ」
「あ、そう」
素っ気ない返しだ。
治世は主人公を守るという使命があるために動向を確認しておかなくてはならないが、流石にこのちょっとした休み時間もべったりついてくるという事はないだろう。
教室を出ると、視線だけが追っているような気はしたが後ろにはついてきていない。
俺はそのまま先輩の教室へと向かった。
階段を下りて、二階のすぐ手前、五組と書かれたプレート、教室を見やり、記憶と光景を一致させる。
先輩の席には、誰も座っていない。
「あの、物見谷先輩を知りませんか?」
近くで談笑をしている女子生徒に声を掛けてみる。
高校時代であればきっと話しかける事すら勇気のいる行為であったが今の自分には何の支障もない。経験なら未来で培ってきた。
「え? 物見谷?」
「はい。たしか……あそこの席に座ってる人で……」
「他のクラスと勘違いしてない? うちのクラスには物見谷っていう名前の人はいないけど」
「えっ……?」
「それにあそこの席はほら、あいつだよ」
物見谷先輩の席に、別の男子生徒が座った。
まるでそこが自分の席かのように、座ったのだ。
「も、物見谷美菜……って人、本当に……知りませんか?」
「うちのクラスにいないのは確かだねえ」
「そう、ですか……」
俺が組を間違えたのか……?
念のために二年全ての教室へ訪れて同じ質問をしてみたが、ほぼ全て同じ返しをされた。
短い休み時間が終わりそうになり、それでも俺は諦めずに今度は廊下へやってきた先生達に片っ端から質問していった。
……結局、何の手がかりも得られず怒られて自分の教室への帰路についている。
結論、物見谷美菜という生徒はこの学校に存在しない。
あまりにも衝撃的な事実に、覚束ない足取りはよろめきを誘発させて、何とか壁に凭れて姿勢を保つ。
先輩に会えると思ったが、その希望は潰えてしまった。
……一体、どうしてこんな事が起きてるんだ?
俺の知る過去と違う、全然違う。
これまた、重大な疑問が増えたがそれよりも、先輩に会えないという事実に落ち込んだ。
正体不明の原稿まで現れて心細かった。
先輩と会うだけでもきっと、気力は十分に湧いてきたはずだった。それに……話したい事は、いっぱいあった。
先輩とはまだ会う前の時期だから、きっと何も分からないと思うけど。とにかく、会って話をしたかった。
また先輩を失ったかのような気分で、本当に辛い。
「――何してるの」
床に落としていた視線を、声のほうへと向ける。
「治世……」
彼女は眉間にしわを寄せて、腕を組んで立っていた。
俺を探していたのか……。
「泣いてたの?」
「え、あっいや……」
自分でも気が付かないうちに、少し泣いていたようだ。
先輩と二度目の別れを感じて、思わず涙が出てしまった。すぐに目をこすってそっぽを向いた。ちょっとした強がりだよ、あんまり顔を見ないで。
「な、なんでもないよっ」
「……授業始まるわよ」
「あ、うん……」
「具合でも悪いの?」
「そうでは、ないんだけどね……」
具合が悪くなりそうではある。
「あ、そう。一人になりたい?」
「そんなに気遣いしなくても、大丈夫だよ」
「本当に?」
「ああ、大丈夫大丈夫」
涙を拭って笑顔を見せておいた。
昨日のぐしゃぐしゃな顔よりはマシに見えるはずさ。
「……なら行きましょう。二年生の階で何してたのよ」
「その、ちょっとね……」
「ちょっとって何よ」
「先輩、探してて……君、知らない? 物見谷美菜って人なんだけど」
「さあ。知らないわよ、誰なの?」
「お世話になった……いや、なったというか、それはまだで……でも、文芸部を再建するには必要な人で……」
「一体何を言ってるの? 理解できないわね。ほら、行くわよ」
「うん……」
踵を返す彼女に、ついていく。
快活な足取りで行く彼女の背中を見ていると、その頼もしさは心細く弱っていった俺の心に少し光を見出させてくれた。
それから。
あまり心境的に授業なんて受ける気にはなれない俺は、折角だし先ずは身近なものから理解していこう――と、立ち振る舞った結果。
……原稿に書いている通りの行動をしてしまい、やはり肩パンを食らった。
まるで預言書だ、あの原稿は。
「――文弥」
「な、何かな?」
これまた原稿と同じ台詞を思わず放つ。
原稿通りに進むのならば続く彼女の台詞を、俺はもう知っている。
「ご飯、食べましょ」
おお……原稿に書いていた通りに話が進む。
少し先の未来が小説形式で書かれている原稿、か。一体何なんだこの原稿は。
「そうしよっか」
彼女の顔色を伺いつつ、そっと俺は席を立つ彼女の後ろをついていった。
午前中のほとんどを、現状の分析に費やしたが何がどうなってこうなったのかまったくをもって分からんの一言に尽きる。
過去に戻った、物語が現実になった、先輩が学校に存在していない、治世は冷たい性格になっているけれどそれでも可愛い、やっぱり俺の考えたヒロインは可愛い、うーん……可愛い。
結果的に、後半は治世の観察ばかりになった。
治世は性格以外の設定に関しては大きな変化はないようだ。
クラスメイトともそれなりに会話をしている、大体が話しかけられてばかりで自分から話しかけにいく事があまりないのは設定通り。
成績は優秀、先生の質問にも言葉を詰まらせずすらりと正解を答えていた。主人公よりも頭がよくて、というか学年で上位に入る頭脳の持ち主、これも設定通り。
身長は、俺より少し高い。
設定では彼女の身長は主人公とほぼ同じのはずだったんだが……。彼女の身長は何故か少し高く変更されている。どうして?
