俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章57 陰を齎す光 ⑤

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 対峙して睨み合う弥堂とボラフを中心として、それ以外の者たちが遠巻きに様子を窺う。場は自然とそのような形になっていた。


「――クソッ……、一体なにが……」


 悔しげに呻きながらジュンペーが身体を起こす。


 自分たち“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”と美景台学園の不良との喧嘩。

 ここはそういう場だったはずだ。


 そこにネズミの化け物、魔法少女、“ダイコー”の通り魔と、次々に意味のわからない襲撃者が現れ、そして今度は黒い影が乱入してきた。

 通り魔ヤロウと対峙する黒い影を見る。


 全身タイツやライダースーツでも着たように全身を黒一色に包んでいる。しかしそれに布や革のような質感はない。ただの人型のシルエットのようになっている。

 頭部はフルフェイスのヘルメットのように丸く、弥堂の方に向けている前面には三日月が三つ。二つは目で一つは口。ふざけて貼り付けたようなそれらで顔を模っている。


「人間、なのか……?」


 通常であれば浮かぶはずのない疑問がつい口から出る。

 人のカタチをした人でないモノ。そんなものはありえないはずだが、今日ここまでにそのありえないものといくつも出遭っている。

 だから自然とアレも人知の及ばないバケモノの類なのではと考えてしまう。


 だが、そうだったとしても――


「――気に喰わねえ……ッ!」


 ギリっと歯軋りをする。


 この路地裏は自分たち“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”のナワバリだ。

 そこへヨソ者が入ってきて、自分たちをそっちのけで争っている。

 相手がバケモノだろうが普通の人間でなかろうがそんなことは関係なく、酷い屈辱であった。


「次から次に……、なんだってんだ……ッ!」


 だが、出来ることなどなく、ジュンペーは険しい目つきで戦況を見守った。




「言い残すことはねェか?」

「別に」


 三日月の瞼を細めたボラフに弥堂は素気無く返す。


 本当は問われた時に思いついたことはある。


 何故このタイミングで出てきた――と。


 反射的に口を開こうとして、言葉にして発声することを自制した。


「甘く考えんなよ? 今日は真剣マジだ」

「そうか。だが不要だ。仮に残す言葉があったとしても、伝える相手が居ないからな」

「……あの子には何も言うことがねェのか?」

「あの子?」

「フィオーレだよ。わかってんだろ」


 苛立ちを露わにしながらボラフが睨みつけると、弥堂はどうでもよさそうに肩を竦めた。


「答えは変わらない。『別に』」

「……そうかよ」

「効率が悪いな。はっきり言ったらどうだ?」

「ア?」

「みっともなく命乞いをして欲しいのならそう言えと言ったんだ」

「なんだと……?」


 僅かに語気を潜めるボラフに冷淡な眼差しを向ける。


「俺の無様な死に様を伝えてあいつを動揺させたいんだろう?」

「――ッ⁉ テメェ……ッ!」

「時間の無駄だ。本当に本気なら、とっとと俺を殺して、遺言など好きに捏造して伝えればいい。どうせ死人に口などないんだ。その方が効率がいいだろう?」

「……そうかよ」

「まだ甘く考えているのはお前だ」

「…………」


 ボラフは無言で鎌の腕を振り腰を落とす。

