俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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序章 俺は普通の高校生なので。

序章22 聖域の証左 ②

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「白でも黒でもないだろう」

「は?」
「え?」

 声が大きいわけでもないのに何故かよく通る彼の声に二人はやり合いを一時中断した。

「ちょっと! なんで弥堂クンがこいつの下着を知っているの⁉」
「白井うっさい。けど、弥堂あんたまたいい加減なこと言って掻き回さないでくれる」

 どうして言い合いをする女どもを止めると毎回一緒にこっちに敵意を向けてくるのかと、浮かんだどうでもいい疑問を脇に放り、弥堂は希咲へと答える。
 同時に声をかけても弥堂が毎回返答を希咲へ向けてすることを、白井さんは大変腹立だしく思っていた。嫉妬に狂う害悪女の宿命である。

「いい加減なことを言っているのはお前だろう、希咲。今日のお前のおぱんつは白ではない。さっさと本当のことを言ってその煩い女を黙らせろ」

「は、はぁ? なんであんたに嘘かホントかがわかんのよ! 適当なこと言うな!」

 威勢よく弥堂に言い返すも希咲は内心焦りを感じ、『えっ? 今日こいつに見られちゃったようなタイミングってあったっけ?』と、本日の出来事を脳内で巻き戻して該当箇所を検索する。

「…………」

 弥堂は特に何も答えず、希咲の頭を見ていた。正確には、彼女のサイドテールを括っているシュシュをジーっと見ていた。釣られてその場の全員がそれに目を遣る。


「ふむ、そうだな。ちょうどその髪留めのような色だ」

「へ?」

 弥堂が指差すそれを、今日どんな色だったかしらと、カーディガンのポッケからスマホを取り出すと自撮りモードにし、鏡代わりに自身の頭を映す。

 緑に近いような水色のかわいらしいシュシュが画面に映っていた。


「はっ⁉ えっ⁉ うそっ――なんでっ⁉」

 それを確認するや否や希咲は疑問と羞恥に焦り、一気に顔を紅く染め上げた。


「そんな感じの青だか緑だかよくわからん感じの色だろう、お前のおぱんつは」

「びっ、びとっ――あん、たっ! なんでっ!」

 何で知っているのかと問い質したいが言葉が上手く出てこない。


「詳細に言うのであれば、基本的にその薄い青のような布地が大部分で両側面は何故か薄桃色。他に黄色のリボンと花の刺繍が無駄に施されている」

「ちっ、ちがっ――うそっ、ちがうもんっ!」

 追い詰めた犯人に次々と証拠品を突き付けてトドメを刺しにいく探偵のように、弥堂は希咲に人差し指を突き付け乙女の秘密を審らかに暴いていく。審らか過ぎて若干ひくほどだ。希咲はその追及に対して論理的に反論することが出来ずに、ただ彼から秘密を守るかのようにせめてもの抵抗でスカートをぎゅっと抑えて否定の言葉だけを連ねる。どちらが優勢かは一目瞭然であった。


「呆れ果てたわ、希咲 七海。結局彼とはそういう間柄なのね。恋人でもない男が当然のように下着の色だけでなく細やかな形状まで知っているだなんて、やっぱりあなたは不潔だわ!」

「ちがっ――ちがうっ! うそよ!」

 完全に白井さんは『おまいう』なのだが、本日何度目かの絶賛大混乱中の希咲にはそのことに気付き指摘をできるだけの余裕はなかった。

「ふん、あなたのその態度が何より物語っているわ。語るに落ちたわね、希咲 七海っ!」

「ちがうっ! 嘘よ!――そうだ、証拠よ! そこまで言うんなら証拠をだしなさいよ!」

「希咲さん……それは完全に敗けフラグだよ……」

 法廷院が若干優しい目になり指摘をしたが、それを理解するだけの余力はもう希咲には残されていなかった。

 そして、優しい目になりつつも、内心では湧き上がる期待感に彼はそわそわしていた。それは高杉以外の他の面々も同じようで、期待を込めた視線を弥堂へと集める。


「ふん、証拠だと? いいだろう。お前が自らそう望むのならば引導を渡してやる」

「はっ、はぁ? 何が引導よ。大体証拠なんてあるわけないじゃない。あたしがここでスカートの中をあんたに見せない限り確かめようがないじゃないの。そうよ、箱の中のパンツよ。スカートを捲って見なきゃ白かミントブルーかなんて確定しな――」

