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第二章

8.宮内早苗宅

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 朝日を浴びて、長い一日を終えると同時にまた一日が始まる。
 木崎君はいつも何時頃に起きるのかは分からなかったが、とりあえず七時丁度に連絡をして状況を教えた。
 彼女が到着したのは八時過ぎ、場所が場所なのでやはり時間が掛かってしまう。
 自分の寝ている間に大変な事が起きていたと知って青ざめていたが、あえて呼ばずにいた旨を説明した。

「多比良さん、寝なくて大丈夫なのですか?」
「ん、ああ。まあ、大丈夫だ」

 一度事務所へと移動をした。
 車を一台にまとめるに加え、事務所で状況を整理をする。
 事務所は設置しても班員はほとんど足を運ぶ事がないために、暖房がついていない室内は外と然程変わらない気温であった。

「しかし何故彼らは遺体を盗み出したのでしょうか」
「そこが分からないな。あれほど強引な手を使うのだから何か理由があるのだろうが」
「遺体を手に入れるメリット……ぱっと思い浮かぶのは臓器売買ですが――」
「わざわざ彼女――宮内早苗を選ぶ必要はないよな」
「はい。教団と彼女の間に何かあったのでしょうか」
「名前も分かった事だし、宮内早苗の近辺を調べるか」
「了解です。それと、伊部さんはどうしましょう?」
「ん……彼女か。研究所からはこれといった連絡はきていないな。後で寄ってみよう」

 ささみちゃんからは宮内早苗についての情報は送ってもらっている。
 スマートフォンから、持ってきておいたノートパソコンに情報を一度保存する。
 小さい画面を長時間眺めるのは目が疲れてしまう。
 ノートパソコンでも目が疲れるのは同じだが、画面の大きさ的にまだマシだ。
 部屋が暖房によって暖かくなっていくと眠気も定期的に訪れるが、コーヒーを飲んでなんとか雲散する。
 ホワイトボードに軽く相関図を書いておく。
 天国教団、天教真神会、真ん中に宮内早苗。端っこにとりあえず伊部さんの名前を載せておくがそこへ矢印が伸びる事はなさそうだ。

「夫は交通事故で三年前に死亡、か……」
「天教真神会に所属していた時期もあったようですが、去年あたりから真神会には一度も足を運んでいないのですね」
「天教真神会は天国教団ではないと知り、天国交信装置が使えないと見限ったのかもしれないな」
「なるほど、それで天国教団を求めて、今回の集団自殺に参加をしたと」
「あくまで天教真神会が天国教団と繋がっていないとしての、推測の段階でしかないがな」

 しかし十分に考えられる説ではある。
 パートナーロスによる生じる問題は深刻だ。後追い自殺もその一つだが、天国教団が接触してくる場合も、天国教団へ接触する場合もあり集団自殺への参加へと繋がり集団自殺事件は終わりなく発生し続ける。
 天国の存在が証明された事により宗教の影響力は低下したとはいえ、天教真神会のような、天国に重きを置いた宗教への加入も一つの問題となっている。
 別にどの宗教に入ろうがそれは個人の自由だ、しかし現在は宗教団体の乱立により悪徳宗教も混ざっている中、入信者の取り合い騙し合いも当然発生する。
 天教真神会も少なからず勧誘などのトラブルを起こしているがそれば別にどうでもいい。こちらとしては仕事上、天国教団と繋がっているかどうかさえ分かればいいのだから。

「とりあえず彼女の住んでいた家に行ってみようか」
「はい。多比良さん、運転は私がしますよ。少しでも休んでください」
「助かるよ。お言葉に甘えるとしよう」

 彼女の運転のもと、宮内早苗の自宅へと向かうとした。
 都心部を抜けた南方面、住宅街へと入り暫し走らせると到着した。
 道中、今日も飛び降りの場に遭遇するのではと少し遠回りしたが、すれ違った救急車が今日もどこかで誰かが自殺したのかもしれないと思わせた。
 宮内早苗の自宅は二階建ての一軒屋。白の壁は汚れきっており、全体的に草臥れた彼女の意識がにじんでいるかのような雰囲気であった。
 玄関隣の小さな庭も雑草に占拠されており、窓にはヒビが入っている。