 弥堂は変わらぬ瞳で正面からそれを映す。



「モ、モっちゃん……」


 二人の間の緊張が高まると、ゴクリと喉を鳴らしたサトルくんが不安げにモっちゃんを見た。


「ビトーくん勝てっかな……?」

「……大丈夫だろ」


 弥堂とボラフの方を見たまま、モっちゃんは答える。


「つーか、アイツなんなんだ……? アレ、人間なんか?」

「そりゃ人間だろ……? なんか大体ヒトっぽいし……」

「で、でもよモっちゃん……! なんか全体的に黒いぜ……⁉」

「……全身タイツじゃね?」

「頭もまん丸だしよぉ……っ」

「……メット被ってんじゃね?」

「顏もなんかフザけてっしよぉ……!」

「……お面、とか……?」

「えぇ……?」


 全身タイツでヘルメットを被ってさらにその上からお面を被っている男。

 そのような見解を共有させたモっちゃんとサトルくんは、改めて弥堂と対峙する男を見る。


「モっちゃん、変態だぜ!」

「だよなぁ……、そうはならねェよなぁ」

「アイツ絶対ェ変態だって! 変態しかあんな恰好しねえよ!」


 変態であることをサトルくんが強く主張するとその声が聴こえたのか、ボラフの肩がピクリと動き、彼らの方へ顔を向けた。


「うぉッ⁉ あの変態こっち見たぜ、モっちゃん!」

「キメェな……、っていうか、あの顔なんかムカつくな」


 酷く差別的で侮辱的な言葉を交わす彼らに対して、ボラフは何か言いたげに暫し目を向けていたが、やがて無言のままクルっと顔を弥堂の方へ戻した。


「そんなことよりモっちゃん! さすがにビトーくんもヤベェんじゃねェか?」

「いや……、ビトーくんならあんな変態に負けねェよ。だって風紀委員だしな……!」

「でもよぉ、モっちゃん。あの変態ドーグ持ってっぜ!」


 サトルくんはボラフの両腕の鎌を指差す。


「持ってるっつーか、両腕がドーグだな……」

「あんなカマキリみてェなのズリィよ! やっぱ変態だぜ!」

「……っていうか、あの腕どうなってんだ?」

「クソッ……! こうしちゃいられねェ……ッ!」

「サトル――⁉」


 素手のタイマンに刃物を持ち出してきた卑怯者に憤ったサトルくんは懐からドーグを取り出す。

 シャカシャカシャカッと音を鳴らしながら手の中で回したそれはバタフライナイフだ。

 毎晩部屋で練習しているとおりにナイフを取り出せたサトルくんは満足げな顔をすると、弥堂の元へダッシュした。



「――ビトーくんッ!」

「…………」


 駆け寄ってきたサトルくんを弥堂は迷惑そうに横目で見た。


「コイツを使ってくれ……!」

「…………」


 弥堂は彼を無視しようとする。

 しかし、教養のないサトルくんには刃物を渡す時は刃先を自分へ向けて相手の安全に配慮するという知恵がない。

 キラリと無駄に研がれた刃をグイグイと押し付けられ、危ないので仕方なくバタフライナイフを受け取った。


「これであの変態をエグってくれな!」


 何故か照れ臭げに「ヘヘッ」と笑いながら鼻の下を擦る彼の顔を見てから、ボラフの左右の腕になっている刃渡り数十cmの大鎌をジッと見る。


「なんかこう、イイ感じに受け止めてくれよ!」


 弥堂は次に自身の手に握らされたギリギリ銃刀法違反に触れるかどうか位の刃渡り10cmに満たない細い刃物を見下ろす。


「ナメてんのかガキがァ……ッ!」

「ヒィィッ⁉」


 すると、ボラフは両腕の鎌をシャカシャカと打ち鳴らしてサトルくんを威嚇した。


「そんなチンケなオモチャでオレを殺れると思うなッッ!」


 そして何故か激昂したボラフが弥堂に襲いかかる。


