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第一章
第二話.例の箱
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ふと久理子は俺に顔を近づけてはくんくんと匂いを嗅ぎだした。
「なんだかきみから香ばしい匂いがするっ」
「あー……朝から姿揚げを食べたからな」
「姿揚げ⁉」
「そう。怪異の姿揚げ」
「怪異の⁉」
「美味かった」
「へー、食べてみたかったなあ」
「また見かけて捕らえたら作ってやるよ」
「やった。わたしも探してみるね!」
「ああ、これくらい――十センチくらいの大きさで、全身にいくつか棘がついててよ。緑の胴体に赤い波の模様があって、紫のひれがついてる魚だ」
手で大きさを示しておく。野球ボール二個分ってとこ。
ふんふんと大人しく聞いては、彼女は顎に指を当てて思考を巡らせていた。魚の怪異を脳内でイメージしているのだろう。
「捕まえたら料理をお願いねっ。わたしはご存じの通り、料理に関してはてんで駄目なもんで」
「料理はできるようになると便利だぞ」
「料理ができる人が身近にいればそれでいいと思わないかね、冬弥くん」
「いやよくないんじゃないかな、久理子さん」
「ですよね」
料理はできるにこしたことはないぜ。
「ま、それは置いといて」
「置いとくの?」
「もし見つけたときにはその料理の腕を存分に振るってちょーだいな!」
「おう。でも気をつけろよ、お前は怪異が普通に見えるんだ、悪い怪異はお前が見えてると分かれば危害を加えてくるかもしれないからな」
「うん、気を付けるっ」
笑顔で彼女はそう答えた。
まったく、もっと怪異に対しては危機感を抱いてもらいたいものだね。
「そういえば……気づかないうちに身近に潜り込んでくる怪異が一番危険、だったかな。じいちゃんの教えだ」
「ふーん」
「何か少しでも変なことがあったら俺に言うんだぞ」
「あいあいさ~」
呑気なやつだ。
でも久理子は意外としっかりしているから大丈夫だろう。
「ふと思ったんだけど、怪異ってどうやって生まれてくるのかなー?」
「んーと、じいちゃん曰く……確か、自然と生まれてくるものもあれば信仰によって生まれてくるものもあって、人の様々な思いや強い感情でも生まれてくる時がある、とか」
「強い感情?」
「憎悪だったり、愛情だったり、かな」
「なるほど」
「だから人間がいる限り怪異は常に生まれてくるし、死んだら怪異になるっていうのもある、まあ……様々っつーこった」
「なるほどなるほど」
そう。怪異は様々な理由で生まれてくる。
中には悪い怪異なんかも当然生まれてくるわけで、そういうのは兎に角俺の胃袋に放り込んでいる。
だけどきりがない。この世から怪異が消え失せることはないと思う。
「冬弥は今日も弁当?」
「ああ、弁当だよ。俺お手製のな」
「毎日よく続くねえ」
「朝食作るついでみたいなもんだしな」
「たまにはお母さんに作ってもらったら?」
「母さんは仕事で疲れてると思うと、作ってもらうなんて恐れ多くてな……」
「冬弥はしっかりしてるねえ」
「別に俺はしっかりなんてしてないよ。俺はただ趣味を実行しているだけだ」
「そっか。ふふっ」
「なんだよ」
「んんー、なんでもないよ」
どこか意味ありげな笑顔を浮かべる久理子。
「なんだよなんだよー。意味深な笑顔浮かべて~、このやろ~、おりゃおりゃ!」
「わひゃっ! 脇をくすぐるのやめてぇー!」
今日も楽しい朝を迎えて歩数を進める。
ふととある通りへとたどり着いた。
人通りの少ない、どこの住宅街でも見られる普通の通り――だが、記憶が掘り起される。数日前の、記憶が。
道路の端を見やる。
確か、この辺だったな、と。
「……なあ、うちのクラスにさ、小鳥遊葵っているんだけど、知ってる?」
「知ってるよ。そもそも彼女とは友人関係だい」
「そうなのか?」
「そうなのだ~!」
誇らしげに言う。
むふーっと、やや強めの鼻息。
「実は学校裏の花壇で花の手入れをしていたところ知り合ったんだよね、葵も花が好きなんだよ」
