俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章03 Good Morning ③

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「じゃあ、私は席に戻るわね。そろそろ先生も来る頃だから、3人ともほどほどに、ね?」


 懸命に水無瀬をあやす希咲を尻目に、「じゃあ弥堂君、HRの件よろしくお願いします」と綺麗なお辞儀をしてサッと立ち去っていく。そんな野崎さんを見て、弥堂は見事な引き際だと感心をした。


 きちんとメリハリをつけて行動をする彼女に比べて、いつまでもガキのようにギャーギャーピーピーと喚いている隣の座席の二人へ侮蔑の視線を送る。


 すると、希咲がカーディガンのポケットから何やら香水の小瓶のような物を取り出しそれをハンカチに振りかけて、自らの装備品である補強ワイヤーの跡がついた水無瀬のほっぺにそのハンカチをチョンチョンっとしていた。


「お前、そんなことしたってどうにもならんだろ」

「うっさいわね。カンケーないでしょ、黙ってなさいよっ」

「そりゃそうだ」


 確かに彼女の言うとおりであると、弥堂は特に裏もなく言葉通り彼女の意見に同意をしたのだが、希咲にはそれは厭味にしか聞こえなかった。

 というか、いくら強い呆れを感じたからといって何故余計な口をきいてしまったのだろうと、彼女らから目を逸らし弥堂は自分自身への疑心に眉を歪め、希咲は彼からの皮肉に――彼女は受け取った――やはり眉を歪めた。


 それまでずっとメソメソしていた水無瀬はいつの間にか泣き止み、ぱちぱちと瞬きをするとそんな二人の顔をキョトンと見比べた。


 水無瀬が自身の顏をじーっと見上げていることに気が付くと、希咲は不機嫌な顔を一転させ眉をふにゃっと下げる。


「愛苗ぁ……ホントにごめんねぇ……ゆるしてくれる……?」


 今度は逆に希咲が不安そうな顔で目尻に涙を浮かべているのを見て、水無瀬は彼女を安心させるようにニコーっと笑う。


 そして希咲の頬っぺたを指先で優しく摘まむと僅かに力をこめてから、その摘まんだ箇所をふにふにと軽く上下に動かした。


「うぇっ――⁉」


 突然のことに希咲は驚き素っ頓狂な声をあげる。

 すると水無瀬はすぐに摘まんでいた指を離し、今しがた掴んでいた希咲の頬に掌をあててじっと真っ直ぐに彼女の瞳を覗き込んだ。


「えっ……? えっ…………⁉」


 事態についていけない希咲が言葉を失っていると、水無瀬はさらに彼女へ向ける笑みを深めてあげる。


「これで『おあいこ』だよ? ななみちゃん」

「えっ…………? あっ――」

「だから許すとか許さないとか、そんなこと心配しなくていいから……私怒ったりしてないからね」

「う、うん……」

「大丈夫だよ……? 私はななみちゃんのこと大好きだから……ね?」

「う、うん……あたしも…………すき…………」


 周囲に白いお花がぶわっと咲き乱れキラキラと輝いたようにクラス中に錯覚をさせ多くの者がほわぁとする。

 隣の席に座っていた弥堂はその大ぶりな花に顔面を押し退けられたような気分になり彼女らに迷惑そうな眼を向けた。


 水無瀬が労わるように希咲のほっぺたをすりすりし、希咲がその手に自らの手を重ねてうっとりと水無瀬を見つめていると、朝のHR開始を報せる時計塔の鐘が何時もどおりの大音量で鳴り始める。


