俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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序章 俺は普通の高校生なので。

序章22 聖域の証左 ①

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「お前らもう帰れ。カスどもが」


 あれから十数分。邪魔者(被害者)を無力化し、犯人グループに訴訟をチラつかせて彼らの両親から示談という名目で慰謝料を巻き上げようと気炎を揚げていた弥堂であったが、あっという間にやる気をなくしていた。


「狂犬クン、キミさ。連行すると言って暴力を奮ったと思ったら帰れ。次に訴訟するとか脅したと思ったらまた帰れ。傍若無人にもほどがあるぜぇ」

 いよいよ大詰めといった様相を演出したのちに、彼らに対して具体的にどれほどの額を出せるのかヒアリング(脅迫)をしたところ、彼らの家庭は然程裕福なわけでもなく、とても多額の慰謝料も学園への寄付金も払える余裕などはないということが発覚した。

 彼らの口から語られた内容が事実であるか確認をするために、弥堂は自身の所属する部活動の情報部と言ってもいい存在である『Y’sワイズ』へと事実確認をするようメールで要請をしたが、ほぼ即答で事実であると返信が送られてきた。

 何故、対象の名前を告げただけで彼らの両親の経済状況をY'sに調べることが出来るのかは弥堂にはわからなかったが、あのやり手の廻夜部長が任命した情報官である。その真偽を疑っていては仕事にならない為、弥堂はそこには疑問を持たずに事実であると認定をした。


 例え裁判で勝ったとしても被告が支払い不能な金を国が立て替えてくれるわけではない。分割にしたとしても、その後は彼らに対し毎月夜逃げを警戒しながら自力で金を回収しなければならない。とてもそのような労力は割いてはいられなかった。
 知り合いの闇金業者で無理矢理金を借りさせて東南アジアあたりの漁船に突っ込む方法もとれたが、なるべく業者に外注をして借りは作りたくない上に、学園の支配者たる生徒会長からも極力退学者を出すなと厳命されている。

 これでは諦める他なかった。

 弥堂はいつだって自分のような社会的に立場の弱い者が不遇を強いられる、そんな世の中を嘆いて憤って、すぐに切り替えてやる気を失った。それと同時に金になると先程脳内で上げた希咲 七海に対する評価を4つほど下げた。

 そしてそんな弥堂の態度を見て希咲 七海は彼女のこれまでの人生で最も強い軽蔑を込めた視線を投げた。


「あんたマジでクソね」

 ついさっきまではやり方は色々な意味で本当に最悪で酷かったが、少なくとも自分の為に戦おうとしてくれている姿勢は見えたので、ギリギリどうにか飲み込んできた。しかし、金にならないと見えるや否や隠そうともせずに露骨にやる気をなくし、即断で事態を放り捨てた無責任極まりないこの男への怒りがぐつぐつと煮え滾る。

「ちっ、使えない女だ」

「あんだとこらぁ。てめぇ勝負しろこのやろー」

 そんな自分へと本当につまらなそうに舌打ちして吐き捨てる弥堂が憎たらしくて仕方ない。なんならこの場にいる誰よりもこのクラスメイトの男子をぶっ飛ばしたかった。
 元々対立していた法廷院たち『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』によって嫌な思いをし、実際のところ結構なショックを受けていたのだが、その渦中に現れたこの味方のはずの弥堂 優輝には、それまでの出来事の全てが吹き飛ばされるくらいの散々な扱いをされた上に酷い辱めを受けた。完全に上書きをされた。もちろん悪い意味で。

 唯一の救いは、弥堂が現れるまでの出来事は落ち込んでしまう類のショックだったので、それが弥堂からの仕打ちにより怒り一色で全身をカッカと燃え上がらせるようなエネルギーに現在満ちているのはある意味ではよかったと言えなくもない。もちろん無理矢理いい風に捉えるなら、の話だが。