「へぇ。お前、花の手入れとかするのか」
「するんだなー、これが」
そういえば、久理子は花が好きだった気がする。
休み時間や放課後に久理子の姿が時々見えなくなるのは、花壇へ行っていたからであろうか。
「葵は男子の中で人気なんだよね、モテモテだー」
「ん……確かに可愛いしな」
「おうちもね、結構大きくて、そう――お嬢様なのだよ彼女は」
「お嬢様ねえ?」
清楚で、育ちの良さそうな雰囲気を彼女は元々持ち合わせていた。
お嬢様か、納得。しかしそれとは別に、どこか魅力を感じてしまう。なんだろう、この感覚は。彼女に惹かれているのか俺は。
「それで、その葵がどうかしたのかいー?」
「いや、な……数日前に小鳥遊さんを見かけてよ」
「ふんふん、そこで恋に落ちたと」
「いや違うんだが」
「では溝に落ちたというわけかな、故意に」
「違う違う。どうしてそうなるんだ」
「となると、彼女の話を突然持ち出したということは――もしかして……」
久理子は少しだけ間を置いた。
はたして今のやり取りは消去法で何か答えに結びついたのだろうか。
俺を見ては、少しだけ何やら考えて、ようやく口を開く。
「例の箱を、見たのかな?」
「……ああ、そうだ」
結びついたようだ。
――例の箱。
あの箱に違いない。
数日前にその箱を持った彼女を目撃したのは、数メートル先のところだ。
その場所まで辿り着き、少しだけ立ち止まり見やる。道路の端にはうっすらと血痕が残っていた。
「箱のことを知ってるってことは、お前も小鳥遊が例の箱を使って何かやってるところを見たのか?」
「うん、見たよ。冬弥に相談しようか悩んでたんだよね~」
再び足を進める、そんでもって、周囲をちらちらと見てまわる。
数日前の猫がいやしないかと、探してみているのだ。
「葵ね、お母さんが病気らしくてさ。それも難病、だとか」
「それは大変だな……」
「うん、けれども、あれはえーっと、九日ほど前のことなんだけど……病院の前で彼女……あの箱を取り出して祈っているところを見てね」
「ほう、それで?」
「なんというか、葵のお母さん、数日後にはケロっと――というか……治っちゃったらしいんだ」
「治ったのか……」
「それ自体は喜ばしいことなんだけどねー」
「ん、そうだな」
しかし、それまでの過程に疑問が残る。
難病が普通はそうも容易く治るものだろうか。
何か治療法が見つかったとかならまだしも。
やはり、あの箱。
あの箱が、何かしら関わっているに違いない。
「ただ……その後、葵は具合悪そうにしてて……。大丈夫かな、いや、大丈夫じゃないよね」
俺が見た時もあの箱に祈った後は具合が悪そうだった。
絶対に……大丈夫ではない。
「例の箱、葵に聞いてもはぐらかされるだけで答えてくれなくてさ。やっぱりあの箱、何かあるよね」
「何かあるとしか言いようがないな」
ふと左手側の塀に目がいく。
塀の短い横幅ながら器用に塀の上で寝そべっている猫がいた。
「この猫……」
「おや、可愛い猫、野良かな?」
「首輪はついてないな」
「じゃあ野良だ、ふふっ、寝てる~」
黒と茶の毛色、口のあたりにはうっすらとだが血の跡のようなものがついていた。
やはり、小鳥遊さんが箱を使って治したあの野良猫だ。
久理子はそっと近づいて優しく野良猫の背中を撫で始めた。
野良猫は目を開けるも眠そうに瞬きしていた。生きている、ちゃんと、生きている。
「この猫なんだけど――」
彼女に俺が数日前に見たものを説明する。
あの不可解な、一連の出来事を。
「――へえ、この猫が」
「ああ、この猫がだ」
「ちゃんと生きてるね」
「ああ、生きてるな」
つーか猫って可愛いな。
俺も撫でよう。嗚呼……日光を浴びてほどよくぬくぬくになったこの肌触り……たまらんね。
しばらく撫でていると野良猫は撫でられるのが煩わしくなったのか、あくびをしては背伸びして、たたたっと塀の上を駆けていってしまった。
「元気な猫ちゃんだ~。葵の持っていたあの箱がちゃんと治したとみてよさそうだね」
「ああ……」
さあ、行こうか、と学校のほうへと足を向けて再び歩き出す。
