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第二章
9.特別な人間
しおりを挟む天国交信装置の申請を管理人には連絡をしておいた。
呼び出す対象は勿論――宮内早苗だ。
許可が下りて情報が来るまでは数日から一週間、天国教団に関わる事件のために優先度は高いはず。他の事件での申請より情報は早くくると思われる。
病院のほうではマスコミが嗅ぎつけてきたようで、遺体盗難事件として沸きたてるつもりでいるようだ。
宮内宅への調査した事ももしかしたら知られる可能性があるために委員会にそれぞれの現場を任せて欲しいとの事だった。まあ、我々が調べるより彼らに任せたほうがいい、そこは当然了承した。
特務はなるべくマスコミは避けねばならない、変に書き立てられるとやりづらくなる。委員会が介入するので我々がマスコミのネタにされる事はないだろうが。
集団自殺事件はまだ嗅ぎ付けていない、病院での事件が目立ったおかげであろう。しかし警察関係の人間が小遣いほしさにマスコミへ漏らす可能性がある。これまでも何度か集団自殺事件はマスコミのネタにされてきた。
天国教団はいいネタになる。天教真神会も同様ではあるがそちらのほうは新明党を相手にしたくないマスコミは避けているのだとか。
「さて。彼女はどうしてるかな」
研究所に来る前に担当の職員に問い合わせてみたが、歯切れの悪い返事であった。
一応は体力も回復しているとの事だが。
研究所の奥へと進み、伊部さんがいる部屋へと案内された。
「……ここって」
「隔離部屋です」
木崎君と二人して、厳重な扉の前に立たされている。
我々は危険人物との面会をしに来たのではないのだが。しかし、どうしてこうなったのかの経緯は大体想像ができる。
「もしかして、暴れた……とか?」
「ええ……」
小窓から彼女の様子は窺える。
今は落ち着いているようで、ベッドに腰を下ろして煙草を吸っていた。
服は研究所から支給されたものを着ているが上着は肩にかけていて下着が丸見えだった。まともに着るつもりはないらしい。
「会っても大丈夫ですか?」
「一応、大丈夫ですよ。もし暴れたらすぐに駆けつけますので、その際は速やかに部屋から出てください」
「私が先に入ってみます」
「ああ、頼んだ」
俺が入るまでに着衣の乱れも整えてくれるとありがたい。
「薬のほうの影響はどれほどのものなのですか?」
安物だったからそれほど深刻ではないとは思うが。
職員は眉を曲げて、頬を軽く掻きながら答えた。
「症状や依存度自体は重くはないのですが、本人の精神面が不安定でして」
「PTSD……ですか?」
「それもありますね。ご家族を亡くされてますし、ご友人は薬物で繋がっている程度の仲で彼女を支えるような存在ではなかったようで精神面の負担はさぞ大きかったでしょう。では、何かあったらご連絡を」
職員との話を終えて、小窓から中の様子を窺ってみる。
着衣は整えられているな、今は乱れた髪を梳かしてもらっているようだ。ここから見るとまるで姉妹みたいだな。
梳かし終えると木崎君はテーブルに置かれた空のコップに水を注ぎ、彼女へと差し出した。
こちらを見て、視線が合うや小さく頷く。
中に入ってもよさそうだ。
「失礼」
「ど、どうも」
「昨日よりは元気そうだな」
「そういうあんたは、酷い顔、だね。ちゃんと寝てないでしょ」
「こう見えて忙しい身でね」
全ての色が白に統一された部屋は彼女の存在をくっきりとさせる。
顔色は悪くない、貧乏揺すりは相変わらずでその振動によって煙草の灰を床に落としてしまっていた。
そういうのが何度もこの一日で繰り返されたのだろう、床はよく見れば所々に灰が落ちている。
室内は窓がないものの換気は十分、消臭材もテーブルに置かれていて煙草の匂いはそれほど気にならない。
一先ず椅子に座ろう、彼女との目線の高さを合わせるためにも。
「み、宮内早苗の遺体、盗まれたろ」
「なっ、どうしてそれを……」
この隔離施設に入っていたのならば当然情報など得られずはずがない。
「宮内が言ってきた、からね。天国教団が、どうしてか運び出したって……わ、私に言われても、困る……」
「君にはつくづく驚かされるね。本当に霊能力者なんだな」
「ま、まあね……。他には、特別な、人間も、分かるよ」
「特別な?」
「あ、まあ……すげえ違うってわけじゃないんだけど、さ、ほら、あんた、あんただよ。ええっと……」
