リエノリア-RienoliA- ~俺達の考えた物語の世界に転移してしまった件~

智恵 理陀

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第二十二話.いないはずの者

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 上のほうでは戦闘が始まっているようで、剣と剣のぶつかり合う音がいくつも聞こえてくる。
 
「魔力は感じられませんでした、おそらく爆発物が仕掛けられていたのかと」
「待ち伏せされてたようね……」
「こんな早く到着してるなんて……それにこの山に入るにもいくつもの道があるし、どこを通るかなんて分からないから待ち伏せはできないはずなのに……」

 帝国の動きが、予想以上に早い。
 物語では帝国を迎撃して終わるのに展開が変わってしまっているじゃないかこれでは。

「私達も早く合流しなくては!」
「待てアリア、下手に動かないほうがいい!」

 周囲には人の気配がする。
 ゆっくりとこちらに向かってきているその歩調。
 上で彼らを襲っているのは十中八九帝国軍、こちらにも配備されているのは当然であろう。
 アリアは既に戦闘準備に入っている。
 俺もいつでも対応できるよう構えておこう。
 茜さんがいる分、守りは配慮しなくてはならないな。

「誰だ!」
「あはぁ」

 茂みの中から出てきたのは、薄らと不敵な笑みを浮かべた少女だった。
 兵装もしていない、だからこそこんな森の中では場違いに見える。

「帝国軍か?」
「いいえ違うわ、あはぁ……作り手様、やっと会えたわあ」

 恍惚に表情を歪め、舌を出しては涎を滴らせていた。
 うん……この子は普通じゃない、それだけはすぐに理解できた。

「俺を知ってるの……?」
「我らの偉大なる作り手様よね? 当然知ってるわよう」

 その言葉選びからして、彼女は登場人物か……?
 でも物語の終盤で女性の登場人物が新たに出てきやしない、そんな展開は書いた覚えはない。

「君は……」

 その語尾をねっとりと伸ばすような喋りをする少女はどこか、作った覚えは――ある。
 あるのだけど……。

「覚えてる?」
「あ、ああ……覚えてる。覚えてるよ」

「よかったあ、覚えてないなんて言い出したら何が何でもぶち殺してやるところだったわあ」

 目の下にはクマ、髪も白髪混じりで見るからに異質。
 狂気すら感じられるその歪んだ笑顔も、俺の知るとある登場人物とはあまりにも違いすぎている。

「悠斗、この子は……?」
「彼女はラトタタ・ブラティ、この物語には登場する――予定だった人だ」
「だった?」
「うんうん、“だった”なのよぉ。私はボツにされたから、出られなかったのよぅ」
「ボツ……でも彼女、この世界にいるわ。どうして?」

 そうなのだ。
 俺がこの物語を一度書き終えて、修正などをしていた時にボツにした登場人物が彼女だ。
 ロルス国の良き理解者であるオルランテ人であり、物語の中盤ではロルス人脱獄に関しても協力してくれる予定ではあった。
 始まりは国王の側近として登場する予定だったんだけど、国王の側近に近い立ち位置ならヘルミでいいなと思ってボツになったのだ。
 鮮やかな赤い髪も、健康的で艶やかな肌も、宝石のように輝かしい瞳も、彼女の魅力であるもの全てが狂気によって塗りつぶされて見る影もない。

「ある時、必要ないとされて虚無に落とされる人の気持ちって、分かる?」
「虚無……?」
「何もないのよ、本当に、何もないの。でもねえ、どうしてかこの世界に戻ってこれたのよ。きっと神様のおかげねえ。嗚呼神様、私をお救いし憎い作り手様をぐちゃぐちゃに殺せる機会を設けていただき誠にありがとうございます」

 満面の笑みを見せて空を仰いで彼女は祈る。
 言下には表情はすぐ真顔へと戻り、情緒不安定な様子が見られた。

「でもね、この世界に戻ってこれたのに、誰も私の事は覚えてもいないし、私はいなかった事にされてるの。ボツにされたんだものね、当然よねえ」
「悠斗様、茜様! お下がりを!」

 彼女は――ラトタタは懐からナイフを取り出してはゆっくりとこちらへと歩き出す。
 上体も左右に揺れて動きが不気味だ。

「ねえ作り手様ぁ、ジュヴィってお気に入りだったんでしょう? 死んじゃったけど、どんな気持ち? これでね、何度も何度も刺したのよぉ……」
「君が、ジュヴィを……!?」
「大変だったわぁ。シナナって名乗ってロルス人を誘導したり邪魔な奴らは引き離したり、帝国軍で動ける人達を急いでここに連れてきたりとねえ。次はそうねえ、アリアちゃんを殺そうと思うのぉ」
「そうか、君が……いないはずの第三者か」

 物語から除外したボツキャラなのだ、通りで分からないわけだ。
 しかも憎悪からか、ラトタタは狂ってしまっている。
 ボツにすると虚無という場所に落ちてしまう? そのあたりは不明瞭ながら、どうなってしまったのかはよく理解できた。
 彼女を作り出し、そして身勝手にもボツにした俺への憎悪は計り知れない。
 俺のお気に入りである登場人物はとりあえず全員殺すつもりだろう。

