25 / 70
夏は星狩りの季節
斅うるは学ぶの半ば、人に教えると自分も学ぶ一挙両得。
しおりを挟む
「全ての事象はひとつのことになりたっているわけではない。滅んだものに因が重いこともあれば、そうでないこともある。わたしはお前の一族のいざこざなど、たいして知らんから、本質の話はできん。が、お前を教え導けと命じられている立場だ、問いには答える。趙氏は間抜けでもあったろうし、驕慢でもあったろう。が、わたしが思うに、あれは貪った、であろう。お前の父が嗣子から氏族の長になったが、大叔父どもにも大きく領地をわけられ、そのうち一人は高い身分を与えられている。当時、趙氏には三人も『顔』があり、それを当然として政事軍事の場に来ていた。己の地位、立場を深く考えず、貪っていたのだ。お前の父は言いがかりの讒言で滅ぼされたと聞く。人柄を悪く言うものはいないが、誰も助けなかった。国人みな、貪りをどこか感じていたのではないか。大叔父たちはお前の父を助けず、この世の春とあからさまに貪った。貪りというものの怖さは際限の無さだ。いくら食っても満足を得られず飢えている。また、それを己の力で満たそうとせず他者に依存する。そのようなものどもは、大きな失態をしなくとも人が遠のくものだ、食われたくないからな。お前の大叔父たちも確か讒言で滅んだが、誰も助けなかった。が、お前は誰も何も貪っておらん。ゆえに、みな助けたのであろうよ。趙氏が消え、小者が肥え太れば我ら卿の一族としても理に合わず利が無い。これは、わたしの印象、抽象、イメージで言っている。お前の一族は才と行いがちぐはぐ、と見えるほどのことをしておらぬ。ぼんやりと滅んだ。君公にとって公室の国庫を潤すカモだったのかもしれんが、目についたのは貪っていたからであろう」
士匄の、イメージだと言うには明確な言葉に、趙武はゆるく笑んで頷いた。
「全くお優しい言葉ひとつもございませんが、何やら、得心するものありまして、勝手ながら安心してしまいました。そうですね、貪ったというのは正しい気がします。范叔がご存じないようですので申し上げますが、大叔父を讒言したのは、私の母です。そう、公室から嫁がれたのが私の母なのですけど。范叔は大叔父を二人と数えてますが、実は三人おりました。一人、あまり美味しいものをもらえなかったお方で、我が父の死後、母と密通なされておりました。他の大叔父が外聞が悪いと晋から追い払ったのです。母は愛しい男を奪われたと逆上し、兄である君公に反乱を企てていると讒言したそうですよ。貪って、また貪り返し、他者から奪うことしか考えぬから滅びかけた。私も他者を貪って生きておりますが、范叔のお言葉を訓戒に度を超さず研鑽し、慎ましやかさを裡に溶かして己の自信を見つけようと思います」
士匄は、うっわ、きっも、という言葉をきちんと飲み込んだ自分を称賛したくなった。
士匄は個人のありかたではなく、抽象的な集団のありかたを言ったのであるが、趙武はそれを己の都合良く受け取り、ついでにトラウマをご披露してくださる。未成熟の現れであろう。
趙武の周囲に、趙氏の内部を悪く言うものはおるまい。聞くにあまりに繊細であるからだ。そうなれば、趙武も悪く言えぬ。周囲の善意によって立ち直った趙氏の長としては、淡い父親へも強欲な大叔父たちにも、そして不貞の母親に対しても、恨み言ひとつ言えなかったのであろう。
しかし、それが今、じわりと放流された。厳しい家だが何不自由なく育ったぼんぼんの士匄としては、その怨嗟は気持ち悪い、と思うしかない。
まあ、それで、やる気がでるならいいか、と士匄は嫌悪をさっと放りだして思い直した。切りかえの早さは士匄の長所のひとつである。
「今は頭で分かった気になっているだけだ、これから身に溶かせ。人は欲を覚える。欲しがるということは、悪いことではない。生きるということは欲を持つことだ」
「范叔は強欲ですからね、そう思わないと生きていけませんね」
趙武のツッコミは容赦が無い。士匄は苦々しさを隠さず、うるさい、と吐き捨てる。
