俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章57 陰を齎す光 ④

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「――なんじゃテメェコラァッ!」
「誰に手ェ出してんだァッ!」
「殺すぞボケェッ!」


 ジュンペーを不意打ちされたことでイキリたったスカルズの兵隊が数名向かってくる。

 弥堂はヤマトを視界の中心に捉えたままで、それらに対応した。


「――ぇぶッ⁉」
「ごぇぇッ⁉」
「いでぇッ⁉」


 最小限の動きで身体をズラし、相手の初撃にカウンターをあわせ効率よく無力化していく。


「オイテメェ……! オレが――」


 ドサドサっと倒れていく兵隊たちを見てジュンペーが立ち上がろうとするが、膝に力が入らずに崩れ落ちる。


「――グッ……、ゴハッ、ゴホッ……!」


 そして身体を押さえて咳き込むと口から血を吐いた。


「ジュ、ジュンペーくん……ッ⁉」
「ウ、ウソだろ……? ジュンペーくんをパツイチかよ……ッ⁉」


 この集団の中で最も喧嘩が強い者の見せたことのない姿に、スカルズの兵隊たちは狼狽え戦意を萎ませる。


 それを横目で視た弥堂はチッと舌を打つ。

 本来なら一人殺すつもりで放った一撃だ。

 インパクトの直前でターゲットが変わったからといって、かつて自身の師であった女ならこんなミスはしないと苛立つ。

 殺す時にきっちり殺せないから下手を打つのだと自嘲した。


 その舌打ちの音に、ヘタりこんでいたヤマトがハッと我にかえる。


 慌てて立ち上がり、後ろに下がって距離をとりながら、目元を隠すパーカーフードを持ち上げた。


「――“跪け”……ッ!」


 露出した目が妖しく光る。


 その様を無感情に視ながら、弥堂はヤマトへ向かって歩いた。


「はっ……? え? 効かない……っ⁉」


 自分の力が通用しないのはこれで本日三度目だが、明らかに逸脱した存在である魔法少女や化けネズミに効かないのとは訳が違う。それが大きな動揺に繋がった。


 身を固まらせるヤマトの胸倉を掴むと、表情を引き攣らせたその顔面に弥堂は拳を叩き落す。

 ヤマトは為す術なく地面に倒れた。


 すると――


「――おっ……⁉」

「動けるぜ! モっちゃん!」


 モっちゃんたちの拘束が解ける。


「――しゃあっ!」
「ジョオトォッ!」
「死ねやァッ!」
「カスがァッ!」


 彼らはすかさず弥堂に倒されたスカルズの兵隊に襲いかかり追撃のストンピングを喰らわせた。

 特にそうする強い理由があったわけではない。ノリだ。

 舎弟たる者、目上の方が一発カマしたら自分たちもボコってヤキをいれなければならない――彼らにはそんな気分になる習性があるのだ。


「ギャハハハッ! 見たかオラァッ!」
「鼻えんぴつイクかァッ⁉」
「これが“ダイコー”じゃァ!」
「ナメんなコラァッ!」


 そして目上の方と一緒だと途端に強気になり、主語をデカくしてイキらずにはいられないのだ。


「うるさい」

「――へぶぅッ⁉」

「サ、サトルぅーーっ⁉」


 俄然勢いづき騒ぎ始めた彼らに不快感を露わにした弥堂は、スカルズの兵隊の鼻の穴にえんぴつを挿しこもうとしていたサトルくんの頬を張った。


「ヒ、ヒデェよビトーくん……」

「邪魔だ。黙ってろ」


 しかし目上の方に怒られてしまったらすぐに大人しくなる。


 頬を押さえながらシュンとするサトルくんを無視して、弥堂はヤマトへ向かった。


「オ、オマエらっ……! コイツをやれッ!」


 尻を引き摺って後退りしながらヤマトは兵隊たちに命じる。

 動ける兵隊はもう何名も居ないが、ジュンペーをやられたことで苛立っていた彼らは一斉に弥堂へ襲いかかった。


「コ、コイツ、まさか……ッ⁉」


 ヤマトは覚束ない手つきで首から提げたナイトスコープを使って、弥堂を覗き込む。


「――は……?」


 先程水無瀬をそれで見た時のように、信じられないとスコープを下げ肉眼で弥堂を見直す。


「ど、どういうことだ……?」


 しかし、水無瀬の時と違うのは――


「――コイツ……、“ギフテッド”じゃない……? 普通の人間だと……⁉」


 スコープ越しに見える弥堂の姿は水無瀬と違い、この場に居るその他大勢の一般的な人間と然して変わらないものだった。


「だったらなんで……?」


 呆然としている間に、盾にしていた兵隊たちは弥堂に全滅させられてしまった。

 その戦果に些かの高揚もない平淡な瞳が再びヤマトに向けられる。


「ヒッ――」


 ある意味で魔法少女よりも理解不能な存在に怯えながら、ヤマトは己の中で最も頼れるモノに縋った。


「――クソッ……! “這いつくばれ”っ! “倒れろ”……! “転べ”……ッ! なんで効かねェッ!」


 フードを上げて赤く光る目を弥堂を向けがら、必死に命令コマンドを叫ぶ。

 しかし、それは弥堂には何の影響も与えられない。


(なんだ……? こいつ、何かをしている……?)


