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第9話 回避と防衛
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荀罃と楚王はしばらく、じりじりとした攻防をくり返した。つまり、どちらも出目が悪く、足踏みのように駒を動かしていたのである。荀罃は『方』へ少しずつ近づくが、超過しないよう調整のため、他の駒を動かす。楚王も荀罃の動きを伺いながら、梟の位置や己の駒を調整する。出目が悪すぎて、互いに酒を飲むことも多かった。あげく、荀罃は動かす駒を間違える始末である。それは『方』に入れたであろう、と楚王に指摘されるほどであった。
荀罃は酔っ払い特有の動きで、ふわふわと頭を揺らした。
「恐れいります、王よ。御酒をいただいてもよろしいか」
楚王がサイコロを振ろうとしたとき、荀罃が制して言った。
「なんだ。楚の酒に慣れてきたか」
「そうかもしれません」
はかるように問う楚王に、荀罃が呟くように返した。とろりとした目は、さらなる酔いを感じさせる。楚王は笑って許した。荀罃はなみなみと注がれた酒を一気にあおる。ふ、と熱い息を吐いた。
「では」
楚王がサイコロを振る。くつりと笑うと、梟を動かしていく。『方』に最も近い駒が捕られた。荀罃は酔いを覚ますように首を振ると、サイコロを碗に投げ入れた。出目は十を超えるものと、五を超えぬもの。
二つの出目を見比べ、荀罃は盤を見る。孤軍の駒、楚王の駒に接敵している二つの駒。ふんわりした目を向けて手を揺らしながら駒を取った。かなり酔っているらしい、と楚王が苦笑を浮かべながら眺める。
荀罃は息を止めてその笑みを横目で見た。酒を飲みすぎた、と思った。酒を申し出るのはやりすぎだった。父が見れば、小賢しいと嘆いたであろう。息を止めたまま、腹に力を入れる。
もう、手を揺らす必要無しと、荀罃はしっかりと孤軍の駒を持って進める。
楚王は荀罃を途中から侮っていた。酔っ払い、出目の数を間違えて『方』に入れず梟にならず、楚王の駒に翻弄されて意味も無くマスを動かしている。そのように見ていたのであろう。もし、侮っていなければ、『方』に最も近い駒など放置していたに違いない。
盤のマスは全部で六十。六十番目が最後の『方』である。荀罃はそのマスさえ越えた。
「あ!」
楚王が思わず声をあげた。荀罃は、ようやく息をつき、盤を越えた駒を弄びながら、ふんわりと笑んだ。その笑みの奥には虎狼がいる。晋人独特の笑みである。
「王よ。この駒は六十の砦を全て越えてきました。駒をお返し下さい」
荀罃は言いながら、手元にある楚王の駒を返す。楚王も、荀罃の駒、二つを返してきた。そうして、場の駒を撤収する。荀罃も場の駒を撤収した。
駒が、ひとつでも全てのマスを通れば、勝負は無効、ドローで仕切り直しとなる。しかし、六十もマスを進め続けることなど、なかなかできないため、互いの駒のつぶし合いがほとんどである。荀罃は、『方』に行くことに執着するふりをして、そっと孤軍を進めていたのである。時には楚王の駒を取ろうと別の駒を動かし、酔っ払ったそぶりで『方』へ行ける出目に気づかぬふりをする。
戦場にいる楚王なら気づいたであろうが、戯れの中で荀罃を軽く見てしまった。
「さ。次はあなたの手番です。どうぞ、賽を振り、駒を進めてください」
荀罃はわざと柔らかい声で言った。これは、運ではなく、楚王の余裕を拾ったものである。もう、楚王はこのような油断はしないであろう。腹の奥が重く、焼き切れそうなほどの緊張は続いていた。
荀罃は酔っ払い特有の動きで、ふわふわと頭を揺らした。
「恐れいります、王よ。御酒をいただいてもよろしいか」
楚王がサイコロを振ろうとしたとき、荀罃が制して言った。
「なんだ。楚の酒に慣れてきたか」
「そうかもしれません」
はかるように問う楚王に、荀罃が呟くように返した。とろりとした目は、さらなる酔いを感じさせる。楚王は笑って許した。荀罃はなみなみと注がれた酒を一気にあおる。ふ、と熱い息を吐いた。
「では」
楚王がサイコロを振る。くつりと笑うと、梟を動かしていく。『方』に最も近い駒が捕られた。荀罃は酔いを覚ますように首を振ると、サイコロを碗に投げ入れた。出目は十を超えるものと、五を超えぬもの。
二つの出目を見比べ、荀罃は盤を見る。孤軍の駒、楚王の駒に接敵している二つの駒。ふんわりした目を向けて手を揺らしながら駒を取った。かなり酔っているらしい、と楚王が苦笑を浮かべながら眺める。
荀罃は息を止めてその笑みを横目で見た。酒を飲みすぎた、と思った。酒を申し出るのはやりすぎだった。父が見れば、小賢しいと嘆いたであろう。息を止めたまま、腹に力を入れる。
もう、手を揺らす必要無しと、荀罃はしっかりと孤軍の駒を持って進める。
楚王は荀罃を途中から侮っていた。酔っ払い、出目の数を間違えて『方』に入れず梟にならず、楚王の駒に翻弄されて意味も無くマスを動かしている。そのように見ていたのであろう。もし、侮っていなければ、『方』に最も近い駒など放置していたに違いない。
盤のマスは全部で六十。六十番目が最後の『方』である。荀罃はそのマスさえ越えた。
「あ!」
楚王が思わず声をあげた。荀罃は、ようやく息をつき、盤を越えた駒を弄びながら、ふんわりと笑んだ。その笑みの奥には虎狼がいる。晋人独特の笑みである。
「王よ。この駒は六十の砦を全て越えてきました。駒をお返し下さい」
荀罃は言いながら、手元にある楚王の駒を返す。楚王も、荀罃の駒、二つを返してきた。そうして、場の駒を撤収する。荀罃も場の駒を撤収した。
駒が、ひとつでも全てのマスを通れば、勝負は無効、ドローで仕切り直しとなる。しかし、六十もマスを進め続けることなど、なかなかできないため、互いの駒のつぶし合いがほとんどである。荀罃は、『方』に行くことに執着するふりをして、そっと孤軍を進めていたのである。時には楚王の駒を取ろうと別の駒を動かし、酔っ払ったそぶりで『方』へ行ける出目に気づかぬふりをする。
戦場にいる楚王なら気づいたであろうが、戯れの中で荀罃を軽く見てしまった。
「さ。次はあなたの手番です。どうぞ、賽を振り、駒を進めてください」
荀罃はわざと柔らかい声で言った。これは、運ではなく、楚王の余裕を拾ったものである。もう、楚王はこのような油断はしないであろう。腹の奥が重く、焼き切れそうなほどの緊張は続いていた。
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