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第二章
第八話.コウトリバコの行方
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幸鳥。
一九世紀に初めて登場した箱、コウトリバコに取り憑いた鳥の怪異。
そしてコウトリバコ――それが今、目の前にこうしてある。
早朝の爽やかな雰囲気も、このコウトリバコを前にすると悍ましさが打ち勝って台無しだ。
依存性がある、と立花さん言っていたよな。
小鳥遊さんにこいつを返していいのだろうか。
コウトリバコを手に取る。
やはり、以前よりも少し重い。気のせいではない。
俺はコウトリバコを持って、家を出た。
不思議なのは、印象として……悍ましいっていうのが優先的に感じるのだけど次第に、引き込まれそうになるのだ。
魅力はないのに、魔力があるかのような、感じだ。
あれから一日が経過した土曜日の今日、小鳥遊さんの家へと俺は今向かっている。
彼女が自宅にいるのは久理子から確認済み、自宅の場所はこの前彼女を送っていったので憶えているのでたどり着ける。
たどり着けるけど、向かうべきかどうか。
迷いのある足取りは中々リズムのいい歩調を作り出せず、俺は通りかかった公園へと入った。
近くのベンチに座り、コウトリバコをまじまじと見る。
再び脳裏を過ぎるのは、先ほどと同じ疑問――小鳥遊さんにこいつを返していいのだろうか。
「うーむ……」
いっそこのままこいつを返さずに、とりあえずこの箱を破壊してしまうというのはどうだろう。
破壊してしまえば解決――それに、破壊しようとすれば、幸鳥のやつも流石に姿を現すのではなかろうか。
ためしに、思い切り両手で、握りつぶす勢いで握ってみる。
ミシミシと軋む音が鳴るが、やはりそう簡単には破壊できない。ただ、道具でも使えば壊せそうではある。
「バットでも使うか……」
ちょいと叩けば壊れそうな見た目とは裏腹に中々の頑丈さ。
素手で壊そうとするのは諦めよう、地面に叩きつけるというのも一つの手だが人目につくこの場ではちょいとやりづらい。
コウトリバコを一度隣に置いて、一息つくとした。
別にこいつは逃げるわけでもないし、まったりやるとするさ。
言い方を変えると、じっくり料理してやるぜ……的な。ふふふっ。
ふとその時。
かたんっ、と軽い音が隣から聞こえた。
隣を見やると、置いたはずのコウトリバコが――なくなっていた。
「えっ……?」
視線の延長線、そこには子供がコウトリバコを手にして走っている後ろ姿が確認された。
「ちょ、ちょっと……!」
俺はすぐに腰を上げて追いかけた。
子供、少年の――駆け足は中々のすばしっこさ。
コウトリバコを誰かが忘れたおもちゃとでも思ったのだろうか、少年は陽気な笑い声をあげながら公園の外へと向かっていった。
「ま、待って~!」
くそっ、歩道の人ごみに紛れてしまった。
休日とあって通行人が多くスムーズには前に進めない。縫うようにして前進していき、少年の後姿をなんとか確認する。
「あうっ」
すると少年が躓き転んでしまった。
「だ、大丈夫かい⁉」
すぐに少年へと駆け寄る。
わんぱくが過ぎるぜ少年よ。
ああよかった、ひざを軽く擦りむいた程度で大きな怪我はない。
「どこか痛む?」
「ううん、大丈夫。あれ、ぼく、何してたんだっけ……」
少年はきょろきょろと周辺を見回していた。
一体、どうしたというのだろう。
まさかこれは……コウトリバコの効果によるものか?
