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彼女が分かって彼が分からない。

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 坂下源次郎さかしたげんじろうは身長が百八十センチメートルに届きつつあるごく普通の高校一年生である。
 今年から入学する、家から電車で一駅にある斉賀さいか高校の校内を一人ゆっくりと歩いていた。手には紙が一枚握られている。

 入学式から一週間が経っており、若干であるがクラスの中で人間関係が出来つつあった。
 窓際である席になった源次郎の耳には高校生といえば、で検索すればトップに出てきそうな「カラオケ」「ボウリング」「ダーツ」と、三択を繰り返す会話が聞こえてくる。

 そんな高校生、と浮き足立つ一年生であったが現状の源次郎の足取りは新入生と思えないほど迷いがない。
 そんな堂々たる姿を廊下で通り過ぎる二、三年生が向ける視線は「こんなでかい奴いたっけ?」であった。ブレザーに付いてある校章で学年は判断はできるが通り過ぎる時に人の胸辺りを見つめている人はそう多くはない。

 そんな背景があり、新入生の最初の壁となる部活勧誘の声は源次郎には掛かってこなかった。

「(…えっと、確か旧校舎の四階、だったよな?)」

 向けてくる視線には十五年も生きていれば慣れるものである。高い視界で遠く、渡り廊下を見つめる。窓から見える景色で判断するに場所は一階下であった。完全に階を間違えていた。
 見た目は高身長の青年であるが実態は新入生の成り立て高校生である。セミで例えるなら脱皮したてのセミである。
 間違えたなぁ、と内心で思いながら階段を下る。

 目的は担任の先生から言われた空き教室である。


 そもそも源次郎が斉賀高校に入ったのはミステリーが好き、と言う部分が大きい。家から近いってのも多分にあるが大部分はミステリーである。斉賀高校がミステリー好きにはたまらないスポット、と言うわけではない。
 怪事件が起きるとか神隠しが起きるとかそんな事は一切なかった。
 過去の新聞を図書館で調べてみたがそんな事は一文字も書かれていなかった。微かにミステリーかな? と感じたのは今から十二年前に起こった「カラスの異常発生」だけである。その理由も生ゴミの不法投棄が多かった、なので本当にミステリではない。

 家から一番近いミステリー研究会がある学校、とそんな訳で入学を決意したのだがいざ入学してみるとミステリー研究会は昨年で部員がいなくなった事で無くなったみたいである。
 骨折り損のくたびれ儲け…とまではいかないが折角の入学の楽しみがなくなったのである。意気消沈していたが、折角入ったのだら自分で作ってみようと決意する。そこまでミステリーが好きなのだ。後に引けない面もある。
 その結果の研究会設立用紙である。部員はまだ源次郎一人だが。

 入学して初日で研究会設立の用紙を持ってきたのである。源次郎を見る担任の目は好奇の目に変化していた。まあ「変な生徒入ってきたなー」位であるが当人には伝わっていないので特に問題はないだろう。
 研究会は部活と違って設立する為の最低人数が三人、と少ないのだ。友達を作ろうとする前に届けを出したので担任は呆れ顔で

「まあ、ミステリー研究会が使っていた空き教室はそのままらしいから取り敢えずあと二人見つけような? 話はそこからだ」

 と、渋そうな言い終わりお茶を口に含む。どうやら源次郎のコーヒーを渡す賄賂作戦は失敗に終わったようだ。まあ賄賂以前に人数が足りていないのだが。
 そう言われてしまえばしょうがない。友達を誘おうと考えるが知り合いは自身と同じように家の近くの高校に進学している。今作ろう、と考えたが後日登校するとクラス内でカラオケ&ボウリング大会。二次会でダーツをやり、友情を深めるイベントを放課後に行っていたみたいで入る隙が無かった。初日に職員室に乗り込んだせいでイベントに参加できなかったのだ。
 その後三、四日程経過しての行動である。片手にはミステリー研究会入会の用紙が握られている。向かう先は今は通過われていないミステリー研究会の空き教室である。

 本来なら個性あふれる先輩に囲まれ、同級生と一緒にそんな人達にかき回されながら青春を謳歌していたのに…と、考えながら空き教室前に付いた。旧校舎、と言う事もあり塗装がはげた壁が目立つ以外に気になる箇所はなく、ミステリー研究会に相応しい人通りが少ない好条件な場所である。これで部員が居れば充分なんだけどな…と、考えながら未来の所属する研究会場所に入室する。

「…まあ、青春を謳歌するのにミステリーは真反対っぽいけどな」

 今更感ある独り言を漏らしながら入ると、一人。見知らぬ女生徒が一人、机と椅子をワンセット置いて勉強しているのか。行儀の良い姿勢で何かを書き込んでいた。目が合った。

「えっと、人生もミステリーって考え方もあるわよ?」

 若干目が泳いだ後に言われた一言である。

「そ…言う意見もありますよね、ええ。えっと、ミステリー研究会であってますか?」

 よく分からない一言に疑問符で頭がいっぱいになるが場所を思い出す。先客がいたのだ。て事は二通り想像される。

 一つ目。
 ここはミステリー研究会で入会者である彼女が一人寂しく勉強をしていた。

 これは場所の意味を知り、現状で判断すれば導き出される答えである。一番安直であるが一番正解に近そうな答えだ。

 2つ目。
 実はミステリー研究会のあった教室ではなく、他の場所だった。

 完全な勘違いパターンである。渡り廊下を二階と判断して、結果的に階段を下った過去を持つ源次郎にだけ出てくるルートである。勘違いパターンであるが…止まった両者の空間の中で源次郎の視線は教室の後ろに多数並んでいる本に行っていた。流石に距離が距離なので背表紙に描かれているタイトルまでは見えないが…現状証拠は揃っている。
 答えは一つ目である。

「…そうよ、私がミステリー研究会の長! 吉崎夜見よしざきよみ! 貴方が入室した時には既に密室殺人は完成しているって事よ」

 立ち上がり、掛けていた眼鏡を外して声高々にそう言う。色々と突っ込みたい箇所はあるが…

「どうも、坂下源次郎です。何か隠されましたよね?」

 立ち上がった際に流れるように机の上で書いていた紙を中に隠したのだ。本当に密室殺人なのかもしれない。と、適当に意味を作りながら合法的に近付き、取る。

「え、ちょ、しょ、初対面だから! 初対面の女の子の机の中を探らない!」

 そんな彼女の必死そうな声は身長百八十一歩手前の源次郎には届かない。夜見自身、百六十後半と女性、しかも高校生としては高い部類に入るが相手が悪かった。絵面はお父さんと娘であった。そんな背景を後押しするように隠した紙に目を通す。どうやら作文らしかった。

「『ずっどぉおおぉおおーーん!!
 私の頭の上の雲から大きな男の子が落ちてきた! 危ない! もう少しで当たるところだった!
 私の焦る内心とは別に落ちてきた男の子はのほほんとした表情で言う。
「ぼ、ぼくの、僕の彼女になってよ…?」
 それに恋に飢えていた私は二つ返事で返す。
「許可する! 今日から私は君の契約者だ!!」
 こうして私と君の冒険は始まるのだ!!!』

…小説、ですか?」

「ひやあああああぁああぁあ!! まだ、まだ完成まで行ってないから! 行ってないから私の文章力はこれでは測れないよ! 発展途上だからねっ!」
「いやまだ何も言ってないんですけど…。いや、勝手に読んだのは申し訳ないと思っていますけど…ミステリー研究会ですよね?」

 どう考えても、どう見ても源次郎にはミステリー小説には見えなかった。どちらかと言うと怪文書かファンタジー系。空から落ちてくる系はその二択って相場が決まっているのだ。

 ミステリー以外には手を出しすらしていない源次郎の頭の中で勝手に偏見が入る。そんな内心を読んだのか夜見は激しく激怒した。ぱっ、と源次郎の手に渡った自作品を奪い取った。

「そ、そんなに講釈たれるなら君はどうなんだ!? そこまで人に文句を入れる程完成されたミステリー作家なのかね??」
「僕は読み専なので書いた事はないですけど…て、文句は言ってなくないですか?」

 それは八つ当たりじゃ…と、思いながら壁際に寄せられた椅子を一脚取り、机を挟んで夜見と対面するように座る。

 一瞬ギョッとした表情を見せた夜見だが机に置いた研究会入会の用紙を目にし納得する。

「いや! 納得はしてないけどね! って、同級生なんだし敬語は使わなくても良いんだけど」

 間近に迫った源次郎の顔にドッキリしながら同じように夜見も座る。初対面で対面で座っているのだ。少しおかしな状況だ。
 夜見の言葉に疑問を覚えた源次郎。
 はて、学年を言っただろうか? そんな疑問が浮かぶ。

 その、疑問を察知したのかツヤが良く、腰まで伸びた黒髪を揺らしながら和かな表情になる。やけに目鼻立ちが整っているので源次郎の男心はどきりとしてしまった。

「どうやらミステリーのようだね! ふむふむ…君は私の事を上級生だと思い、私は君の事を同学年だと知れた。一方だけが情報を手にしてる現状、これはミステリーだね!!」

 一気にテンションが上がる夜見。
 さっきまでの小説を朗読されたテンションはどこに行ったのか。空元気なのか。そんな感じなのだが一つ合点がいったのか源次郎は「あー」と声を出した。

「ちょ、早すぎないか…?」
「ブレザーだな。俺はブレザーを着ていて夜見は着ていなく、セーター。ブレザーに校章を付けろ、と言われたので付けている俺の学年は知れるが夜見はセーターだ。いちいち付け替えてまで着替えなきゃいけないほど校則は厳しいわけじゃない」
「正解だね…」

 早すぎたミステリー解決に目に見えて落ち込む夜見。

「ミステリーって表現してはいけないほど幼稚なミステリーだったけどな」

 まあ、でも。
 現実でも作品でもミステリーっていうものはそんな一つの見落としで完成するものかも知れないな、と考えつつ自分用に
買った缶コーヒのタブを開ける源次郎。
 高校生には幾分か苦かった。
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