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第3話 楽しい毎日

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 あれから3ヶ月が経ちました。僕は今日も朝から皮むきを行なっています。今では1時間で200個以上皮むきができるようになりました。それにずいぶんと包丁の使い方にも慣れました。最近では芋の皮むき以外のお仕事もさせてもらえています。

「いいか?こいつは1cm間隔で切っていくんだ。包丁で切る時は必ず包丁を前か後ろに動かす。押し付けても切れることには切れるが綺麗に切れない。綺麗に切るってことは美味しい料理を作る基本的なことだ。」

「はい師匠。…こんな感じですか?」

「いい調子だ。あとはそれを早く行う。コツとしてはな…回転だ。手で円を描くようにしてやると早く切れる。」

「円…ほんとだ!楽だし早く切れます!」

 トントントンとリズムよく食材を切れていく。これならあっという間に切れそうだ。しかし目の前でヴィンランド師匠は目にも留まらぬ速さで食材を切っていく。あそこまでできるようになれば一人前だというけどその道のりは長くなりそうだ。

 それから最近では他の従業員の人たちの端の方でも仕事をさせてもらえるようになりました。ただ僕はまだ体力もないので途中で離脱してしまいます。そうすると少し休憩した後にガーランド師匠の元でウェイターの仕事を教えてもらいます。

「歩き方は様になって来ましたね。視野も広く取れているようです。次は立ち振る舞いです。手を伸ばす時や料理を運ぶ時の体の動かし方。だらだらと動いていてはせっかくの料理や雰囲気に水を差してしまいます。自然に、流れるように動くのです。まあこれはすぐにできるものではないでしょう。他の先輩従業員の動きをしっかり見て覚えてください。」

「はい師匠。」

 僕はしっかりと目で見て覚える。見ることは大事な修行なのでどんな時も周りを観察しろとガーランド師匠に教えてもらった。僕は1分1秒を大切に毎日勉強している。

 だけど見る修行も結構疲れる。もうこれ以上は見るのが難しいと思った頃にどこからともなくインドラ師匠はやって来る。そして僕を連れて庭に行く。

「今日も草むしり。その前にストレッチ、それに深呼吸。」

「はい師匠。すー…はー…すー…はー…」

 インドラ師匠と一緒に草むしりをする時は必ずストレッチと深呼吸をする。これはおばあちゃんとも一緒にやっていた。毎日部屋に引き籠もろうとする僕に少しは体を動かさないといけないとこのストレッチと深呼吸を教えてくれた。

「正しい呼吸は大切。息を切らして咳をしながら料理を作る料理人にでもなったら大変。」

「はい、それは嫌ですね。それに正しい呼吸は疲れを忘れさせてくれる…ですよね師匠。」

「その通り。それじゃあ仕事を始めよっか。」

 そしていつものように草むしりが始まる。だけど最近はただの草むしりではなくて少し勉強もしている。それは毎日雑草として抜いていた植物についてだ。

「これは食用。食べると酸っぱい。それからこっちも食べてみて。」

「あ、ほんとに酸っぱい。こっちは…師匠?なんか舌がピリピリします。」

「それは毒。食べ過ぎるとお腹が痛くなる。これと一緒に食べると毒素が消えて整腸剤の代わりになる。だけど食べ過ぎるとしばらくお腹が痛くなって動けない。」

「さらりと毒草食べさせないでください。」

「それは食べても死なないから。危ないのはキノコ系。このキノコなんて1かじりで死ぬ。見た目と香りをしっかりと覚えておく。料理人なら覚えておくべき知識。」

「あまり匂いは強くないけど…ちょっと甘い匂いがしますね。こんな身近に猛毒のキノコがあるなんて…覚えておきます。」

 インドラ師匠は食べたことのない野草の知識をどんどん教えてくれる。時折毒のあるものまでかじらせるお茶目?な部分もあるけれどいつも僕の心配をしてくれる優しい人だ。それにボーッとしているけどかなりの知識人だ。気になることはなんでも教えてくれる。