 弥堂は内心で訝しみながらそれを仕草には出さない。

 敵が何かを仕掛けてきているようだが、それは一つの障害にすらならず、そのままヤマトの前まで辿り着いてしまった。


「オマエ、なんだ……⁉ なんでオレの能力チカラが効かない⁉ どんな“スキル”を使ってやがる⁉」

「スキル……? そんな大層なモノじゃないが、教えてやるよ――」


 冷酷な眼で見下ろしながら片足を上げる。


「――暴力だ」

「ぐべぇ――ッ⁉」


 その足をヤマトの顔面に突き入れた。

 ヤマトはゴロゴロとアスファルトを転がる。


「――うっ……、い、いでぇ……ッ⁉」


 口元を押さえて蹲ると掌からボトボトと赤い液体が零れる。

 路面を染めるそれを目にして思わず顔から離した手の中を覗き見る。血の中に混じって白いモノがあった。


 弥堂は無言で近寄っていく。


「あ、歯……、オレの歯ぁ……っ」

「まだいっぱい生えてるぞ。よかったな」

「歯ぁ折れ……ッ、オレの歯ぁ折れちゃったぁ……っ!」

「そうか。これから歯だけでなく骨も心も全て折ってやる。期待しておけ」

「うっ、うわあぁぁぁ……っ!」


 ヤマトは恐怖のあまり恥も外聞もなく半分這いつくばりながら逃げ出す。

 しかし足運びが覚束なくすぐに転倒すると、苦し紛れにまた弥堂へ向ける目を赤く光らせた。


「“這え”……、“コケろ”……、“死ね”……っ! な、なんでだよぉぉぉッ!」

「死ねと言われただけで死ねるのなら、今日お前に会うこともなかっただろうな」

「ま、まて……ッ! いいのかっ⁉」

「……?」


 話し口を変えたヤマトの言葉に弥堂は立ち止まった。

 掌を弥堂へ向けながらヤマトは必死に言葉を続ける。


「オ、オレらが誰だかわかってんのか⁉」
「路地裏のギャング気取りだろ」

「オレらとモメてここらを無事に歩けると思うなよ⁉」
「それは恐いな。ではこの場にいる目撃者を皆殺しにしよう」

「オ、オマエ、“ダイコー”だろ! オマエ以外の生徒も無差別に狙うぞ!」
「そうか。では今のうちにお前らに請求する損害賠償の金額を計算しておこう」

「オ、オレらは半グレや外人街とも繋がってんだ! ソイツら全部がオマエを狙うぞっ⁉」
「それは助かる。ちょうど紹介して欲しいと思っていたんだ」


 次々と脅迫の言葉を弥堂へ投げかけるが、この街で暮らす普通の人間なら少なからず恐れるはずの恫喝が何一つ通じず、彼の眉すら動かせない。


「オ、オマエ、なんなんだ……⁉ 何の目的でオレたちに――」
「――“WIZ”を寄こせ」