「そういうわけだ。全員帰れ」

 そういうわけで、不遜に言い渡す風紀委員の男に対してこの場の全員のヘイトが向いていた。




「いやよ! まだ私の要求を叶えられていないわ!」

 弥堂への憤りはあるものの、疲労感の方が勝るので全員がもう帰りたいと願う中、不屈のメンヘラ女である白井さんが強情にも主張を取り下げない。この場の全員がうんざりとした眼を彼女へ向けた。


「いつまで言ってるんだ、鬱陶しい女だな。失せろ」

「ふん、今更そんな甘い言葉を囁いたって騙されないわ! 私の目の前で希咲を口説いておいてどの口が言うのかしら」

「白井さん的にこれは甘い言葉なんだ……」

 希咲は違う生き物を見るような眼を白井へと向けた。

「なによ! その勝ち誇った顏は! 見下さないでちょうだい!」

「いみわかんない。一体これまでの何を見てきたのよ……なんなら、ここに居る全員の中でこいつが一番嫌いだわ、あたし」

 そう言って弥堂を指差すが、このような希咲の態度もメンヘラフィルターを通すと『あたしは別に全然好きとかじゃないんだけどー、こいつがさー勝手に言い寄ってきてさー、強引で困ってんのよねー』という、煽りにしか見えない。

「もういい、面倒だ。一緒に便所にでも行っておぱんつを見せてこい。それでいいだろ」

「それじゃダメよ! ちゃんと男たちの居る前で晒してもらうわ! 私と同じ場所まで降りてきなさいよ‼」

「ちっ、狂人めが」

 目ん玉をガン剥きして血走らせながら叫ぶ女を弥堂は心底から見下した。頭が狂っている人間を説き伏せることは不可能なので彼女と話していても埒があかない。


「――だそうだ。お前ちょっとそのスカート捲れ」

「はぁ⁉」

 なので比較的話が通じる方に無茶な注文をしてみた。

「ちょっと醤油とってみたいなノリで、気安くとんでもないこと言うんじゃないわよ! いやに決まってんでしょ!」

「だが、このままじゃこいつを殴って表に放り捨てる以外に終わらんぞ。サッと捲ってそれで終わらせた方が効率がいいだろう」

「あんた女性の尊厳をどうこうする専門家なんじゃなかったっけ」

「そんな時もあったな。しかし、お前はどうせいつも其処彼処で頼まれもせんのにおぱんつを見せて廻っているらしいじゃないか。減るもんじゃなかろう」

「んなことするわけあるか! 適当なこと言うな!」

「しかし、然る筋からの確かな情報だ」

「どこの筋だぼけっ! 教えろ! そいつ引っ叩いてやる」

「それはお勧めしない、俺は構わんがお前らは大変なことになるぞ」

「どういう意味よそれ!」

 弥堂は頭にお花の咲いた、目の前の希咲の親友である少女を思い浮かべながら忠告をした。彼としては皮肉や脅迫のつもりではなかったのだが、今の希咲にとってはそれは挑発にしかならなかった。

「ほら、私の言った通りじゃない! やっぱり誰彼かまわず――」
「――白井、だまれ」
「――…………」

 すかさず調子づいた白井さんが口を挟もうとしたが、いい加減我慢の限界が近い希咲にマジの眼を向けられさすがの彼女も委縮した。

 基本的に一般生徒に手を出したりなどはしない希咲さんであったが、あくまでそれは基本的な話であり、ここまで基本と呼べるような日常からかけ離れた状況が続くと例外的な対応もとらざるをえない。
 少なくともそう匂わせるだけの迫力が今の希咲の形相にはあった。

「おい、さっさと見せてやれ。早くしろ」

「いい加減にしときなさいよ、あんた。てか、さっきまでのあんたの理屈からいくと、あたしは今あんたに何割レイプされてることになるのかしら?」

「何の話だ? 知らんな」

「こっ、このクズやろう……」


 拳を握りしめプルプルと震えながら怒りをギリギリで堪える希咲の様子に、周囲の者は身を退くが、弥堂は何ら悪びれる様子もない。

「きょ、狂犬クン? ほら、さ? 実際問題ね、女子にそんなこと要求するのは普通に間違ってるし、キミがさっき言ってた通り犯罪だからさ、ね? やめよ?」

 何故か、法廷院が気を使って執り成しに入るが、すぐにギロッと白井に睨まれて口を閉ざす。


「ふむ、そうだな。では間をとろう」

「あいだ? こんなのに何の間があるってのよ」

 平和的に公平な解決方法をとろうと風紀委員の弥堂から提案を持ち掛けるが、希咲の険は緩まない。油断をするとこの男は突然何を言い出すかわからないので一層不信感を強めた。