 そしてそんなインドラ師匠との草むしりを終えると皿洗いを行い、夕方くらいにはうちに帰る。屋敷では僕と使用人しかいない。最初は寂しく思っていたが、最近使用人の一人と仲良くなった。この人が僕の四人目の師匠、イザベラさんだ。

「おやおや、お坊っちゃま。お帰りなさいませ。」

「ただいまイザベラ!今日もこれから夕飯作る?」

「ええ、お手伝いいただけますか?」

「うん!」

 イザベラはこの屋敷の使用人達の長で、最高齢のおばあちゃんだ。いつも帰って来ると二人で使用人達の分も含めた夕飯作りを行う。たくさん作らなければならないのでシチューを作ることが多い。そして煮込んでいる時、イザベラと一緒に体操をする。

「今日もやるよね?」

「ええ、もう私めはおばあちゃんですから体操することは大切です。さあやりましょう。」

 イザベラと一緒に行う体操は何かの拳法のようだが、ゆっくりふにゃふにゃ動くのでとても楽しい。しかも意外といい汗をかくので料理人になるための体づくりには良いと思う。イザベラと一緒にいる時はどこかで時間ができると必ずこの動きをする。

 そして疲れて来たところで料理が完成し、みんなで夕食を食べるのだ。これは一人で食べる食事が寂しいと僕が言ったわがままから始まっている。だけど本当に一人で食べる食事は寂しい。だからこうしてみんなで食べる時間は楽しい時間なんだ。

「ねぇイザベラ、お願いがあるんだけどいいかな?」

「なんでしょうかお坊っちゃま。」

「その…少し痩せたいんだ。こんな体だと…料理を作る時もウェイターの仕事の時も大変だから。何か良い方法はないかな?」

「そういうことでしたら私めと共に毎朝運動をしましょう。運動をして体を鍛えれば料理人でもなんでもできます。食事を抜いてはいけませんよ。良い体を作るためには食事は大切です。こんなおばばと一緒の運動ならお坊っちゃまも楽しくできますよ。」

「うん!じゃあこれからよろしくね!へへへ、ご飯食べて痩せるのが一番だ。」


 その日の翌日、早朝からイザベラと共にジョギングを始めようとしたのだが、ここで問題が起きた。イザベラはおばあちゃんだから駆け足をするのは大変だと言い出したのだ。

「それじゃあどうするの?他のことする?」

「良いのを知っております。よく見ていてくださいね。ゆっくりと腰を落としながら歩くのです。これならこのおばばもできますよ。」

「こんな感じでいいの?でもこんなのじゃ…あ、結構大変かも。イザベラはよくできるね。」

「ええ、歳に負けないようにと毎日やっておりますから。おばばもやるものでしょう?」

 そうしてイザベラと共に屋敷を一周もしたところで僕は疲れて座り込んでしまった。イザベラは毎日やっているというだけあってまだまだ元気そうだ。イザベラに負けないようにもう少し頑張ろうかと思ったけどもう立ち上がるのでさえしんどいや。

「ではここで瞑想でもしましょう。ここに座ってください。そして目をつぶって…音や匂い、風を感じるのです。慣れてくると気持ち良いですよ。」

「やってみるね。……ほんとだ、風が気持ち良いや。それに花の匂いもして来た。それに…朝ご飯を作る音まで聞こえて来た。」

 目を閉じてゆっくりとするだけで世界の見え方がまるで違う。この目で見なくても世界はこんなにもいろんな音や匂いで溢れていたんだ。だけど朝ごはんの音を聞いていた僕のお腹はよほどご飯を食べたかったのかぐーぐーなりだした。

「どうやら朝の訓練はここまでのようですね。朝ごはんにしましょう。今日もレストランに行くのでしょう?」

「うん!今日もいっぱい教えてもらってくるね。」

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