ゲーム世界に転移した俺、ハズレ枠F級ドラゴンと組んだはずが、育成進化で最強の竜騎ハンターになりました

羽蟲蛇 響太郎

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第17話 第一環再接触、帰還路を塞ぐもの

 黒門の裂け目をくぐった瞬間、全身を包んだ浮遊感は前回よりずっと短かった。

 落ちるような感覚。
 引き込まれるような感覚。
 その二つが一瞬だけ重なって、次の瞬間には足の裏へ黒い岩の感触が戻ってくる。

「っ……」

 目を開ける。

 そこはやはり、黒門第一環《外縁内界》だった。

 赤黒い空。
 黒い大地。
 亀裂の中を流れる金色の光。
 空中に浮かぶ幾つもの輪。

 景色そのものは前回と同じだ。
 だが空気は、明らかに違っていた。

「……重い」
 ミリアがすぐに言った。

 そう。
 通行権のおかげで門前の圧は軽減されていたはずなのに、内側へ入った途端、今度は別種の緊張が空間全体を満たしている。

 何かが、いる。

「キュル……」
「キュイ……」

 ルクスとネフィも低く鳴く。
 二体とも前回より警戒が早い。

 俺はすぐにUIを開いた。



【第一環《外縁内界》】
【状態:変動中】
【第一環通行権(仮):有効】
【同行者判定:ミリア 一時許可】

【注意】
【帰還路付近に未確認反応】
【応答核周辺の試練個体反応:低下】



「応答核の方じゃない……やっぱり帰還路側だ」
「その“帰還路”って、前に戻った出口のことよね?」
 ミリアが槍を構えながら訊く。

「たぶんそう」
「嫌な感じしかしないんだけど」
「同感だ」

 前回は、応答核まで進んで認識更新を終えたあと、祭壇の奥に帰還路が開いた。
 今回はその帰還路側に、最初から何かがいるらしい。

 つまり――向こうは、俺たちの前回の攻略をちゃんと学習している。

「ほんと、性格悪いな黒門……」
 思わず本音が漏れた。

 だが、ここで足を止めても意味はない。
 目的は《外縁内界》の変動源の確認。
 そして可能なら、その対処法を探ること。

「行こう」
「うん」
 ミリアが短く頷く。

 俺たちは前回と同じく、応答核のある祭壇方向へ進み始めた。
 ただし真っ直ぐではない。

 《竜脈感応・微》に意識を向けると、大地に走る金色の流れの中へ、不自然な黒い淀みが混じっているのが見える。
 それが、祭壇側から帰還路側へ回り込むように流れていた。