「な、なんだと……?」
「持ってんだろ? お前が」


 弥堂は眼に力をこめてヤマトを視る。

 水無瀬 愛苗とは比べられるレベルではないが、そこらに居る普通の人間よりは明らかにその存在の強度は高い。

 それを視定めるためにここまで身を潜ませていたのだ。


 突然襲撃されたことでこの時まで気が回っていなかったが、ヤマトはようやく相手の素性に見当がつき始める。


「そ、そうか……っ! オマエが通り魔ヤロウか……!」
「そうかもな」

「なんで“WIZ”を……⁉」
「言うわけねえだろ。少しは自分で想像を働かせてみろ」

「オマエにはもう必要ないはずだ……ッ!」
「……なんだと?」


 意図して発した言葉ではなかったが、ここで初めてヤマトの言葉に弥堂は眉を顰めた。


「テメェは“ギフテッド”だろ……⁉」

「……さぁ、どうだろうな」

「トボけんなッ! じゃなかったらオレのチカラが効かねえはずがねェ……ッ!」

「そうか? オマエが下手くそなんじゃないか?」

「ウルセェッ! もう覚醒してんなら“WIZ”はいらねェだろ……!」

「……なるほどな。そういうカラクリか」


 最後の一言は誰にも聴こえない声量で呟き、弥堂は足を踏み出す。

 ヤマトは手を突き出して再び制止を試みた。


「ま、まて……っ!」

「待たない。もう面倒だ。オマエを殺して身ぐるみを剥ぐ」

「女……ッ!」

「あ?」

「“ダイコー”の女が居ただろ! 今ここに居ない……、なんでだと思うっ⁉」

「買い物でも思い出したんじゃないのか」

「あの子はオレらが攫って預かってる……! オレに手を出すとタダじゃ済まねェぞ⁉」

「そうか。それは心が痛むな。想像出来うる限りの彼女の苦しみの最大値――その数十倍の苦痛をお前に味わわせてやる」


 苦し紛れに虚言を連ねるが、弥堂の足を止めることは出来ない。


 しかし、ヤマトは恐怖に引きつっていた顔でニヤリと嗤った。


「ヘッ、ヘヘ……ッ! 随分と度胸があるみてェだが、そこまでだッ!」

「そうか。それは恐いな」


 赤く光るヤマトの目を弥堂は視る。


「本当にオレらに勝てると思っているか? 本当に自分が無事でいられると思ってるか? 本当に女が返ってくると思ってるか……⁉ それは絶対に100%か……ッ⁉」

「どうでもいいな」

「ウソだ。どれだけ自信があろうと、どれだけ肝が据わってようと、どれだけ楽観的だったとしても……! 必ず心に不安は生まれる。心配は残る。嫌な想像はする! ほんの僅かでも人間の精神には必ず負荷が生まれる……!」