気付いた点はこれくらいだが、まだまだ彼女の観察は必要だ。
「文弥、今日も弁当よね?」
「あ、そうだった」
いかんいかん、忘れるところだった。
母さんの作ってくれた弁当をすぐさま回収、と。
「屋上で食べましょう」
「屋上で!?」
「大体いつもそうじゃない」
……ああ、と。
普通、学校の屋上はどこも大体が出入り禁止で、俺の母校もそうだった。
けれど俺の書いた物語では解放されている。
ベンチや花壇などもあり、小規模ながら屋上庭園として綺麗に整えられているはずだ。
「うぉぉ……意外としっかりした屋上庭園だねえ」
昔、こんな屋上だったらいいなと思って物語に書いた記憶がある。
そんなおぼろげな記憶が、こうしてはっきりと形になっているのを見ると、感動ものである。
心地よい風が頬を撫で、木々の香りが鼻孔をくすぐった。最高だ。
「何言ってるのよ、昨日も利用したばかりじゃないの」
「そ、そうだったね……」
「実は記憶喪失でした、とか言わないでしょうね」
「言わない言わない! ばっちり憶えてます!」
全てにおいて、懐かしさと新鮮さに見舞われている。
十年振りの高校生活というだけでも、ただでさえ楽しいというのに、俺の願望が所々に見られる物語が現実に混ざってきたとなると、尚更で。
「席を取られる前に座るわよ」
「はいよ」
早足で隅っこのベンチへ座り込む。
「よし、食べよう!」
「何か気合入ってるわね」
「いやあ母さんが作ってくれた弁当が楽しみで」
加えて、先輩以外で昼休みに女の子と一緒に食べるのは初めてだ。
とても嬉しい体験である。心はやや老いてはいるものの、嬉しいよこういうのは、本当に。こんな青春時代を送りたかった。だからこそ物語の主人公に、これでもかと味わわせたのだが、まさかそれが自分に返ってくるとはね。
……先輩がいたら、もっと嬉しかったし楽しかっただろうな。
先輩は、どこに消えてしまったんだ?