 少女たちはその音に二人揃ってハッとなり、続いてお互い苦笑いを浮かべながら顔を見合わせる。


「髪……途中になっちゃったわね……」

「だいじょぶだよ! とりあえず適当に縛っておくし!」

「HR終わったらチャチャっと直したげる」

「ほんと? えへへ……やったぁ……!」

「じゃ、あたし一回戻るわ。またあとでね」

「うんっ。ばいばいっ」


 そう約束して彼女たちは別れる。といっても同じ教室内だが。


 振り返ってすぐに希咲は歩き出さず、水無瀬の隣の席の弥堂をキッと睨みつける。


「まだ何かあるのか?」

「あんたが悪いんだからねっ!」

「なんでだよ……」

「うっさい! やっぱあんた嫌いっ!」


 ビシッと指差してそう宣言するとフンッと鼻を鳴らしてズカズカと彼女は歩き出した。


 足早に自席へ向かう彼女が通り過ぎた後で、「ヤキモチ?」「ヤキモチ」「ヤキモチか」「ヤキモチなん?」と囁き声が聴こえてくる。

 揶揄うようなその声たちにカチンときた希咲はグルンっと勢いよく振り返ると両手を突き上げ――


「うるさああああいっ――‼‼」


 教室中に響き渡るような大声で癇癪を起したように喚く。


 奇しくも、彼女のその絶叫とほぼ同タイミングで規定回数を消化した鐘の音が鳴りやみ、さらに同時にガラっと教室の戸が開かれる。

 現れたのはこの2年B組の担任教師である木ノ下 遥香だ。


 まだ社会に出て二年目である若い担任教師は異例とも云える早さで今期から担任を任されていたが、新学年が始まり1週間も過ぎた頃には自分は任されたのではなく押し付けられたのだということに気が付いていた。

 問題児ばかりを集めて纏めたのでは、と職員室内で噂のこの2年B組の素敵な生徒達と日々触れ合うことで社会で自立して生きていくことの難しさに打ちひしがれ、彼女はすっかりと自身を失くし弱気になっていた。


 そんな彼女が、「金曜だし今日さえ乗り切れば休みだ!」と己を鼓舞して自らの預かる教室に入るなり、ハーレムとかいう正気を疑うようなコミュニティを取り仕切るギャル系JKに出合い頭に大声で怒鳴られてしまった恰好だ。