本当にあの猫、ちゃんと元気だよなと、最後に一度だけ振り向いて野良猫の後姿を確認した。うん、元気だ。
「あの箱、なんだと思う?」
「さあな。少なくとも……怪異が絡んでるんじゃないかな。箱の所持者の願いを叶える、怪異……だとは思うけど」
「ただ願いが叶うだけならいいけど、願いが叶うたびに葵の体を蝕んでるのだとしたら……」
「放ってはおけないな」
「ねえねえ冬弥よ、そこで相談なのだがー」
「箱について調べて、怪異を祓ってくれ――ってところか?」
「そそ」
久理子はにんまりと笑顔を浮かべて頷いた。
こいつはいつもそうだ。怪異関連で解決してほしい案件はこうして俺を頼ってくる。頼られるのは別に悪い気はしないけどね。ふふんっ。
「うーん、あの箱を直接調べさせてもらえるかな……?」
「どうだろう? あんまり見せたがらないから、もしかしたら見せてもらえないかも?」
「なら、ちょいと盗んでみるか……?」
「ええー⁉ 盗むのー⁉ でも葵は学校についたらあの箱が入った鞄はいつもロッカーに入れて鍵かけてるよ?」
「むぅ……それなら、盗むのは難しいな」
「それに休み時間となると何度かロッカーをチェックしてるようだから、仮に盗めたとしてもすぐバレちゃうんじゃないかな?」
「そうか、そいつは困ったな」
やれやれ、早速行き詰まってしまった。
ため息を空へと溶かしていく。あー今日もいい天気。
「とりあえず今は……観察しようかね、お願いしたらすんなりと見せてくれるかもしれないし。時間がある時にでもじいちゃんに箱のこと聞いてみるか」
「よろしくねー。冬弥、愛してるぜ!」
「俺も愛してるぜ!」
愛してるの安売りである。
「にしても、願いを叶えるとなるとよほどの呪力を持っているだろうし、もし食べられる怪異だったら……これは期待したいところだな」
「どんな怪異だろうね?」
「願わくば動物系がいいな。人型系ならまず食えないしそもそも食いたくない。あと動物系はやっぱり、美味い」
「冬弥は怪異食に関しては熱心だねぇ」
「美味いものには貪欲だぜ」
俺の趣味でもあるしな。
やはり美味いものはとことん追求していきたい。
「なんだかきみから香ばしい匂いがするっ」
「あー……朝から姿揚げを食べたからな」
「姿揚げ⁉」
「そう。怪異の姿揚げ」
「怪異の⁉」
「美味かった」
「へー、食べてみたかったなあ」
「また見かけて捕らえたら作ってやるよ」
「やった。わたしも探してみるね!」
「ああ、これくらい――十センチくらいの大きさで、全身にいくつか棘がついててよ。緑の胴体に赤い波の模様があって、紫のひれがついてる魚だ」
手で大きさを示しておく。野球ボール二個分ってとこ。
ふんふんと大人しく聞いては、彼女は顎に指を当てて思考を巡らせていた。魚の怪異を脳内でイメージしているのだろう。
「捕まえたら料理をお願いねっ。わたしはご存じの通り、料理に関してはてんで駄目なもんで」
「料理はできるようになると便利だぞ」
「料理ができる人が身近にいればそれでいいと思わないかね、冬弥くん」
「いやよくないんじゃないかな、久理子さん」
「ですよね」
料理はできるにこしたことはないぜ。
「ま、それは置いといて」
「置いとくの?」
「もし見つけたときにはその料理の腕を存分に振るってちょーだいな!」
「おう。でも気をつけろよ、お前は怪異が普通に見えるんだ、悪い怪異はお前が見えてると分かれば危害を加えてくるかもしれないからな」
「うん、気を付けるっ」
笑顔で彼女はそう答えた。
まったく、もっと怪異に対しては危機感を抱いてもらいたいものだね。
「そういえば……気づかないうちに身近に潜り込んでくる怪異が一番危険、だったかな。じいちゃんの教えだ」
「ふーん」
「何か少しでも変なことがあったら俺に言うんだぞ」
「あいあいさ~」
呑気なやつだ。
でも久理子は意外としっかりしているから大丈夫だろう。
「ふと思ったんだけど、怪異ってどうやって生まれてくるのかなー?」
「んーと、じいちゃん曰く……確か、自然と生まれてくるものもあれば信仰によって生まれてくるものもあって、人の様々な思いや強い感情でも生まれてくる時がある、とか」