「楽しみ? 大好物でも入れてくれたの?」
「そんなとこ」
「いいわねえ、作ってもらえる上に大好物まで入れてくれるなんて」
「あっ……」
そうだ、治世の両親は……異能関係の争いによって、幼い頃に亡くなっているんだったよな……。
彼女の持っている弁当は自分で作ったものだ。
伯母の美耶子さんと生活しているとはいえほぼ一人暮らしと変わらない。
辛いというわけではないが、寂しさを何度か抱かせる生活――という設定にしている。
「ごめん……」
「気にしないで。私のほうこそ少し嫌味のある言い方だったわね、悪かったわ」
「君が謝らんでも!」
「そうね、そうよね。逆にお前に謝罪と賠償を要求するわ」
「賠償まで!?」
「冗談よ、食べましょう」
淡々としてるなあ、なんて思いながらも。
俺は弁当を膝の上に広げて歓喜の声を漏らすと同時に――
「お二方奇遇ですね。ご一緒しても?」
委員長が早速やってきた。
「悪いわね、このベンチは二人用よ」
某子供向け番組に出てくる奴の台詞を真似てるのかな治世は。
「ありゃ~? でもこうして詰めると、よいしょ、よいしょ」
「わっ、ちょ、ちょっと!?」
委員長は俺と肩や腰を密着させてはずりずりと詰めてくる。
そもそもこのベンチ、三人は余裕で座れる幅があるからそんな詰める必要もないのだが。
「ほら、座れました!」
「誰が座っていいと言ったのよ」
「いいですよね~? 文弥君」
「よ、よろしいです」
……朝に続いて、昼も両手に華、か。
主人公ってのは悪くないもんだねえ。男子の憧れるイベントが容易く訪れるのだから。
しかし何かと接触してくる委員長の様子からして……やっぱり敵で間違いないのかなぁ、間違いないよなあ。設定からして、そうだろうし。
敵じゃあなければ、折角のタイムリープ、高校生活を満喫する上で共に楽しく過ごしたいところだった。
「こうも雲一つない青空だと屋上で食べたくなりますね~」
「そうだねえ」
「昼休みとなるとお二人はよく一緒に教室を出て行きますがいつもここで?」
「そうよ、昔から昼はよく一緒に食べてたから高校に入っても習慣になってるだけで、これといった意味は無いわ」
頷いておこう。
「ありゃ~。仲がすごくよろしいんですねえ」
「そうかもしれないわね」
「そこはちゃんと認めておかない? 俺達、仲いいよね?」
設定的にも、そうであるはずなのだが。
「腐れ縁、腰ぎんちゃく、キーホルダー……」
「何故唐突にそんな単語を出してくるの!?」
キーホルダーは飽きられたらいつか交換されるんじゃないかな?
「嫌よ嫌よも好きのうちってやつですかね~」
「ええ、そうそう。そういう感じよ」
「感情の起伏なくさらっと言うのが気になるなあ」
あ、目を逸らした。
治世さん、こっち見てくれない? てか君が今食べてるそのミニハンバーグ、俺のじゃない?
「それよりお前、最近よく私達のとこに来るけど何なの?」
「クラスメイトと親睦を深めたいだけですよ~。あわよくばお二人とは良い友人関係を築きたいと思っておりますね」
「結構よ」
「ありゃ~、断られてしまいました。文弥君、どうか間に入って交渉してくれませんか?」
「やってみよう!」
「結構よ」
「委員長、失敗です」
「一筋縄ではいかないようですね~」
委員長と普通に話をする上では楽しいが、これも彼女が俺達の懐に入り込むための策略と思うと何とも複雑な気分だ。
「どこ行くの?」
「ト、トイレだよ」
「あ、そう」
素っ気ない返しだ。
治世は主人公を守るという使命があるために動向を確認しておかなくてはならないが、流石にこのちょっとした休み時間もべったりついてくるという事はないだろう。
教室を出ると、視線だけが追っているような気はしたが後ろにはついてきていない。
俺はそのまま先輩の教室へと向かった。
階段を下りて、二階のすぐ手前、五組と書かれたプレート、教室を見やり、記憶と光景を一致させる。
先輩の席には、誰も座っていない。
「あの、物見谷先輩を知りませんか?」
近くで談笑をしている女子生徒に声を掛けてみる。
高校時代であればきっと話しかける事すら勇気のいる行為であったが今の自分には何の支障もない。経験なら未来で培ってきた。
「え? 物見谷?」
「はい。たしか……あそこの席に座ってる人で……」
「他のクラスと勘違いしてない? うちのクラスには物見谷っていう名前の人はいないけど」
「えっ……?」
「それにあそこの席はほら、あいつだよ」
物見谷先輩の席に、別の男子生徒が座った。
まるでそこが自分の席かのように、座ったのだ。
「も、物見谷美菜……って人、本当に……知りませんか?」
「うちのクラスにいないのは確かだねえ」
「そう、ですか……」
俺が組を間違えたのか……?
念のために二年全ての教室へ訪れて同じ質問をしてみたが、ほぼ全て同じ返しをされた。
短い休み時間が終わりそうになり、それでも俺は諦めずに今度は廊下へやってきた先生達に片っ端から質問していった。
……結局、何の手がかりも得られず怒られて自分の教室への帰路についている。
結論、物見谷美菜という生徒はこの学校に存在しない。
あまりにも衝撃的な事実に、覚束ない足取りはよろめきを誘発させて、何とか壁に凭れて姿勢を保つ。
先輩に会えると思ったが、その希望は潰えてしまった。
……一体、どうしてこんな事が起きてるんだ?