 木ノ下先生はビクっと大袈裟に怯える仕草を見せた。


「あ、あの…………希咲さんごめんなさい……先生そんなに乱暴に開けたつもりはなかったんだけど…………うるさかったよね……? ごめんね……?」

「ちっ、ちがうんですうぅぅぅっ!」


 恐る恐る顔色を窺いながら謝罪をしてくる自らの担任に希咲は慌てて釈明をすることになった。



 結局、怯える担任教師を宥めすかしてどうにか誤解を解き、衆人環視の中で誠心誠意謝罪をした後、彼女は耳を紅くしながら最後列の自席へと戻っていった。



 弥堂は後方から恨みがましい視線を感じた気がしたが、当然気がしただけなら気のせいなので気が付かないフリをする。



 こうして本日の2年B組の朝のHRは数分遅れで開始された。





 私立美景台学園高校2年B組の担任教師である木ノ下 遥香は気を取り直して教壇に立つ。


 先生なのに朝イチでギャルにブチギレられるという不運に見舞われたが、どうやらそれは誤解であったようなので「自分はまだ大丈夫」と己を奮い立たせる。

 まだ若干膝が震えているがしっかりと二本の足に力を入れて立つ。


 そんな教師の姿に、木ノ下先生が立つ教卓の目の前の席に座るこのクラスきっての常識人である日下部さんは痛ましい目を向けた。


 生徒からのそんな同情の視線には気付かず、パニックになってはいけないと木ノ下は脳内で自分のするべきことを確認する。


 まずは出欠確認だ。


 一人停学中の生徒がいるが、彼以外はみんな登校しているだろうかと、点呼を始める前に一度教室内を見渡すことにする。

 脳裡に浮かべた『停学』という単語にキリと胃が痛んだ気がしたが、気力でねじ伏せて教室の左端から右端へと視線を移動させていく。


 右端の窓際まで見渡したところで、どうやら全員来ているようだと安堵する。

 そのまま視線を中央へ戻そうと左方向へ僅かに目線を動かしたところでギョッとし、焦って窓際の席を二度見する。


 木ノ下の視線が釘付けになっているのは水無瀬 愛苗だ。


「みっみみみみみ水無瀬さんっ⁉」

「はいっ!」


 突如大声で名前を呼ばれ、何故今日は自分から点呼されるのだろうと若干不思議に思ったが、よいこの愛苗ちゃんはお手てを上げて元気いっぱいにお返事をした。

 らぶりーな彼女の仕草に周囲の生徒さんはニッコリとしたが、木ノ下はそれどころではない。

 注意深く水無瀬の姿を見遣る。


 左側のおさげだけが解けており、元々三つ編みをしていたのでその髪はウェーブして乱れている。そしてその髪がかかる顏の左頬には何か痛手を受けたような赤い跡があった。そして着衣にも若干の乱れが見える。


