異世界の治療士達

智恵 理陀

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第一章

karte.006 治療都市セルヴェハル

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 ――治療都市セルヴェハル。


 病魔の治療に関わる知識、道具、薬、その全てが揃っている都市。
 様々な種族もこの街に訪れては治療士として得るべきものを得る、ギルドを通した治療依頼、人材集めなどもここで行える。
 病魔の治療をする事でセルヴェハルから報酬も貰え、難解な病魔の治療に成功したりと実績を上げていけば治療士の昇級試験にも臨める。
 上位の階級となれば依頼や報酬も変わってくる。
 下の階級の俺は日々依頼をこなして報酬を得て、しかし治療に関わった道具や薬の補充で利益は多いとは言えず生活は出来ているものの贅沢とは縁が無い日々だった。

 だが今日は違う。

 セルヴェハルは周辺地区の病魔を感知できる魔法技術を持っており、突発的に発生した次元病は既に認識できているだろう。
 勿論、次元病を処置し穴を塞いだのも把握しているはずだ。
 その証拠に、セルヴェハルに入った時には多くのギルド職員が俺達を待っていた。
 その職員達から話が広がっていったのだろう、治療士達も続々と集まっている。
 誰が次元病を処置したのか一目見ようとしているようだ、なんだか恥ずかしいな。

「騒がしい街」
「いつもはこんなんじゃないんだがな」

 馬車から降りるのは早すぎたかもしれない。
 しかし街中にはこの広場のような馬車を停める場所が少ないし、目的地であるギルド本部の駐車場が満車であれば引き返さなきゃならないのでここで降りるのがやはり正解だ。
 とはいえ……なのだが。
 彼女は俺達を囲む街の人達に一瞥をくれるや、瞳を輝かせて振り向いてきた。
 楽しそうで何よりだが、事態が収拾つかなくなる前にここから脱したい。

「あれ、耳が長い。えっと」
「エルフだ」

 遠目からこちらを見ている治療士や街の住民の中に、耳が他の者達よりも長く、きめ細かく白い肌に青い目が特徴のエルフ種がいた。
 この都市には様々な種族がやってくる。エルフ種は珍しくもない。

「エルフ……」

 そのへんの記憶もないのか、それともやはり……そもそも別世界の人間だから、そういったものの存在も無い世界で、そのものを知らない……とも、考えられる。

「さあ、行こうか」
「かしこまり」
「検査をするかもしれない、その他に話を聞いたりとか長くなるかも。休んでからいくか?」
「得に疲れはない」
「そうか、分かった」

 すんなりと快諾してくれた。
 状況も曖昧で、記憶を失い知らない場所へ行くというのに、不安は特にないのだろうか。
 それどころか――

「それより色々と見たい」

 好奇心が上回っているように見える。
 表情からは、そんな感情は中々掴み取れないものの、彼女の視線は忙しく動いていく。
 空を漂う飛空艇、遠くの道路を過ぎていくいくつもの馬車、歩道ではこちらを窺う人、人、人――
 駆け寄ってくるギルドの職員にさえ、その視線は移っていく。

「お疲れ様です治療士様! 次元病発生地からして、その近くで依頼を受けていた治療士チームで間違いないですか?」
「はい、間違いないです」

 他の職員は話を聞きたそうに近づこうとする人らを制止してくれていた。
 ああ、助かるよ。疲労が蓄積しているこの身に質問攻めは流石にこたえるものがある。
 職員がこの場を収拾してくれている間にギルド本部へと向かおう。
 道は作ってくれている、逃げるのは問題ない。

「ギルド本部に次元病の担当する職員がおりますのでお向かいください」
「了解です」

 その中で彼女の足取りは実に快活そのもの。
 好奇心旺盛なのはいい事だが、あまり先へ行かれるとそれはそれで困る。

「ルヴィン、その子はお前に任せていいか? こっちも依頼完了の手続きなど済ませる事を済ませたい」
「ああ、そうだな。じゃあお願いするよ」
「エルスも行くっすー。今日使った分の補充してくるっすよー」
「おう、行ってこい」
「こんな状況だ、馬車を使っていくぞ」
「ああ、いいよ」

 時間は有効に活用しようじゃないか。
 支部で手続きした依頼は、その支部でないと完了手続きもできない。、
 なので一度支部のほうに行って依頼完了手続きを取らなくてはならないのだ。
 距離はそこそこってとこ、馬車での移動のほうが現在自分達の置かれた状況を考慮すると実に楽だ。
 最後は俺達をちゃんと回収するのを忘れないでほしいと願いつつ、馬車に乗る二人を見送った。
 見送ってから思ったが、道中一緒に乗っていけばよくない? と、今更ながら後悔した。
 けど馬車に全員再び乗り込んで、馬車を追っかけまわされたらたまったもんじゃないしな。
 ここは注目の的も分散しておこうじゃないの。主に俺達が囮か。