「コウトリバコは……」
少年の手元にはない。
となると、転んだ際に落としたか。
進行方向を見やると、コウトリバコが地面に転がっていた。
それを――通りかかった犬が飼い主の制止を振り払い、リードが手放されることで自由になるやコウトリバコを咥えて走っていってしまった。
「あ、ちょ……! くそっ……。少年、気を付けるんだよ!」
「うんっ」
「もう行くね、それじゃあねっ」
「ばいばーい」
少年に手を振って俺はその場を後にする。
次はあの犬を追わなくては。あれは、確かコーギーとかいったかな。手足が短くて可愛い。
駆け足は全速力ではなく、小走り程度。これならば頑張れば追いつけるかもしれない。
しかし次から次へと、一体なんなんだ。
飼い主と共に飼い犬を追いかける。
コーギーを追いかけること数分。
「どりゃあっ」
俺は飛び込んでコーギーのお腹をキャッチした。
きゃわんっ、と可愛らしい声をあげてじたばたするコーギー。
「すみません~」
飼い主もようやく追いついたようだ。
コーギーを返すついでに咥えたコウトリバコを回収しようとするも、口元にはなく。
捕まえた時に口から落としてしまったようだ。
飼い主にコーギーを渡して、近くを探すとコウトリバコはすぐに見つかった。
――が、しかし。
今度は目の前を横切ったカラスが、コウトリバコを両足で掴んで飛び去ってしまった。
「マジかよ……」
空へと逃げていくカラスを見送り呆然とする。
……空までは追いかけられないが地上からでも追跡くらいならできる。今は追いかけるしかなかろう。
どこかのタイミングで石でもぶつけてコウトリバコを取り返そう。
俺はすぐに足を進める。
空を見ながら走るのは、何度か歩行者とぶつかりそうになるも辛うじてカラスを見失わずにいられている。
しかし妙だな。
あのカラス、どこか目的地があって飛んでいるような。
カラスについていくと、住宅街へと入っていった。
このあたりは、小鳥遊さんを送っていった際に通ったな。
……まさか。
カラスを追って辿り着いた先は――小鳥遊さんの、自宅だった。
住宅街の中で他とは違いやや大きめの高級感ある庭付き一戸建て。こういうのを、そうだな、まさに豪邸という。
庭には人影があった、見覚えのある人影――小鳥遊さんだ。
カラスは低空飛行し、小鳥遊さんの目の前を横切っていく。
彼女は小さく声を上げ、目の前に落ちていったコウトリバコを見て驚いていた。
「小鳥遊さんっ」
「あっ、羽島くん……」
コウトリバコを拾い上げた彼女に、声を掛ける。
「入っていいかな?」
「うん、どうぞ。羽島くん、これ……」
フェンスの扉を開けて敷地内に入った。
庭に咲いている花のいい香りがする。ここでゆっくりと過ごす休日はさぞかし心地がいいだろう。
しかしコウトリバコが、水を差すかのようにそこにある。
「この前、立花さんに会って話をしてさ、その箱も返してもらったんだ」
「そう、でも……どうしてここに?」
「俺にも何が起こったのか分からないんだけど、多分……その箱はきみのもとに戻ってきたんだ」
「も、戻ってきた……?」
「ああ、最初は子供が運んで、次は犬が咥えて、最後はカラスが掴んできみの手元まで運んだ。まったく、驚いたよ」
ピタゴ〇スイッチかなんかかよ。
「ちなみに、その箱はコウトリバコっていうらしい」
「コウトリバコ……?」
「幸鳥っていう鳥の怪異が憑いた箱だ」
「危険、なの?」
「まあ……危険だな」
「そう、なんだ……」
「――あら、どなた?」
その時、女性が家から出てきた。
小鳥遊さんはさっとコウトリバコを隠す。
出てきた女性は、おそらく小鳥遊さんの母親だろう、顔立ちが似ている。
挨拶するとしよう。