「……流れが変わってる」
「分かるの?」
「うん。前は応答核を中心にまとまってた。でも今は、そこから何かが“ずれて”帰還路の方へ溜まってる」

 ミリアは嫌そうに眉を寄せる。

「出口を腐らせてるみたいな感じ?」
「たぶん近い」

 その表現は妙にしっくりきた。

     ◆

 少し進んだところで、前回の試練個体がいた位置が見えてきた。

 迅牙が現れた岩場。
 霧翼が浮かんでいた亀裂。
 問代が立っていた祭壇前。

 だが、今日は違う。

 岩場も亀裂も静かだった。
 代わりに祭壇の左右へ、半透明の黒い像のようなものが二つ立っている。

「……守護影?」
 ミリアが小さく言う。

 俺のUIが反応する。



【第一環守護影】
【状態:静観】
【第一環通行権、および第二問突破を確認】
【敵対行動なし】



「敵じゃない」
「毎回毎回、敵じゃないようで不安なのよね、この門の連中」
「分かる」

 守護影たちは本当に動かなかった。
 俺たちを見ている。
 だが、排除する気配はない。

 つまり今回の問題は、第二問を繰り返すことでも、応答核へ再挑戦することでもない。

 やはり、別の場所に変動源がある。

「レン」
 ミリアが祭壇の向こうを指差した。
「あれ……前に帰った道じゃない?」

 そこには、前回帰還路が開いた位置に繋がる細い道があった。
 黒い岩の間を抜ける、緩い下り坂。
 そして、その奥に――

 黒い霧。

 いや、霧ではない。
 もっと粘る。
 もっと重い。

 闇そのものが液体みたいにたゆたい、帰還路があったはずの空間を覆い隠していた。

「……うわ」
 思わず声が出る。

 あれは嫌だ。
 理屈抜きに、本能が近づくなと言ってくる。

 ネフィが細く鳴き、俺の足へ寄ってきた。
「キュイ……」
 ルクスも火花を散らしながら低く唸る。
「キュルル……」

 UIが強い警告色で点滅した。



【未確認反応を視認】
【仮称:《帰還喰らい》】
【分類:第一環変動個体】
【傾向:帰還路汚染/接続阻害】
【危険:高】



「帰還喰らい……」
 ミリアが顔を引きつらせる。
「名前からして最悪なんだけど」
「帰り道を食ってる感じだな……」

 その瞬間、黒い塊がゆっくりと動いた。

 液体のような闇が持ち上がり、輪郭を作る。
 四足獣とも、蛇ともつかない異形。
 だが顔だけは妙に人の面影があった。
 目の位置に金色の線が二本、裂けるように光っている。

「っ……!」
 ぞっとする。

 大きさはブラストファングほどではない。
 しかし門牙よりは大きい。
 そして何より、存在の仕方が不安定すぎる。

 固体じゃない。
 斬って終わる相手じゃない。

 《帰還喰らい》は、俺たちを見ると頭をもたげた。
 声はない。
 だが、頭の中へ直接ざらついた感覚が流れ込んでくる。

 ――還るな。

「……は?」

 意味を理解した瞬間、背筋が粟立つ。

 還るな。
 つまりこいつは、本当に帰還路を塞ぐための存在だ。

 ミリアも何か感じたのか、顔を青ざめさせていた。

「今……何か、言われた?」
「還るな、って」
「最悪」

 それ以上ないくらい最悪だ。

     ◆

 《帰還喰らい》はすぐには襲ってこなかった。
 代わりに、帰還路の前でゆっくりと体を揺らし、黒い靄を周囲へ滲ませていく。

 その靄が大地へ触れるたび、金色だった亀裂の光がくすみ、道の輪郭が曖昧になっていった。

「侵食してる」
 俺が呟く。

「放っておくと?」
「帰還路そのものが開かなくなるかもしれない」

 つまり、今ここでこいつを放置したら、次に第一環へ入ったとき、出る道がなくなる可能性がある。
 冗談じゃない。

「倒す?」
 ミリアが言う。

 単純な問いだ。
 でも答えは単純じゃない。

「たぶん普通に殴るだけじゃダメだ」
 俺は《竜脈感応》と《竜の審美眼》へ意識を集中した。

 すると《帰還喰らい》の体の中に、何本もの流れが見える。
 黒い淀みの中心で、赤金の細い核が脈打っている。
 位置は一定じゃない。
 体内を漂うように移動している。



