青春怪異譚〜傲岸不遜な公族大夫の日常

はに丸

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夏は星狩りの季節

斎の言為る斉なり、体を清めるときは、まず心から

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 荷物、と趙武ちょうぶが眉をひそめ、士匄しかいを見る。今、士匄が担ぎ上げているのは荀偃のみである。となれば、この巫覡ふげきは人間を荷物などと言い放ったことになる。士匄は戸惑うことなく、

「この方はじゅん氏の嗣子しし中行伯ちゅうこうはくである。本日、宮城きゅうじょうにて不祥に合われた。本来は自邸にお戻りいただいてお任せするのが筋であるが、急ぎ払った方が良い、わたしの一存でお連れした次第。と、いうことで診て祓え。お前たちは天の声聞き祖霊の思いを受けるが役目と言うが、不祥を祓い防ぐのも役目のひとつだ」

 低くのたまうと、一歩踏み出し、巫覡に襲いかかるようにすごんで士匄は叫んだ。

「何を突っ立っている。わたしはお前の主筋だ、平伏し恭しく頷き、めいに従うが道理であろう!」

 士匄の剣幕に、みな怯え、後ずさる――巫覡以外は。この巫覡は、士氏を護るために存在している。天の声、祖霊の声を聞くのも、全て士氏のためである。士匄が持っているそれは、極めて不吉、けがれであり、邸内にいれるわけにはいかぬ。門の内に入っているだけでも、呪われそうなしろものであった。護るためにも、引くわけにはいかぬ。
「この巫覡めは、主筋を護るためにおりますれば、ここを通すわけにはいきませぬ。その荷物をはよう門の外へお捨てください」

 巫覡の頑なすぎる態度に士匄は歯ぎしりをした。抱えている荀偃の体は、どうも良くない。手足の形は変わってしまっているようである。目もつぶれかかっていた。持っているだけで倒れそうな瘴気が湧いている。

「我が主の子、嗣子に申し上げます。その荷物を捨て、あなたを浄めねばなりません。穢れが移り、おつらいでしょう。あなたはそれを祓うすべを知らぬ。さあ、ご用意いたしますから、く、早く」

 巫覡が優しく言った。幼少の士匄が不祥にまみれ苦しんでいたときに差し伸べた手と声であった。士匄は、カッと吼えた。

「荷物ではない、我が友だ! わたしの、ともだちだ! それ以上繰り言を言わば、口を引き裂き、体を地に打ち庭に晒す。巫覡ごときが、我が友を愚弄するか、わたしを愚弄するも同じだ。お前たちはおとなしく祈り祓えば良い、早く支度しろ」

 それでも巫覡は首を振った。士匄は力づくで押し通してしまいたかった。が、巫覡が妙なことをしてやがる、と勘が働き動けない。この、壮年のお祈り野郎が通さぬと口に出したとたんにこれ以上は無理だ、という念に囚われている。何かしやがった、と睨み付けたが、巫覡は表情を変えなかった。

 どちらも譲らず引かず、完全な膠着状態の時、趙武が前へ進み、口を開いた。

氏の巫覡としてのお役目、ご苦労さまでございます。あなたがたの守護としての使命、大変重要なことでしょう。しかし、所詮は家のうちがわの者でございます、捨てようとすることが士氏の危機であることにお気づきでない」

 そこまで言い、趙武は一拍置いた。演出などではない。言葉が詰まったのである。息を吸い、胸を張ると再び口を開く。その声は、霜降りるほどに冷たい。

「……こちらは荀氏の嗣子、中行伯です。今、不祥に見舞われ惨い目にあっているご様子、范叔はんしゅくが心をいため、お連れしました。もし、士氏が荀氏の嗣子を捨て、見殺しにしたならば、両家の交誼は潰えるでしょう。また、士氏が己かわいさに人を見捨てたとして不義不仁の家と皆は見なすことになる。あなたが黙り、范叔が口をつぐんでも、私という証人がおります。けいの家に連なる方を自儘に捨てる嗣子がいるお家が、この後、どのように国を背負うというのです。いえ、誰もそのような責を負わせず、人は離れ、終わり良くない。范武子はんぶしの余光ありといえど、いずれ滅びることとなる。士氏の巫覡は目の前の小石を許せぬとして、大きな災いを呼び寄せるおつもりですか。文公を支えた趙成子ちょうせいしすえちょう氏の長としてそのさまを見届けましょう。ところで、卿の血筋を絶えさせようとした先代景公けいこうは、祟られ、夢の中で寿命を食われたそうですよ。ええとぉ。たしか、趙の筋を滅ぼそうとは許せぬと我が曾祖父じきじきに――」

 巫覡が、息を飲んだ。趙成子は穏やかな人であったと伝えられている。その彼をして、趙氏を粛正した景公の夢に現れ、怒りのあまり踏みつけ呪った、というのも一部で有名であった。それほど、祖霊というものは激しさを持っている。荀偃を見捨てることで、士氏が荀氏に祟られ呪われる、と趙武は指摘したのである。その上で、国から浮き上がり社会的に死ぬ、と。巫覡一人の手に余る話であった。

 巫覡は、拝礼し、士匄を通した。嗣子から漂う気配に、泥のような不祥だ、と眉をひそめる。持っている荀偃から怖気が走るような瘴気がダダ漏れであり、霊感体質の士匄がほとんどを吸ってしまっている。せめて、一番守り固く浄い場所に連れて行くしかない。巫覡はため息をついた。

 なんというか、もったいない、と常に思う。士匄はこの世において多才らしいが、巫覡からすればこちら側の天才だ、と言いたい。研鑽もなく祖霊を呼び出し、おぼろげなほどのを見る。空に飛ぶ鳥に祖霊を見ることができるのは、なかなかにいない。少し修養すれば、天の声も聞けるであろうし、己の筋でもない祖霊とも会話できるであろう。下手をすれば、天帝の元へ魂を飛ばせるほどの天稟てんぴんの才を持っている。

 が、彼は士氏の嗣子として生まれた。民の子であれば、保護し、後継者としてしまいたいくらいであったが、こればかりはどうしようもない。こんな自儘で我の強いガキが次の主というのも気が重い。結局、ただの境界が危うい青年ができあがっただけである。才能など、磨かねば石ころと同じ、という良い見本であった。
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