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夏は星狩りの季節
物を開き務めを成す、成功するには準備と計画が大事!
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「どうやってですか!」
趙武がもっともな疑問を叫んだ。士匄はこともなげに
「そちらの嗣子、中行伯を当家で預かっている。この嗣子、身に余る力を手に入れようと淫祠を使った疑いあり。荀氏当主は上軍の将であり、それを支える上軍の佐、法制の士氏としては見過ごすわけにはいかぬゆえ、捕らえしばらく滞在していただくこと勝手ながら取り決めた。この力手放すことなければ、嗣子は廃嫡となり地に還ろう。この件に関し差配したものあらば早急に申し出ること肝要、無ければ我らとしても他に手立て無し。差配したもの隠し立てするならば、荀氏の終わり良くない。まあ、こういったことを知らせる。中行伯を真に憂えている巫女であらば、すっとんでくる。逃げようとするならば、荀氏全てでひっつかまえ、連れてくるだろうよ」
「……もし、巫女が逃げおおせ、荀氏が知らぬ存ぜぬを通せばどうなります」
緊張に満ちた声で趙武が指摘した。士匄は一拍置いたあと、
「そうならば、中行伯は山に逃すしかあるまいよ」
と、無表情に呟いた。そのやりとりに首を振ったのは巫覡である。この壮年の男は困惑を隠さない。
「その巫女は不祥のものに等しい。そのようなものを、この邸に入れ、なんとなさいます。凶でしかありますまい」
士匄が、巫覡を手で制して睨み付けた。縄張りを侵された虎のような目つきであった。
「なんとかする、そしてしろ。これは決定だ。祖が結んだ交誼である。それを、このようなしょうもないことで放りだし、不義非礼のものとなりはてるは、我らも獣になると同じと知れ。中行伯はわたしの大切な玩……友人だ」
おもちゃってマジ言いそうになった、と趙武は思った。ここまでキメておいてなんて残念な人だろう、とも思った。
「……かしこまりてございます。ところで、請いますか、脅しますか」
「恫喝に決まっている」
巫覡は、士匄の命に頷き、下がっていった。趙武がさすがに察する。
「呪いごと使いを送りますか。使いのものがおかわいそうではありませぬか」
趙武の言葉に、士匄が呆れた顔をした。この青年は、選民主義者であり、なおかつ傲岸で利己主義である。心底バカにした笑みに少々の嗜虐を乗せて返してやる。
「人選は巫覡だ。そのための贄は常にあろうよ。趙氏の長は人の持ち物にまであわれみを施される、それはまあ仁深きことであり、民のためになろう。まあ、そのあわれみが緩い堤防を壊し、氾濫し、多くの民が溺れる場合もあるゆえ、ほどほどに」
浅はかなおせっかいなど、害だ、と侮蔑したのである。趙武が、不快をおもいきりあらわにしたが、
「先達のお言葉、訓戒といたします」
と、しずしずと拝礼した。むろん、全く納得していない。士氏の奴隷、贄は士氏の財産でありどのように使おうがご自由に。それは理として正しい。が、趙武は素直に嫌だと思った。趙武は人が死ぬのは、どのような身分であれ嫌であった。春の、士匄や荀罃が『素衣素冠の男』を殺すことが理と言ったことも、分かりはするが納得できない。人は死ねばそれまでなのだ。失われれば取り返しはつかぬ。趙武は人権を考えたわけではない。ただ、好みではなかった。――はるか将来、彼は最大勢力敵国との恒久和平条約にこぎつける宰相となるが、ここでは語らない。
さて、巫覡の送った使者である。相手に対する強制の咒を仕込み、荀氏中行家の門前から口頭で伝えさせる。その門構えは卿を歴任しただけに士氏に遜色ないほど堂々でありながら、どこか柔らかさも感じるものであった。邸をぐるりと囲む土壁は塗り固められ、欠けや歪みひとつ無い。誠実さが伝わるような風格であった。
その誠実さは、素直さであり、まあ疑うということを知らぬらしい。強制の咒を込めた言上は、するりと通り、荀氏はぽいっと問題の巫女を門の外へ放りだした。これは士氏の巫覡が強いのか、荀氏が抵抗しなさすぎるのか、わからない。
巫女、つまり皐は、士匄の恫喝を真っ正面から受け取った。禽獣のような目つきで使者を睨み付け、憤怒の具現と化していた。山霊の力を強くとりこむため、己に文様を施し、人を捨てた仮面をつけている。一歩一歩進むたびに、地が霊力に怯え、焦げた。
「伯さまを返せえええ!」
ガアアアッと鷲の鳴き声のように叫んだとたん、咒ごと使いのものは破裂し、血肉を地にまき散らした。その不浄の肉塊を踏みつけ、歩き出す。荀偃のにおいの元をたどれば、場所などわかる。皐が祀る山、それを護る獣は荀偃の望みを叶えるものである。すなわち、欲するものすべて食う。生きることは食うことであり、食いつくすことは勝つことであった。勝たねば、死ぬ。それが世界である。
皐は、荀偃を夢に見た。全く縁の無い人であったが、啓示あらば、それは主であり、責がある。なんとしても、彼を祝福し、喜びを与えねばならぬ。
「ちょっと、遠い……」
眉をしかめ、低く唸る。遠いと言うがせいぜい古代の一都市である。たいした距離ではない。しかし、皐は一も二も無く、疾く早く、すぐにでも駆けつけたい。ふところから干し肉を出し、食いちぎって嚥下する。はるか南の山霊を祀る巫覡から分けてもらった、狌狌の肉である。この、大型の猿に似た獣は、食うとよく走ると言われている。