「何が言いたい」


 ヤマトの目がギラリと光る。


「少しでも負荷があればそれで十分ッ――“跪け”ッッ!」


 一際強くその目が光るのを視てから、弥堂は彼の胸倉を掴み上げた。


「ヒッ――な、なんでだ……⁉」

「素人め」


 弥堂はヤマトの頬を張る。

 胸倉を掴んだまま彼の目を覗き込むと、ヤマトは露骨に怯えを見せた。


「な、なんでオマエ何ともないんだ……⁉ 本当に何も感じてないのか?」

「どうだろうな」

「こ、壊れてやがる……っ! イカレてる……!」

「そうかもな」


 適当に返答をしながら情報を得る。

 そのために加減をして痛めつける。


「――グッ……⁉ い、いてぇ……、こんなの聞いてねェ……! こんな狂ったヤツがいるなんて聞かされてねェ……! あの外人ども……ッ!」

「利用されてるだけのガキか。素人が煽てられて勘違いでもしたか?」

「な、なんだと……ッ⁉」


 睨み返してくるヤマトへ、より視線で圧を強め彼を黙らせる。


「お前“加護ライセンス”持ちだろ?」

「ラ、ライセンス……?」

「外人にクスリを打たれて目醒めた。それで特別だと持ち上げられて体よく飼われている。そんなところだろう?」

「オ、オレは……ッ!」


 表情には出さずに心臓に火を入れて眼に力をこめる。

 全てを視通すようにヤマトの目を覗く。


「お前の言う“チカラ”というモノがなんなのかは知らないが、それでもわかる」

「な、なにを……」

「お前のチカラは他人の精神に干渉出来る。そういうものだろ? なにか精神的な重圧を感じている者、それが条件。条件に該当する者にお前が言葉にしたような効果を齎す……」

「な、なんでそれを……ッ⁉」

「俺は何も知らない。だが、お前の言動でそれがわかる。これはチカラでもスキルでもなく、ただの経験則だ。だから言ったんだ。素人め――とな」

「そ、そんな……」


 ヤマトの目はわかりやすく揺らぐ。それはそのまま彼の精神の揺らぎだ。


「それが“加護ライセンス”なら、お前自身が元々精神的負荷に弱い人間だ。そうだろう? 何か大きな挫折をして、その原因がお前の精神的な弱さ。違うか?」

「オ、オレは……、ちが……」

「そうか。じゃあ俺の勘違いだ。悪かったな」

「え……? あ、嘘……?」

「そうだな。嘘かもな。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。それよりヤクをくれよ」

「あ……、ウソ……、なにが……」


 ヤマトの反応を視て、心を折った手応えを感じて、次は骨を折りにいくことを決める。


「オ、オマエ、なんなんだ……」

「別に。誰でもねえよ」

「く、くそ……、こんなはずじゃ……、どうして……」

「わかるよ。そんなことばかりだよな」

「なんでオレが、こんな……」

「それはとても簡単なことだ――」


 拳を硬めヤマトに見えるようにわざとゆっくりと振り上げる。


「――運がなかったのさ」


 鼻骨を砕くだけの力をこめてその拳を振り下ろした。


 だが――


 打撃がヒットする直前、首筋にビリっと電気のような感触が奔る。


 弥堂はヤマトを放り捨てて、当てずっぽうに身を躱した。

 すると、ブンっと風切り音が一瞬前までいた場所を通り過ぎる。


 その正体を見定めようと眼を向けるが、黒い影が暇を与えずに襲いかかってくる。


 左右の足を交互に下げて体重移動をさせながら、大きな刃物のようなものが連続で振られるのを捌いていく。

 そうしていく内にそれが黒い鎌のようなものであることがわかる。


 黒い人影は舌打ちをすると飛び退き、弥堂から距離をとった。


 弥堂は油断なくそいつに半身を向けながら鋭い眼でその正体を視る。


「クソヤロウが。完璧にったはずだ。何で避けやがる……」

「昨日も一昨日も同じことがあった。今日だけは不意打ちをされないだなんて、そんなはずがないだろう?」

「ウルセェんだよ狂人が」

「それより遅刻じゃないのか? お前の客はあっちだろ? もう終わっちまうんじゃないか?」

「今日はテメェも客なんだよ……ッ!」


 ネズミのゴミクズーが虚空に向かって跳ね続けている場所を顎を振って指し示すと、黒い襲撃者は腕を変形させた鎌の先端を向けてきた。


 悪の幹部ボラフは確かな殺意を弥堂へと向けてきた。
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