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第7話 父の教え
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必ず勝つから、楚王は遊戯を出してきたのか。それとも、そこも含めて、荀罃の運命を占おうと言うのか。
は、は、はっ。小さく息が漏れ出る。
己の息が浅い。荀罃は、震える手で己の手首を触る。脈が速かった。自軍が崩壊して大敗、己は捕虜となっている。どう考えても運が良いとは言えぬ。腋の下を冷や汗が流れ、目の奥が痛い。身の底に恐怖が降り積もっていく。それは凍った雪のようでもあった。
目の前の王は、即位前にさらわれようが生還し、即位後に異民族が襲ってこようがそれを屈服させ、凶を吉にしてきた。才だけではない、器だけでもなく徳だけでもここまでの至高とならない。凄まじい強運の持ち主。こういった人間を、天に愛されたもの、と言う。
そのような王にとって、遊戯などおのが掌の上と言わんばかりであった。
『数をかぞえろ』
脳裏に父の声が響く。父――荀首は何事にも動じない男である。感情が豊かな兄を影から支え、目立つことなく静かに戦場を駆ける男でもあった。荀罃は演習で焦って指揮を間違えると、必ず荀首に諭された。
――己が焦っているとき、怖じたときは呼吸が浅くなるものだ。まず、脈をとりながら、ゆっくり数をかぞえろ。
戦場でそのような余裕などあるのでしょうか、と返せば、無ければ死ぬだけだ、と言われる。こう書くとなんと冷たい親であろう、と思われるが、荀首は荀罃を溺愛している。いつも丁寧に教え、教養と徳、そして覚悟を全霊で伝える。荀罃も荀首の心が伝わり、真面目に務める。ただ、父に応えたいという思いが強く、時に焦る。
荀首は、荀罃が同じ間違いを犯しても、同じ問いをしてきても、毎回応じた。
頭を冷やせと言われてもなかなかできやしない。息を整えようとして、逆に整わずさらに焦ることもある。
だから、脈で己を測り、数をかぞえて心を鎮めろ。きっと荀首が行ってきた方法を荀罃に教えたのだろう。
荀罃は今、ようやく己の脈を測りながら、心の中でゆっくりと数をかぞえた。戦場では一度もしなかった。父の教えが身に溶けていなかったのだと今さらながら思う。
いち、に、さん。四は必要なく、荀罃の冷や汗は引いていった。息が少しずつ整い、己の心に火がともった。しかし、脈はまだ速い。恐怖は足を掴んでいる。
荀罃の前で、楚王が成った梟を見せつけるように指で押さえると、サイコロを手に取る。
「梟になれば、もう一度ふれる」
楚王はゆっくりと言い、碗をサイコロで鳴らした。その声は自信にあふれており、強者以外の何者でもない。
「……良い出目だ」
不敵な笑みを浮かべると、梟を荀罃の駒へ持っていく。そうして、魚を捕ると、己の前に置いた。
荀罃の駒は五つになった。楚王の駒も梟あわせて五つである。盤上を見やれば、己の駒は『方』より遠い。一つ二つの手番で、同等になるとは思えない。
「お前の手番だ」
楚王の差し出すサイコロを受け取り、荀罃は碗に落とした。
は、は、はっ。小さく息が漏れ出る。
己の息が浅い。荀罃は、震える手で己の手首を触る。脈が速かった。自軍が崩壊して大敗、己は捕虜となっている。どう考えても運が良いとは言えぬ。腋の下を冷や汗が流れ、目の奥が痛い。身の底に恐怖が降り積もっていく。それは凍った雪のようでもあった。
目の前の王は、即位前にさらわれようが生還し、即位後に異民族が襲ってこようがそれを屈服させ、凶を吉にしてきた。才だけではない、器だけでもなく徳だけでもここまでの至高とならない。凄まじい強運の持ち主。こういった人間を、天に愛されたもの、と言う。
そのような王にとって、遊戯などおのが掌の上と言わんばかりであった。
『数をかぞえろ』
脳裏に父の声が響く。父――荀首は何事にも動じない男である。感情が豊かな兄を影から支え、目立つことなく静かに戦場を駆ける男でもあった。荀罃は演習で焦って指揮を間違えると、必ず荀首に諭された。
――己が焦っているとき、怖じたときは呼吸が浅くなるものだ。まず、脈をとりながら、ゆっくり数をかぞえろ。
戦場でそのような余裕などあるのでしょうか、と返せば、無ければ死ぬだけだ、と言われる。こう書くとなんと冷たい親であろう、と思われるが、荀首は荀罃を溺愛している。いつも丁寧に教え、教養と徳、そして覚悟を全霊で伝える。荀罃も荀首の心が伝わり、真面目に務める。ただ、父に応えたいという思いが強く、時に焦る。
荀首は、荀罃が同じ間違いを犯しても、同じ問いをしてきても、毎回応じた。
頭を冷やせと言われてもなかなかできやしない。息を整えようとして、逆に整わずさらに焦ることもある。
だから、脈で己を測り、数をかぞえて心を鎮めろ。きっと荀首が行ってきた方法を荀罃に教えたのだろう。
荀罃は今、ようやく己の脈を測りながら、心の中でゆっくりと数をかぞえた。戦場では一度もしなかった。父の教えが身に溶けていなかったのだと今さらながら思う。
いち、に、さん。四は必要なく、荀罃の冷や汗は引いていった。息が少しずつ整い、己の心に火がともった。しかし、脈はまだ速い。恐怖は足を掴んでいる。
荀罃の前で、楚王が成った梟を見せつけるように指で押さえると、サイコロを手に取る。
「梟になれば、もう一度ふれる」
楚王はゆっくりと言い、碗をサイコロで鳴らした。その声は自信にあふれており、強者以外の何者でもない。
「……良い出目だ」
不敵な笑みを浮かべると、梟を荀罃の駒へ持っていく。そうして、魚を捕ると、己の前に置いた。
荀罃の駒は五つになった。楚王の駒も梟あわせて五つである。盤上を見やれば、己の駒は『方』より遠い。一つ二つの手番で、同等になるとは思えない。
「お前の手番だ」
楚王の差し出すサイコロを受け取り、荀罃は碗に落とした。
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