「立派な一軒屋ですね」
「購入時期的に天国事件以降の空き家増加で比較的安く売られるようになった時に買ったのだろう」

 不動産業界は今も厳しいと聞く。
 家はあるが買う人間は少ない。賃貸も多く出ているが年々増えている外国人との賃貸契約を交わして、その後に外国人特有のトラブルもあるために、兎に角空き家を減らすために中古一戸建てとして日本人に格安で勧めるのが多いのだとか。
 そして自殺が多いこのご時勢、賃貸状態で自殺されると事故物件にされてしまう。それもなるべくは賃貸を避けたい理由の一つだ。

「鍵は……」 

 鍵がかかっていたら特務班の鍵師を呼ぶつもりだったが、その必要はなかった。
 やはり……というか。
 これから自殺する人間は、戸締りなんか気にしない。

「開いてますね」
「一応警戒しよう、浮浪者や移民が侵入している場合がある」
「は、はいっ」

 銃を手に取り、静かに中へと入る。
 薄暗い室内、先ずは廊下と左右に扉、奥はリビングが見える。
 靴は履いたままで行くとしよう、足元に何が落ちているか分からないし何が待ち構えているかも分からない。

「かなり荒れているな……」
「はい、酒瓶もたくさん転がってますね」
「電気は、つかずか。懐中電灯は?」
「はい。あります」
「では後ろを頼む」
「了解しました」
「何もいない事を祈ろう」

 物音は一切しない。
 我々の足音のみが響くだけだから、誰もいないとは思うが用心に越した事はない。
 手前の部屋から調べてみる。
 扉をゆっくりと開けると何かにぶつかり、身構えた――が、どうやら空き瓶のようだ。

「心臓に悪いな……」
「で、ですね……」

 懐中電灯で室内を照らす。
 特に何も無い、別の部屋も速やかに調べていく。

「……祈るといえば、天国に神はいるのでしょうか」
「政府の一人が聞いたそうだぞ、天国の住民曰く――神を確かに感じる、だと」
「感じる、ですか」
「いるかどうかは誰もがはっきりとは答えなかったらしい」
「妙なものですね……。天国にいると皆同じような思考にでもなるのでしょうか」
「さあな。だが我々の受け答えにはそれなりに応じてくれるくらい素直にはなってくれている。嘘をつく必要はないだろうな」

 神を感じるというのはどのような状態なのやら。
 こればかりは、死んでからのお楽しみというものだな。
 そのお楽しみもすぐなのかまだまだ先なのか、神のみぞ知るというものか。
 リビングに入ると他の部屋と同じく酷く荒れた光景であった。
 洗い場周りはやや臭う、生ゴミの腐った臭いだ。どうせ死ぬからという考えが全てを億劫にさせていった結果か。
 視界を遮るものもなく、一目で誰もいない事も確認できたので次は二階へ。
 どの部屋も扉は開いており、その中で寝室はまだ荒れていないほうだった。
 テーブルには写真立てがいくつも置いてあり、その下には空き缶が転がっていた。
 宮内早苗がここで写真を見ながら酒に溺れている姿が目に浮かぶ。

「――何もなし、か」
「宮内さんが主に過ごしていた部屋はリビングとこの寝室でしょうか」
「そのようだな、空き缶と空き瓶が特に多い」

 全ての部屋を調べ終え、寝室を少し見て回る。
 カーテンを開けて、部屋に光を送り込む。
 埃っぽいために窓を少し開ける、代わりに冷気が入り込むが家主を気にする必要はない。
 無人と分かりようやく警戒心を解いた。肩の力を抜いて、銃をホルスターへと戻す。

「天教真神会のパンフレットか」

 手近なところに、それはあった。
 他にも天教真神会についての資料が置いてあり、その数はやけに多い。

「熱心な勧誘だったんだな、ったく……」
「こちらの部屋は天国教団についてのプリントがあります」
「内容は?」
「インターネットで個人サイトなどがまとめたものを印刷しただけのようです」

