ある日突然タイムリープしてしまった社畜、自分の書いた物語が現実となった過去をやり直す。

智恵 理陀

文字の大きさ
10 / 34

010 様子見

しおりを挟む
 一日が経過した。
 懐かしい天井から始まった朝は、タイムリープが夢ではなかったと実感する。
 妹の――昨日から、妹となった灯花のダイブによって、タイムリープした上に俺の書いた物語が混ざってしまっているという不可解な現象も夢ではなかったと、また実感した。
 疲れの残った寝不足気味な朝を迎える事は暫くないだろう。高校生が残業をする事などないからね。
 ドタバタとした朝も訪れないし満員電車に揺られる事もないだろう、今は高校生だからね。
 タイムリープ、万歳。

「朝か……」

 目が覚めて、窓の外を見やった。清々しいほどの快晴だ、頬も緩んでいく。
 まだうまく回転していない思考ながら、冷静に考える。

「全然違う、過去になっちまったなあ……」

 世の中小説よりも奇だねえほんと。
 朝の食卓は実に賑やかで、家を出ると幼馴染が待っていて、学校に行けば優しく接してくれる委員長(敵だけどね)や、気軽に話しかけてくれるクラスメイトもいるときた。
 主人公っていうのは……悪くない。
 悪くはないけど……物見谷先輩はどうしてか学校にはいない事になっていたのを思い出すとやはりへこむ。
 何より……敵がいるとなると、第二の高校生活を謳歌するわけにもいかないのがちょっとした悩みだね。
 ちょっとした? うーん、ちょっとしたで済ませられるのかなこれは。
 灯花を見送った事だし、そろそろその辺の話をしますかい? 治世さん。
 そんな問いを込めた視線を送ってみる。

「昨日はよく眠れた?」
「うん……それなりに」
「あ、そう。お前の事だから敵に怯えて布団の中で丸くなって震えてたかと思ったわ」
「あんまり俺を見縊らないでもらいたいなあ」
「朝から面白い事言わないで」
「えっ? 俺今面白い事言った!?」
「それより今日の放課後、予定空いてる?」

 さらっと流された。
 別にいいけどさ。

「空いてるよ」
「なら美耶子さんのとこに行くわよ」

 その展開までの過程は大きく変わってしまったが、治世の叔母――美耶子さんと話をするのは物語通りだ。
 ある程度展開を変えても本来向かうべき展開にはちゃんと繋がっていくんだな。
 どれだけ俺という船が勝手に動こうとも、結局操舵手に調整されてしまっているような状態だとしたら、どうにかして舵をとりたいが。

「み、美耶子さんは、何か言ってた?」
「特には。ただ、お前が異能関係について知っていたのは驚いてたわ」
「そうだよねえ……」
「まだ他に隠してる事ある?」
「な、ないよ……?」
「本当に?」

 治世は訝しげに俺の顔を覗きこんでくる。

「ほ、本当だよ!」
「嘘くさいわね」
「そんな事、ないよ?」

 我ながら嘘をつくのが実に下手だな。
 目も泳ぐだけ泳いでいて動揺を隠せていない。
 流石に何か感づかれたかもしれない。

「……あ、そう。それなら、いいけど」

 案の定、彼女は眉間にしわを刻んで不機嫌さを表した。
 どうせ喋らないとみてか、更なる追及はしてこなかったが、それはそれで心臓が少し締め付けられる気分。罪悪感ってやつかこれは。

「委員長は何とかしないといけないわね」
「何とかっていうと?」
「拉致して拷問して情報を引き出そうと思うのだけど、どうかしら?」
「やけに物騒だね!?」
「当然よ、命を賭けた戦いになるのだから、それ相応に私達も対応するべきでしょう?」

 それにしては過激すぎやしないかな?
 どうかもう少し穏便に済ませたいものだが、命のやり取りをするかもしれない争いで穏便というのは甘い考えなのかもしれない。
 俺なりに出来る事はしよう、過激な方向へいかないためにも。
 言葉を選んで、調整するんだ。

「あ、あんまり急ぐ必要はないんじゃないかな!? 昨日も言ったけど委員長とラトタタは情報共有できてないから、俺達については知らないわけだし」
「それもそうだけど、敵には変わりないわ」
「でも自分達から正体を知ってると暴露してこっちから仕掛けるというのはどうなのかなぁって……」
「慎重に行動すべき、と?」
「そ、そういう事!」

 敵とはいえ、できれば委員長とは穏便なルートに入ってもらいたいところだ。
 しかも性格が変更された治世はなんというか、過激だ。このままだとただの人間でしかない委員長は相当痛い目に遭う。それはちょっと、避けたいよ。