「あっ、はじめまして、小鳥遊――葵さんのクラスメイトの羽島冬弥と申します」
「あらあら、これはどうも~。葵ちゃんの母の初芽と申します。葵ちゃんも隅には置けないわね~」
「お母さん! そういうんじゃないからっ」
「そうなの? ふふっ、そうなのかしら~?」
「んも~!」
母親の前では小鳥遊さんも普段は見せない一面を見せている。
怒りながらも、母親の肩をぽこっと叩き、次第に柔らかな笑顔を浮かべる。
理想の親子像というやつがそこにはあった。とても幸せそうな、親子だ。
「折角だから中でお話したら?」
「いえっ、おかまいなく」
「遠慮しないで、ほらほらっ、入って入って~。クッキー作ったのよ、クッキー」
初芽さんは俺の後ろに回っては背中を押して強引に家へと誘っていく。
「お母さん、そんなに動き回らないでっ、病み上がりなんだから!」
「大丈夫よー、最近はすこぶる調子がいいんだからっ」
居間へと案内されて座り心地のいいソファに尻を沈める。
向かい側には小鳥遊さんが座っており、目の前のなんだか高そうな長テーブルにクッキーが置かれた。
焼きたてほやほや。
香ばしさが鼻孔をくすぐり食欲を刺激する。
添えられた紅茶も、後に続いていい香りを漂わせてくる。
「ささ、遠慮なく食べてっ。あ、お母さんはお邪魔かしらっ、うふふ、それじゃあごゆっくりっ」
「ど、どうも」
「お母さん、勘違いしないでよね!」
「うふふ~」
行ってしまった。
面白い人だ。一緒の場にいると、その場が明るくなるような、まるで太陽のような人で、居心地がよかった。
ああいう人がムードメーカーというのだろう。
「あのね、お母さんはこの箱……コウトリバコのおかげでよくなったの」
「そのようだね」
「コウトリバコには、感謝してる」
「でも、それできみが衰弱してしまったら駄目だろう」
「こ、これくらい、わたしは平気。ほら、食欲もあるしっ、食べようっ」
小鳥遊さんはクッキーを口へと運ぶ。
俺も食べるとしよう。
焼きたてのクッキーはなんとも言えぬ美味しさを秘めている。
やはり焼きたて、ずばり焼きたて。ほろほろと口の中で解れていくと共に広がる甘み、たまらない。
「美味しいな」
「でしょう? お母さん、お菓子作りが趣味なの。体を悪くしてからは、あまり作ってなくて……元気になった分、張り切っちゃって」
「ははっ、なるほど」
しばらくはクッキーなどのお菓子は食い放題かもな。
実に羨ましいね。
「お菓子作りにも手を出そうかと思ってるから今度教わろうかな」
「そういえば冬弥くんって料理するんだよね」
「趣味ってやつさ」
「お菓子作りも覚えたら趣味の幅が広がるね」
「ああ、このクッキー、作れるようになりたいな」
じっくりと味わっておこう。
お菓子作りはそれほど難しい工程はないはず。材料を用意して、混ぜて、焼く、そんな感じだと思う。
まあ、それはいいとして。
言葉にもしておく。
「まあ、それはいいとして」
紅茶をすすり、口の中を潤す。
「コウトリバコは、なんとかしないといけないと思う」
「うっ、そ、そうだよね……」
「このままじゃきみはコウトリバコに生気を奪われて死んでしまうよ」
「使わなければ、いいんじゃないかなっ……?」
「依存性もあるらしい」
「依存性……?」
「きみはきっと……使っちゃうんじゃないかな」
「だ、大丈夫、だよ……」
その言葉は、説得力に欠ける。
コウトリバコを手元に置いたまま離さずにいる彼女を見ると、不安しかなかった。
「わ、わたしもね、このままじゃ駄目だとは思ってるの。駄目だと思ったから、ほら、専門家に相談したじゃない……失敗だったけど。けどね、考えてみたの、もしコウトリバコによってもたらされたものが、なくなっちゃうのだとしたらって……」
「きみのお母さんが、また倒れる……かもしれないよな」