「強い感情?」
「憎悪だったり、愛情だったり、かな」
「なるほど」
「だから人間がいる限り怪異は常に生まれてくるし、死んだら怪異になるっていうのもある、まあ……様々っつーこった」
「なるほどなるほど」
そう。怪異は様々な理由で生まれてくる。
中には悪い怪異なんかも当然生まれてくるわけで、そういうのは兎に角俺の胃袋に放り込んでいる。
だけどきりがない。この世から怪異が消え失せることはないと思う。
「冬弥は今日も弁当?」
「ああ、弁当だよ。俺お手製のな」
「毎日よく続くねえ」
「朝食作るついでみたいなもんだしな」
「たまにはお母さんに作ってもらったら?」
「母さんは仕事で疲れてると思うと、作ってもらうなんて恐れ多くてな……」
「冬弥はしっかりしてるねえ」
「別に俺はしっかりなんてしてないよ。俺はただ趣味を実行しているだけだ」
「そっか。ふふっ」
「なんだよ」
「んんー、なんでもないよ」
どこか意味ありげな笑顔を浮かべる久理子。
「なんだよなんだよー。意味深な笑顔浮かべて~、このやろ~、おりゃおりゃ!」
「わひゃっ! 脇をくすぐるのやめてぇー!」
今日も楽しい朝を迎えて歩数を進める。
ふととある通りへとたどり着いた。
人通りの少ない、どこの住宅街でも見られる普通の通り――だが、記憶が掘り起される。数日前の、記憶が。
道路の端を見やる。
確か、この辺だったな、と。
「……なあ、うちのクラスにさ、小鳥遊葵っているんだけど、知ってる?」
「知ってるよ。そもそも彼女とは友人関係だい」
「そうなのか?」
「そうなのだ~!」
誇らしげに言う。
むふーっと、やや強めの鼻息。
「実は学校裏の花壇で花の手入れをしていたところ知り合ったんだよね、葵も花が好きなんだよ」
「へぇ。お前、花の手入れとかするのか」
「するんだなー、これが」
そういえば、久理子は花が好きだった気がする。
休み時間や放課後に久理子の姿が時々見えなくなるのは、花壇へ行っていたからであろうか。
「葵は男子の中で人気なんだよね、モテモテだー」
「ん……確かに可愛いしな」
「おうちもね、結構大きくて、そう――お嬢様なのだよ彼女は」
「お嬢様ねえ?」
清楚で、育ちの良さそうな雰囲気を彼女は元々持ち合わせていた。
お嬢様か、納得。しかしそれとは別に、どこか魅力を感じてしまう。なんだろう、この感覚は。彼女に惹かれているのか俺は。
「それで、その葵がどうかしたのかいー?」
「いや、な……数日前に小鳥遊さんを見かけてよ」
「ふんふん、そこで恋に落ちたと」
「いや違うんだが」
「では溝に落ちたというわけかな、故意に」
「違う違う。どうしてそうなるんだ」
「となると、彼女の話を突然持ち出したということは――もしかして……」
久理子は少しだけ間を置いた。
はたして今のやり取りは消去法で何か答えに結びついたのだろうか。
俺を見ては、少しだけ何やら考えて、ようやく口を開く。
「例の箱を、見たのかな?」
「……ああ、そうだ」
結びついたようだ。
――例の箱。
あの箱に違いない。
数日前にその箱を持った彼女を目撃したのは、数メートル先のところだ。
その場所まで辿り着き、少しだけ立ち止まり見やる。道路の端にはうっすらと血痕が残っていた。
「箱のことを知ってるってことは、お前も小鳥遊が例の箱を使って何かやってるところを見たのか?」
「うん、見たよ。冬弥に相談しようか悩んでたんだよね~」
再び足を進める、そんでもって、周囲をちらちらと見てまわる。
数日前の猫がいやしないかと、探してみているのだ。
「葵ね、お母さんが病気らしくてさ。それも難病、だとか」
「それは大変だな……」
「うん、けれども、あれはえーっと、九日ほど前のことなんだけど……病院の前で彼女……あの箱を取り出して祈っているところを見てね」
「ほう、それで?」
「なんというか、葵のお母さん、数日後にはケロっと――というか……治っちゃったらしいんだ」
「治ったのか……」
「それ自体は喜ばしいことなんだけどねー」
「ん、そうだな」
しかし、それまでの過程に疑問が残る。
難病が普通はそうも容易く治るものだろうか。