「……そうね。異能教全体を探るためにも、委員長は暫く泳がせておこうかしら。思わぬ情報が手に入るかもしれないし。美耶子さんにもそう伝えておくわね」
「了解!」

 心の中で、ほっと胸を撫で下ろした。

「当然、委員長と二人での行動は避けて頂戴」
「努力するよ……」

 委員長から何かしら誘いや二人きりになれるよう仕向けてはくるが、回避できるのならやってみよう。
 ラトタタの時のように原稿の書き手が敵を誘導してくる可能性もあるから難しいかもしれないが。

「一応準備はしておいてるから、何かあったら言いなさい」
「どんな準備?」
「委員長が妙な動きを少しでも見せてきたら、これを使って拘束しようとか思ってたの」

 鞄から何やら取り出してきた。
 見覚えがあるぞそのフォルム。実際に見るのは初めてだが……本物だろうか?

「これは?」

 一応、聞いてみよう。

「スタンガンよ」
「スタンガン」

 実物、初めて見たよ。

「手錠も入ってるわ」
「手錠」

 拘束する道具は他にもあるとは思うのだがどうしてそれを選んだのだろう。

「メリケンサックもあるわ」
「メリケンサック」

 どう反応していいのか分からず、彼女の言葉を反芻するしかなかった。
 一つ一つご丁寧に見せてくるが、早くしまってくれないかな。
 誰かに見られでもしたら大変だよ。そんな物騒なもの持ち歩くような設定にした憶えはないんだがなあ。

「ただの人間ならこれくらいあれば心配ないでしょ」
「俺はその垣間見る闇を持つ君が心配だよ」
「安心して、人を殺すような事はしないから。まだ」
「まだってつけないでもらえる?」

 口角は吊り上げても目だけは笑ってない。ねえ治世……その笑顔、とっても怖いよ。

「あれから新たな原稿は見つかった?」
「いいや、一度も」
「そう簡単には出してこないのかしら」
「どうなんだろうね?」

 あの原稿は、謎が残るばかりだ。
 教室に到着し、入る前に一度扉の窓から室内を確認。
 委員長は……いるな。クラスメイトと談笑しているが、いつでも俺達が来たら話しかけられる位置に立っているな。

「……いつも通りの委員長ね」
「ああ、けれど虫の事件があったからラトタタがこの街に来てるのは薄々感づいてるはずだ」
「妙な動きを見せたら、半殺しにしておくわ」
「そ、それはやめて……」
「お前を守るためよ」
「そう言われると、なんとも言えないな……。ゆっくり学校生活を楽しみませんか?」
「楽しむわけないでしょ、敵が近くにいるのよ」
「ですよね……」

 原稿の書き手はどう動くか。
 委員長にまで原稿を渡してこちらの情報を教えられでもしたら、異能教側はすぐに行動するだろう。
 ただ、動くとしてももし書き手側が物語の構成や展開を意識しているのであれば――物語の展開からしてこんな序盤ではなく、終盤に持っていくと思うのだが、どうだろう?
 俺としては怒涛の展開なんて望んでもいないからどうか抑えてもらいたいが。
 原稿の登場するタイミング的に、なんというか、空気を読む……という感じはある。
 俺が展開を飛ばそうとしたからラトタタに原稿を渡して引き合わせたふうに感じられるし、原稿の書き手は、ちゃんと展開を意識している。話を妙に加速させたり引っ掻き回したりはしないはずだ。
 ……しないと、願いたい。

「でも、警戒しすぎかしら。考えてみれば委員長も、異能の力を持たないから異能教の下っ端のはずだし」

 異能教での地位は異能持ち重視、異能を持たない者はよほど有能でなければ上には上がれない。
 委員長はというと、有能の中に入る人物だ。

「頭の切れる子だから油断は禁物だよ」
「ふーん……彼女の事、詳しいわね」
「そ、それほどでも……」
「あ、そう。行きましょ」

 なんか冷たい。
 もしかして嫉妬心があったりします? あ、聞いたら絶対これ肩パンされるやつだ、やめておこう。
 しかしながら、十年振りの学校生活というのは心躍るもののクラスでは意外と気が休まらない。
 俗に言う、気疲れというやつ。
 クラスメイトの何人かは親しげに話しかけてはきてくれるものの、こっちは今まで話した事もないもんだから戸惑うばかりだ。
 治世であれば俺の考えた登場人物ってのもあってそれなりにはなんとか接していられているが、他のクラスメイトとは様々な世間話が飛び込んできて話を合わせていくのが中々難しい。
 けれども、楽しいね。徐々に慣らしていくとしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました

ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」 優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。 ――僕には才能がなかった。 打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...