「これを見ろ」

「――見ろって、あんたのスマホじゃない。これが一体なん、だっ……て…………」

 弥堂は法廷院たちを背にして希咲へと自身のスマホの画面を向けてやる。それを、希咲は別に視力は悪くないのだが、雰囲気的に目を細めながら近づいて画面を覗く。後ろめたさを隠すように早口で何やら捲し立てていたが、画面に映っているものが何なのか理解するに連れて尻すぼみに言葉が消えていく。

「なっ、なななななっ、なんっ……これっ、あんた……なんっ……」

 そこに映っていたのはもちろん本日の昼休みに弥堂がY's 経由で入手した高解像度の希咲 七海のパンチラ画像だ。先程弥堂が説明した通りの色と柄の下着を身に付けた自分の下半身が露わに写し出された画像に一瞬で羞恥が全身を駆け巡った。

 画面に映っていたのはカメラに背中を向けている自身の親友と対面しながら、片足を上げてスカートの中を露わにした自分の姿だ。
 否定をする余地などないほどに下着だけでなく顏まではっきり映し出されている。

 一目見てすぐわかった。朝のHR開始前に、水無瀬 愛苗の髪を直してやった時の一幕を切り取ったものだ。水無瀬が落としたヘアブラシを両手がふさがっていたので、膝で落下中のそれを蹴り上げてキャッチしたあの時のものだとすぐに思い至る。

 あの時内心で自分の手際に、『キマったわ、ふふん』とドヤっていたのに、奇跡的なタイミングで足を上げた瞬間を盗撮されていたとあっては、完全に自分がバカみたいで頭がカッとなった。それが怒りからなのか羞恥からなのか、自分でももう何が何だかわからない。

 角度的に窓の外から撮影したはずのこんな画像が何故存在するのか、さらに何故この男がそれを所有しているのか、わからないことだらけで頭の中がグチャグチャになる。


「何だと? お前のおぱんつだろうが。まだしらばっくれるつもりか」

 女生徒の下着盗撮画像を証拠品として堂々と突きつける男は強気に自供を迫った。

「そうじゃなくって…………てか、あんたそれ――とうさつ! かえせっ‼」

 大分遅れて、現在目の前に居る普段教室を共にするクラスメイトの男子が、自分のあられもない姿を撮影した画像を所持していることの恥ずかしさに理解が追い付き、すかさず飛び掛かってスマホを奪い取ろうとする。
 それを弥堂は余裕をもって躱した。

「返せも何もこれは俺の私物だ」

「そうじゃ! ない! わよ‼ わかってんでしょ! それ消せっ‼」

 身を躱す弥堂を追い、言葉を連ねながらスマホを奪うためにパンチを繰り出すように連続で腕を伸ばしていく。それを弥堂は半身になり上手く重心を連続で移動させながら彼女の攻撃を空転させていく。

 その様子を遠巻きに見ながら法廷院たちは一体どんな画像だったのかという議論を重ねていた。彼らの方からは死角であり、弥堂のスマホの画面に写っていたものを窺い知ることは出来なかったが、しかしそれが却って思春期の少年たちの豊富な想像力と好奇心を強く刺激した。

 白井はそれには加わらずにまたも視線に憎しみを漲らせていた。

「これ見よがしにまたじゃれつきやがって……」

「…………」

 その横で高杉もまた議論には加わらずに無言で二人の応酬を見ていた。その表情は真剣そのものであった。

「どうしたんだい? 高杉クン」

「……代表……いえ、ただ…………」

 その様子を怪訝に思った法廷院が彼に尋ねるが、高杉は彼らしからぬ煮え切らない返事をした。視線は弥堂と希咲に釘付けなままだ。希咲が攻撃を繰り出し、それを弥堂が避ける。その応酬の速度がどんどんと上がっていく。


