創世記―ある小さな世界の、亡国と興国と英雄

はに丸

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第六話 初陣

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 初夏、欒成らんせいは緊張で顔をこわばらせるこうを伴い、軍を問題のゆうへ向けた。

 初陣を敗戦にするわけにはいかぬ。さりとて、邑を攻めとるのは極めて労力がいる。

 否、邑自体は腰を据えれば落とせるかもしれないが、曲沃の軍が来るとやっかいであった。

 曲沃きょくよくを統べるのは桓叔かんしゅくの孫、しょうである。

 戦が上手く、人心掌握にも長けている、二十後半の青年である。この青年は祖父から野心と才、器の大きさを受け継いでいる。

 こういった君主を人は名君と言うのであろう。翼から曲沃へ人が流れるのも、この男の存在が極めて大きい。

 欒成も幾度か戦場で交えた。覇気と聡明さを体現したような青年であった。

 問題の邑を望めば、種まきをとうに終えた耕作地も見えた。初夏の風に小さな苗がかすかに靡いていた。しらじらとした夜明けの中、大地はほのぼのと姿を現している。

「曲沃からあの邑への間に川があり、渡河には舟を要します。この周辺はまだ我らの勢力が強い。付近の集落の舟は全て壊しております」

「民は困らぬか」

 欒成によって、民を養うが君主と叩き込まれている光である。思わず顔を曇らせた。民を労ったというより、決まりから外れていることに怯える顔であった。欒成はそこは指摘せずに

「勝たねば、民は消えます」

 とだけ言った。

 弱いものを見捨て強いものに身を寄せるのが民である。光は、頷きはしたが、いまいちわかっていないようであった。この少年は未だ学ぶことが多い。

 よくの軍は、邑を囲み、

「曲沃に降伏した罪は問わぬ。天はたかく地はひくくして乾坤けんこん定まるという。高き者と低き者それぞれ正しき地位に定まれば国は安定するというもの。我が翼は高き者であり、曲沃は低き者である。低き者に身を寄せるは亡びの道となるであろう」

 と、恫喝した。曲沃へ知らせようにも渡河を封じている。むろん、曲沃も軍を寄越すのに時間がかかるであろう。

 ここで邑がおとなしく身を転じ、戻ってくるのが最良であったが、そうはいかなかった。戦うこともせず翼を捨てた彼らである。抵抗した。

「我らは曲沃を主と認め、身を安んじた。天は曲沃にある。我ら地より生まれた人であれど、天のめいに従うが道理。かつては拝した貴き方に申し上げるは心苦しいことなれど、一戦交えるのみ」

 その宣言と共に、邑のものどもは討って出てきた。曲沃軍がおらねば、寡兵にすぎない。

 欒成はそのまま潰し、将を生け捕りにすべく軍を動かした。兵車へいしゃの動きは良く、歩兵は果敢に攻めた。

 その様子を後衛で守られながら、光は目を輝かせて見た。砂塵が舞い、血の臭いただよう戦地で、五十を越えた宿将は、少年にとって英雄にも見えたにちがいない。

 光の憧憬をよそに、欒成は苦い顔を戦場に向けた。 

 ――浅い

 敵は深い場所まで来ず、逃げの姿勢をとっている。本当に、一戦だけを交えるのが目的なのだろう。

 曲沃が助けにくるまでの時間稼ぎであろうし、翼に降伏するとしても戦って力を認めたと言い訳ができる。

「同じことを何度もされれば、我らが疲れるだけ、か」

 欒成は、前線を家臣たちに任せ、光の陣へ向かった。初めての戦場で浮ついた君主にぬかずき、

「充分です、退きます」

 と言った。

「なぜだ」

 光からすればこれからではないか、となる。欒成は勝ちきれない、とは言わなかった。

「我が君の威光と温情を充分示しました。こたびの戦の目的は為された。あの者どもは非礼にも君公くんこうの元に戻りませんでしたが、この一帯はいまだ翼の力が及ぶ場です。他の邑に牽制させ、弱らせます。それを知らしめるため、邑の耕作地一帯を潰してから、退きましょう」

 欒成は、邑を攻めとることはできぬ、と判じた。が、そのまま帰るほどお人好しではない。

 耕作地は邑の財産でもある。その地を踏み荒らし、火を点け、植えたばかりであろう粟や稗を潰し尽くした。邑は備蓄で生きなければならなくなった。

 その上、翼は圧力をかけつづける。邑は立ち枯れる前に曲沃が来てくれるのを待つか、翼に戻るかの選択を迫られることとなる。

 邑への恫喝であると同時に、翼の傘下にいる氏族うじぞくや邑への牽制であった。このような、まわりくどい方法をとらざるを得ないほど、翼の力は落ちている。しかし、それでも―― 

「凱旋です、我が君」

 戻らなかった邑を見ていた光に、欒成は優しく声をかけた。

「初陣が勝利とは、嬉しいことだ」

 ふり返った光が、少し寂しげな笑みを浮かべて、言った。
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