「うむ、こいつらはお前のおぱんつが見たい。お前は見せたくない。そうだな?」

「当たり前じゃない」
「いや、ボクらがパンツ見たがっているって言い方はなんか誤解を生むんじゃないかな」
「事実でしょ、変態ども」

「では、見たくないのか?」

「忌憚のない意見を言わせてもらえるのであれば、正直なところそりゃ見たいよ」
「しね、へんたい」

 忌憚のない意見を述べた法廷院は希咲に害虫を見る時の眼を向けられるが、何故か彼は胸を張り己というものを曲げなかったことを堂々と誇った。


「では、こうしよう。直接の目視はなし、代わりにどのようなおぱんつを着用しているのかを口頭で情報開示する。これで双方折れろ」

「ほう」
「ふざけんじゃないわよ!」

 弥堂からの折衷案に弱者の剣側は一定の興味を示し、希咲は激昂した。

「そんなの生温いわ! 納得できるわけがないじゃない!」

「ちなみにこれで解決しないのであれば、俺は再びお前らに暴力の行使をする。次は手加減はしない」

 ついでに白井さんも激昂したが、弥堂からの無慈悲な脅迫に屈してすぐに黙った。

 ということで、この場で納得のいかない者は希咲だけとなった。当たり前だが。


「どこが間なのよ! 結局あたしだけ損してんじゃない! ちょっと、聞いてんの? こっち向きなさいよ!」

 弥堂へと抗議をするが、怒りの声を向けられている彼はじっと車椅子に座る法廷院の方を見て反応をしない。弥堂の視線に気づいた法廷院も不思議そうに首を傾げた。

「ちょっと、弥堂!」

「あぁ、少し待て」

 詰め寄ろうとする希咲を片手で制し、ズカズカと法廷院の方へと歩いていく。

「ヘっ? えっ? なに? なんだい?」

 無言で近づいてくる弥堂に危機感を感じ焦るが彼は何も答えない。法廷院の背後の高杉が警戒の体勢に移るよりも早く、弥堂は車椅子のフットレストに置かれた彼の足をガッと乱暴に掴むとそのまま引っ張り上げた。急に重心が派手に加わって背もたれからひっくり返りそうになる。

「うっ、うわわわわっ」
「くっ、代表っ」

 それにより車椅子を支えることを余儀なくされた高杉は法廷院を守るために割って入ることが出来なくなった。

「ちょっ、ちょっと、何するんだよ狂犬クン!」

 弥堂は尚も無言で作業を進める。法廷院の履いている室内シューズをこれまた乱暴に脱がせるとその辺に適当に放り、そのまま続いて彼の靴下を脱がせにかかる。

「あぁっ! やめてぇっ! いやぁっ、無理やり脱がせないでぇっ‼」

 暴漢に乱暴をされる乙女のような悲痛な叫びをあげるが、弥堂は当然無視をした。

 そして何の苦もなく法廷院の両足の靴下を剥ぎ取ると、制服の上着の内ポケットから押収した証拠品を一時的に保存する為に常に持ち歩いている大きめの密閉袋を取り出し、その中に靴下を放り込み淀みなくチャックを閉めると懐へと仕舞う。
 脱ぎたてほやほやの靴下の温もりが袋と制服越しに伝わって大変に不快だったので、腹いせに車椅子に一発蹴りを放ち、そのまま何事もなかったかのようにもとの場所へと引き返してくると、唖然と口を開けて自分を凝視している希咲へと向き直る。