 役立たずのバカのせいで予期せぬタイミングでの開戦になったことで湧いた苛立ちを自制し、弥堂は舌打ちをして切り替える。


 ダラリと両腕を垂らしながら駆けてくるボラフが鎌を振りかぶるために僅かに右に重心を落とした瞬間を狙って、手の中のナイフを投擲した。


「――うおっ⁉」


 突然眼前に迫った銀色の切っ先に驚いたボラフは、反射的に右腕の鎌を斬り上げてそれを払った。


 キンッと乾いた音が鳴った時には弥堂はもう踏み込んでいる。


「――ッ⁉ テメェ……ッ!」


 上げたままのボラフの右腕が振り下ろしやすい軌道上に首を晒してやる。


「死ねェ……ッ!」


 短絡的なボラフは意識せずその軌道に吸い寄せられた。


 振り下ろしの斬撃が軌道に乗った瞬間に、弥堂はその軌道の外側にステップを踏み、そしてもうワンステップ踏み込んで肉薄する。

 右を空振ってガラ空きになった脇腹に拳を押し当て、爪先を捻って大地より“威”を汲み上げる。


――零衝。


 相手がただの人間ならば一撃で絶命に至らしめる超絶の一を放ち、黒い人型を吹き飛ばした。


 ギャラリーと化していたスカルズの兵隊たちの間を縫ってボラフは壁に激突する。

 弥堂はすぐにそれを追い、近くでバットを持って立ち尽くしていた男を殴りつけてそれを奪うと、倒れるボラフを滅多打ちにした。


 相手の生存に一切の配慮のない無慈悲な暴力に、周囲の者たちは最悪の結果を想像して顔色を悪くする。

 だが、こんな打撃程度で人外を殺すことなど出来ない。

 顔面をバットで打たせながらボラフは鎌を振ってくる。


 弥堂は仕留めることに固執せずバックステップで距離をとった。

 そして、立ち上がってきたボラフが正面の視野を確保する為に目線を動かすタイミングを狙ってバットを投げつける。


「――クソウゼェ……ッ!」


 苛立ちながらボラフはそれを鎌で打ち払う。


「そんで突っ込んでくるんだろ……ッ!」


 返す刀で接近してきた弥堂を狙う。


「チィ――」


 弥堂はそれを躱すが、急な重心移動を余儀なくされて体勢を崩す。

 ボラフはそこに追撃をしていく。


 あちらと違い弥堂は一撃でも直撃を受ければそれが即致命傷になりかねない。

 一転して防戦になっていく。


 無理に距離を離そうとするのではなく、相手の間合いのギリギリ内側の位置を保つ。そうして鎌の大振りを誘いながら、チラリとボラフの足元の路面を視て立ち位置を確認した。

 狙い通りにボラフが鎌を大きく振ってくると弥堂は大きめのステップで下がり、そこにいたスカルズの兵隊の腰に手を回してズボンのベルトを掴む。


「――え?」


 そして、ボラフが振った後の鎌を引き戻す動きに合わせ、その切っ先に串刺しになるように男を突き飛ばした。


「うっ、うわあぁぁっ――」

「――チィッ、クズが……ッ!」


 ボラフは毒づいて男に刺さりそうな鎌を人型の腕に戻す。反射的に男をその右手で掴んでしまった。

 弥堂は一気に相手の懐へ飛び込んでいく。


 迫る弥堂を左の鎌で迎え撃つ仕草をボラフが見せた瞬間に減速し、細かく横に飛んで、男を掴んでいるボラフの右手側から回りこんだ。


「こ、このヤロウ……ッ!」


 翻弄されるボラフは左の鎌を振るのを止めると、完全に身体が開いてしまう。その隙に弥堂は潜り込んだ。


 相手の肩に額を付けるほどに接近すると同時に、男をボラフの左腕側の方へ突き飛ばし鎌を封じる。

 だが――


「――ナメるなァァッ……!」


 ボラフは右腕を再び鎌に変形させ弥堂を狙う。

 しかし完全に内に入られているために、無理な軌道で振ろうとしてもたついた。


(ここだ――っ!)