【《帰還喰らい》】
【傾向:門由来変動個体/帰還接続の阻害】
【特徴:核位置が流動】
【示唆:霧による輪郭固定、火による核露出が有効の可能性】



「……なるほど」
「その顔、嫌な攻略法を見つけた顔ね」
「失礼だな」
「当たってるでしょ?」
「当たってる」

 つまりこうだ。

 ネフィの霧で、あの不定形の輪郭を一時的に固定する。
 その上でルクスの火で内部の核を炙り出す。
 そこへ俺かミリアが叩き込む。

 問題は、こいつが帰還路の目の前にいることだ。
 派手にやりすぎると、出口そのものを巻き込むかもしれない。

「ミリア」
「うん」
「俺たちの役目は二つ。帰還路を傷つけずに、こいつをどかすこと」
「厄介すぎる」
「でもやるしかない」

 ミリアは嫌そうな顔をしながらも、槍を構え直した。

「役割は?」
「ネフィが霧で固定。ルクスが核を炙る。俺とお前は核が露出した瞬間だけ叩く」
「了解」

 こういう時、話が早くて助かる。

「ルクス、ネフィ」
「キュル!」
「キュイ!」

 二体もすでにやる気だ。

「ネフィ、広げるんじゃなくて絡め取れ! 形を縛る!」
「キュイィッ!」

 ネフィの霧がいつもと違う動きを見せる。
 薄く広がるのではなく、糸みたいに細くなり、《帰還喰らい》の周囲を何重にも巻いていった。

 黒い塊がぐにゃりと形を変え、反発する。
 だが霧が触れた部分だけ、輪郭が固定される。

「今だ、ルクス!」
「キュルアァッ!」

 圧縮火球が飛ぶ。

 黒い表皮を焼く、というより、内側を炙り出すような熱だ。
 火球が当たった箇所から黒が一瞬薄れ、その奥で赤金の核がちらりと見えた。

「見えた!」
 俺はブレイズミストを構えて踏み込む。

 前より一歩遠くから届く。
 この武器の間合いだ。

「はぁっ!」

 穂先が核へ伸びる。
 だが、《帰還喰らい》はそこで大きく身をねじった。
 不定形の体が鞭みたいにしなり、槍の軌道を逸らす。

「ちっ!」

 完全には入らない。
 浅い。

 その直後、黒い腕のようなものが地面から突き出し、俺の足を払おうとした。

「レン!」
 ミリアの槍がそれを横から弾く。

「助かった!」
「どういたしまして!」

 さらに彼女はそのまま踏み込み、槍の石突で《帰還喰らい》の下半身――と呼んでいいのか分からないが、足場になっている黒い塊を打ち払った。

 その一撃で、帰還喰らいの姿勢が少しだけ崩れる。

「もう一回行ける!」
「ネフィ、右側を縛れ! ルクス、次は連射で核を動かす!」
「キュイ!」
「キュルッ!」

 ネフィの霧が右側へ集中し、黒い体を半分固定。
 ルクスの火球が二発、三発と叩き込まれ、核が左上へ逃げるように移動する。

 見えた。
 今度は見失わない。

「ミリア、上だ!」
「分かった!」

 俺とミリアが、ほぼ同時に踏み込む。

 ブレイズミストの穂先。
 ミリアの槍。
 狙いは一点。

 黒の内側で脈打つ赤金の核。

「通れぇぇっ!!」

 ブレイズミストの穂先が核へ触れた瞬間、火脈導板が光った。
 ルクスの火が柄を通して流れ込み、刃先で一気に弾ける。

 そこへネフィの霧も絡む。
 火と霧が、槍の中で一瞬だけ混ざり合う。

 バチィッ!!

 《帰還喰らい》が、初めてはっきりと悲鳴めいた振動を放った。

「効いた!」
 ミリアが叫ぶ。

 核が露出したまま揺れている。
 今なら押し切れる。

「ルクス、ネフィ! 《灼霧衝》までは要らない、でも重ねろ!」
「キュルアァァッ!!」
「キュイィィッ!!」

 今度は大技じゃない。
 点で穿つ、短い重ね撃ち。

 ルクスの火が核を貫き、
 ネフィの霧が逃げ道を塞ぐ。

 そこへブレイズミストをさらにねじ込む。

「終われッ!!」

 次の瞬間、《帰還喰らい》の体が内側から崩れた。

 黒い液体みたいだった表皮が、さらさらと砂のように崩れて落ちる。
 中心の赤金核は砕け、残った闇は霧みたいに散っていった。

 そして――
 その背後にあった帰還路の輪郭が、再び淡く光を取り戻す。

「……戻った?」
 ミリアが息を切らせながら言う。

 UIが応答する。



【《帰還喰らい》の変動反応が消失】
【帰還路接続の阻害を解除】
【第一環帰還路:安定度回復】



「よし!」

 思わず拳を握る。

 危なかった。
 でも、やれた。

 しかも。

「今の……ブレイズミスト、やばいくらい使いやすいな」
 槍を見つめて呟く。
 火と霧の中継。
 ベルダさんの言っていた意味が、今ようやく本当の実感を伴って分かった。