「どこが間なのか、だったな。いいか、よく聞け――」

『いやいやいやいやいや‼』

 その場の全員からの総ツッコミが入った。希咲からの質問に真摯に答えようとしていた弥堂は気分を害した。


「なんだ」

「なんだ、じゃねぇわよ! 今のなんなのよ⁉」

「なんのことだ?」

「いや! あれっ! くつした!」

 何のことだと聞かれても、何が起こったのかさっぱりわからなくて説明のしようもなく、突然衣服を剥ぎ取られて大変なショックを受けたのか、高杉の逞しい胸元に顔を埋めて泣きじゃくる法廷院を指さして一連の弥堂の行動を示唆する。

「うん? まぁ、気にするな」

「あんた何もかもが脈絡なさすぎるのよ……」

 弥堂は面倒だったので説明を拒否したが、希咲ももうだいぶ疲れが色濃く、別にあのような凶行の理由がどうしても知りたいわけではないのでスルーすることにした。

「うぅ……突然無理矢理に身を晒される恐怖がよくわかったよ……やっぱりこんなことはよくない……」

 法廷院は涙ながらに深く反省をした。


「うむ、どうやら奴も自らの行いを悔いているようだ。お前も少しは歩み寄っておぱんつの色と形状だけでも教えてやれ」

「ちょっと待って……とりあえずいやだけど、あたしもう、ほんともう……頭が追い付かないの……あんたマジでなんなの……」

「風紀委員だ」

「…………」

 希咲は身に襲い掛かる未だ経験をしたことがないような途轍もない疲労感に押しつぶされそうで、眉間を指で揉み解しながら何かを言い返そうとして口を開け、しかし返す言葉が何も見つからなくて諦めた。
 
 風紀とは何だったか、正しさとは何か。もう何もかもがわからなかった。


「うやむやにしようたってそうはいかないわよ。あなたのその口からしっかり説明なさい」

「白井さんホントしつこい……」

「白井さん! もうやめよう! これはとっても『ひどいこと』なんだ! だってそうだろ――あの差支えなければで結構ですので、簡単に開示できる範囲でいいのでどうかお願いします」

 改心した法廷院が擁護に回ろうとしたが、白井の一瞥であっというまに寝返った。人はそう簡単には変われはしないのだ。


「ほれ、さっさと言ってしまえ。適当でいいそうだぞ」

「てっ、適当たって……なんであたしが…………その、ふ、ふつうよ。ふつうのやつ……」

 嫌がりながらも希咲は何故か答え始めた。彼女からはもうだいぶ正常な判断能力が失われていたのだ。主に弥堂のせいで。

「普通ですって……? 色は?」

 しかし白井さんはその程度では納得しない。懐疑的な視線だ。

「え? 色?…………しっ、白よ。ふつうに白」

「怪しいわね……Tバックでしょ?」

「ちっ、違うわよ! 普通の白いやつ!」

「嘘ね」

「なんで!」

 キョロキョロと目を泳がせ、何故か周囲の者の顔色を伺いながら答える希咲の様子から、白井は嘘であると断定した。

「希咲、いい加減に観念しなさい。あなたはギャルなんだからどうせ黒でしょう?」

「ちっ、ちがうわよ! 嘘じゃないから!」

 白井による尋問が続く中、希咲はあくまで自身はシロであると言い張る。

 そもそも、もはや適当に答えればいい状況になっているので、黒だと言って納得させてしまえばいいだけの話なのだ。弥堂なりに配慮した結果このような状況を作り出したのだが、その意図は全く以て彼女に伝わってはいなかった。重ねて言うが、彼女は判断能力が疲労により平時よりもはるかに低下していた。主に弥堂のせいで。


 その弥堂は、希咲の下着になど興味がないので、スマホのメールチェックをしていた。すると新たに届いていた情報を確認していく中で、ふと、昼休みにY’sから送られてきた画像のことを思い出した。その画像とはもちろん『希咲 七海おぱんつ撮影事件』の証拠画像である。

「ふむ」

 顎に手を置き一つ頷くと、シロだクロだと言い合う女たちに目を向ける。

 適当に相手に話を合わせて終わらせろというこちらの意図は希咲には伝わっていない様子だったので、弥堂はもう自身が介入して終わらせることを決めた。
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