勇者は最初の町を出ないっ

椎木唯

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朝食はやっぱり町で食べるのが良い

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 神託とかクソ食らえ。俺は洗濯で忙しいんだ。

 何故か日課みたいになってしまっているまだ薄暗い時に起きて、昨日の洗濯物を洗う行程を流れ作業かのようにやっていた。さっきから頭で鳴りっぱなしの神託は完全に無視をする。ほら、人間反応するより無視する方が精神的にくるって言うじゃん? それと同じ。

 グレード的には底辺に近いのだが近場に井戸があることで借りている宿屋で毎日飽きもせず繰り返している。
 いやー、これがね一日放っておくと結構後々辛くなってくるんだよな。絶対、確実にやる気力を失って部屋に引きこもっている人間になってしまうそうなのだ。
 その意味では洗濯は良い感じに外の空気を吸ってリフレッシュできるし、軽い運動にもなる。本当に軽いので運動とは言えないが。

 生憎同居人はいないので服を二、三枚始末したら終了なのだ。
 後は適当な場所に干すだけだ。有料で洗濯はやって貰えるらしいがそんな事に金を使うくらいなら旨いもんを腹一杯食べた方がまだ良い。

 金額的には子供のお小遣い的なものなのだが節約は大事なのだ。実際、洗濯する人は子供なので小遣い稼ぎの為にやっているのだろう。
 この歳から働き始めるのは良いことだぞ。そして世界の厳しさに揉まれて実家に引きこもれ。お前は洗濯が似合っているのだ。

 と、そんな事を間違って口に出そうものなら折角築き上げた信頼関係が大砲撃たれまくった城みたいな勢いで崩れ落ちてしまう。


 朝から冷たい水に触れていたことでしっかりと目が覚めた。この一仕事終わったときが一番お腹が空くのだがこの店主は生憎この時間はまだ起きていない。
 夜遅くまで食事の仕込みとか買い出しとかをするため寝る時間が何時も遅いのだ。まあ、それで腹が膨れるか? となるのでどうでも良い情報なのだがこの時間は大体店は空いていない。

 唯一空いているのはただ、店を閉めてないだけの武器屋か冒険者ギルドしかない。冒険者ギルドには酒場が併設されているので腹の虫の鳴く通りに行ければ良いのだがそれだと俺が払った宿泊費用に入っていた朝昼晩の飯つきの意味がなくなってしまう。
 ここは我慢だ…。

「やっぱ、この時間が一番キツいな…。比較するならスライムを生きたまま捕獲の依頼の二分の一位だな…」

 スライムはヤバイ。
 何がヤバイってプルプルしたゼリーみたいな体してやがるくせに素手で触ったら溶けてしまうんだぜ?
 酸で出来てるって言うし捕獲には瓶の容器が必要って聞いたときは瓶の出費がでかかったのを思い出すなぁ…。流石に二度と行きたくないが。

 ほぼ、低級な依頼なら何でもこなすのが俺の流儀なのだがあのクエストは二度とごめんだ。ムキになって手袋を買わないで触ったときの肉が焼ける感覚は普通にゲロる。


 正直、労力と金額が釣り合っていないのだが…安全に越したことはないのだ。手が溶けることを安全とは言わないけどな。つか、言いたくねぇわ。

 懐かしい依頼の思い出に花を咲かせながら時間を潰す名目で軽くランニングしてくる。これが終わった後の朝食が本当に旨いんだよな。体に染み渡るっていうか。
 軽く身支度をし、駆け足気味で走り出す。体力は無駄にあるから例え屋根の上だって走れるんだぜ? やんないけどな。


 一定の呼吸とリズムで進んでいく。流れるような景色は何度見ても楽しいし、その中で何か変わった風景があればそれを見つけるのも楽しい。




 結局、調子に乗って一時間程走ってしまった。
 無我夢中で走っていたらもう、町から出る門が目の前にあったのでその時は流石に驚いた。これから戻るのか、と行きと帰りの落差が激しかった。


 そして狙ったかのように定位置に料理が並んでおり、店主に向かってお礼を良い食事を口に運ぶ。
 今日の朝は黒パンと野菜のスープ。そして朝には重いビーフストロガノフがあった。最後だけラスボス臭すげぇな。名前的にもボリューム的にも。

「昨日良い肉が入ったからな。一日も経ってないけど結構旨い味出してると思うぞ」

「…ふーん。あ、旨いわこれ」

 まずは一口と店主の言葉を流しながらスプーンで肉をすくい、豪華に口の中に放り込む。
 あ、旨い。と、何を考える暇もなくでたその言葉は嘘偽りもない言葉なのだ。ここで不味いって言ったら完全に料金値上げされちゃうのでもし不味くても口が裂けても言えないけどな。


 その作り方にはコツがあってな? と、喋り始めた店主を置いてどんどん口に運んでいく。
 スープ系にスープってどんだけ歯が弱いと思ってる? と、新手の暴言かと思ったのだがビーフストロガノフの具材の主役、ウギュウと言う名の二本の角が特徴的な動物の肉を頬張り、野菜のスープを試しに口に含んでみたところ革命が起きた。

 その光景はまさに絶対的強者の貴族を相手に粉骨砕身の根性を見せる市民のような、絶対的肉料理の調和を崩し、だがその崩し方が絶妙だった。
 コッテリした味付けが野菜のスープのまろやかさによって包まれた口の中はエデンかのようだった。

「ああ、良く考えればこんな直線的な味じゃ飽きちゃうか」

 さっきまでべた褒めだったビーフストロガノフを蹴落とし、パンを千切り浸して食べ進めていく。
 すべてが食べ終わるのに十分も掛からなかった。

 お腹が膨れた時が一番の幸福なのだと常日頃から思うわ。
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