 まるで詳細に言語化することが憚れる類の乱暴をされた後のように、木ノ下の目には映った。


「みっ、水無瀬さん……! あの……だ、大丈夫……なんですか……⁉」

「え……? んと……はいっ! 元気ですっ!」


 何を聞かれているのかまるで理解していなかったが、水無瀬はとりあえず元気いっぱいにもう一度お手てをあげた。


 どう見ても大丈夫ではない姿でニコーっと笑顔を向けてくる彼女に、木ノ下は茫然とした目を向ける。


 どうしたものかと迷っていると水無瀬の隣の席の男が目に入った。


「…………弥堂くん」

「はっ」

「……なにか、知りませんか……?」

「質問の意図がわかりかねますね」

「……水無瀬さんのことです」

「不明瞭すぎてどうとも答えようがないな」


 言い回しが若干アレなものの、弥堂としては本当に言葉通り何を聞かれているのかわかっていないのだが、木ノ下はそんな彼に懐疑的な目を向けた。


「あ、あのっ、先生どうしたんですか⁉」


 そんな二人のやり取りに不安を覚えた水無瀬が割って入ると、教師は意を決したように水無瀬に再度問いかける。


「……水無瀬さん。聞き辛いのですが、その姿は一体何があったんです…………?」

「え?」


 慎重に窺ってくる教師からの問いに水無瀬は自身の服装を見下ろしつつ顔をペタペタと触って自分の姿を確かめる。


「あっ! その、ごめんなさいっ! だらしない恰好で……!」

「……それはいいの…………でも、それは誰かに何かをされたの……?」

「え? えーと……これはななみちゃんに――」

「――希咲さんっ⁉」

「は?」


 水無瀬の言葉を最後まで聞くことなく、彼女の口から出た名前に驚いた木ノ下はギュンッと希咲の方へ視線を回す。


「希咲さん……っ! あなた、なんで……!」

「へ? あたしがなにか?」

「あなたと水無瀬さんは仲良しだったじゃない! どうしてこんなヒドイことを……っ⁉」

「ヒドイこと……? って――あっ!」


 突然教師に咎めるように問い詰められ、困ったように水無瀬の方へ視線を向けると、着衣の乱れた彼女の姿を見てようやく木ノ下の意図を察する。


「ち、ちがうんですううぅぅぅっ!」


 ついさっきも聞いた絶叫が再び教室に響いた。

 希咲はまた数分をかけて教師の誤解を解き、何故かまた謝罪をするハメになった。



「……ごめんなさい。先生早とちりしちゃって……」

「……いえ、いいんです……なんか、あたしもごめんなさい……」

「で、ではっ! 出欠をとりますねっ!」


 己の失態を誤魔化すように急いで出欠の点呼を始めた教師を希咲は特に咎める気にはならなかった。

 なんかもうとにかく恥ずかしかったのだ。



 木ノ下が名前を呼び、該当する生徒が返事をする。


 そんな毎朝の教室のルーティンを聞き流しながら弥堂は隣の席を横目で見遣る。


 乱れ髪のまま自分の名前が呼ばれるのをお行儀よく座って待つ水無瀬を見て、次いで口を閉ざしたままの彼女のスクールバッグを見る。


 教室に着くなりすぐによくわからない寸劇を希咲と演じていた彼女なので、当然その荷物の中身を整理する時間などなかった。


「……今のうちに荷物を整理した方がいいんじゃないのか?」

「え?」


 点呼中に突如隣から声をかけられ水無瀬は驚く。


「HRが押しているから教材を鞄から出して机に詰めておいたらどうだ? HR後も希咲と予定があるのだろう? 1時限目に間に合わなくなるから今のうちに済ませておいた方が効率がいいだろ」


 弥堂からアドバイスのようなものをもらった水無瀬はぱちぱちと瞬きをすると、


「うん。でも、先生が点呼してるからちゃんと静かにして待ってないと……」

「そうか」


 自らの効率よりも礼儀だと言う彼女に弥堂はどうでもよさそうに答えて黙った。


 しかし、自身の左頬を突っつく視線が気になり再び水無瀬を横目で見る。

 彼女はニコニコしながら、じっと弥堂を見ていた。


 目を細める。
 

 弥堂は彼女がこちらにしっかりと顔を向けたことで顕わになった左頬を視る。

 木之下に見咎められた頬についていた跡がきれいさっぱり消えている。

 
「……なんだ?」

「え? んーー……なんか今日は弥堂くんがいっぱいおしゃべりしてくれるなーって」

「……気のせいだ」


 愛想もなくそう返して弥堂は今度こそ黙った。

 しかし、心中で水無瀬に言われたことを考える。


(確かに余計なことか……)


 無自覚に緩んでいると反省をしていると教師に自分の名が呼ばれたので無感情に返事をする。

 そのまま目を閉ざしこの時間が過ぎるのを待った。



「では、今朝のHRは私からは以上です。この後は風紀委員会からの連絡があります。野崎さん、お願いします」

「あ、先生。今日は弥堂君の方から……」

「…………」


 前置いて学級委員であり風紀委員でもある野崎さんへバトンを渡そうとしたら、彼女からは自身にとっては決して望ましくない言葉が返ってきた。


 木ノ下は一度目を閉じ、数秒してから目を開けもう一度口を開く。


「では、風紀委員会からの連絡です。野崎さんお願いします!」

「おぉ……なかったことにしたぞ」
「遥香ちゃんちょっとメンタル強くなったな」

 先ほどより若干勢いをつけて同じ台詞を言ってみたら、生徒達から感心したような声が漏れた。


「えーと……」


 しかし、野崎さんは困ったように苦笑いだ。


 その表情を見て罪悪感に囚われた木ノ下は自身の目の前の席に着く日下部さんに頼りない目を向ける。

 常識人の日下部さんは沈痛そうな面持ちでただ首を横に振った。


「…………」


 木ノ下先生はギュッと強く目を閉じてから何かを堪えるようにして言葉を改める。


「…………弥堂君。お願いします…………」

「はっ」


 名を呼ばれた弥堂は今の一連のやりとりを全く意に介さず素早く立ち上がり淀みなく教壇へ歩き出す。


 木ノ下は大変不服そうな表情でスッと横に移動し彼に場所を譲ってから、その背中に油断なく監視の目を向ける。

 そんな教師と同じ気持ちであるクラスメイトたちのほとんどはとてもイヤそうな顔を教壇へと向けた。


 弥堂は視線の集まる教壇に立ち、一度着席する生徒たちを睥睨する。


「おい、クズども。一つ訂正だ。これからするのは連絡ではなく警告だ」


 開口一番の挑発的な言動に教室内に緊張が走る。


「この中に罪人がいる」


 続いて告げられたセンセーショナルな言葉に生徒たちは俄かにざわつくが、弥堂は意に介さず視界に全体が映るよう視点を調整し油断なく鋭い眼光を放つ。


 教室後方で希咲が額に手を当てたのが見えたが、それも意に介さなかった。
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