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1章 魔法少女とは出逢わない
1章51 死線上で揺蕩う窮余の一択 ②
しおりを挟む校舎の陰に身を隠しながら学園からの脱出を図る。
壁に背をつけ角の向こうを覗き見ると視界がぼやけた。
限界が近い。
裏山での作業を終わらせた後に弥堂は学園の西側にある通用口を目指していた。
既に警察や消防が敷地内に入って来ていてもおかしくはない時間だ。ヤツらの車輛は南側の正門か東側の来客用の門から乗り込んでくるはずなので、そちらを避けた脱出経路を選んだのだ。
だが、あれだけ五月蠅く鳴っていたサイレンがいつの間にか消え去っており、人の気配も全くない。
もしかしたら事故や災害ではなく最初から事件として扱われていて、その場合は中に踏み込む前に外を包囲している可能性もある。
そう考えた弥堂は誰がどう見ても現場の中心点となる時計塔前の広場まで様子を確認しに来ていた。
ここに誰も居なければまだ敷地内には侵入されてはいないだろう。
そうだとしたら脱出経路の変更が必要だ。
最悪山越えをする羽目になるかもしれないが、出入り口から外に出た瞬間に取り押さえられるよりはマシだろう。
咥内の肉ごと奥歯を強く噛み締める。
血の味を感じると同時に、掠れていた視界が少しはっきりとした。
五感はまだ生きている。
視線の先にあるのは――もしくは無いのは――時計塔と円錐のオブジェ。
どちらも倒壊していて、広場の様子は弥堂がここを一度立ち去る前のものと変わらないように視える。
どう考えても不審だが、これ以上近寄るわけにもいかない。
広場周辺に人の気配は感じないが、今の自分の感覚はあまり当にはしない方がいいだろう。
見切りをつけて弥堂はこの場から立ち去る。
やはり山に入るルートを選ぶことにした。
体力的に保たない可能性は高い。
しかし、死ぬのは別に構わないが警察に遺体を渡すわけにはいかないと判断した。
弥堂が立ち去った後で、断ち切られた円錐のオブジェの台座から薄く光の線が地面に広がる。
まるで魔方陣の様な図形を描いた。
弥堂はそれには気付かず、無理矢理に身体を動かし外を目指す。
視界がまたぼやけ始める。
血を流し過ぎた。
あちこち骨折したままの箇所から発生する痛みがどうにか意識を繋いでくれる。
もう半ば以上、自分が今どこに居て、どこへ向かっているのかもあやふやになってきていた。
死にかけながら物陰に身を潜め息を潜め、出会う人間は全て敵だと思いながら逃げる。
そんな現状をどこか懐かしいと感じてしまい、そんな自分を「どうしようもねえな」と自嘲する。
ゴミクズーとの狩り合いでは『ここは自分の庭』だと嘯いてみたりもしたが、決して目を瞑っていても歩けるといった程に慣れ親しんでいる場所ではない。
掠れた眼に映るものはもう何が何なのかわからない程にぼやけてしまっていて、もしかしたら脳の方が眼に映した情報を正しく認知出来なくなっているのかもしれない。
だが、こんなコンディションで街中や山中を逃げ回ったのは一度や二度ではない。
何となくでもどうにか歩いてどうにか進んでいける。
視力が正常だったとしても、自分がどこに向かっているかわかっていない身だ。
大して変わらない。
そう自分を騙しながら撤退の道を踏むが、しかしその思考の裏側ではわかっている。
こういった状況の時、自分は必ず見つかるのだ。
「――ふ、“ふーきいん”っ!」
(ほら、見たことか――)
心中で誰に向けたかもわからない毒を吐き、弥堂は大体の場所で足を止めた。
もうどこから声をかけられたのか、相手がどの位の距離に居るのかもわからないので、適当な方向を向く。
「“ふーきいん”……っ! オレッ……」
すると正対している方とは少しズレた角度から声が聴こえた気がしたので、足を引き摺って身体の向きを調整する。
視界に映した先には人物のシルエットがある。
小さな子供くらいの大きさだ。
「オレ……っ、寝ちゃってて……、気付いたら吊るされてて……、それで……っ!」
声から判断するに、赤い方のちびメイドである“まきえ”だろう。
そういえば“うきこ”が眠っている“まきえ”を簀巻きにして吊るしたとか言っていたなと思い出す。
彼女の表情は見えないが、声の様子から叱られる前に必死に言い訳をする子供の姿を思い浮かべた。彼女は表情に出やすい。だからまんまその通りなのだろう。
「オレがもう少し早く……、だったら……、だから……、ゴメンッ……!」
「問題ない」
途切れ途切れに聴こえてくる言葉では、一体何の言い訳をしていて、何について謝っているのかわからない。
もしかしたら自分の耳がバカになっているのかもしれないと考えた弥堂は、じゃあ聞いていても意味がないなと判断し、適当に答えてまた歩き出す。
“まきえ”の言い訳も謝罪も止んだ。
許されて納得をしたわけではない。
暗がりから近づいてきた弥堂の姿が、校舎の壁に付けられた小さな電灯の灯りの中に這入り込んだことで、その姿が俄かに闇の中に映える。
明るみに出た様相に“まきえ”は言葉を失い。息を呑みながら目を見開いた。