すると彼女は木崎君を見た。
「木崎です」
「そーう、木崎っ!」
「彼女が、そうだというのか?」
「ん。あんた、不思議な体験、してるでしょ。」
「えっ!?」
「別に、反応を見て情報を引き出して喋っているわけじゃあない。無反応でいてくれてもいい」
言われて木崎君は口を手で覆っていたものの、取り繕うように両手を膝へと置いた。
「何か、そう、見た事のないようなものを見たり、する時があるだろう? 臨死体験なんかはしたんじゃないのかい? ど、どうだった? 何が見えた?」
「その……地獄のような、光景を」
「そういう世界もまた、あるってわけだ。で、でも行き着くかは決まってない、だろうね」
木崎君が言っていた臨死体験も、脳が見せた幻覚などではないという事か。
それはそれで嫌なものが確定となったために、喜べやしないが。
「俺はどうだ?」
「あ、あんたは……普通。そこらのと変わりない」
「なんだか、ちょっとショックだな」
「べ、別に特別といっても能力があるとかそういうんじゃ、ない。多分、その特別な奴は、死後はこの世に彷徨ったり出来る……。それ以外は、すぐに天国」
「では宮内早苗は特別だったから、この世に彷徨えてお前と出会えたと?」
「そ、そうなる。特別といっても、すごい能力を持ってるとか、そういうのじゃなく、た、魂が、他とは違う、感じね……」
宮内早苗は特別な人間だった。
これは何か遺体盗難事件と関係はあるだろうか。
特別な人間だから、盗難した――その可能性は、十分にありそうだ。
現場からはもう一体消えているがもしやそれも特別な人間だった可能性があるか?
これまでの集団自殺事件と違うのは、一人が一命を取りとめたから――そうではなかった場合は……?
現場で死亡を確認して持ち去って逃げていた、とか? 我々がやってきた現場の遺体はどれも、一体か二体、足りなかったのかもしれない。
これまでの事件は指紋などはふき取られていて人数の確認はできなかったが。
「特別な人間は、どれくらいいるんだ?」
「ど、どれくらいと言われると……街を一日中ぼーっと見てると、二、三人くらい、見る程度」
数百人に一人程度ってとこだろうか。
興味深いな。もしかしたら天国教団は遺体を盗む必要があって集団自殺で人を集めて、特別な人間は死後に持ち去っていたとすれば――伊部さんを使って特別な人間をマークしていれば天国教団が接触してくる場に遭遇できるかもしれない。
しかしその前に先ずは伊部さんの体調を治してもらわなくてはな。
「み、宮内の話は、聞かなくていいの?」
「ん? ああ、それも是非、是非とも聞きたい」
伊部さんは煙草の火を消し、新たにもう一本、すぐさまに吸い始める。
ヘビースモーカーというやつだな。
「実は、あの後、どこに行ったのか分からなくなっちゃって、ま、まあここにいるから探しにも行けなくてさ……」
「それは仕方がないな」
「で、でも、宮内は、天国教団の話は、少し聞いてたみたい」
「どんな話をだ?」
「に、肉体は、必要で……自殺薬、少なくなってきたから、余った臓器、組に流してまた取引、するって」
「なんだと……」
「組……臓器……となれば」
木崎君の思考の結びに、俺はその結びは正しいと小さく頷いた。
天国教団は反社会的勢力と組んでいる。
自殺薬の製造は反社が担当しているのだろう、どこかに専用の工場でもこさえているかもしれない。
「教団達のその後の行方は分かるかい?」
「や、山に行ったところまでは、聞いたけど、それ以降は、ここには来てないから、聞いてない」
「そうか。いや、ありがとう。役に立つ情報だ」
「な、なら……報酬、頂戴」
「報酬? 薬物は駄目だぞ?」
「た、煙草……」
「ああ、それならいい」
吸い過ぎだから一概にはいいとは言えないがね。
「銘柄は、赤丸か。ここには売っていたかな」
「し、職員エリアの、購買に、あったの見たよ」
「そうか。なら買いに行ってくるよ」
研究所から出入りをするに一々警備員との確認を通さなくてはならない。そのために外出頻度を減らすべく研究所内の施設は充実している。一年のほとんどをこの研究所で過ごしている職員もいるという。
確かに生活するにあたって全てが揃っている。治安の悪化によるトラブルに遭遇する可能性も考えれば、この研究所を生活の中心に置くのも一つの手だ。
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