「消すことは、出来ん、なっ。これは、証拠品として、俺の元へ預けられた、もの、だっ」

「ふざっ、けんじゃ! ねぇっ、わよ! いい、からっ! そのスマホっ、よこせっ‼」

 弥堂のスマホを奪うべく伸ばしていた希咲の腕はもうそれを狙ってはおらず、弥堂自身へと目掛けて直接放たれていた。彼女の速度が加速度的に上がっていき、もはや拳を握って繰り出されているその突きは、ついには弥堂の顏を確かに掠めた。

 弥堂の眼つきが変わる。


「ただ、これはもう、じゃれあいなどというかわいいものでは――」

「――もう怒った」

 高杉がそこまで答えた時、静かに声を発した希咲は次の瞬間には弥堂の懐に入り込んでいた。

「――⁉」

 高杉とやり合っていた時でさえ一切の余裕を崩さなかった弥堂の眼が見開かれる。完全に反応が遅れた。


 その隙に流れるような動作で、しかし高杉の、そして先程の弥堂のスピードよりも圧倒的に速く希咲はその細長い美しい右足を跳ね上げた。

 虚を突かれた弥堂は回避は不可能だと断じ、左腕を上げて彼女のハイキックをガードしようとする。その速度には確かに後れをとったが、しかし所詮は細い女の力だ。じゃれついてくる程度ならあしらってやるが、このように実力行使に出るのならば話は別だ。
 彼女の蹴りをガードした後に床に引き倒して制圧する。そのように弥堂はプランを立てた。

 しかし、それは叶わない。

 希咲の足が弥堂のガードの腕に叩きつけられた瞬間、ズガンっと重い音を立て弥堂の身体が浮いた。


「なん、だと――」

 腕と足、とは謂え体重が50㎏あるかどうかすら怪しい細身の希咲に完全に力負けをした。


 弥堂は追撃を警戒してバックステップで距離をとる。希咲はそれを追わなかった。その場に立ったまま静かに弥堂へと視線を向ける。


「バカな……」

 その様子に高杉は驚愕で目を見開いていた。

 先のマッチアップで一度たりとも自分は弥堂にクリーンヒットを与えられなかった。しかし、多少は素人なりに喧嘩は出来たとしても、まさか本格的な戦闘を熟せるなどとは微塵も考えていなかった女子生徒が、ガードの上からとはいえあっさりと自身を打倒した男へと有効打を見舞っていた。今まさに目にした出来事であるが、俄かには信じ難い。


「どういうつもりだ。ここまでの暴力の行使をされればこちらとしてもただで済ますわけにはいかんぞ」

 強気な姿勢とは裏腹にそれとなくガードした左の腕の動作を確かめる。多少の痺れが残ってはいるが、折れてはいなかった。それはつまり、折れていてもおかしくはない威力の攻撃を、この少女が撃ってきたと体感したということだ。


「どういうつもり……? ハッ――こっちの台詞よ。てか、もういいわ。喋んなクソ野郎」

「そうか。ならば業務妨害と見做しこちらも実力で排除する」

 完全に雰囲気が変わり嘲笑うかのように吐き捨てる希咲の様子を見て取り、弥堂もまた完全に彼女を敵性存在として相対することを即断する。

「うっさいのよ、風紀委員だかなんだか知んないけど、エラっそうに。あんたチョーシのりすぎよ」

「…………」

 先程までとは違う。希咲の眼に宿るのはもはや敵意しかなかった。

「なに? 黙っちゃって。一発でビビっちゃったわけ?」

「黙れと言ったり喋れと言ったり、コロコロと言うことが変わるな。典型的なバカ女の特徴だ」

「減らず口ばっかね。あんた絶対泣かしてやるわ」

「さっきから泣いてばかりいるのはお前だろう。安心しろ、どうせお前はまた泣くだろうがちゃんと泣き止むまでいくらでも付き合ってやる。拷問部屋でな」

「上等よ――」


 完全に敵対し戦闘に入る二人の雰囲気に緊張が高まる中、高杉は固唾を飲んでそれを見ていた。


 他4名は突然始まったガチな仲間割れに着いていけず、ぽかーんと間抜けに口を開いて思考停止していた。
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