「そう……」
どうしたものか。
どうするべきか。
「コウトリバコを破壊してしまって、幸鳥も退治したとして……願ったものが叶ったまま、といううまい話は……あるはずもないよなあ」
「そう、よね……」
小鳥遊さんの気持ちになって考えると、手放したくはないよな。
とはいってもだ。
生気を奪われ続けるのは、放ってはおけないのだ。
……放ってはおけないけど。
どうしたものか。
どうするべきか。
一九世紀に初めて登場した箱、コウトリバコに取り憑いた鳥の怪異。
そしてコウトリバコ――それが今、目の前にこうしてある。
早朝の爽やかな雰囲気も、このコウトリバコを前にすると悍ましさが打ち勝って台無しだ。
依存性がある、と立花さん言っていたよな。
小鳥遊さんにこいつを返していいのだろうか。
コウトリバコを手に取る。
やはり、以前よりも少し重い。気のせいではない。
俺はコウトリバコを持って、家を出た。
不思議なのは、印象として……悍ましいっていうのが優先的に感じるのだけど次第に、引き込まれそうになるのだ。
魅力はないのに、魔力があるかのような、感じだ。
あれから一日が経過した土曜日の今日、小鳥遊さんの家へと俺は今向かっている。
彼女が自宅にいるのは久理子から確認済み、自宅の場所はこの前彼女を送っていったので憶えているのでたどり着ける。
たどり着けるけど、向かうべきかどうか。
迷いのある足取りは中々リズムのいい歩調を作り出せず、俺は通りかかった公園へと入った。
近くのベンチに座り、コウトリバコをまじまじと見る。
再び脳裏を過ぎるのは、先ほどと同じ疑問――小鳥遊さんにこいつを返していいのだろうか。
「うーむ……」
いっそこのままこいつを返さずに、とりあえずこの箱を破壊してしまうというのはどうだろう。
破壊してしまえば解決――それに、破壊しようとすれば、幸鳥のやつも流石に姿を現すのではなかろうか。
ためしに、思い切り両手で、握りつぶす勢いで握ってみる。
ミシミシと軋む音が鳴るが、やはりそう簡単には破壊できない。ただ、道具でも使えば壊せそうではある。
「バットでも使うか……」
ちょいと叩けば壊れそうな見た目とは裏腹に中々の頑丈さ。
素手で壊そうとするのは諦めよう、地面に叩きつけるというのも一つの手だが人目につくこの場ではちょいとやりづらい。
コウトリバコを一度隣に置いて、一息つくとした。
別にこいつは逃げるわけでもないし、まったりやるとするさ。
言い方を変えると、じっくり料理してやるぜ……的な。ふふふっ。
ふとその時。
かたんっ、と軽い音が隣から聞こえた。
隣を見やると、置いたはずのコウトリバコが――なくなっていた。
「えっ……?」
視線の延長線、そこには子供がコウトリバコを手にして走っている後ろ姿が確認された。
「ちょ、ちょっと……!」
俺はすぐに腰を上げて追いかけた。
子供、少年の――駆け足は中々のすばしっこさ。
コウトリバコを誰かが忘れたおもちゃとでも思ったのだろうか、少年は陽気な笑い声をあげながら公園の外へと向かっていった。
「ま、待って~!」
くそっ、歩道の人ごみに紛れてしまった。
休日とあって通行人が多くスムーズには前に進めない。縫うようにして前進していき、少年の後姿をなんとか確認する。
「あうっ」
すると少年が躓き転んでしまった。
「だ、大丈夫かい⁉」
すぐに少年へと駆け寄る。
わんぱくが過ぎるぜ少年よ。
ああよかった、ひざを軽く擦りむいた程度で大きな怪我はない。
「どこか痛む?」
「ううん、大丈夫。あれ、ぼく、何してたんだっけ……」
少年はきょろきょろと周辺を見回していた。
一体、どうしたというのだろう。
まさかこれは……コウトリバコの効果によるものか?