俺の知る過去と違う、全然違う。
これまた、重大な疑問が増えたがそれよりも、先輩に会えないという事実に落ち込んだ。
正体不明の原稿まで現れて心細かった。
先輩と会うだけでもきっと、気力は十分に湧いてきたはずだった。それに……話したい事は、いっぱいあった。
先輩とはまだ会う前の時期だから、きっと何も分からないと思うけど。とにかく、会って話をしたかった。
また先輩を失ったかのような気分で、本当に辛い。
「――何してるの」
床に落としていた視線を、声のほうへと向ける。
「治世……」
彼女は眉間にしわを寄せて、腕を組んで立っていた。
俺を探していたのか……。
「泣いてたの?」
「え、あっいや……」
自分でも気が付かないうちに、少し泣いていたようだ。
先輩と二度目の別れを感じて、思わず涙が出てしまった。すぐに目をこすってそっぽを向いた。ちょっとした強がりだよ、あんまり顔を見ないで。
「な、なんでもないよっ」
「……授業始まるわよ」
「あ、うん……」
「具合でも悪いの?」
「そうでは、ないんだけどね……」
具合が悪くなりそうではある。
「あ、そう。一人になりたい?」
「そんなに気遣いしなくても、大丈夫だよ」
「本当に?」
「ああ、大丈夫大丈夫」
涙を拭って笑顔を見せておいた。
昨日のぐしゃぐしゃな顔よりはマシに見えるはずさ。
「……なら行きましょう。二年生の階で何してたのよ」
「その、ちょっとね……」
「ちょっとって何よ」
「先輩、探してて……君、知らない? 物見谷美菜って人なんだけど」
「さあ。知らないわよ、誰なの?」
「お世話になった……いや、なったというか、それはまだで……でも、文芸部を再建するには必要な人で……」
「一体何を言ってるの? 理解できないわね。ほら、行くわよ」
「うん……」
踵を返す彼女に、ついていく。
快活な足取りで行く彼女の背中を見ていると、その頼もしさは心細く弱っていった俺の心に少し光を見出させてくれた。
それから。
あまり心境的に授業なんて受ける気にはなれない俺は、折角だし先ずは身近なものから理解していこう――と、立ち振る舞った結果。
……原稿に書いている通りの行動をしてしまい、やはり肩パンを食らった。
まるで預言書だ、あの原稿は。
「――文弥」
「な、何かな?」
これまた原稿と同じ台詞を思わず放つ。
原稿通りに進むのならば続く彼女の台詞を、俺はもう知っている。
「ご飯、食べましょ」
おお……原稿に書いていた通りに話が進む。
少し先の未来が小説形式で書かれている原稿、か。一体何なんだこの原稿は。
「そうしよっか」
彼女の顔色を伺いつつ、そっと俺は席を立つ彼女の後ろをついていった。
午前中のほとんどを、現状の分析に費やしたが何がどうなってこうなったのかまったくをもって分からんの一言に尽きる。
過去に戻った、物語が現実になった、先輩が学校に存在していない、治世は冷たい性格になっているけれどそれでも可愛い、やっぱり俺の考えたヒロインは可愛い、うーん……可愛い。
結果的に、後半は治世の観察ばかりになった。
治世は性格以外の設定に関しては大きな変化はないようだ。
クラスメイトともそれなりに会話をしている、大体が話しかけられてばかりで自分から話しかけにいく事があまりないのは設定通り。
成績は優秀、先生の質問にも言葉を詰まらせずすらりと正解を答えていた。主人公よりも頭がよくて、というか学年で上位に入る頭脳の持ち主、これも設定通り。
身長は、俺より少し高い。
設定では彼女の身長は主人公とほぼ同じのはずだったんだが……。彼女の身長は何故か少し高く変更されている。どうして?