「混ぜっ返すな。欲がなければ生きる意味などあるか。欲しいものを手に入れて何が悪い。しかし、それに振り回され貪るようであれば、滅びる。その欲をコントロールするものこそ、己が己であるという自信だ。自信無きものが、あれもこれもと手をだし功績をあげようとする、欲のままに手を伸ばし肥え太ろうとする、それが貪るというものであり、一歩踏み入れれば危うく、最後には終わり良くない。あー、だから、今の中行伯は、危ういのだ。わたしが手を引かねば歩けぬ御仁だぞ! そうわたしの! 横におらねば! いつも失敗なされていた! いくら女がアゲマンでもそうそう上手くいくわけなかろう」
最終的に、話が入り口に戻り、趙武は顔を引きつらせた。どれだけ、荀偃が好きなのだこの人は、と呆れる思いである。友情というより、ペットを愛でるものに近い。酷い友愛であった。
士匄の、イメージだと言うには明確な言葉に、趙武はゆるく笑んで頷いた。
「全くお優しい言葉ひとつもございませんが、何やら、得心するものありまして、勝手ながら安心してしまいました。そうですね、貪ったというのは正しい気がします。范叔がご存じないようですので申し上げますが、大叔父を讒言したのは、私の母です。そう、公室から嫁がれたのが私の母なのですけど。范叔は大叔父を二人と数えてますが、実は三人おりました。一人、あまり美味しいものをもらえなかったお方で、我が父の死後、母と密通なされておりました。他の大叔父が外聞が悪いと晋から追い払ったのです。母は愛しい男を奪われたと逆上し、兄である君公に反乱を企てていると讒言したそうですよ。貪って、また貪り返し、他者から奪うことしか考えぬから滅びかけた。私も他者を貪って生きておりますが、范叔のお言葉を訓戒に度を超さず研鑽し、慎ましやかさを裡に溶かして己の自信を見つけようと思います」
士匄は、うっわ、きっも、という言葉をきちんと飲み込んだ自分を称賛したくなった。
士匄は個人のありかたではなく、抽象的な集団のありかたを言ったのであるが、趙武はそれを己の都合良く受け取り、ついでにトラウマをご披露してくださる。未成熟の現れであろう。
趙武の周囲に、趙氏の内部を悪く言うものはおるまい。聞くにあまりに繊細であるからだ。そうなれば、趙武も悪く言えぬ。周囲の善意によって立ち直った趙氏の長としては、淡い父親へも強欲な大叔父たちにも、そして不貞の母親に対しても、恨み言ひとつ言えなかったのであろう。
しかし、それが今、じわりと放流された。厳しい家だが何不自由なく育ったぼんぼんの士匄としては、その怨嗟は気持ち悪い、と思うしかない。
まあ、それで、やる気がでるならいいか、と士匄は嫌悪をさっと放りだして思い直した。切りかえの早さは士匄の長所のひとつである。
「今は頭で分かった気になっているだけだ、これから身に溶かせ。人は欲を覚える。欲しがるということは、悪いことではない。生きるということは欲を持つことだ」
「范叔は強欲ですからね、そう思わないと生きていけませんね」
趙武のツッコミは容赦が無い。士匄は苦々しさを隠さず、うるさい、と吐き捨てる。
「混ぜっ返すな。欲がなければ生きる意味などあるか。欲しいものを手に入れて何が悪い。しかし、それに振り回され貪るようであれば、滅びる。その欲をコントロールするものこそ、己が己であるという自信だ。自信無きものが、あれもこれもと手をだし功績をあげようとする、欲のままに手を伸ばし肥え太ろうとする、それが貪るというものであり、一歩踏み入れれば危うく、最後には終わり良くない。あー、だから、今の中行伯は、危ういのだ。わたしが手を引かねば歩けぬ御仁だぞ! そうわたしの! 横におらねば! いつも失敗なされていた! いくら女がアゲマンでもそうそう上手くいくわけなかろう」
最終的に、話が入り口に戻り、趙武は顔を引きつらせた。どれだけ、荀偃が好きなのだこの人は、と呆れる思いである。友情というより、ペットを愛でるものに近い。酷い友愛であった。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる