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第五話

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「ふう、何とかうまくいった」

 とりあえず、所属するリトルリーグは決まった。

 小学六年生の姿で転生した僕は、もう一度女の子と付き合う……いや、野球をやる為に、第二の人生でも頑張ることを誓った。

 目指せ甲子園だ。

 ……今度は肘を壊さないようにしなくちゃな。無茶な変化球を使うのは辞めて、子供のうちはチェンジアップ一本でいこう。

  しかし子供の姿に戻ることで困ることもあった。

 僕は勉強が苦手だった。もう一度、学校であの退屈な授業を受けなければならないのか……。

 しかし、今の僕には透ちゃんがいる。

 僕は今度の転生でも勉強だけは絶対にやらない。そう決めていた。授業も寝て過ごそう。困ったら、彼女のノートを丸写しすればいいのだ。

「透ちゃんって本当に頼りになるなあ」

「?」

 これで、野球をしているとき以外は遊んで暮らせるぞ。初めまして、ニート生活だ。

「そうそう、透ちゃんって学校の成績はどのくらいなのかな?」

「え!? 私の成績。秀一くんならわかっていると思うけど……あんまりよくないよ?」

「またまた、そんな賢そうな顔しているくせに」

「……通知表持ってるから見る?」

 僕は彼女の通知表を見た。

 ……。

 オール1だ。

「え? これは一体どういうこと?」

「だって、私。将来の夢はYouTuberだから」

「……」

 何かが音を立てて崩れていった。

『残念でした』

 誰かが囁いている気がする。うるさい、あっちへいってくれ。

 やっぱり今度こそ真面目に勉強するしかないか……。僕は夢のニート生活をすぐに諦めるのだった。

 まあ、僕のしっている透ちゃんは可愛いから、許しちゃうんだけどね。……今よりもっと成長したらだけど。

 僕は勉強で必要な参考書を買って、学校の授業の準備を整えた。

 何とかして、この子供時代の義務教育を乗り越えるしかない。

 次の日、僕は学校に真面目に登校した。すると不思議なことがそこで起こっていた。

「あ、秀一くん、おはようー」

「私の彼氏の!?」

「何言ってんのよ、深雪みゆき。彼は私のものだってば」

「いやいや、私のダーリンに決まってるでしょ!」

 なぜかモテていた。

 だが、あまり嬉しくない。この状況は一体、何なのだろうか。

 僕が登校しただけで教室中がざわざわと騒ぎ出す。女の子の声がその大半を占めていた。

「秀一くんってリトルリーグで野球やることになったの? さすがだね。私も応援してるから!」

「秀一くんってストレートで125キロを出せるらしいよ」

「えー、すごーい」

 いや、待てよ。今は子供でも、成長すればみんな大人になる……。すると僕の将来はきっと、素晴らしいものになっているはず。……それにこんなに仲良しな女の子のクラスメイトがたくさんいれば、勉強も教えて貰えるかもしれない!

「いやー、そんなことないよ。その気になれば140キロくらいは楽勝だね」

「えー、本当に? そんなのもうプロレベルじゃん。でも秀一くんなら本当に投げちゃいそう……」

「秀一くんのお嫁さんになる人は幸せものだね」

「私のものだってばー」

 ……今は我慢だ。あと4年経てば、みんな高校生になる。それまでの辛抱だ。

「みんな、僕のお嫁さんだよお!」

 キャーと教室中が黄色い声で充満した。ああ、僕は幸せものだ。今ではないけれどな!

 僕は夢の様な時間を彼女たちと過ごし、放課後になり、帰宅の準備と共に野球道具のメンテナンスをした。

 こっちも真面目にやらないとな。女の子だけにかまけて甲子園に出られなくなったら、きっと一気にモテなくなる。……それだけは避けないといけない。

 僕は透ちゃんと一緒に下校し、家に帰ってきた。

「お母さん行ってきます」

 僕は昼ご飯を食べて、昨日所属したばかりのリトルリーグクラブへと向かった。名前は確か、神和かんなリトルだったか。今から楽しみだ。

「じゃ、行こうか」

「うん、向こうでもちゃんとマナーは守らないとだめだよ?」

「わかってるよ。透ちゃん」

 僕は内面、デレデレ顔になりながら、神和リトルへと向かった。

 こんな「将来」彼女になることが確定している女の子と毎日、登下校ができる上に、野球も見て貰えるなんて。僕はそのとき、初めてあの世に感謝をした。

 ガヤガヤガヤ。

「えー、こちらが今日からみんなと野球をやることになる伊泉秀一くんだ。なんと、彼のストレートの最高球速は120キロまで出せるんだ。普段は抑えていて、110キロで投げている。当然ピッチャーをやることになる。みんな仲良くしてやってくれ」

「よろしくな、みんな!」

「「よろしくお願いしますー」」

「120キロ投げれるなんてすごい!」

「今までどこで野球していたんですか?」

「中学になってもここで? うわあ、これは今日から楽しみだなあ」

 当然の様にチームでも賞賛されてしまった。こういう反応は女の子だけで充分なのだが……。まあ、こういうのも悪くない。僕は、悪い笑顔を内面で描いてしまった。

「じゃあ、練習をしていくぞー」

「「はーい」」

 監督の掛け声と共に、チームメイト一同が声を発した。

 今日から練習が始まる。

 新しい人生が今ここにスタートするのだった。
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