「本部に行くのは久しぶりだな……」

 治療士に関するもの全てを担当し、この都市周辺を管理しているセルヴぇ春ギルド――その本部となると各方面に配置されてる支部とは比べ物にならないほど、段違いの規模の建物。
 空を穿つ勢いの建物は荘厳さを視界から伝えてくる。
 レイコと建物を見上げるも、本部は首の角度をほどよく酷使してくれる。

「お城みたい」
「だな」
「ごほっ、いやぁ、すみません、お待たせしました」
「風邪ですか? 顔色も悪そうだけど……」

 ギルド本部からやってきた黒スーツの中年男性は口元をハンカチで押さえながら乱れた呼吸を整えていた。
 残念ながら俺達治療士は医者ではないので診察はできないが。
 彼は両耳に小さなフックをかけて、魔力石に触れると鼻から口まで覆う魔法によるマスクを発動させていた。
 治療士が使う魔力石マスクはこうして医療道具としても活用されている。

「ご心配なく。私はこのギルド本部にて特殊病魔研究と対策課に勤めているラハルェ・ユンスでございます」
「ルヴィン・ミカドです。一応チームのリーダーもやってます」
「そちらの女性は、チームの方……ですか?」

 治療士には見えない軽装の女性。
 彼女は両腕を腰に当てて何故か(ない)胸を張りだしたが――いやいや、と首を横に振る。

「次元病を処置した現場の近くで意識を失ってるところを発見しました、記憶は名前以外何も分からない状態です」
「むっ……もしかしたら次元病の穴の中から?」
「その辺も憶えてないようだからなんとも言えませんが……おそらくは」

 見ない人種、荷物はなく衣服も汚れが少なかった。
 あの場の状況を思い返すと、次元病の穴から出てきたとしか思えないがな。
 周りの連中も噂しているだろう、次元病の穴から出てきたのでは? と。
 暫くはこの注目が止む事はなさそうだ、そんな奴と行動しなくちゃいけないのも、これまた厄介な話だ。

「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私は、レイコ」

 自己紹介するならもう少し台詞と表情に変化をだな。

「レイコ様ですね。どうぞお見知りおきを、こちらが名刺でございます、どうぞどうぞ」
「割引券か何かはついてる?」
「それは……ございませんな」

 あるわけないだろ。
 名刺を受け取るも、彼女は裏を見て、また表を見て眉間にしわを寄せていた。
 そんな入念に探しても載ってないぞ。万が一載ってても何の割引を期待しているんだ君は。

「チームの方はご同行しておられないのですか?」
「二人いるのですが支部のほうで依頼完了の手続きとかしなくちゃいけないから、別行動を取ってます」
「そうでしたか。いやはや、次元病を処置したチームをお目に掛かりたかったのですが」
「まあ後で来ると思いますよ。多分」

 まさかレイコを俺に丸投げしやしないだろうな。
 今更ながら心配になってきた。
 とはいえギルド職員もいるのだし別に問題は……ないか。

「ああ、あとこれ。一応いくつか持ち帰ってきたんですけれど……次元病から出てきたと思われるものです。処置をした証として一応持ち帰ってきました」
「おお、これは本ですかな? 素晴らしい……預からせてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。他のは持ち運べないものもあったので現場に置いてきたままなんですけど……」
「位置は把握しております、職員を向かわせますのでご心配なく。では早速、ご案内いたしましょう」
「検査のほうは俺は別に一緒にいなくてもいいんですよね? 他の手続きを優先させたいんだけど。次元病の処置となれば、ほら……ここで報酬のほうとか……」

 ――言下に、レイコが俺の服の裾をつまんできた。
 なんだよ、行かないでってか?

「レイコ様は同行してもらいたいようですな」
「なんでだよ」
「少しだけで、いいから」

 無表情ではあるものの、その目はどこか寂しげ。
 彼女にとって知り合いと呼べる者は俺達くらいだ、いきなり離れられてまた別の人達と一緒に行動となると流石に心細いか。
 つまんだ裾を、レイコは弱々しく引っ張った。
 強く懇願はしていない。
 していないけれど……拒否をしづらい。

「……分かったよ」
「やったー」

 無表情のまま、両手を広げて、体で喜びを表現していた。顔と声のテンションが合っていない。
 とりあえず、少しくらいついていってやろう。
 そうして、ギルド本部へと足を踏み入れた。
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