何か治療法が見つかったとかならまだしも。
やはり、あの箱。
あの箱が、何かしら関わっているに違いない。
「ただ……その後、葵は具合悪そうにしてて……。大丈夫かな、いや、大丈夫じゃないよね」
俺が見た時もあの箱に祈った後は具合が悪そうだった。
絶対に……大丈夫ではない。
「例の箱、葵に聞いてもはぐらかされるだけで答えてくれなくてさ。やっぱりあの箱、何かあるよね」
「何かあるとしか言いようがないな」
ふと左手側の塀に目がいく。
塀の短い横幅ながら器用に塀の上で寝そべっている猫がいた。
「この猫……」
「おや、可愛い猫、野良かな?」
「首輪はついてないな」
「じゃあ野良だ、ふふっ、寝てる~」
黒と茶の毛色、口のあたりにはうっすらとだが血の跡のようなものがついていた。
やはり、小鳥遊さんが箱を使って治したあの野良猫だ。
久理子はそっと近づいて優しく野良猫の背中を撫で始めた。
野良猫は目を開けるも眠そうに瞬きしていた。生きている、ちゃんと、生きている。
「この猫なんだけど――」
彼女に俺が数日前に見たものを説明する。
あの不可解な、一連の出来事を。
「――へえ、この猫が」
「ああ、この猫がだ」
「ちゃんと生きてるね」
「ああ、生きてるな」
つーか猫って可愛いな。
俺も撫でよう。嗚呼……日光を浴びてほどよくぬくぬくになったこの肌触り……たまらんね。
しばらく撫でていると野良猫は撫でられるのが煩わしくなったのか、あくびをしては背伸びして、たたたっと塀の上を駆けていってしまった。
「元気な猫ちゃんだ~。葵の持っていたあの箱がちゃんと治したとみてよさそうだね」
「ああ……」
さあ、行こうか、と学校のほうへと足を向けて再び歩き出す。
本当にあの猫、ちゃんと元気だよなと、最後に一度だけ振り向いて野良猫の後姿を確認した。うん、元気だ。
「あの箱、なんだと思う?」
「さあな。少なくとも……怪異が絡んでるんじゃないかな。箱の所持者の願いを叶える、怪異……だとは思うけど」
「ただ願いが叶うだけならいいけど、願いが叶うたびに葵の体を蝕んでるのだとしたら……」
「放ってはおけないな」
「ねえねえ冬弥よ、そこで相談なのだがー」
「箱について調べて、怪異を祓ってくれ――ってところか?」
「そそ」
久理子はにんまりと笑顔を浮かべて頷いた。
こいつはいつもそうだ。怪異関連で解決してほしい案件はこうして俺を頼ってくる。頼られるのは別に悪い気はしないけどね。ふふんっ。
「うーん、あの箱を直接調べさせてもらえるかな……?」
「どうだろう? あんまり見せたがらないから、もしかしたら見せてもらえないかも?」
「なら、ちょいと盗んでみるか……?」
「ええー⁉ 盗むのー⁉ でも葵は学校についたらあの箱が入った鞄はいつもロッカーに入れて鍵かけてるよ?」
「むぅ……それなら、盗むのは難しいな」
「それに休み時間となると何度かロッカーをチェックしてるようだから、仮に盗めたとしてもすぐバレちゃうんじゃないかな?」
「そうか、そいつは困ったな」
やれやれ、早速行き詰まってしまった。
ため息を空へと溶かしていく。あー今日もいい天気。
「とりあえず今は……観察しようかね、お願いしたらすんなりと見せてくれるかもしれないし。時間がある時にでもじいちゃんに箱のこと聞いてみるか」
「よろしくねー。冬弥、愛してるぜ!」
「俺も愛してるぜ!」
愛してるの安売りである。
「にしても、願いを叶えるとなるとよほどの呪力を持っているだろうし、もし食べられる怪異だったら……これは期待したいところだな」
「どんな怪異だろうね?」
「願わくば動物系がいいな。人型系ならまず食えないしそもそも食いたくない。あと動物系はやっぱり、美味い」
「冬弥は怪異食に関しては熱心だねぇ」
「美味いものには貪欲だぜ」
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やはり美味いものはとことん追求していきたい。
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