「コウトリバコは……」
少年の手元にはない。
となると、転んだ際に落としたか。
進行方向を見やると、コウトリバコが地面に転がっていた。
それを――通りかかった犬が飼い主の制止を振り払い、リードが手放されることで自由になるやコウトリバコを咥えて走っていってしまった。
「あ、ちょ……! くそっ……。少年、気を付けるんだよ!」
「うんっ」
「もう行くね、それじゃあねっ」
「ばいばーい」
少年に手を振って俺はその場を後にする。
次はあの犬を追わなくては。あれは、確かコーギーとかいったかな。手足が短くて可愛い。
駆け足は全速力ではなく、小走り程度。これならば頑張れば追いつけるかもしれない。
しかし次から次へと、一体なんなんだ。
飼い主と共に飼い犬を追いかける。
コーギーを追いかけること数分。
「どりゃあっ」
俺は飛び込んでコーギーのお腹をキャッチした。
きゃわんっ、と可愛らしい声をあげてじたばたするコーギー。
「すみません~」
飼い主もようやく追いついたようだ。
コーギーを返すついでに咥えたコウトリバコを回収しようとするも、口元にはなく。
捕まえた時に口から落としてしまったようだ。
飼い主にコーギーを渡して、近くを探すとコウトリバコはすぐに見つかった。
――が、しかし。
今度は目の前を横切ったカラスが、コウトリバコを両足で掴んで飛び去ってしまった。
「マジかよ……」
空へと逃げていくカラスを見送り呆然とする。
……空までは追いかけられないが地上からでも追跡くらいならできる。今は追いかけるしかなかろう。
どこかのタイミングで石でもぶつけてコウトリバコを取り返そう。
俺はすぐに足を進める。
空を見ながら走るのは、何度か歩行者とぶつかりそうになるも辛うじてカラスを見失わずにいられている。
しかし妙だな。
あのカラス、どこか目的地があって飛んでいるような。
カラスについていくと、住宅街へと入っていった。
このあたりは、小鳥遊さんを送っていった際に通ったな。
……まさか。
カラスを追って辿り着いた先は――小鳥遊さんの、自宅だった。
住宅街の中で他とは違いやや大きめの高級感ある庭付き一戸建て。こういうのを、そうだな、まさに豪邸という。
庭には人影があった、見覚えのある人影――小鳥遊さんだ。
カラスは低空飛行し、小鳥遊さんの目の前を横切っていく。
彼女は小さく声を上げ、目の前に落ちていったコウトリバコを見て驚いていた。
「小鳥遊さんっ」
「あっ、羽島くん……」
コウトリバコを拾い上げた彼女に、声を掛ける。
「入っていいかな?」
「うん、どうぞ。羽島くん、これ……」
フェンスの扉を開けて敷地内に入った。
庭に咲いている花のいい香りがする。ここでゆっくりと過ごす休日はさぞかし心地がいいだろう。
しかしコウトリバコが、水を差すかのようにそこにある。
「この前、立花さんに会って話をしてさ、その箱も返してもらったんだ」
「そう、でも……どうしてここに?」
「俺にも何が起こったのか分からないんだけど、多分……その箱はきみのもとに戻ってきたんだ」
「も、戻ってきた……?」
「ああ、最初は子供が運んで、次は犬が咥えて、最後はカラスが掴んできみの手元まで運んだ。まったく、驚いたよ」
ピタゴ〇スイッチかなんかかよ。
「ちなみに、その箱はコウトリバコっていうらしい」
「コウトリバコ……?」
「幸鳥っていう鳥の怪異が憑いた箱だ」
「危険、なの?」
「まあ……危険だな」
「そう、なんだ……」
「――あら、どなた?」
その時、女性が家から出てきた。
小鳥遊さんはさっとコウトリバコを隠す。
出てきた女性は、おそらく小鳥遊さんの母親だろう、顔立ちが似ている。
挨拶するとしよう。
「あっ、はじめまして、小鳥遊――葵さんのクラスメイトの羽島冬弥と申します」
「あらあら、これはどうも~。葵ちゃんの母の初芽と申します。葵ちゃんも隅には置けないわね~」
「お母さん! そういうんじゃないからっ」
「そうなの? ふふっ、そうなのかしら~?」
「んも~!」
母親の前では小鳥遊さんも普段は見せない一面を見せている。