気付いた点はこれくらいだが、まだまだ彼女の観察は必要だ。
「文弥、今日も弁当よね?」
「あ、そうだった」
いかんいかん、忘れるところだった。
母さんの作ってくれた弁当をすぐさま回収、と。
「屋上で食べましょう」
「屋上で!?」
「大体いつもそうじゃない」
……ああ、と。
普通、学校の屋上はどこも大体が出入り禁止で、俺の母校もそうだった。
けれど俺の書いた物語では解放されている。
ベンチや花壇などもあり、小規模ながら屋上庭園として綺麗に整えられているはずだ。
「うぉぉ……意外としっかりした屋上庭園だねえ」
昔、こんな屋上だったらいいなと思って物語に書いた記憶がある。
そんなおぼろげな記憶が、こうしてはっきりと形になっているのを見ると、感動ものである。
心地よい風が頬を撫で、木々の香りが鼻孔をくすぐった。最高だ。
「何言ってるのよ、昨日も利用したばかりじゃないの」
「そ、そうだったね……」
「実は記憶喪失でした、とか言わないでしょうね」
「言わない言わない! ばっちり憶えてます!」
全てにおいて、懐かしさと新鮮さに見舞われている。
十年振りの高校生活というだけでも、ただでさえ楽しいというのに、俺の願望が所々に見られる物語が現実に混ざってきたとなると、尚更で。
「席を取られる前に座るわよ」
「はいよ」
早足で隅っこのベンチへ座り込む。
「よし、食べよう!」
「何か気合入ってるわね」
「いやあ母さんが作ってくれた弁当が楽しみで」
加えて、先輩以外で昼休みに女の子と一緒に食べるのは初めてだ。
とても嬉しい体験である。心はやや老いてはいるものの、嬉しいよこういうのは、本当に。こんな青春時代を送りたかった。だからこそ物語の主人公に、これでもかと味わわせたのだが、まさかそれが自分に返ってくるとはね。
……先輩がいたら、もっと嬉しかったし楽しかっただろうな。
先輩は、どこに消えてしまったんだ?
「楽しみ? 大好物でも入れてくれたの?」
「そんなとこ」
「いいわねえ、作ってもらえる上に大好物まで入れてくれるなんて」
「あっ……」
そうだ、治世の両親は……異能関係の争いによって、幼い頃に亡くなっているんだったよな……。
彼女の持っている弁当は自分で作ったものだ。
伯母の美耶子さんと生活しているとはいえほぼ一人暮らしと変わらない。
辛いというわけではないが、寂しさを何度か抱かせる生活――という設定にしている。
「ごめん……」
「気にしないで。私のほうこそ少し嫌味のある言い方だったわね、悪かったわ」
「君が謝らんでも!」
「そうね、そうよね。逆にお前に謝罪と賠償を要求するわ」
「賠償まで!?」
「冗談よ、食べましょう」
淡々としてるなあ、なんて思いながらも。
俺は弁当を膝の上に広げて歓喜の声を漏らすと同時に――
「お二方奇遇ですね。ご一緒しても?」
委員長が早速やってきた。
「悪いわね、このベンチは二人用よ」
某子供向け番組に出てくる奴の台詞を真似てるのかな治世は。
「ありゃ~? でもこうして詰めると、よいしょ、よいしょ」
「わっ、ちょ、ちょっと!?」
委員長は俺と肩や腰を密着させてはずりずりと詰めてくる。
そもそもこのベンチ、三人は余裕で座れる幅があるからそんな詰める必要もないのだが。
「ほら、座れました!」
「誰が座っていいと言ったのよ」
「いいですよね~? 文弥君」
「よ、よろしいです」
……朝に続いて、昼も両手に華、か。
主人公ってのは悪くないもんだねえ。男子の憧れるイベントが容易く訪れるのだから。
しかし何かと接触してくる委員長の様子からして……やっぱり敵で間違いないのかなぁ、間違いないよなあ。設定からして、そうだろうし。
敵じゃあなければ、折角のタイムリープ、高校生活を満喫する上で共に楽しく過ごしたいところだった。
「こうも雲一つない青空だと屋上で食べたくなりますね~」
「そうだねえ」
「昼休みとなるとお二人はよく一緒に教室を出て行きますがいつもここで?」
「そうよ、昔から昼はよく一緒に食べてたから高校に入っても習慣になってるだけで、これといった意味は無いわ」
頷いておこう。
「ありゃ~。仲がすごくよろしいんですねえ」
「そうかもしれないわね」
「そこはちゃんと認めておかない? 俺達、仲いいよね?」
設定的にも、そうであるはずなのだが。
「腐れ縁、腰ぎんちゃく、キーホルダー……」
「何故唐突にそんな単語を出してくるの!?」
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「嫌よ嫌よも好きのうちってやつですかね~」
「ええ、そうそう。そういう感じよ」
「感情の起伏なくさらっと言うのが気になるなあ」
あ、目を逸らした。
治世さん、こっち見てくれない? てか君が今食べてるそのミニハンバーグ、俺のじゃない?
「それよりお前、最近よく私達のとこに来るけど何なの?」
「クラスメイトと親睦を深めたいだけですよ~。あわよくばお二人とは良い友人関係を築きたいと思っておりますね」
「結構よ」
「ありゃ~、断られてしまいました。文弥君、どうか間に入って交渉してくれませんか?」
「やってみよう!」
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