皐は、常人ではありえない速さで走り出し、憎き士匄の邸へ駆けていった。
趙武がもっともな疑問を叫んだ。士匄はこともなげに
「そちらの嗣子、中行伯を当家で預かっている。この嗣子、身に余る力を手に入れようと淫祠を使った疑いあり。荀氏当主は上軍の将であり、それを支える上軍の佐、法制の士氏としては見過ごすわけにはいかぬゆえ、捕らえしばらく滞在していただくこと勝手ながら取り決めた。この力手放すことなければ、嗣子は廃嫡となり地に還ろう。この件に関し差配したものあらば早急に申し出ること肝要、無ければ我らとしても他に手立て無し。差配したもの隠し立てするならば、荀氏の終わり良くない。まあ、こういったことを知らせる。中行伯を真に憂えている巫女であらば、すっとんでくる。逃げようとするならば、荀氏全てでひっつかまえ、連れてくるだろうよ」
「……もし、巫女が逃げおおせ、荀氏が知らぬ存ぜぬを通せばどうなります」
緊張に満ちた声で趙武が指摘した。士匄は一拍置いたあと、
「そうならば、中行伯は山に逃すしかあるまいよ」
と、無表情に呟いた。そのやりとりに首を振ったのは巫覡である。この壮年の男は困惑を隠さない。
「その巫女は不祥のものに等しい。そのようなものを、この邸に入れ、なんとなさいます。凶でしかありますまい」
士匄が、巫覡を手で制して睨み付けた。縄張りを侵された虎のような目つきであった。
「なんとかする、そしてしろ。これは決定だ。祖が結んだ交誼である。それを、このようなしょうもないことで放りだし、不義非礼のものとなりはてるは、我らも獣になると同じと知れ。中行伯はわたしの大切な玩……友人だ」
おもちゃってマジ言いそうになった、と趙武は思った。ここまでキメておいてなんて残念な人だろう、とも思った。
「……かしこまりてございます。ところで、請いますか、脅しますか」
「恫喝に決まっている」
巫覡は、士匄の命に頷き、下がっていった。趙武がさすがに察する。
「呪いごと使いを送りますか。使いのものがおかわいそうではありませぬか」
趙武の言葉に、士匄が呆れた顔をした。この青年は、選民主義者であり、なおかつ傲岸で利己主義である。心底バカにした笑みに少々の嗜虐を乗せて返してやる。
「人選は巫覡だ。そのための贄は常にあろうよ。趙氏の長は人の持ち物にまであわれみを施される、それはまあ仁深きことであり、民のためになろう。まあ、そのあわれみが緩い堤防を壊し、氾濫し、多くの民が溺れる場合もあるゆえ、ほどほどに」
浅はかなおせっかいなど、害だ、と侮蔑したのである。趙武が、不快をおもいきりあらわにしたが、
「先達のお言葉、訓戒といたします」
と、しずしずと拝礼した。むろん、全く納得していない。士氏の奴隷、贄は士氏の財産でありどのように使おうがご自由に。それは理として正しい。が、趙武は素直に嫌だと思った。趙武は人が死ぬのは、どのような身分であれ嫌であった。春の、士匄や荀罃が『素衣素冠の男』を殺すことが理と言ったことも、分かりはするが納得できない。人は死ねばそれまでなのだ。失われれば取り返しはつかぬ。趙武は人権を考えたわけではない。ただ、好みではなかった。――はるか将来、彼は最大勢力敵国との恒久和平条約にこぎつける宰相となるが、ここでは語らない。
さて、巫覡の送った使者である。相手に対する強制の咒を仕込み、荀氏中行家の門前から口頭で伝えさせる。その門構えは卿を歴任しただけに士氏に遜色ないほど堂々でありながら、どこか柔らかさも感じるものであった。邸をぐるりと囲む土壁は塗り固められ、欠けや歪みひとつ無い。誠実さが伝わるような風格であった。
その誠実さは、素直さであり、まあ疑うということを知らぬらしい。強制の咒を込めた言上は、するりと通り、荀氏はぽいっと問題の巫女を門の外へ放りだした。これは士氏の巫覡が強いのか、荀氏が抵抗しなさすぎるのか、わからない。
巫女、つまり皐は、士匄の恫喝を真っ正面から受け取った。禽獣のような目つきで使者を睨み付け、憤怒の具現と化していた。山霊の力を強くとりこむため、己に文様を施し、人を捨てた仮面をつけている。一歩一歩進むたびに、地が霊力に怯え、焦げた。
「伯さまを返せえええ!」
ガアアアッと鷲の鳴き声のように叫んだとたん、咒ごと使いのものは破裂し、血肉を地にまき散らした。その不浄の肉塊を踏みつけ、歩き出す。荀偃のにおいの元をたどれば、場所などわかる。皐が祀る山、それを護る獣は荀偃の望みを叶えるものである。すなわち、欲するものすべて食う。生きることは食うことであり、食いつくすことは勝つことであった。勝たねば、死ぬ。それが世界である。
皐は、荀偃を夢に見た。全く縁の無い人であったが、啓示あらば、それは主であり、責がある。なんとしても、彼を祝福し、喜びを与えねばならぬ。
「ちょっと、遠い……」
眉をしかめ、低く唸る。遠いと言うがせいぜい古代の一都市である。たいした距離ではない。しかし、皐は一も二も無く、疾く早く、すぐにでも駆けつけたい。ふところから干し肉を出し、食いちぎって嚥下する。はるか南の山霊を祀る巫覡から分けてもらった、狌狌の肉である。この、大型の猿に似た獣は、食うとよく走ると言われている。
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