 木崎君がいくつかプリントを持ってきたので一応目を通してみる。
 これらは調べればすぐに出てくるものであろうが、枚数は膨大だ。

「取り憑かれたかのように天国教団の事を調べていたんだな」
「埃は然程ついておりません、最近まで調べていたようですね」
「そのようだな。こっちのパンフレットは埃塗れだ。興味が真神会から教団へと移ったのがよく分かるな」
「パソコンを見つけたのですが、立ち上げてみますか?」
「……いや、そのままにしておこう」

 宮内早苗はごく普通の主婦だ。
 パソコンに何か細工をしている可能性は、低いが教団が手を回している可能性は考慮しておかなくてはならない。
 管理人にはここへ行く事は伝えてある。今日は山に放置されているバンや教団の教徒捜索の件もあるためにすぐには来れないとの事だがその際にパソコンは引き渡すとしよう。
 ささみちゃんの手に渡れば詳細まで調べてくれる。
 我々が下手に弄るのは、ほんの少しでもリスクがある場合はやめたほうがいい。
 各部屋を調べていき、一先ず天教真神会についての資料と天国教団についてのプリントをまとめ、デジカメで一応部屋がどのような状態であったのかも撮影しおいた。
 カレンダーの十一月十五日――昨日の日付に赤い丸がついていた。
 教団とは昨日より前にやり取りをしたからこそ赤い丸がつけられていると思われるが、そのやり取りは何を使ったかだ。
 パソコンか、スマートフォンか、手紙か。
 パソコンはまだ手は出せない、スマートフォンは出てきていないな、彼女の持ち物にも無かったはずだ。
 木崎君と二人して紙なるものは全てかき集めたが手紙は出てきていない。

「これといった情報は得られませんでしたね……」
「ああ。パソコンに何か残っていればいいが」

 ほどなくして管理人の班員がやってきた。昨日の集団自殺現場とは別の班だ、管理人の持つ班は一体どれほどいるのか。
 しかもどの班も優秀な人材の集まりだ、我々よりも細かく隅々まで調べてくれる。俺達の集めた資料も彼らに渡し、パソコンも回収してもらった。
 近隣住民の聞き込みもしてみたが、宮内早苗はここ数年まともな近所付き合いはしておらず、彼女の生活に関しては情報は得られず、事件当日も彼女がいつ家を出たかは目撃されていない。

「ささみちゃん、いいかな?」
『いいともー』
「宮内早苗のパソコンを回収した、念のため電源は入れていない。解析を頼むよ」
『了解了解。スマホはねえのか?』
「見つかっていない、もしかすればそれでやりとりをして事件当日に廃棄したのかもしれないな」
『見つかってないならそうかもなあ。とりあえずパソコンのほうは受け取り次第調べるぜー。それと山のほうは進展なしだ』
「そうか……」

 奴らの大胆な行動が故に教徒の一人くらいは捕まえられるかと思ったが、残念だ。

『天教真神会が匿ったのか、何か抜け道でもあったのか調べたいが真神会の連中が出てきて少し面倒な事になってるらしい。深くは調べられねえな』

「厄介な奴らだな」

 管理人が相手をしているであろう。
 その苦労はお察しするよ、本当に。様々な現場を扱い、様々な人を相手にして動き回るのは激務と言えるが会えば常に穏やかな笑顔を浮かべて顔に出さないのは尊敬する。俺にはこなせそうにない、管理人という仕事は。
 通話を終えて再び宮内宅へと戻り全体的に見て回るとした。
 何故天国教団が彼女の遺体を盗むほどの執着を見せたのか――どうにもその点に結びつくものは見当たらない。

「天国交信装置で宮内早苗を呼び出して話を聞くしかないか」
「しかし申請は下りるのでしょうか?」
「今回は遺体盗難や天国教団による事件性が濃い、許可は出るはずだ……が」

 伊部さんとの会話を思い出す。

「宮内早苗はこの世に彷徨っているのであれば……天国交信装置に彼女は出てくるのか?」
「それは……どうなのでしょうね。でももし出てこなかったら、益々伊部さんの話に信憑性が増しますね」
「ああ、そうなるな」
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