 弥堂の眼がカッと見開かれる。

 同時にボラフから頭を離し、前に出していた右足の踵を強く地面に打ち付ける。


 足元にあるのはマンホールだ。


 右の踵で縁を踏んでマンホールに隙間を作り、ズレた蓋を左の爪先で掬う。

 左右の足のその動作をほぼ同時に行いながら足の前後を入れ替える。その動作の最中で瞬間的に足に挟み込まれるマンホールの蓋の軌道を操作し上方へ打ち上げた。


 弥堂とボラフの間の小さな隙間をクルクルと回転しながらマンホールの蓋が昇っていく。


 右肩を引き、前に出た左腕を構える動作のままマンホールの蓋の平面を左腕に乗せる。

 そして迫ってきたボラフの右の鎌の刃をマンホールの蓋を盾にして受け止めた。


 ガギィィンッと、金属と金属が打ち合う硬質な音が響く。


 ボラフの正面は完全に無防備だ。

 弥堂は相手の懐の中で前傾姿勢になり、右拳をボラフの腹へ当てる。

 そして深く息を吐き出し、必殺の力を溜め左足を捻る。


「ウ、ウオォォッ……! 死ねェェェッ!」


 それを打たせまいとボラフは邪魔なスカルズの男を蹴り飛ばし、左の鎌を力づくで水平に振るった。


(かかった――)


 化け物を殺す方法。

 それを実行する。


 弥堂はわかりやすく見せたフィニッシュブローの挙動をキャンセルする。

 そして膝を抜いて重心を下げ、上体を横倒れするように左に倒した。


「な、なに――っ⁉」


 ボラフの目が驚きに開かれる。

 振った鎌はもう止められない。


 蒼焔が宿る瞳に漆黒の刃を映す。

 右の耳とコメカミの僅かに上を鎌が通り過ぎる瞬間――


――ドクンっと心臓に火を入れる。


 両の爪先を捻り、膝関節の可動域を限界まで酷使して重心を操作する。

 刃と擦れ違いに身体を起こしながら、空振った鎌を迎え撃つように左の掌打で刃の背を打つ。

 減速しようとする鎌の力の方向と軌道を出来損ないの零衝で無理矢理変えさせ、逆方向に増幅させる。

 その刃の切っ先はボラフの顔面に突き刺さった。


 左を振った反動を右足で踏み、また足の前後をスイッチする。

 右足を前に、左足を後ろに下げる動きのまま、ボラフの眼前で弥堂は身体を反転させた。


 肩と背中を当てながら、爪先から腰までを捻って死に体のボラフを壁際まで吹き飛ばす。


 クルッと回って身体の向きを戻すと同時に踏み込んで、壁に当たった反動で戻ってくるボラフへ突っ込む。

 左足から踏み込み、同時に前に出した左手でボラフの右の鎌を掴まえる。

 鎌の切っ先をボラフの腹の中心に合わせ、遅れて着地した右足で地面を強く踏んで右拳を腰だめに構えた。


 一瞬後足に移った重みを右足で踏んだ反動で重心を前に戻し、増幅した重さを今度は前に出した左足で踏みながら爪先を捻る。

 自重のかかる力の方向を反動で増幅させながら大地から汲み上げた力と合わせて、腰の捻りで上体へ伝える。

 体内で暴れる力を筋肉と関節で抑え込んで力の向きを操る。

 全ての力は拳へと収束し、そしてそれを解き放った。


 鎌の刃の背へ渾身の“零衝ぜっしょう”を打ち込み、真っ直ぐに“威”を徹す。

 鎌の切っ先はボラフの身体を貫通し背後の壁に深く突き刺さって、黒い人型をコンクリに磔にした。


 弥堂はまだ止まらず、小さくバックステップを踏み、その反動を増幅させながら身体を回転させる。


「くたばれ――」


 グリンっと回りながら足を上げ、右の後ろ回し蹴りを顔面にぶち込む。

 顔に刺さったままになっていた鎌も壁に突き刺さった。


 足を下ろすと弥堂はその場に残心する。

 油断なく壁に磔になったボラフを視た。


 ただの人間にすぎない自分の攻撃が通じない化け物を殺すには、その化け物が持つ武器や部位を使って殺してやればいい。

 ゴミクズーとの戦いの中で得た一つの答えだ。


 薄汚い路地裏の廃ビルの壁に、凄惨に飾りつけられた“それ”に、誰もが言葉を失ったまま視線を釘付けにされた。
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