「――あっ……、あっ……っ? オレ……、ふーきい……、ごめんっ……」
「問題ないと言っただろ。そもそもお前に謝られる筋合いはない」
「だって……、オマエ…………、もう、それ…………っ」
水無瀬といい、これだから子供の相手は面倒だと舌を打ち、おそらく彼女の目の前であろう位置で立ち止まる。
「ゴメンっ、ゴメンっ、“ふーきいん”……っ、ごめんなさいっ……」
「“ふーきいん”ではなく、“ふうきいいん”、だ」
答える言葉を考えるのが億劫なので、いつも言っていることを適当に返す。
「青ちびはどうした?」
「“うきこ”……? “うきこ”なら正門で警察を追い返してるけど……、そんなことよりっ!」
話を逸らして煙に巻こうとしたが、そうそう上手くはいかなかった。
「オレがっ……! ちゃんと起きてたら……っ、ごめんなさい……っ」
「…………」
耳から入ってくる涙声が耳障りで、弥堂は無言で手を伸ばす。
泣いてる子供はとりあえず頭を撫でておけば宥められる。
しかし、頭部があると思った場所に出した手は何にも触れられずに空を切った。
そのせいでバランスを崩し身体をよろめかせると“まきえ”が支えてくれる。
そして、そっと左の手首を摑まれて、その手をぽふっと何かの上に置かれた。
子供に支えられて気まで遣われるとは情けないと、そんな自嘲する気持ちは顔には出さずにそのまま赤い髪を撫でる。
「……ガキは夜は寝てるもんだ。お前は間違ってない」
「でもっ、学園を“しゅご”することがオレの“やくめ”だし……」
「そうだな。そしてぶっ壊れたもんを直すのもお前の役目だ。そうだろ?」
「そう、だけどよ……」
「お前にはやるべきことがある。俺にもそれがあるし、だから行かなければならない。お互いやることをやる。いいな?」
「だけど、オマエが――」
「――問題ないと言っただろ」
「そんなわけないだろッ!」
「それは明日になればわかる。じゃあな」
「あっ――⁉」
言い捨てて手を離し、歩き出す。
「着いてくるな」とは言わない。
彼女は必ず主である郭宮生徒会長から与えられた役目を優先する。
そういう風に出来ているからだ。
警察を帰したというのはいい情報だ。
山越えをする必要がなくなった。
どこかしらの方向へ真っ直ぐ行けば、学園の敷地と外とを隔てる塀に辿り着けるだろう。
何処からどう出たのかは定かではないが、いつの間にか学園の前を通る国道沿いを歩いていた。
ズッ――ズッ――と、足を引き摺る。
目的地は新美景駅だ。
車道は自身の左手側、国道を挟んだ向かいには土手らしきものが見える気がする。
向かっている方向は合っていると確認し、足を引き摺る。
きっとここはいつもの帰り道だ。
この美景市を東西に横切る国道の美景台学園周辺のここいらは深夜帯になると人気がない。
すぐ近くの土手から川向こうの新興住宅街に架かる中美景橋は自殺スポットとまで謂われていたりもする。
当然今夜も同様で、弥堂以外に歩道を進む者の姿はなく、ごく稀に車が走り抜けることがあるくらいだ。
国道から一つ道を中に入れば旧住宅街があるため、国道に等間隔に置かれた街灯の間は広く、辺りに充分な明るさはない。
その歩道を這いずる半生の男の姿など誰の目にも留まることはない。
街灯の下を通るその時だけ、闇より世界へと姿を現す。
東京方面から走ってきた一台の車と擦れ違う。
ヘッドライトが一瞬だけ半死体を強く照らした。
眩いその光に目を晦ませ思わず瞼を閉じ足が止まる。
再び歩き出そうとするが、足は動かず、瞼も上手く開かない。
(ここまでか)
己の生命の限界を切る。
深夜で人目につかないとはいえ、開けた場所でくたばるのは憚られ、なんとなく狭く暗い場所へ行きたくなる。
ぼんやりとした視界で辺りを映すと、すぐそこに小さな路地の入口がある。
ちょうど近くに街灯があるおかげでそれが見えた。
せめてそこまでと壁から手を離すと、血痕が残った。
自分が生きた痕跡を何処にも何ひとつ残したくない。
袖口で乱暴に壁を擦る。
血痕が落ちたかどうかは見えなかったが、すぐにどうでもよくなった。
最後の力を振り絞り足を引き摺る。
ズッ――ズッ――と、音を引き摺って街灯の灯りの中から逃げ、暗い路地の中へ這入りこむ。
国道には人通りが無くなった。
ここいらは朝になるまでは碌に人も車も通らない。
たとえその辺の暗がりに死体がひとつ転がっていようとも、夜が明けるまでは誰も気が付くことはないだろう。
歩道から人の姿が消えてどのくらいか。
やはり他にここを歩く者は現れず、車もあれ以来一台も通らない。
照らすべき者を与えられない街灯だけが変わらず同じ場所に取り残されている。
それからさらに10秒、30秒。
1分か3分か経ったかもしれない。
暗く狭い路地の中から出てくる人の姿があった。
寂し気に待っていた街灯の揺れる灯りの中を、何の趣もなく、顧みることもなくスッと通り抜けたのは弥堂 優輝だ。
そのまま確かな足取りで、国道沿いに駅の方面へ足早に歩いて行った。
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