「そっちの王女様も、作り手様……ぽよよん様ね?」
「分かるの?」
「分かるわよぉ、やっぱり少しこの世界の人達と違うわあ。嗚呼、偉大なる作り手様、私はボツになったから容姿もユートンの想像から形成されておりますが、貴方にお作り頂きたかったものですわ、あはぁ……」

 にたぁと笑うラトタタに、茜さんは恐怖から俺の後ろへと隠れた。
 俺も出来ればアリアの後ろに隠れたいものだ。

「そういえばぁ……アリアは主人公の補助くらいの立ち位置なのにどうしてあんな上位魔法を使えるのぉ?」
「私は悠斗様がオルランテに来られる日を感じ取っておりましたので、それまで修練を重ねておりました。偉大なる作り手様を全力でお助けするために」
「健気ねぇ、作り手様なんてクソみたいなものなのにぃ」
「なんて事を言うのですか! 無礼ですよ!」
「無礼? 何が無礼なものか。所詮こいつらは自分勝手に人を、世界を、理を作って引っ掻き回しているだけなのよ! 特にユートンは絶対に殺す、殺してやるわ!」

 鬼気迫る顔でナイフを振りかざす。

「無駄です!」
「あはぁ……防衛魔法ねぇ、それも上位のぉ」

 ナイフなんかは通りはしない。
 ラトタタは戦闘力もさほど高くはない設定だ。
 問題はアリアのように戦闘力が高まっている可能性があるが、現時点ではその兆しは見られない。
 防衛魔法によって出来た魔法陣の浮かび上がった壁に両手をつくや、舌でべろりと舐めて俺達を見てくる。

「ゆ、悠斗はこんな登場人物……作ったの?」
「元々はこんなんじゃないよ! 本当は優しくてとっても良い人なの!」
「私もそうでありたかったわぁ」

 ラトタタはふらりと後退する。
 アリアの魔法を突破できるのはおそらくこの世界では指で数える程度しかいない。
 彼女がその中に入っている可能性は限りなく低いだろう、魔法に対抗するならば魔法だ、それなのに魔法を使おうとしてこないのならば突破できる手段がないという事。

「アリアがここまで魔法技術を高めてるとは思ってなかったわねえ、予想外だわあ」
「ラトタタ、君では対抗はできない。もし危害を加えるつもりなら、俺も刺青の力で対抗する」
「怖い怖い、刺青の力は強大ですものねえ、私では歯が立たないわあ……」
「降伏してくれ、君を傷つけたくはないんだ」

 ――これ以上は。
 作り手として、十分に傷つける事をしてしまったのだ俺は。

「降伏? そんなんじゃあ物語はつまらないでしょ~?」

 なんだ?
 大地が、揺れてる?
 地面にはいくつもの亀裂が走り、全てを振動させていた。

「じゃじゃーん!」

 彼女の陽気な掛け声とは裏腹に、地面から飛び出したそれは俺達の頭上を遥かに越える巨体は周辺の木々を宙へと吹き飛ばして登場した。

「世界獣よ、かわいいでしょ~?」
「世界獣だって!? まだ登場しないはずじゃあ……」
「見つけて手なずけちゃったのよぉ、すごいでしょ」

 ざっと建物三階分くらいの高さはある。
 これでも世界獣の中では小さい部類だ。

「おぉ……私がデザインした、世界獣が……!」
「感動してる場合じゃないよ茜さん!」
「私、蛙が好きなのよね。触るのは苦手だけど、あの形や座ってる時の姿勢が好きで」
「なるほどね!」

 刺々しさが目立ちどこか蛙に似ているのはそういう理由があるようで。
 しかし今はそんな話をしている場合ではない。
 世界獣は俺達を注目。
 照準は定められている、舌での攻撃か、その太くいくつもの棘のついた腕を振り下ろすか、はたまた魔法でも放つか。

「悠斗様、ご指示くだされば防衛か攻撃どちらでもすぐに行えます!」
「茜さんに防衛魔法をかけてくれ! 俺には補助魔法だ、速度上昇がいいな!」 
「畏まりました!」
「悠斗、あれには名前はつけたの? デザインは色々送った記憶はあるのだけど」
「隅っこにデュピオリラって書いてたからデュピオリラなはずだよ! 意味は聞いても?」
「特にない」
「ないのかい!」

 実は俺も魔物や人物に名前を付ける時に何人かは意味もなく響きとかでつけてるのもあったりする。
 デュピオリラは腕を振り上げた、おそらく最初の狙いは俺達の誰かというより地面を叩く事で生じる飛礫での広範囲攻撃だ。

「世界獣はどれくらい通用するかしらぁ」

 ラトタタは涎を垂らしながらまるで遊園地の乗り物にでも乗っているかのように、楽しそうにデュピオリラの頭に乗っていた。
 言下にデュピオリラの腕は振り下ろされる。

「くっ……!」

 風圧、そして衝撃。
 続く飛礫は木陰でやりすごすとする。

「無事か!?」
「ご安心を!」
「私も、無事」

 アリアの防衛魔法はやはり頼りになるね。
 しかし二人との距離が少し開いてしまった、大地も凹凸ができて倒れた木々もやや障害物となっている。
 山のほうでも先ほど崩壊した道が更なる崩壊に繋がり、俺達の仲間も、帝国軍も両者混乱へと陥っていた。
 どちらに軍配が上がるかはもはや予測できない、俺に出来る事は、彼らを信じて世界獣とラトタタを抑え込むしかない。
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