怒りながらも、母親の肩をぽこっと叩き、次第に柔らかな笑顔を浮かべる。
理想の親子像というやつがそこにはあった。とても幸せそうな、親子だ。
「折角だから中でお話したら?」
「いえっ、おかまいなく」
「遠慮しないで、ほらほらっ、入って入って~。クッキー作ったのよ、クッキー」
初芽さんは俺の後ろに回っては背中を押して強引に家へと誘っていく。
「お母さん、そんなに動き回らないでっ、病み上がりなんだから!」
「大丈夫よー、最近はすこぶる調子がいいんだからっ」
居間へと案内されて座り心地のいいソファに尻を沈める。
向かい側には小鳥遊さんが座っており、目の前のなんだか高そうな長テーブルにクッキーが置かれた。
焼きたてほやほや。
香ばしさが鼻孔をくすぐり食欲を刺激する。
添えられた紅茶も、後に続いていい香りを漂わせてくる。
「ささ、遠慮なく食べてっ。あ、お母さんはお邪魔かしらっ、うふふ、それじゃあごゆっくりっ」
「ど、どうも」
「お母さん、勘違いしないでよね!」
「うふふ~」
行ってしまった。
面白い人だ。一緒の場にいると、その場が明るくなるような、まるで太陽のような人で、居心地がよかった。
ああいう人がムードメーカーというのだろう。
「あのね、お母さんはこの箱……コウトリバコのおかげでよくなったの」
「そのようだね」
「コウトリバコには、感謝してる」
「でも、それできみが衰弱してしまったら駄目だろう」
「こ、これくらい、わたしは平気。ほら、食欲もあるしっ、食べようっ」
小鳥遊さんはクッキーを口へと運ぶ。
俺も食べるとしよう。
焼きたてのクッキーはなんとも言えぬ美味しさを秘めている。
やはり焼きたて、ずばり焼きたて。ほろほろと口の中で解れていくと共に広がる甘み、たまらない。
「美味しいな」
「でしょう? お母さん、お菓子作りが趣味なの。体を悪くしてからは、あまり作ってなくて……元気になった分、張り切っちゃって」
「ははっ、なるほど」
しばらくはクッキーなどのお菓子は食い放題かもな。
実に羨ましいね。
「お菓子作りにも手を出そうかと思ってるから今度教わろうかな」
「そういえば冬弥くんって料理するんだよね」
「趣味ってやつさ」
「お菓子作りも覚えたら趣味の幅が広がるね」
「ああ、このクッキー、作れるようになりたいな」
じっくりと味わっておこう。
お菓子作りはそれほど難しい工程はないはず。材料を用意して、混ぜて、焼く、そんな感じだと思う。
まあ、それはいいとして。
言葉にもしておく。
「まあ、それはいいとして」
紅茶をすすり、口の中を潤す。
「コウトリバコは、なんとかしないといけないと思う」
「うっ、そ、そうだよね……」
「このままじゃきみはコウトリバコに生気を奪われて死んでしまうよ」
「使わなければ、いいんじゃないかなっ……?」
「依存性もあるらしい」
「依存性……?」
「きみはきっと……使っちゃうんじゃないかな」
「だ、大丈夫、だよ……」
その言葉は、説得力に欠ける。
コウトリバコを手元に置いたまま離さずにいる彼女を見ると、不安しかなかった。
「わ、わたしもね、このままじゃ駄目だとは思ってるの。駄目だと思ったから、ほら、専門家に相談したじゃない……失敗だったけど。けどね、考えてみたの、もしコウトリバコによってもたらされたものが、なくなっちゃうのだとしたらって……」
「きみのお母さんが、また倒れる……かもしれないよな」
「そう……」
どうしたものか。
どうするべきか。
「コウトリバコを破壊してしまって、幸鳥も退治したとして……願ったものが叶ったまま、といううまい話は……あるはずもないよなあ」
「そう、よね……」
小鳥遊さんの気持ちになって考えると、手放したくはないよな。
とはいってもだ。
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どうしたものか。
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