 ミリアも頷く。

「前よりずっと“合わせやすい”。ルクスとネフィの力を、そのまま武器へ通してる感じ」
「うん。俺もそう思う」

 ルクスが得意げに鳴く。
「キュル!」
 ネフィも、少し誇らしげだった。
「キュイ」

 そのとき、祭壇の方から静かな振動が伝わってきた。

 振り向く。

 応答核が、前回よりも穏やかな光で脈打っていた。

「……また何か来る?」
 ミリアが警戒する。

 だが今度は敵意じゃなかった。
 頭の中へ、はっきりとした声が落ちる。

 ――帰還路の維持を確認。
 ――第一環通行者、変動への対処を記録。

「記録?」
 俺が眉をひそめると、UIが表示を更新した。



【第一環再接触:第一目的達成】
【変動個体《帰還喰らい》への対処を記録しました】
【報酬】
【ガチャ石×15】
【帰還路保全因子×1】

【補足】
【第一環の安定度が微増しました】



「また報酬だ」
 ミリアが少し呆れたように言う。
「でも今回はかなり大事そうね」
「帰還路保全因子……完全に必要なやつだな」

 これがあれば、今後第一環への出入りがもっと安定するかもしれない。
 少なくとも、帰還路を狙われるたびに同じ恐怖を味わう確率は下がる。

 ただし。
 それで終わらないのが黒門だ。

 応答核の光が、少しずつ色を変え始めた。
 赤金から、わずかに深い赤へ。

「……レン」
 ミリアが低く言う。
「嫌な感じ」
「俺も」

 UIに新しい反応が走る。



【第一環安定度の変化を確認】
【安定化に伴い、封鎖されていた側路の一部が開示されます】



「……側路?」
 俺が呟いた瞬間、祭壇の右奥の岩壁に、細い亀裂のような道が浮かび上がった。

 前回はなかった。
 明らかに新しく開いた道だ。

 その奥は暗い。
 だが、ただ暗いだけじゃない。
 微かに青白い光が脈打っている。

「青……?」
 ミリアが眉を寄せる。
「黒門の中なのに、色が違う」

 その瞬間、俺の頭に、第一環突破時に流れ込んだ“複数の門”の記録がよみがえる。

 黒。
 白。
 青。
 それぞれ別の門。

 まさか。

「これ、他環門の気配かもしれない」
「えっ」
 ミリアが息を呑む。

 UIも、それを裏づけるように表示した。



【未確認側路を検出】
【第一環内部接続路の可能性】
【先に青系統反応を確認】
【詳細不明】



「やっぱり……」
 思わず呟く。

 第一環の中に、別の門系統へ繋がる可能性のある道。
 それが今、帰還路を守ったことで開いた。

「……行く?」
 ミリアが小さく訊く。

 その問いに、俺はすぐには答えられなかった。

 行きたい。
 正直、ものすごく気になる。
 でも今ここで踏み込むのは、準備不足にも程がある。

 第一環再接触の目的は達した。
 帰還路の安定も確認した。
 ここで欲を出すのは、黒門が一番待っている展開かもしれない。

「……今日は行かない」
 俺ははっきり言った。

 ミリアが目を丸くする。
「珍しい」
「俺だって学習する」
「ほんとに?」
「今回はほんとに」

 ルクスとネフィも、今は静かだった。
 無理に進みたがる感じはない。
 むしろ、あの青白い側路を警戒しているように見える。

 だったら答えは出ている。

「帰る。情報を持って」
「賛成」
 ミリアもすぐ頷いた。
「それでいいわ。今ここで別ルートとか、さすがに怖すぎる」

 同感だった。

 俺はもう一度、青白い側路を見た。

 第一環の先。
 黒門の内側に、別の色の気配。
 それはきっと、この世界の謎そのものへ繋がっている。

 でも今日はまだ、その時じゃない。

「……次は、お前の正体も見に行くからな」

 小さくそう呟いて、俺は帰還路へ向き直った。
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